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地獄の介護

作者: 雉白書屋

 特別養護老人ホーム『ロングライフ』

 より長く、助け合いの精神、慈愛の心を持ってお世話する。育もう、平穏な人生を。

 と、そんな触れ込みで運営されている、この老人ホーム。その実態は目を覆いたくなるような過酷な日常が繰り広げられていたのだった。


「オラオラオラ! とっとと食っちまえよノロマがよぉ!」


「す、すみません……」


「遅いんだよ、ハイ! ハイ! ハイ! ハイ! このテンポで行けよ! オラ行くぞ! ハァイ! ハイ! ハァァイ! ハァァァイ!  ハッ!」


「うぐっ、ゴホッ! ゲホォォ!」


「あーあ、あーあ、こぼしたぁ……」


「すび、すみません……ゴホッゴホッ! で、でもテンポが変則的だから……」


「おまえ、嘘だろ……それ、まさか口答えか?」


「あ、す、すみません……」


「いーいーいーいー! こっちが悪いんですねぇぇぇぇ! はああああい! 私が悪うございましたぁ!」


「そ、そんなことは、ゴホッ! ないです、すみません……」


「いや、拭けよ床。さっきから何喋ってんだよ」


「あ、は、はい! ……うっ! な、なにをするんですか、や、やめてください、はなしてください」


「はぁ? ほらこれ、この塊。まだ食えるだろ? 捨てる気か? いーか? 税金で賄ってるんだぞ、この老人ホームはよぉ! キャベツの一欠けらでも無駄にするなよ! 食え!」


「は、はい……痛い! な、何するんだ!」


「いただきますだろうが! それとなんだ。『何するんだ』だぁ? また反抗する気か? 困るのはお前だろ? だろ!」


「は、はい……すみません……いただきます」


「まったくよぉ、お、これもーらい」


「あ、駄目! 駄目です! ご自分のお昼ご飯はもう食べたでしょう……」


「ああ? 腹減ってるんだよ。それとも文句でもあるのか?」


「い、いえ……」


「はぁ……ならとっとと食って食器を片付けろよ! ほんと、クズだなお前は!」


「ぐっ、こ、この野郎……」


「なんだ? 俺が何か間違ったこと言ったか? いいか、お前はなぁ、国のお荷物なんだよ。家族に見捨てられたゴミなんだよ。この社会の邪魔者なんだよぉ!」


「う、う、ひぐっ、ぐす、ひっ」


「なんだよなんだよ泣いちまったよ。これじゃまるでこっちが悪者みてーだなぁ。あーあ、この程度で、ガキみてえになぁ、まったく情けない。それでも男かねぇ。オムツ替えてやろうか? なあ?」


「い、いえ、大丈夫です……まだ」


「まだ……まだぁ!? てめぇ、生意気言うじゃねえか。いいか? お前はなぁ……国のお荷物なんだよ。家族に見捨てられたゴミなんだよ。この社会の邪魔者なんだよぉ!」


「あ、あの、それちょっと前にも聞きました……」


「あ? て、てめえが馬鹿で能無しだから二度聞かなきゃわからねえと思って言ってやったんだろうがよぉ!

おーおーお、くせぇくせぇ。泣いた次はお漏らしか? やっぱ赤ちゃんだなぁ」


「あ、それ、多分、俺じゃ、あの、大きな声を出したからそれで……」


「ああ? あ、チッ。とっとと俺のオムツを替えな。おらモタモタすんなあぁ!」



 超高齢化社会。介護を必要とする老人の数は膨れ上がり、待機している者の数は入居者の数倍にまで達した。

 では、どうすればいいのか。やるべきことは分かってはいるが、問題の解決はそう簡単なものではない。

 新たに施設の建築をするにしても、建物および土地、その費用は? そして人員。低賃金と重労働と名高い介護士のなり手は?

 施設にもよるが入居者の費用は大概、高額だ。ゆえに広がる介護問題。自宅介護による介護疲れ、老々介護。暗い顔は社会をさらに暗澹たる航海、人々はその船の漕ぎ手となる。


 よって、政府は問題の一挙解決を図った。


「おら、オムツ替えたらついでに背中を拭くんだよ! 馬鹿野郎! 股間拭いたそれを使おうとするなぁ!

虐待だぞ! お上に報告するからなぁ! この犯罪者が!」


「す、すみません!」


 刑務所と老人ホームの同化である。受刑者が介護士となり入居者、老人の世話をする。無論、同居人として、同じ房で寝食を共にするのだ。もし、老人に何かあれば同房の受刑者が罰せられる。刑期延長。なので大人しく従うのだ。


「……んが……おいおい、目が覚めちまったよ」


「ああ、悪いね。タケさん。つい熱が入っちまって」


「ふっ、しょうがねえさ。おい、床ずれしそうだぞオラァァァァァァ! とっとと動かさんかい!」


「は、はい!」


 前述の通り、老人の数が数だ。そして独居房はともかく、雑居房の広さを利用しない手はない。一対一の介護とは限らず、一人が二人。三人、四人を世話することもある。


「たくっ仕事が雑なんだよなぁ」

「だから捕まっちまったんだなひひひひひ」


「違いない。ざまーみろだ。おら、もっときびきび動け!」

「ふぁーあ、俺も眠るとするかな。長生きしないとなぁ。俺たちから奪った分は働いてもらわないとならんからな」


 また、意図してかせずか、かつて犯罪被害を受けた老人の介護をその犯罪系統の、また実際に犯人が担当することが多々ある。今、いびられている彼は老人を狙った詐欺師である。


「う、うう、耐えなきゃ……耐えれば……これが罪……」


 そして、出所した受刑者たちは決まってこう言う。

 あそこは地獄だ……と。

 ゆえに再犯率は凄まじい低下ぶりを見せ、今度は囚人の数が足りなくなるのではとも言われている。

 なので、少しであっても怪我をさせようものなら、すぐに刑期延長の運びとなるとか。

 無論、開き直り、老人を殺してしまえば死刑。

 それはそれで老人と悪人の数が減り、一石二鳥……とは思っていても誰も口にしない。

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