威嚇と擬態
───浅田斗真はモテる。
なんてったって、入学式の時点で学年の女子の8割のハートを盗んだ色男(笑)なのだから。
そのハート泥棒(笑)と階段で抱きしめあっていたという噂のA組のチビ(私)は、一体どこのどいつだと他のクラスから見に来る生徒もいた。
噂のチビ(私)を見て「あぁ(笑)」と安心した顔で去るのもやめてほしい。私の体格は骨太だろうと、ハートは繊細なのだ……
「それもこれもハート泥棒のせいだ……」
「また大きい独り言だね……」
今日も今日とて星座研究部に皆勤賞だ。
あの階段事件と昼休みの渡り廊下で、親密談笑事件で噂が噂を呼びこの一週間針の筵だったのだ。
10分休憩でも、移動教室でも、昼休みでも、トイレに行っても!体育の合同授業も!監視されているのだ。浅田斗真にハートを盗まれた女子たちから。
「言わばハート泥棒のせいでタイムリープすることになったと言っても過言ではないのに、タイムリープした後もハート泥棒に迷惑をかけられているんです」
「お、あの『春子の大作戦』だね。思い出した?詳しく聞かせて」
先輩は映画の話だと思ったのか、テキストに呪文を書き込む手を止めこちらを見た。少し表情が柔らかくなっている。
よしよし、今日もご機嫌だね。と、飼育員春子は思った。
わくわく顔の警戒心の強い孤高の動物(先輩)に、この一週間の出来事を教えてあげることにした。
「うーん。SFかと思ったけど、推理要素もあるのか」
「推理要素ありました?」
「え、だって大泥棒?怪盗?が出てくるんでしょう?」
先輩は映画バカなのかもしれない。
「まぁ、でもハート泥棒のせいって言うのは言い過ぎじゃないかなぁ」
「えぇー?」
「だって、ハート泥棒がタイムリープを引き起こしたのか……は、まだわからない。というか、主人公がお星さまに願ったんだよね?」
「……確かに」
「それで、なんだっけ?主人公は真剣に怪盗を追っているのに、みんなには侮られて捜査を妨害されるんだっけ?」
そんな話だっただろうか。シナリオが駄作過ぎて編集されたのだろうか。
「まぁ、みんなに馬鹿にされるというか……侮られるような見た目なんだろうね。実際」
グサッと来た。串刺しである。
クラスまで見に来て「あぁ(笑)」と安心された時より深めにやられた。深手だ。
「やっぱり、見た目から得られる情報っていうのもあるからね。『この人は信用できそう』とか『強そう』とか。
自分より強そうな相手には、やっぱり無駄に絡んでいかないし……面倒事も減るんじゃないかな」
た、確かに。
噂の女がお姉ちゃんだったとしたら、みんなわざわざ大きい声で『なーんだ!あんなチビ、相手にされないでしょ!』なんて後ろ足で砂をかけられるようなことをされないだろう。
お姉ちゃんには「ユキだったらそうかもしれない」「ユキには勝てない」「ユキならしょうがない」と言わせる力がある。
「強そうな、見た目……」
自分の見た目を思い出す。
地味な顔については、スクールメイク内でコントロールできる範囲でやるしかない。
チビのくせに猫背な気がして矯正中だが、筋力が足りないのかいつの間にか丸く小さくなっている。
やはり、このぼんやりとした体型が侮られやすいのだろうか。
「自然界でも、相手を威嚇する時は体を大きく見せたり、毒がありますよって色をしていたりするでしょう」
「今は人間界の話をしてるんですけど」
「例え話だよ。でも自然界にはそれだけじゃなくて、敵に見つからないように擬態するパターンもあるんだけどね。あ、探偵としてはそっちの方がいいのかな」
擬態、というワードに気になることを思い出してしまった。
「先輩は、なんで伊達眼鏡をかけているんですか?それに、髪の毛も黒く染めていますよね?」
私と部室にいるときの先輩は眼鏡を外しているが、普段はやっぱり伊達眼鏡をかけて生活しているらしい。
それに、先輩の睫毛は茶色なのに髪の毛は不自然なほど黒色で艶がないのだ。
先輩は、一瞬固まった後
やっぱりマヌケな顔で頭を傾けている私を見て、呆れたように溜息を吐いた。
「擬態、かな。敵に見つからないように」
先輩は前のめりだった体を椅子の背もたれに投げると、疲れたように緩く笑った。
「敵、ですか」
今度は私が前のめりになってしまう。
「そう」
先輩の手がペンを握りだした。
もう会話を終わらせるつもりなのだ。
「ちなみに敵とは……」
食い下がるように、先輩の顔を覗き込んでみた。
「まだ教えられない」
先輩はニヤリとした後、テキストに視線を戻した。
今日のところはこれで映画の話は終了のようだ。私も予習に戻ったが、先輩の"敵"が気になった。
*
「春子、今日も遅いね。部活でも入ったの?」
あの日から朝も夜も時間を避けて生活しているのに、今日は運悪くお姉ちゃんが玄関で待っていた。
「……別に。友達と遊んでただけだよ」
なんとなく、お姉ちゃんには星座研究部のことは言わなかった。あの先輩との気の抜けた時間を大切にしたかったからだ。
「友達って……春子に友達ができたの?だれ?名前は?」
お姉ちゃんの横をすり抜け、自室に向かうが腕を掴まれてしまった。
「本当は友達じゃなくて、"浅田君"と一緒にいたの?」
ドクッと心臓が跳ねた痛みで反応が遅れる。
「……お姉ちゃん、浅田君のこと知ってるの?」
恐る恐るお姉ちゃんの顔を見上げると、私の反応に気を良くしたのか頬を染めてそれはそれは嬉しそうな顔をしていた。
「ううん。クラスの子が言ってたの。一年のイケメン"浅田君"にA組の勘違いチビデブ女がまとわりついてるって。お姉ちゃん、恥ずかしくてそれは妹のことだって言えなかったよ」
その嬉しそうな顔と言葉の内容は噛み合っていないが、姉のおしゃべりは止まらない。
「春子さぁ、いくら浅田君のことを好きでも迷惑かけちゃだめだよ?浅田君も困ってるんじゃない?」
「……浅田君のことは嘘だから。私は何にもしてない。つきまとってもないから」
「そうだよね。春子じゃ釣り合わないって"わかってる"もんね」
お姉ちゃんの手が緩んだ。
そのまま自室の扉の中へ体を滑り込ませる。
「……そうだよ」
扉を閉める。
「あぁ。泣かないで春ちゃん。春子はそのままでいいの。そのメイクとか……かな。"勘違い"って言われちゃう理由。それに春ちゃんはデブじゃなくて、ぽっちゃりだもんね?春子は何もしない方がかわいいよ。大丈夫だから泣かないで」
お姉ちゃんの演説は扉を閉めてもしばらく続いた。