そんな私が、私は嫌い
「そう……エンドウ君って優しいんだね! 春ちゃんにこんなに良いお友達ができて私も嬉しいよ~! ほんとうにありがとうね」
遠藤君の思春期男子らしからぬ徳の高い回答を受けた姉の声は、本当に嬉しそうな声色に聞こえた。空想上の“妹のことを大切に思う姉”のような声だった。
「いえ、俺は、そんな」
「キュンってしちゃった! ふふ、でもわかるなぁ。エンドウ君ってカッコいいし優しいしモテそう」
二人がどんな距離で会話をしているのかわからないが、細かく上履きが擦れる音や遠藤君の戸惑う声は聞こえてくる。
「ねえ、本当に春ちゃんと付き合ってる訳じゃないんだよね? おかしいなぁ。最近、帰ってくるの遅いし……何してるんだろう。それに今度はちゃんとした彼氏が出来たんだって嬉しかったんだけど……エンドウ君は何か聞いてる?」
「あ、いや、俺は何も……」
そんなこと遠藤君に聞いてもわかるはずもない。
姉の言い方では『今まで何度かちゃんとしていない彼氏のような存在があった』という風に聞こえてしまう。しかし、現在の私は異性関係は真っ白である。なんでこんな言い方をするのか、なんで姉はこんなにも私のことを知りたがるのか……なぜ、という答えの出ない問いばかりが消えない。
カーテンの向こう側では、姉のふーんと呟く程度の間があった。
「──ごめんね、こんなに引き留めて。エンドウ君にこんなことお願いするの迷惑だってわかってるんだけど……今度、春ちゃんのことで相談に乗ってくれないかな……?」
「俺っすか」
「うん……春ちゃん、最近何も話してくれなくなっちゃって心配で……変な男の人を家に連れてきたり……そういうの怖いし……だから、クラスでどんな様子か少しでも知りたくて……ダメかな……」
ああ、なんで寝たふりなんてしたんだろう。
いつもそう。面倒なことが起きそうになったら気づかなかったふりをして目を閉じる。
知らなかった、関係ない、私のせいじゃない、そうやって逃げてばっかり。
「あー…でも、俺、」
「そうだよね、こんなこと急に言われても迷惑だよね。ごめんね、急に変なこと言って……」
「いや、迷惑って訳じゃないですけど……」
「ほんとに? 迷惑じゃない? よかったぁ……こんなに話しやすいのエンドウ君しかいなくて……」
今も遠藤君にどう思われても平気だ。だってそもそ他人だし。二年になってクラスでも離れたらきっと話さなくなるし、卒業したらもう関わらない人間関係なんだからって心の準備ばっかりして、お姉ちゃんを止めようともしてない。お姉ちゃんから困った相談を受けても、聞いていないところでもフォローしてくれた遠藤君を心から締め出す準備をしている。
そんな私が、私は嫌いだ。
「お姉ちゃん。もう、やめて」
閉じられていたカーテンを勢いよく開けると、想像していたより近距離で話す二人が驚いたようにこちらを見た。
「──春ちゃん! 体は大丈夫? 心配したよ」
ふわりと近づき手を取ろうとする姉の表情には、少しも後ろめたさは無い。対して遠藤君は少し気まずそうに眉を下げている。
「そういうのいいから。遠藤君にも変なこと……嘘言わないで。関係ない人を巻き込まないで」
「嘘なんて……何かあったの?」
キョトンと目を丸くし、小首を傾げる仕草は妹から見ても愛らしさがある。
「何かって……とぼけるの?」
「あぁ、ごめんね、恥ずかしかったよね。ごめんね春ちゃん。私……心配で」
泣き出す姉を見て、焦りが出てくる。
私は本当のことをクラスメイトに相談されて恥ずかしくて怒っているんじゃない。全くの嘘であり、無関係の人を巻き込むことを怒っているのに。なんで、伝わらないんだろう。
「泣きたいのはこっちだよ……もう私のことほっといて欲しい」
握られていた手を押し戻し、距離をとる。
一歩離れた私を見つめながら、またさらに涙をこぼしはじめた。
「また……なんでいつもそんなに冷たいこというの? 最近の春ちゃん、おかしいよ」
「おかしくなんて……」
どうしても言葉が通じない姉から逃げたくて、視線を落とすと姉と私の間に遠藤君の足が見えた。
「星野。先輩は星野のことを心配してるのに、それは冷たすぎるよ」
ぎゅっと胸が苦しくなった。
決して、味方してもらえると思っていたわけじゃない。私の味方になってお姉ちゃんを諫めてくれることを期待していた訳じゃないけれど。
耐えるように固く握った手にさらに力を込めた。
遠藤君から見れば、そうなんだろう。心配する姉を遠ざけようとする妹は冷たいのだろう。だって遠藤君は姉が今話した事情しか知らない。それに、お姉ちゃんは涙を流しているんだもの。まだ泣いていないし、話ができそうな私に諭すような、譲歩を促すような仲裁になるのは当然じゃないか。
当然だと、思うのに。




