表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/30

タイムリープ


「なるほどね…。怪盗が本当に狙っているのは主人公の身内だったわけだ」


 キュ、キュ、と真っ白だったホワイトボードに達筆な文字がどんどん書き込まれていく。


「怪盗が主人公の周りで騒ぎを起こす理由はそこだったんだね」


 書き込む手を一度止め、少し後退して。書き込んだ文字に不足が無いか見回して先輩は満足げに頷いている。


「……星野さんは、ご機嫌ナナメみたいだね」


 その満足そうに腕を組む先輩を見る、後輩の冷めた目に気づいたのかやっとこちらを見た。

 先輩は私のご機嫌の良し悪しがわかるぐらい、私のことに詳しくなったようだ。


 これは嬉しい。


「先輩は今朝からご機嫌ですね」


 私も先輩の機嫌の良し悪しはわかるようになった。はずである。

 ちなみに、先輩は映画の話をするとご機嫌になる。たぶん。


 だって、映画の話の時ぐらいしか私の話に前のめりになったりしないし。


「そうかな?」

「そうですよ」


 ホワイトボードには『ハルコ』だの『怪盗』だの書き込まれている。

 私から聞き出した情報をまとめるつもりらしい。


「状況をまとめよう。探偵ハルコは怪盗ハート泥棒の真の目的に気づいた。怪盗はハルコに自分を追わせて、それを足掛かりにハルコの身内を狙っていたんだね。で、ハルコは身内を怪盗の手から守りたい……と」


 先輩の書く文字はとても達筆で、おじいちゃんみたいな字を書く。たまに読めないぐらい崩しているけど、綺麗でかっこいい字を書く。


「……それはどうでしょう」


 先輩の流れるような字を眺めながら、ポツリと言葉が漏れる。


「ん?」

「身内っていうのが、ハルコの……主人公の姉なんですけど 姉もたぶん怪盗のことが好きみたいで」


 お姉ちゃんから斗真の話を聞いたことはない。無いけど、お姉ちゃんはいつだって……


 いつだって?


「姉が確かにそう思っているって描写があったの?」


 先輩が私の方を見ている。


 なんだっけ?

 何か思い出しそうになったけど、思い出しても気分が悪くなりそうな予感がする。


「いや……」


 手が震え、近くにあったペンケースを弾いてしまった。

 派手な音を立ててペンが何本も床に落ち、転がっていく。


「あらら」


 何事も無かったかのように大きい体を縮め、落ちたペンを広い始める先輩に続き私も急いでペンをかき集める。

 心に広がるモヤモヤのせいで居心地が悪い。

 机の下に潜り込み、遠くまで転がって行ってしまったペンを追う。


「ん~~~今度はハルコの『目的』がわからなくなってきたなぁ」

「目的、ですか」


 片手いっぱいのペンを捕獲し、一度ペンケースに戻すため先輩の方へ戻る。


「物語の軸になるテーマだよ。元の時間に戻りたい、怪盗を捕まえたい、怪盗の魔の手から姉を守りたい、怪盗と姉の禁断の恋を応援したい……とか。そういうテーマが明示されてないと……いや、これはハルコの成長物語なのか?SF、推理、恋愛要素もある成長物語……詰め込みすぎだろ……」


 先輩の手の中にあるペンケースに捕獲したペンを差し戻す。


「先輩ならどうしますか」


 あ、先輩の足元にもう一本落ちてる


「俺?」


 先輩はうーんと上を向いて考え込んでいる。


「もし先輩がハルコだったら、怪盗にお前の敵はこっちだ!って追い詰めますか?それとも、怪盗と姉を応援します、かって……」


 しょうがないので、先輩の足元にあるペンは私が拾うことにした。先輩にこんなに近づいたのは初めてなので少し緊張してしまう。

 先輩はしゃがんでいるのにデカい。何を食べて、何時間寝たらそんなに大きくなるのか教えてもらいたいぐらいだ。


 先輩の足元に落ちていいるペンに手をぐいっと伸ばす。


「そうだなぁ……」


 ペンまであと5センチ。


「俺だったら……」


 急に、耳元のすぐ近くで、先輩の声がした


 驚いて


 私もすぐ離れようと顔を上げた時だった


「あ」


 先輩の唇が、私の口の端に当たったのだった。






 先輩の唇の感触は一瞬だった。


「え、あ!違うんです!ごめんなさい!」


 ぶわっと立ち上がり、勢いよく頭を下げる。

 心なしか、暖かかった部室も肌寒く感じる。

 返事がないので、うっすらと目を開けると……私の制服は、ベージュのトレンチコートになっていた。


 風が私の茶色の髪を揺らす。茶色?

 足元の靴も、私の洋服も、ネイルまで"あの日"の私だった。


「春子?」


 隣から、聞き覚えのある声がした。

 ゆっくり顔を上げると、こちらを心配そうに見つめる……大人の斗真だった。


「と……うま……?」

「あぁ、うん。遅れてごめんな。大丈夫?」

「うん……大丈夫……」


 そうだ。私、久しぶりに斗真から連絡もらって……あの公園で待ってたんだ……

 ストンとベンチに腰を下ろした私の隣に、少し距離を開けて斗真も腰を下ろした。


「それで……今日は……」


 斗真は言いづらそうに拳をきつく握り、下を見たままだ。


 ───あぁ、”あの日”の斗真だ


「春子、ごめん。別れよう」


 なんで、また”あの日”なの?




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