東京オリンデミック 04「矛盾」
執筆していて、さすがにこんなバカげた状態は小説の中でしかあり得ないだろうという思いを新たにしました。こんなことは現実にはありえませんので、この小説がフィクションであることは納得いただけると思います。
オリンフェク中止を訴えるイベントの会場に入ると、一席おきのルールが守られており、その主張に賛同する人たちとしては当然ながら、マスクをきちんと着用していた。鼻出しやあごマスクの観衆は一人もいない。そして、このイベントの模様は、動画配信サイトOurChannelを通じて生中継されている。
東京日日新聞の二人は「報道」の腕章をつけている。川野辺記者は許可を得てICレコーダーへの録音を始め、カメラマンの石原は撮影に適した場所を探して会場内を見渡した。
ちょうど今話し始めたパネリストは、大手のチケット販売会社「エンタメスーパー」大園聡子社長。トレードマークの桃色のスーツで、着席のまま、パネリスト席から訴えている。
「音楽イベントやスポーツイベントの自粛が強制され、文化事業の大幅な縮小を余儀なくされています。そんな中、オリンフェクだけが別枠扱いってどういうことなんでしょうか。
もちろん、わたくしどもエンタメスーパーも、オリンフェクのチケット販売で儲けてるんじゃないか、というご意見もいただきますが、この点については少々ご説明させていただければと思います。確かにわたくしどももチケット販売に協賛させていただいております。しかしながら、報道されておりますとおり、観客数制限もしくは無観客開催の方針も検討されております。いずれにしても一旦全席をキャンセルとさせていただくことが必要で、観客数制限の場合は再度の申込と再抽選が必要となります。その費用を考えますと、利益はほとんど発生しません。
一方で、オリンフェク・オリパラフェクの開催ありきで、他のコンサートやライブ、スポーツイベントが中止に追い込まれているという状況ですね。文化振興事業という会社の目的から言いましても、この不均衡な状態、言ってしまえば「ここまで来て引くに引けなくなったから依怙地になって継続することにしているだけの、何のメリットもない大規模イベント」だけが特別な扱いを受け、それ以外の文化事業はすべて犠牲になれ、我慢しろ、協力しろという態度。これはまさに現代ポップカルチャーを破壊する行為だと考えております。
こんな批判を言うと、政府主催イベントなども扱わせていただいている立場としては、いろいろ問題があるかもしれません。しかし、同業他社さん、たとえば最大手のチケット・プロジェクト・エンタメ・アソシエーション(※チケットPEA)さん、チケット&ディスクさんですとか、エンチケ+さん、ほかにコンビニ系のハイチケさん、ネット通販系の極楽チケットさんなどとも話しているんですが、この「オリンフェク・オリパラフェクのみ特別扱い」の流れに乗っかることについての危険性は、多かれ少なかれ、各社とも共通の認識を持っているということです。
わたしたちには、文化を守る責務があります。コロナウイルス感染拡大防止が最大の課題となっている状況の中、有観客の公演が制限されるという厳しい状況下で、特定のイベントだけを優遇するということは許されない。まだ有名アーティスト、ちょっと〈やらしい〉言い方をすればですね、集客力のあるアーティスト、稼げるコンテンツであれば、配信ライブなどでも稼ぎ出すことができます。しかし、知名度がまだあまりないアーティスト、デビューから間もないグループ、あるいはインディーズバンドなどには、そもそも存亡の危機なのです。実際、ライブハウスが閉店に追い込まれる状況下、解散せざるを得ないグループも多数存在します。これは努力や工夫で何とかなる問題ではありません。
企業的には、今の状況下でも稼げるアーティストだけを持ち上げるのは簡単です。しかし、ここで苦境にあるアーティストを見殺しにするならば、私たちには文化を毀損する側に立ったという汚名しか残らないんじゃないか。そう信じています。
