表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/30

爽やかA組

 こちらを覗き込む、月のない夜の空の色に似た瞳に吸い込まれてしまいそうだった。

 その瞳に見つめられているのか、それとも私が見つめているのか。


「……? これ、君のだよね」

「あ……」


 返事をしようと思うのに、頭が動かない。


「綺麗な目……ですね」

「………!!」


 やっとついて出た言葉は、ただの感想だった。


「夜空みたい……綺麗な紺色で……」


 吸い込まれそう。そう言おうと思ったのに、挙動不審な男は強引に私の手にコサージュを握らせると勢いよく顔を伏せ、逸らしてしまった。もっと見ていたいのに。


「ごめん!! あの、不気味だよね。本当にごめん。忘れて。もう、ここに来ない方がいいよ」

「あ、いえ」


 ごめん、と何に謝っているのか小さく繰り返し謝りながらどんどん離れて下がっていってしまう。

 ついにはカーテンの影に入ってしまった。


 長身の男性がカーテンに隠れるとは。ちょっとシュールだ。


「本当にごめん」


 やたらと大きいミノムシカーテンが謝った。


「……謝られる意味がわかりません。私は綺麗だと思いますけど」


 怖がらせないようにゆっくりと近づき、カーテンに話しかける。


「──気を使わせてごめん。でも、あの、変な色だし。大丈夫だから、気にしないで」


 カーテンが身じろぎする。シュールを通り越して、可愛さすら感じて来た。

 この人はもしかして、その綺麗な瞳を変な色と誰かに言われたことでもあるのかもしれない。この島国に住んでいたら、ほぼほぼみんな黒とか茶色の瞳だとは思うけど、他人が珍しい瞳の色だからと何か言われるほど閉鎖的な街でも無いような気もするが……


「まぁ、誰しも自分のコンプレックスってありますよね。少なくとも、私は素敵だと思いましたよ。逆に話題に出してすみません……とにかく気にするようなことじゃないんで、もう隠れないでください。挙動不審すぎます」


 自分が気にしているコンプレックスや今まで受けてきた辛い出来事を、急に出てきた他人が『そんなことないよ』なんて言ってもしょうがないのだ。それが心の傷で、根を張ってしまっているのだから。──だから、今できる「私はそう思わない」ということを伝えるだけしかできない。通りがかりの私が出来るのはそんなものだ。


 気まずい空気を誤魔化そうと、身じろぎするカーテンの塊をつつくと勢いよく跳ねた。おもしろい。


「ごめん、あの、」

「はぁーっ。先輩には関係ないことなんですけど、私、今は謝られるのが大っっっ嫌いなんです! とてつもなく! ああ! 思い出したらムカついてきた!」


 一度でやめようと思っていたけど、二度三度と突いておいた。八つ当たりだ。


「あの、なんだかごめ……あ」

「ほらああ! また! ごめんじゃ警察はいらないんですよ! 謝ればなんでも済むと思って! その謝罪の気持ちを形にしろってーの!」


 完全に八つ当たりだ。


「あの……」

「はあ? また謝るんですかあ?」


 ちょっと悪かったな、とも思ってはいる。


「ホームルームの時間……大丈夫?」


 カーテンからボソボソ聞こえてきた指摘に弾かれ、壁にあるであろう時計を求めて顔を動かす。時計の位置は共通しているのか難なく見つけるとことが出来たが、集合時間の一分前だった。


「あ!! ごめんなさ……じゃなかった、教えてくれてありがとうございます! では!──あと、先輩、その眼鏡ダサすぎますよ。眼鏡屋さん行った方がいいです。せっかく綺麗な目なんですから」


 手を伸ばしカーテンの塊の肩らへんをポンポンと軽く叩き、カーテンから漏れ聞こえた気の抜けたような返事を後に部室を後にした。





 迅速に、かつ静かに教室まで駆けた。廊下は無人だ。これはやばい。少し悩んだ結果、懐かしの一年A組の教室の扉をゆっくりと開けできる限りの力を持って気配を消しソロリと入室したが、やっぱり姿が見えていたのかクラス全員の視線が集まっていた。


