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願望が見せた夢

 出会った頃の、まだあどけない斗真が私を心配そうに見ている。


 さっきは一度も私の方を見なかった。最後だっていうのに、私の方を見ようともしなかった。何を言っても、どれだけ怒っても、詰っても、泣いても、頼んでも、キスをしても……私の方を見なかったのに。


 今は、斗真の目が真っ直ぐ私に注がれている。


「本当に大丈夫か? 保健室行く?」

「──っ、あ、大丈夫だから……」


 肩に触られそうになって、とっさに身体を引いて拒否してしまった。

 嬉しいのに、でもなんだか素直に喜べなくて、複雑な気分だ。


「そうは見えないけど……、まあ、この後は座ってるだけだし無理そうだったら言えよ?」

「あ……うん、ありがとう……」


 私の失礼な反応に気を悪くしたそぶりも無く、斗真は爽やかに軽く笑って前に向き直ってしまった。


 細部まで再現された入学式はつつがなく終了し、保護者と在校生に見守られながら並んでホールから外へと退出する。


 ホールから出ると、ガヤガヤと騒ぎながら散り散りにに散っていく生徒たち。


 ああ。そうだった。


 本当の入学式の日もこんな感じで、いち早くクラスへと向かう生徒と、先着順に申し込み可能となる人気の部活の申込書を取りに行く人とが分かれていて、ごった返していた。


「あ、さっきの」


 会場となった体育館から押し出されるように出てきた次のクラスの波の中から、斗真が近づいてきた。


 斗真が私の方へと歩いてくる。その光景に胸が跳ねた。


 さっきの別れ話の方が夢なんじゃないかと思うぐらい、斗真の一挙手一投足が私の目に飛び込んでくる。


「もう大丈夫なのか?」

「……もう、平気です」


 身長の低い私の顔を覗き込むように、体をかがめる斗真。こんな光景も懐かしい。そういえば、いつからこんな風に話して無かっただろう。


「ならよかった。A組だろ?俺、B組なんだけど一緒に行くか?」

「──いや、えっと、私」


 あれ? そうだったっけ?

 たしか本当の入学式の時は、私から誘ったんだっけ。場所がわからないとか不安だからとかなんとか言って……今から思い返せば近づこうと必死だったなぁ……。


 で、決死の想いで誘ったのに『部活の申込書取りに行かなきゃいけないから』って断られたんだった。苦笑い付きで。あれは引かれてたに違いない。


 その時も、誘わなきゃよかった!!って顔真っ赤にして……恥ずかしかったなぁ。まあでも、勇気を出せた私偉いよ。お疲れ様、私。試合に出ただけ偉いって。


 それにしても、夢の中の斗真は優しい。心配して誘ってくれるなんて。

 夢は自分の願望の現れってよく言うけど、私ったら斗真に優しくされたかったのかな。


「あ、部活の申込書取りに行くとか?」


 私の煮え切らない反応に先回りした斗真の言葉が重ねられる。


 あ、いけない。

 優しい斗真には悪いけど、今の私は斗真に用事があるって知ってるからね。断ろう。


「……はい」

「何取りに行くんだ?」


 ええ……私の夢の中の斗真、結構グイグイ来るなぁ……ちょっと私の深層心理すごいな……

 てっきり「お気遣い有難う。ではお互い用事があるということで、解散!」となると思っていたのに、私の願望悲しすぎる。深層心理では斗真には用事や事情をほっぽり出してでも側にいてほしい! とか思っていたのだろうか。恋愛脳をこじらせすぎている。


「いやー……」


 いけない。このままでは何にも考えて無かったばかりに嘘つきになってしまう。

 前回は名ばかりのチア部に入って、斗真が所属するサッカー部の応援をしたりしてたけど夢の中まで同じ部はなぁ……


 視線を流した壁には、部活の宣伝ポスターがずらりと貼ってあった。各部それぞれ趣向を凝らしたデザインのA四用紙サイズのポスターが並ぶ中。どうやって貼ったのか、一番上に葉書きサイズの星の写真のポスターが飾ってあった。


 なぜか、それだけが光って見えた。


「星座研究部」

「は? せいざけんきゅうぶ?」


 まぁ、そういう反応になるだろう。

 私も見たことも聞いたこともない。


 そんな部、あったかな?