わたくしどもエンタメスーパーが主催に名を連ねるコンサートやライブでは、最初の緊急事態宣言終了後の開催で、徹底した感染対策を、アーティストにも観客にも求めてまいりました。客席も密にならないように間隔を空け、声援を禁止するためにスティックバルーンを導入しました。スティックバルーンというのはですね、二本打ち付けるとけっこういい音が出る風船で――こんな感じです」
大園社長は、銀色に光る細長い風船を二本取り出した。長さは四十センチくらい。社長がポンポンポンポンとリズミカルに打ち鳴らすと、太鼓を叩いているかのような、多少金属音の混ざった感じの音が会場に響いた。
「こういうものを使って、観客の反応を「声」以外の要素で表現することができるようにしているんですね。
そんな工夫をしてきたにも関わらず、緊急事態宣言や蔓延防止等重点措置により、エンタメ系の大規模イベントは真っ先に狙われました。実は、これはオリンフェクでの安全性を高めるための実験的な要素もあったにも関わらず、音楽イベントもスポーツイベントも一律「自粛を要請」されました。
自発的なものであるべき「自粛」を、他者が「要請」するというのもおかしなものだと思います。それでも「自粛の要請」に自主的に取り組んでしまうのが日本人の特性と言ってもいいのかもしれません。もしくは、そこで批判されることを恐れて、空気を読みすぎているのかもしれませんけれども。とにかく、要請された自粛は行わなければ、「世間」と戦うことになります。数多くのコンサート、ライブ、ステージ、試合が無観客開催で配信のみ、もしくは中止を余儀なくされました。
それなのに、です。いいですか。オリンフェクは開催されるんです。オリンフェクだけは特別なんですか。他のアーティストや音楽関係者などの生活を奪っておきながら、オリンフェクだけはそのまま開催されていいんですか。そんな犠牲を払っている人がいるのに、開催しなければならないものなんですか。廃業に追い込まれるライブハウスもある中で、それでも感染防止を考えて我慢に我慢を重ねてきた。それなのに、有観客の開催を迫るヘンデル会長に押し切られ、オリンフェクだけは優遇されていいんですか。
一言で言うと、矛盾です。だから、わたくしどもエンタメスーパーは、利益を捨て、またオリンフェク推進派の批判を甘んじて受ける覚悟で、オリンフェク中止を訴えます」
大園社長が話し終えると、会場からは大きな拍手が沸き起こった。
次のパネラーは、旅行業界の二番手に位置するNTS(日本トラベルサービス)の柿沢葵代表である。やや低い声で、落ち着いたトーンで語りかける。
「皆さん、はじめまして、旅行会社NTSの柿沢と申します。
今回、エンタメスーパーさんもそうなんですが、各業界の代表的な企業がこの場でオリンフェク中止を訴えているんですね。こう申し上げては何ですが、医療関係者はもちろんとして、評論家の方や政治家の方がオリンフェク中止の声を上げるのは、まあわかるんですよ。だけど、我々のような、オリンフェクを大規模に、できれば当初の予定通りに開催される方がありがたい業界ですね、いや、そうでしょ、旅行業なんてオリンフェクツアーでいくらでも儲けられますからね、そういう業界からも中止の声が上がっているということを、真摯に受け止めていただければと思います。
先ほど大園社長がおっしゃったように、我々の業界から中止を訴えるのは、それが矛盾しているからです。
四年に一度のアスリートの機会を奪うことになるのは残念極まりない。私自身もオリンフェクで日本選手団がどれだけのメダルを獲得できるのか、楽しみにしてましたよ――東京でのオリンフェク開催が決まったときなんてね、うちの社是は「おいでやす」精神なんですけど、海外からのインバウンド観光客や国内観客の皆さんをどう「おいでやす」ともてなすか、それによってオリンフェクをいかに盛り上げていくか、それを第一に考えて参りました。
