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夢じゃなかったの?

 目を覚まして驚いた。

 実家の部屋の天井だったから。


 え?え?


 体を起こして周りのインテリアを見ても、壁紙を見ても、実家なのだ。


 私ったら、フラれたショックでいつの間にか実家に帰ったのかな……と、部屋を出て洗面所まで向かう。


 あーやばい。メイク落としたかな……いっぱい泣いたし、きっとひどいことに……


 と、鏡を見たら


 確かにひどかった。


 剥げ落ちたメイクが、ではない。


 鏡に映った自分は……幼く、いや、幼いのはまだいい。


 染めたこともない固そうな黒髪で、眉毛もそのままボーボーに生えている。なんなら口ひげもはえてるんじゃないか?いや、ひどすぎる。


 なんだこの前髪は。丸顔が際立つほどぱっつんと切りそろえられた前髪。


 よく見たら日焼け止めを塗らずに生きて来たかのように顔色がまだらに日焼けしている。

 おでこは日に焼けていないのに、頬や鼻の頭が日に焼けている。


 一応、姉が実家を出てからおしゃれに力を入れて周りのコミュ力おばけ達に擬態していたはずなのに、なんで逆戻りになっているのか。


 これじゃあ、昨日のダサい眼鏡の先輩のことを言えないではないか。


 ……昨日?


 急いで部屋に戻り、枕元を見る。

 いつもの定位置にあるスマホの画面を見ると



 斗真にフラれた日の、ちょうど五年前に戻っていた。



 もしかして。夢じゃないの?





 混乱する頭と、この不安を落ち着かせるために、一旦シャワーを浴びて昨日の汚れを落とす。


 肌に当たるシャワーの感覚も鮮明である。

 長袖のまま日に焼けたのか、手の甲と制服から出るであろう膝下も焼けている。


 洗いざらしのままケアをしていないのか、ムダ毛は元気に生えているし少し乾燥気味な肌。


 とりあえず、ムダ毛は剃った。視界に入るだけでテンションが下がる。


 そう、高校生になったばかりの頃の私はこんな感じだった。


 一応、チア部に入って斗真のことを好きになってからは努力をしてきたつもりだ。


 ドライヤーで髪を乾かしながら、丸顔を際立たせるだけの前髪を横に長し癖付けるようにブローする。

 この髪型は似合わないにもほどがある。なぜ目が覚めても夢が終わっていないのかは謎だが、意識は努力を経験してきた私なのだ。私の都合の良いように変えさせてもらおう。


 自分の実家の部屋の中を漁ったら、机の奥にメイク道具やら日焼け止めやら、良い匂いのするボディクリームまでまとめて隠されていた。


 ───なんでこんなところに隠してたんだろ。


 懐かしいメイク道具たちに感動しながら、脱衣所の鏡に向かって手早く身支度を整える。

 まさか、自分の部屋に手鏡も姿見も無いとはね……


 とりあえず、自分が恥ずかしくないレベルまで用意できたことを確認して、仕上げに色付きのリップクリームを塗る。


 うん、いいんじゃない?

 意識的には高校生のコスプレ感が出ちゃってないか不安だが、顔つきが幼いし、昨日入学式だったし、セーフだろう。


 準備を済ませ、朝ごはんを食べにリビングに向かう。

 リビングは無人で、ここだけ時が止まったようだった。


 そうそう、お母さんは昔から朝が弱くて。

 朝ごはんを食べるのは私だけだったんだよね。


 体が自然に動き、冷蔵庫を開けて中を確認する。


 そう。昔から、このリビングが嫌いだった。


 なんだか嫌なことを思い出しそうになって、冷蔵庫を勢いよく閉じた。


 食欲が無くなったので、途中でコンビニでも寄っていくことに決めた。


 急き立てられるようにカバンを持ち上げ、玄関まで速足で急ぐ。


 なんでこんなに急いでるんだろ。


「……なあに、その格好」

「お姉ちゃん…おはよう」


 振り向くと、まだパジャマの姉が階段から降りて来たところだった。


「ふうん。髪型も変えて……メイクまでしちゃって。女の子って感じだね?」


 値踏みするようにジロジロと見られ、一秒ごとに萎縮していく自分に気付いた。


「春子、彼氏でも出来たの?」


 頭を軽く倒した時に、姉の柔らかそうな焦げ茶の前髪が横にさらっと流れた。


 あぁ、私、お姉ちゃんと同じ髪型にしてたんだ。


「出来てないよ」


 嫌な気分になった自分を罰するように、目を逸らしてしまう。


「ふうん。春子だもんね。でも、出来たら教えてね?ちゃんとした人か、お姉ちゃんが確かめてあげる」


 姉のドロリとした声が耳に入り侵食していくような気持ち悪さから逃げたくて、足早に靴を履いてドアに手をかける。


「もう行くから」

「えっ……春子、それでいくの?」


 思わず自分の制服を見下ろし、何か不具合でもあるかと腕を持ち上げたり、スカートを整えてみたりしてしまう。

 何もおかしいところは無く、顔を上げると


 信じられない、とばかりに目を見開く姉がこちらを見ていた。

 ノーメイクの状態でも姉はかわいい顔をしている。


「私は前の春子の格好の方が好きだなぁ」


 顔を曇らせ、心配そうにする姉。この表情を見た人は皆、言うことを聞いてしまうだろう。


「いや……私はこれでいいと思ってるから」


 ドアを閉める。

 そういえば、私はこれが嫌で、嫌で、メイク道具を隠してたんだ。


 何かしようとすると笑われ、馬鹿にされる。

 何もしないでいるだけで平和な時間になるのだ。


 鏡も見ないようにしたし、姉の言うまま、姉とお揃いの髪型にしてたんだ。


 それが一番、嫌なことが起きないから。



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