 斗真もその見知らぬ怪しい名前のポスターを探そうとしているのか、顔ごと下から上に揺らしている。やがて探すことを諦めたのか、またこちらに視線を戻した。その視線、嫌な予感がする。


「──じゃあ、俺も……」

「あ、斗真はサッカーだっけ? 早く行かないと定員になっちゃうよ」


 次になんて言ってくるかが予想出来てしまって、斗真の声を遮った。

 自分の願望の中の斗真はおかしい。なんでこんなに距離を詰めてこようとするんだろう。


「え? なん──」

「あ、じゃあ、私はこっちだから」


 自分の中の恥ずかしい願望を見せられているような気がして、それから逃げるように背を向けた。

 後ろから斗真が追ってくるような気がして、足早に校舎の中へと逃げた。


 最初は早歩きだったのに、だんだん、だんだん、駆け足になってしまった。





 北側に位置する校舎は図書館や資料室がある。イメージ通り人気が少なく、とても静かだ。その静まり返った校舎に目的地はあった。追われているような気分が収まらず行きついてしまった薄暗い廊下をひた走っていたら、偶然にもあのポスターの拡大版を見つけることができた。扉の窓には、そのポスターが貼られていて、中が見えない。


 その怪しい扉を目隠ししているポスターに目を奪われ、自然と足が止まった。引き寄せられるように近くに寄ったところで、遠くから近づいてくる足音に驚いた勢いでガラッと扉を開け中に身を隠す。


 はぁ、はぁ、と

 走ったせいで乱れる呼吸音だけが聞こえる。


 走って逃げてバカみたい。


 どうせ本物の斗真は追いかけてこないのに。


 バカみたい。



「……いらっしゃい?」


 後ろから、耳をくすぐるような低い声が聞こえて来た。


 自分以外いないと思って油断していた体が大きく跳ねた。その跳ねてしまったことを隠すように、ソロリとゆっくりと振り向くと、わざとらしいほど真っ黒な黒髪で目元を隠した……これまたダサい眼鏡の、大きい人影があった。


 急に現れた不審人物に恐怖を感じたのか、ひっと喉から引き攣れた音が鳴った。


「あっ……ごめん……こわかったよね」


 不審人物は怖がられているのがわかったのか、少しでも体を小さく見せようと猫背になりぺこっと頭を下げた。


「あ、いえ、そんな」


 ゆっくりと離れる不審人物は、よく見たら普通の……暗い……大人しそうな学生だった。その不審人物は警察にホールドアップされた犯人のように、持っていた紙を大きい動作でゆっくりと私に差し出した。


「新入生だよね? 入部希望者かな? ここ、一生懸命活動してるところじゃないから勉強の時間とりやすいよ。これ、申込書」


 チラッと見えた申請書には、わかりやすいように手書きの注釈が書き込まれている。

 やけに達筆だが読めないこともない。おじいちゃんと文通をしていた経験のある私には解読可能な範囲である。


 そうなんだよね。この申請書、わかりにくいんだよねぇ……。

 私も何度もお姉ちゃんに聞いて書いたなぁ。懐かしさに、縮こまっていた肩から力が抜ける。


「あの、ごめんなさい、違うんです……」

「あ、ごめん! ちがった? なんだ……ごめんね、勝手に……嬉しくなっちゃって」


 また、ぺこっと謝る不審人物はどうやら話してみれば普通の人だった。

 むしろ、ちょっとかわいいかも。


「──ふふ、いいえ。私も急に入ってきてすみませんでした」


 夢の中とは言え、なんだかほっこりした。くるりと身を翻し、扉を小さく開き廊下に誰もいないことを確認する。


「……じゃあ、失礼します」


 よし。誰もいない。

 さっさと教室に戻ろうと頭の中で教室の場所を思い浮かべていたら、腕を掴まれた。


「待って」


 首だけ振り返ると、目元を覆っていた髪が流れ、眼鏡の中の瞳が私を見ていた。


「コサージュ、落としたよ」


 大きな手には、入学を祝うリボンがついたピンクの花のコサージュがあった。


 あの時と同じ。


 でも、その時、私は眼鏡の中の瞳から目が離せなかった。

 とても不思議な色合いで、夜空のような紺色に見えた。



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