しかしです。今、このオリンフェク・オリパラフェクを開催することは、害しかないといえます。ただですね、私は護憲派の皆さんのように、それが「あたかも戦時中の軍国主義で、国策に反対できない環境の中、誰も勝てると思っていない戦争を継続し、日本を焦土に変えてしまったのと同じだ」などとは申しません。申しませんが、医療的な観点からも現時点の開催には無理があると考えておりますし、今日の報道でもありましたがオリンフェク期間中に緊急事態宣言がまた発令される可能性も出てきたようですね。
緊急事態宣言下、一般市民が外に出ないようにと強く呼びかけられている状況下でのオリンフェクって何なんですか。しかも、無観客開催についてはヘンデル会長が難色を示しているようですけど、緊急事態宣言下に有観客で開催するとしたら意味がわかりませんし、かといって無観客開催なら東京でやる意味もありませんよね。
皆さんから見れば、我々旅行業界というのは、先だってのGO TRIP施策の恩恵を受けた、政府からも温情を受けている業界と見えるかもしれません。確かに、緊急事態宣言とGO TRIPを交互に繰り返すような状況ではありましたが、まったくないよりは助かったのは事実です。しかし、コロナ感染拡大がストップしないこの状況下で、もしかしたら感染者のない地域に感染を広める手助けをしていたのではないか、という不安は常に心の中に抱いて参りました。また、感染が拡大しているエリアではGO TRIPの対象から外れますが、県境のこちらとあちらで対象になるならないがあったり、また感染拡大エリアの観光業は当然ながらまったく救われないという、この不公平感も非常に大きく感じております。
結局は、不公平感ですね。その最たるものが、東京オリンフェク・オリパラフェクになってしまっているんです。
近代オリンフェクの創設者、ゴッドマウスタン男爵が表明したオリンフェク精神を表すことばがあります。「スポーツを通じて心と体の進化を促し、国や文化などの違いを乗り越え、お互いに尊敬し合える関係、協働・協力の意識、正々堂々たる挑戦により相互理解を促し、世界の平和と協調に貢献する」――いわばダイバーシティ、多様性を受け入れることによる相互理解が至上命題ということになるわけで、本当にすばらしい理念だと思うんですけど、理念が机上の理念にとどまっていて、実際の東京オリンフェクには何一つ当てはまっていません。東京オリンフェク実行委員会の会長を初めとする関係者から発されるダイバーシティ否定発言。ヘンデル会長による開催ありき・収益ありきの強硬な方針。
もちろんですね、参加されるアスリートの皆さんはこのようなスポーツマンシップ……ええと、スポーツマンって言葉、どうなんですかね、スポーツパーソン? ちょっと代わりになる言葉が見つからないんですけど、とにかくアスリートの皆さんはアスリートとしての純粋な気持ちで参加されていると思うんですよ。でも、主催者側がそういう精神を欠片も持っておらず――元オリンフェク選手の方が代表になって多少は改善されましたけど――、オリンフェク利権のために開催ありきで強硬方針、あるいは国威発揚の場として今さら引くに引けないという誤った国家プライドによる意地。オリンフェク精神の対極に位置するイベントに成り下がってしまっているんです。
オリンフェク精神を損なうイベントを開催することに決して賛成できません。犠牲や忍耐を生み出すオリンフェクに何の意味があるでしょうか。私はオリンフェクを愛しています。愛しているからこそ、このコロナ禍のもと大混乱の東京で今、オリンフェクを開催することには断固として反対し、今からでも遅くない、今ならまだ間に合うと考え、中止を訴えます」
これも話し終えると同時に会場から拍手が巻き起こった。
三人目の発言者は、年輩の白髪の男性だが、黒地に白の筆文字で「拉麺」と書かれたTシャツを着ている。
「皆さん、はじめまして。居酒屋〈ヒバリ屋〉のオーナーをしております白城角和と申します。首都圏にて合計十店舗を展開しとりまして、決して大手ではないんですが、これから展開していこうという新進チェーンです。
