願いをかけた星はどれだったか
目の前の席の、高校デビューなのか拙いメイクをほどこした女子から「ホームルームが終わったらみんなで親睦会ってことでカラオケ行くんだけど、春子ちゃんも一緒に行こう?」と誘われてしまった。
はて。当時、そんなイベントあったかな?
「うん!行こう行こう!」
とりあえず、夢なら自由に楽しむまでだ。
*
カラオケは今までにないほど盛り上がった。
いつもなら音痴と言われることが怖くてとてもじゃないがマイクなんて握れないのだけれど、夢の中なら怖いことなんてない。
音痴だなー!と煽られようが、それすらも盛り上がるきっかけになった。
思いっきり声を出して、笑って、楽しかった。
当時より仲良しの友達が出来たようにも思う。
まあ、私の願望が見せた夢だからね。私に都合よくて当然か
鼻歌交じりに家に帰り、自室へ向かう。
「春ちゃん!遅かったね、おかえり」
「あ、お姉ちゃん……ただいま」
私の帰って来た音を聞きつけたのか、姉が勢いよく迎えてくれた。
懐かしい。
なぜだか姉は昔から、私の帰りを聞きつけるとこうして迎えてくれるのだ。
姉の顔を見たら楽しかった気分がスッと落ちてしまった。
そういえば、斗真はお姉ちゃんの帰りを待っていたんだよなぁ……。
「遅かったけど、どこに行ってたの?待ってたんだよ」
「あぁ……クラスの子たちとカラオケ行ってたんだけど……」
「は?カラオケ?春子、音痴なのにみんなの前で歌ったの?大丈夫?つらかったでしょう……」
姉の心から心配している、とでもいうような声がジワリと耳に届いた。
「無理に歌わされたんでしょう?ひどいクラスだね。そんなの相手にしない方がいいよ」
「いや、ちがうの」
姉はこんな人だっただろうか
「……春子はいじめられてるのにクラスの子たちを庇うんだね。優しいね」
「お姉ちゃん、」
「とにかく気にしなくていいよ。お姉ちゃんが明日、クラスに行って『春子をいじめないで』って言うから安心して」
「やめて」
「大丈夫。お姉ちゃんの言うことならみんな聞いてくれるから」
「お姉ちゃん。本当に、やめて。私のことはほっといてくれてかまわないから」
「でも」
「何もしないで」
私が強く言うと、姉は驚いた顔で目を丸くした。
じわっと、姉の綺麗な二重の目から涙が滲んで零れ落ちた。
「春子は、なんでそんなに意地悪を言うの?そんなにお姉ちゃん、悪いことした?なんで人の優しさをそうやって踏みにじるの?」
「お姉ちゃん……」
「春子なんて知らない!」
階段を駆け上がるお姉ちゃんを追いかける気力も無く、思わずため息が出てしまう。
姉の自室の扉が閉まった音を聞いて、ゆっくりと私の自室である一階の奥の部屋を目指して歩く。
最初は私と姉で同室で二階だったのが、成長して手狭になった時に二階で一室づつに分かれた。
そして、姉の友達が家に遊びに来るようになってから「私の部屋にだけ友達が来て、春子は友達が遊びに来なくて可哀想だから」という謎の理由で私だけ一階の部屋に移ったのだ。
確かに、長電話の声を夜中まで聞かずに済むのはありがたかったので文句はない。
それに、姉は高校を卒業すれば海外に留学するのだ。そして、私も高校を卒業して家を出る。
だから、もういいのだ。
とにかく疲れたし、もう寝よう。
あ、お風呂はいってないや
ま、夢だし、起きたら考えればいいのだ。
あ、カーテンも閉め忘れた。
ガバッと起き上がり、カーテンを握る。
一応、私の部屋は一階だからカーテンは閉め忘れたら大変だ。
閉まるカーテンの隙間から星が見えた。
私が願いをかけた星はどれだったか