筋肉は裏切らない
「ダイエットでも始めたの?」
また今日も。昼休みだというのに、敏腕刑事三人組から自白を強要されている。
「春ちゃん、ずいぶんと小食なんだね?」
優等生アカネは、私の今日のお昼ご飯"ゆで卵1個"を見て丸い目をさらに丸くして驚いている。
「これだけじゃ足りなくね?アタシの醤油かける?」
派手なメイクがトレードマークのウミカは本日サンドイッチなのに、なぜかマイ醤油を持ってきている。
「食事制限は初心者がやりがちだよね。時代は筋トレよ」
見るからにスポーツ万能そうな引き締まった肉体を誇る、イズミ様のお知恵をありがたく頂戴することにした。
あと、アカネにもらった唐揚げを食べ、ウミカにはゆで卵にお醤油をかけてもらった。
そしてなぜか遠藤くんからおにぎりをもらった。聞いてたの……!?
「イズミ先生!でも、私、ムキムキになりたいわけじゃないんです!ほっそりスラッとしたいんです!」
もうクラスのほとんどがイズミ先生の体型改革講座を傍聴している。ちなみに最前列はもちろん、私だ。
「アホか!ちょっと筋トレしたからってボディービルダーのようにムキムキになれると思うな!それ、ちょっと勉強したら東大行けちゃうよ~ってセリフぐらいマヌケだから!」
イズミ先生はスパルタなのだ。
「いや、もしかしたら自宅学習で東大に行けちゃう才能を持っているかもしれないじゃないですか!」
こっちも必死だからこそ譲れない!
「その心配は東大が見えてきたらにしなさい。飲むだけで東大に入学できるサプリなんか無いように筋肉を!頭を鍛えないと体型は変わらないし東大は目指せません!!」
「聞きたくなかった!!」
私の叫びと、クラスメイトの笑い声が教室にこだましていた……
*
「……ということが!あったんです!」
「あぁ……それは、筋トレだったんだね。転がってるだけかと思ってたよ」
放課後、部室で体操服に着替え床掃除を自主的に行った。
そして、そこに部室の隅にあった毛布を敷いてイズミコーチに教えてもらった筋トレをしているのだ。
床でのたうち回る後輩に驚き一瞬固まった先輩は、私を避けるように入室した。部室で起きている異常な光景には触れずに、定位置で何事もなかったかのように勉強を始めたのは20分前のこと。でも、やっぱり私の苦しむ声に気をとられるのか、やっと私に話しかけてくれたのだ。
よくぞ聞いてくれた!
私はイズミコーチの教えを布教するかのように先輩に……いや、先輩の心に聴かせた。
どうですか??先輩も入門します??先輩も美ボディになりたいでしょう??
先輩は背が高く、ヒョロヒョロしているわけではなさそうだけれどスポーツが出来そうな……敵に「コイツ、デキル……!」と思わせるようなものは無い。
まぁ、でも先輩は威嚇じゃなくて擬態の生物なんだもんな……
と、先輩に"素晴らしい教え"を押し付けるのはやめて、自分を高めることに戻る。
「自宅学習で……!目指せ東大……ッッ!」
「その話の流れからすると目指せボディービルダーってこと……?」
ふむ。目標を設定することは大事ですね。確かに。
「んぁああ!!ムリ!痛い!筋肉が『もうヤメテ……』って言ってる!」
「ついに筋肉の声まで聞こえてきたか……」
悲鳴をあげる筋肉の声を聞き届け、仰向けで床に転がる。
先輩、転がるって今みたいなことを言うんですよ。今です。今。
ゴロリと転がり、先輩の方を見ながらニヤリと悪い顔をつくる。
「こうして筋肉をいじめた後はしっかり優しくすることが大切だそうですよ。上げて落とすを繰り返すことで筋肉が私に夢中になるらしいです」
「歌舞伎町のホストみたいなやり口だね」
ははは、と笑う先輩の顔を盗み見る。
先輩はだんだん、私の存在に慣れてきたのかよく笑うようになった。
先輩とこうやってなんでもないことを話すのは好き。
こうやって話したらどう思われるかな、とか変に気を回さないでいられる空間は貴重だ。
ほっとする。
その後、計画好きな先輩の口車に乗せられて毎日のトレーニングメニューを部室に貼られることになってしまった。
三日坊主にならない方法は、他人に監視されることらしい。確かに、このまま自分だけでチャレンジしていたら言い訳していつの間にかやらなくなっていたかもしれない。
また、くじけない方法は同じ目標に向かっていく仲間が必要だと思うので
やっぱり先輩を巻き込み、仲間にすることにした。先輩も筋トレ仲間だ。筋肉はトモダチ。キンニクハウラギラナイ。