実は大阪・札幌・那覇にフランチャイズ形式で新店舗を開設する予定でした。予定だったんだけども、まあご存じのとおり、いずれも感染拡大が爆発しちゃったところでですね、よくもまあそういうところばっかり選んじゃったなあと、わはは。いや、笑いごっちゃないですよ、経営者としては。
で、このコロナ禍で、もう完全に飲食業は目の仇ですワ。ねえ、茨木広海都知事が「夜の街」「夜の街」って言ってくれたおかげで、もう居酒屋なんてコロナの発生源みたいなイメージですわな。風営法に関係のない、ただお酒を提供しているお店も、接客しておしゃべりするのが目的のお店も、全部ごっちゃ。それが拡大して、とにかく「飲食業」が悪みたいな感じになったわけです。
で、夜八時までの営業で、酒を出すな、と。そんなことを国なり都なりから命じられたら、従わないわけにはいきません。従わなければ従わないで、まあ皆さんはそんなことはしないでしょうけど、SNSとかインターネット上には「なんたら警察」と呼ばれる人たちがおりましてね、自粛しないとさらし者にされる。自粛してる人たちからすれば自粛しないのは許せないんで、先ほどの大園さんのお話にもありましたけど、自粛を要請している政府に乗っかって自粛を強要するなんていう、語義矛盾した現象が起こるわけですな。
そうすると、私の知ってる店なんかでも、バーとか居酒屋が「緊急事態宣言中は休業します」ってなるわけです。頭のいい経営者でノンアルコールバーにしちゃったところもありますけどね、みんながみんなそんな風に変えられるわけじゃない。アルコールは七時まで、営業は八時まで、なんて、中途半端なやり方では成り立たないわけです。
このあと、医療関係者の方の発言もあると思いますけど、確かに「会食時の発話」が感染の大きな原因になっている。それは正しいと思います。それを否定したりはしません。そうすると、酒を飲んでいるとマスクも外れますし、自制心も弱まるのは確かなんで、大声でしゃべってしまうでしょう。だから居酒屋は気をつけないといけない、というのは正しいです。正しいが、違法なことをやっているわけではないし、政治家の皆さんだって料亭で会食したいわけですよね。会社の歓送迎会もできなくなって、つまらないと思ってる人たちだっていますよね。静かに一人呑みたい人の居場所だって自宅以外にあっていいですよね。我々の仕事は、決して悪いことやってるわけじゃないんです。潰れていいってことにはならないんです。それであれば、せめてきちんと補償金を遅延なくいただきたい。
これを「自己責任」の一言で片付けようとする人もいる。確かにこういう業種で食っていこうと決めたのは我々自身ですよ。でも、そこに「自己責任」という考え方を当てはめようというのは、単なる暴力だと思います。努力が足りない、発想が足りない――なんて批判される筋合いはない。このコロナ禍の状況で活路を見出した人たちはずば抜けて「すごい」んです。
普通の店が通常ならやっていけるはずの選択や努力や発想力をもっていたとしても、それでは太刀打ちできない大きな津波に押し流されているのが、今のコロナ禍という状況なんです。大津波から生還した人たちは適切な判断もあっただろうし、大きな幸運を掴んだのだろうし、本当によかった。だけれども、津波に呑み込まれてしまった人たちが劣っていたとか、努力が足りないとか、そういうところに家を買ったのは自己責任だから命を失っても仕方ないとか、そういうことにはならんはずです。コロナだっておんなじだ。そう思いませんか。
我々の同業者の中に、こういう状況に耐えきれなくなって、夜中に営業と酒の提供を続けているところもある。池袋や新大久保で、外国人が経営しているお店で同胞にはこっそり酒の提供、カラオケ使用を許しているところなんかもあるね。こういう足並みの揃わなさには、こう、正直もやっとするものもあるけども、だけどね、そういう人たちが営業したがる気持ちは十分にわかるし、力ずくで押さえつけようとしたら、そりゃあ反発する人が出てくるのだって当たり前。そういう人たちを納得させる施策をまったく提示できていないのが今の国であり、都であり、府なんです。