 夢占いで遅刻するってどんな暗示なんだっけ……


「遅いぞ。迷ったのか?」


 姿勢を低く保ち後ろの方の空席を目指していた私を覗き込むのは、三十代半ばの男性教諭だった。そうそう、こんな感じの先生だった。威圧的な見た目で体育教諭かと思ったら美術の先生だったんだよね。


 先生に見つかってしまったら忍ぶ必要も無いので潔く姿を現し……いや、立ち上がった。

 そして、見た目よりも繊細な心を持つ担任に向き直り「遅れてすみません! 迷子になりました!」と素直に誠実に謝った。この先生は言い訳や言い逃れをしようとすると怖いのだ。


 すると誰かが「忍び込んで来たわりに素直だな」と呟いたことで、様子を伺っていたクラスがどっと沸いた。先生も注意する気が削がれたのか、一緒に呆れたように笑っている。助かった。助かったが、これじゃあお調子者コースじゃないか。


「ちょうどいい、今から自己紹介タイムだ。トップバッターを任せよう。前に立って、名前と……そうだな、部活はどこを希望しているかなんかを教えてくれ」


 ああ、懐かしい。

 当時は明るいと思われたくて頑張っちゃったんだよね。で、無理して陽キャが集まるチア部を選んだり、明るいコミュ力おばけ達に必死で着いて行って、空気を読んで……思い出すと胸のあたりが嫌なモヤモヤで埋め尽くされてしまう。


 いじめられないように、いじめる側に擬態するのに必死だった。

 結局、グループの中でもいじめられはしないけど、大切にもされない。いてもいなくてもいいような存在にしかなれなかった。でも、そのグループを抜けて一人になったりいじめの標的になるのだけは嫌だった。そんな臆病で、周りの顔色ばっかり気にしている自分も嫌いだった。


 そんな思い出にもイライラしつつ、黒板の前に立った。

 黒板前からクラスメイトの顔を見渡す。


 そうそう、こんな感じのクラスメイトだった。意外と覚えているもんだな。


「○中学校から来ました。星野春子です。星座の星に野原の野に、春の子どもです。苗字からわかるように、星にとっても興味があるので星座研究部に入ろうかな、と思っています。好きな星は一番星です」


 ちょっと投げやり気味だが、自然と堂々と話すことが出来た。やはり夢の中は無敵なのだ。


「興味があるのに好きな星が一番星って!」


 どこかの男子が声を出す。先ほど空気を和ませてくれた男子の声だ。声がした方に顔を向ける。


「気付いたら第二第三の星が現れて、すぐにどれが一番星だかわからなくなるところが好きです」

「わからなくなるのかよ!」


 お調子者の男子が軽快にテンポよく突っ込み、またクラスがどっと沸いた。このお調子者男子は絶対にイイヤツ。この男子が突っ込まなかったら、笑っていいのかみんな反応に困っていただろう。というか、本当の入学式の日もこうやって皆の前で同じように男子にいじられて上手くリアクション出来ず、「なんかごめん」と言わせてしまい悲惨な空気にしてしまったことを思い出した。


あの時は失敗したくなくて必死だったからさ……あの時の後悔を夢の中で晴らしているのだろうか。泣ける。


「はは、ありがとうな。席は後ろの、あそこだ」


 和んだクラスの雰囲気に満足いただけたのか先生の表情も柔らかい。先生、実は緊張しやすいもんね。クラスのみんなが仲良くなれるか心配してたんだよね。


 先生に教えてもらった懐かしの最初の席に着くまでに色々な席からよろしくーと声をかけられた。当時の自分だったら、さっきの先輩のように挙動不審に困って慌てていただろう。でも、これは夢なのだからと思うと……ちょっとばかし適当にもなってしまうだろう。


 よろしくー、はい、よろしくーと軽快に挨拶を交わしようやくたどり着いた席に座ることができた。


 はて。当時、こんなにさわやかなクラスだったかな。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