ましてや、何ですかあの経産大臣の発言。居酒屋が夜間に酒を提供しないよう、そういう会社には酒を卸さないように、と卸業者に「要請」するとか、銀行を通じて圧力をかけるとか。そんなねえ、「目には目を!」のセリフで有名なドラマ、ありますよね。日曜ドラマ「中沢春樹」の敵役みたいな発言、現実にやるなんて思いもしませんでしたよ。銀行は融資によって企業を成長する手助けをするものです。政府の要請、お願いに従わない企業を屈服させるために、銀行にカネの力を振りかざさせようなんて、銀行からも反発が出るのは当然だし、もし銀行がその要請に従ったとしたら日本の信用経済自体が崩壊しますよ。
ふざけんな、としか言いようがない。
もう一つふざけんなってのが、海外からのオリンフェク出場選手には酒を飲ませていいってんですよ。それも、選手村に近い特定の店舗だけですけど。どういうことですか。地方の待機施設で我慢しているオリンフェク選手には罪はないです。いや、選手村に近い店舗で大騒ぎしている選手だって、平時なら何の問題もない。ファインプレーを見せてもらえさえすれば、大いに騒いでいただいて結構。だけどもですよ、我々、飲食業が自粛要請に応じて泣く泣く休業しているんです。下りるまで時間のかかるギリギリの補償金でやっと家賃を払えても、家族が食っていけない個人経営のお店がどれだけあると思ってるんですか。その中で、「オリンフェクは特別」とか、「オリンフェク成功のために我慢するのが国民として当然」とか、さらには「オリンフェクに反対するような奴らは反日的」と土御門元首相がおっしゃる。
何なんですか。私もサヨクってわけじゃないんで戦時中と比較するつもりはなかったですよ。――すみません、会場の左派の皆さん。ただ、このオリンフェク反対を言ってる中に、私のような国を愛していると自認してきた者も含まれているってことです。その私がですね、「欲しがりません、勝つまでは」ってのを強要されてると感じてるんです。さらに「国策イベントに反対するものは非国民」であるかのように決めつけられるってのは、正直気持ち悪いです。
オリンフェクはすでに害悪になっています。コロナ前までは私も応援してました。しかし、現状、他をすべて犠牲にして開催されるイベントについて、自分がこれ以上犠牲になりたいとは思いません。
オリンフェク開催には反対します」
会場には左派政党の関係者もいたが、その人たちも含めて会場全体から大きな拍手で賛同の意が伝えられた。
「おっと、一言、言い忘れました。今日、十二時半から渋谷のスクランブル交差点にて、飲食店関係者有志による、自粛補償の徹底を訴える署名活動を行います。賛同いただける方は、ぜひご参加ください。なお、こちら、オンライン署名サイトでも署名可ですので、本日お配りしているチラシの二次元コードからどうぞ。なお、我々は署名の偽造は行いませんので、皆さんの心からの一筆をお待ち申し上げております」
四人目は、テレビにも時々出演している感染症に詳しい木屋弦美医師である。女性医師として、感染症にまつわる書籍を出版してきた経歴を持つ。関西アクセントの声が会場に広がった。
「みなさん、こんにちは。木屋弦美です。先日は、「美人女医」という言い方を絶対にやめてくれと言うたんですけど、それでネットで賛否両論浴びたんです。わたしは女医ですけど、ご覧のとおり美人ってわけやないです。でもそこやなくて、医師が女性だっていうだけでルックスの評価を受けなあかんという、時代の流れに逆行した言い方に対して、やめようと言うただけのことです。
そしたら、「女医のくせに偉そうに」とか言われまして(苦笑)。日本の伝統に対する保守的な考えに迎合する女性議員さんから、なんか見当外れな批判を受けまして、なんでそんなに男性社会における奴隷的扱いを自ら望むアピールをするんやらわかりませんが、まあご本人が男性に隷属する女性を演じることで評価されたいっていうんかもしれませんけど、まあ意味がわからへんので無視してます。
このジェンダーに関して、オリンフェクではこれまで二回、男女共同参画社会の流れに反する大きな失言がありました。性別で優劣を判断する思考が露見したっていうのがあったわけです。もっとも、両名ともすでにクビになってますんで、クビになった人に名誉顧問とかの称号を与えようとかいうような現実的にはあり得へん提案が出てこん限り、それは一応終わったことにしといてもいいです。
私が特に問題にしたいんは、今のこのコロナの感染状況ですね。特に都内での感染者数がまったく収束しない。これ、「さざ波」とか言わはる方もいますけど、欧米より少ないから成功してるっていう、その比較を元にした発想ですね。それが根本的に間違ってます。
皆さん、お腹が痛いときに、「そんな痛みは盲腸――正確には虫垂炎って言いますけど――の痛みに比べたら大したことはないから、そんなさざ波のような痛みは無視しろ」って言われて納得できますか? もちろん、これはコロナがただの腹痛程度って意味やないです。それどころか、人口比で感染者を抑えられていると言っても、この拡大状況は問題やし、実際に医療崩壊が始まってます。それを食い止めてるのは医療従事者の必死の行動なんです。
最近、「医療従事者の皆さんへの感謝を込めて」とか、そういう歌を作って売上を赤十字に寄付、とかありますね。そのお気持ちはありがたいんですけど、じゃあなんでこの状況下でオリンフェクを開催するのか、ってことです。この猛暑の季節、温暖化が進んだので五十七年前よりも東京は亜熱帯化してます。その中で、観客にも体調を崩す人は出てくるだろうし、もちろん選手もケアしなければならない。一方で、ワクチン接種は遅々として進まず、通常の医療活動に加えてコロナ対応、ワクチン対応に人手を提供しなければならない――だけでなく、さらにオリンフェクへの協力者を供出しろと。
エエカゲンにしなさい、とツッコみたいところです。
病院では病床がギリギリです。コロナ感染者エリアと一般病棟を分けるだけでも大変なんです。すでに、コロナ患者を受け入れているがゆえに、一般の緊急搬送をお断りしてる病院も出てきてます。コロナを収束させなければ、間接的に亡くなる方も出てくる、いや、すでに出てる。コロナによる死亡者数にはカウントされてませんけど、今すでにそういう状況なんです。
まだせめて、オリンフェクで来日する選手団に、専門の医師団も随行させるというならまだマシでした。しかし、ワクチンが入手できないからワクチン接種予約を一時中断することになりましたよね。職域での接種をお薦めしたら、希望が多すぎて、ワクチンが足りません、と。何ですかこれ。旅行業でも、イベントチケットでも、どんどん応募してくださいといっておいて、いざ実施のときに中止って言われたら暴動が起こりますよね?」
話を振られた大園社長は「いや、うちでもそういうことになってるんで、みんな怒ってます。暴動にまではなってませんけど……」、柿沢代表は「GO TRIP事業もそれですよ。予約してたら緊急事態宣言で県境を越えるなと。暴動の代わりに、我々の電話が鳴りっぱなしです」と応じる。
「そうですよね。そういう「やれやれと言っていて、急転直下中止」っていうのに対して、感染拡大防止っていう大義名分があるから何とか我慢しているっていう状況です。そこに、すべてをひっくり返す例外ばかりのイベントをぶち込んだら、そりゃあ不満も出ますよ。
オリンフェクが開催されるんだから、マスクはもう必要ない。そんなふうに勘違いする人だって出てきます。実際、ネットで発言力のある実業家が「ワクチン打ったらマスク外そうぜ」とか訴えてて、いやワクチン打っても感染拡大防止のためにはなおマスクの必要性はある、という科学的な話を「バカげてる」の一言で否定してくれたりするんで、困りますよね。そういう困った人はともかく、オリンフェクでアスリートは酒を飲んでいい、我々日本人は耐え忍びます、なんていう不公平感満載の施策が次々と発表されてます。そうすると、怖いのは、マスクもそうですけど、「オリンフェクができるんだから、コロナは収束してるんだ」という、因果関係的にも相関関係的にも誤った考え方が出てくることです。
一年前、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、オリンフェクの一年延期が決定されました。そのとき、首相が何と言ったか、覚えていらっしゃいますか。「人類が新型コロナウイルス感染症に打ち勝った証しとして、一年後、完全な形で東京オリンフェク・東京オリパラフェクを開催する」っておっしゃったんですよ。今、一年後です。どこが「完全な形」ですか。いつ、人類は新型コロナウイルス感染症に打ち勝ったんですか。まだ負けてはいないですが、感染症との戦いはいまだ続いてます。それどころか、デルタプラス変異株など、敵はどんどん強化されていってます。
息子がまだ子供なんで、日曜日の朝の特撮番組とか見るんですけど、一回倒された悪の組織の怪人的なやつが、次に強化されて出てきたりするんです。ヒーローものなら、それで一回やられても、新兵器とか新しいワザとか、あるいは新メンバーとか、心の絆とか、暴走とか、そういったものが出てきて何とか勝てます。でも、新型コロナワクチンには、そんな決定的な兵器はまだ出てきてません。それでも、ワクチンを接種する人が増えることで感染の拡大を抑えることができそうだし、ワクチン三回打てば変異株にも対応できるんじゃないかという研究も出てきてます。くじけなければ最後には勝てそうなんですね。
新しい日常っていう言葉は悪くなかったんじゃないかと思います。我々は二〇一九年以前の世界には戻れない、マスクや消毒が欠かせない世界に生きることになったんです。最近は若者向け小説の世界で「異世界転移」モノが流行ってるようですが、我々は現実の世界で、アンダーコロナの新しい世界に転移したんです。そして、まだポストコロナの時代はやってきてません。まだ終わってないから。
今日は医療従事者の立場からということでしたけど、専門的な話は避け、ただ、このコロナウイルス感染症が蔓延している現状において、オリンフェク開催を強行するのは、ダイナマイト背負って火災現場に行って消火活動に従事するのと同じか、それ以上に危険と訴えたいです。
有観客か、無観客か。当然、医療関係者に尋ねれば無観客一択です。開催か延期・中止か。当然、延期・中止一択です。延期でもええとは思うんですが、来年できる保証はまったくありません。もし、このオリンフェクに全世界からわざわざ呼び寄せたアスリートと関係者の中に感染者が一人でもいたら、特例で非常にゆるい対策となっているので水際で防ぐことはできず、最悪の場合、新たな変異株がこの東京で生み出されることになります。
このウイルスを「武漢ウイルス」と呼びたがる人たちがいますね。世界の良識は、変異株についても地名を冠しないようにという流れになってますが、それに逆らってでも「武漢」と言いたい人たちがいます。そういう人たちは、東京オリンフェクで新たな変異株が生まれたとき、「東京型変異株」と呼ばれることを受け入れなければ、ダブルスタンダードやと思うんですけど。
私はそういう、地名を冠するのは政治的ヘイト発言だと思ってるんで、ロンドン型とかインド型とか言うのをやめて、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタというような呼称にするのを大歓迎なんですが、「東京オリンフェクで勢いづいたパンデミック」すなわち「東京オリンデミック」と世界から呼ばれてしまうような現象が発生しないことを心から祈っています。
祈っていますが、開催強行されると、防げない可能性が出てきます。
オリンフェクに参加するアスリートたちに、不満が出ないように気をつけつつ、会食時の飛沫拡散を徹底的に防ぐことがどれほど徹底できるか。報道を見る限り、すでにそれは破られているように思うんですけどね。ですから、今からでもやめとけ、というのが私の意見です。
医療従事者からは以上です」
会場からは、またも大きな拍手の音が鳴り響いた。