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幼なじみの気遣い

「それ、どういうこと?」


 俺が次の言葉を必死に探していると、愛佳は真剣な表情で訊いてきた。

 やめてくれ。


(そんな顔で、俺を見ないでくれ)


 俺が失敗すると、皆そんな顔をする。

 心配してくれているのだろう。

 それが嫌でたまらない。まるで俺が悪いことをしたかのようだ。


 そんなに真剣に取り合ってくれなくていい。

 なにを心配しているのか。

 もっと、もっと普通にしてほしい。気を遣わないでくれ。俺まで気を遣ってしまう。


 そんなことを考える自分が、たまらなく嫌だった。


「暁」


 愛佳が俺を呼ぶ。

 そして俺から離れると、床に座り、手招きをする。


「ちょっとこっちに来なさい」


 有無を言わさぬ様子だった。

 俺は愛佳の言葉に従って、向かいに正座する。

 と、


「ーーおりゃっ」


 突然、視界がぐるりと回転する。

 それから身体が締め上げられる。虫に食らいつかれたような気分だ。


 愛佳は、格闘ごっこでもする子供のような、そんなことをしてきた。


「痛い痛い痛いっ⁉︎」


 急に力を入れられ、俺は悲鳴を上げる。

 いくら愛佳が細身だといっても、俺だって不健康で細身だ。あと、痛みに弱い。

 じゃれ合うにしても限度がある。

 そもそも、これはじゃれ合いなのか。もうそんな年ではないつもりなのだが。


「ほらっ、もう降参なの?」


 そう言いながら、愛佳は力を緩める気配はない。


「や•め•ろぉ……」


 俺はもがいたが、力は控えめだ。

 こんな俺でも、男だから腕力はある。下手に暴れると、愛佳に怪我をさせかねない。


 ほどなく、俺は愛佳から解放された。


 降参したわけではなかったが、とりあえず満足したからだろう。

 愛佳は息が上がっていた。

 俺は仰向けになったまま、愛佳に話しかける。


「……体力ないくせに無茶すんなよ」

「……うっさいなあ、お互いさまでしょ?」


 息を整えてから、愛佳は言った。


「で、クレーネ様とあのペンダント、どういう関係なの?」


 その問いかけで、察する。

 やはり、あのペンダントは原作にはないのだ。そうでなければ、こんな質問をするわけがない。


 話のとっかかりが出来た。


「いや、実はな……」


 俺はかいつまんで、昨日の出来事を話した。

 もちろん、自殺未遂のことは伏せてある。夢のなかで見たということにしておいた。

 あと、俺が泣いたことも。


 ただし、クレーネが鼻から紅茶を吹き出したことは話した。

 はたして、どんな反応をするか。


「あー、あたしもよくやったよ」

「ああ?」


 なにかとんでもないことを言い出した。


「可愛いよねー、鼻から紅茶吹き出してる姿。変顔したら一発だよ」

「ええ……」


 畜生かこいつは。

 いや、しかしーー


(どんな感性をしてるんだ)



 急に幼なじみの将来が心配になった。

 そんな心配をよそに、愛佳はデスクの前に座ると、ペンダントを手に取った。そして、手のひらでもてあそぶように転がす。


「んー、こんなのなかったと思うけどなー。そういうイベントも見たことないし」

「だよな」


 紅茶を吹き出すイベントがあるのは衝撃だったが。

 しかし、原作にはある程度依存しているようだ。

 少なくとも、なにもないところから突然発生したわけではない。


「いいなー」

「は?」

「だってクレーネ様と喋ったんでしょ? いいなー」


 どうしてそうなるのか。

 いったい、どこまで愛佳は楽観的なのか。


「会ったっていっても、夢のなかだぞ?」

「いいじゃん、夢! そもそも現実で会えるわけないんだし」


 それもそうだ。

 と、納得しかけたが、そういう問題ではない。


「気づいたら身に覚えのないもんが手元にあったんだぞ?」

「それが?」

「いや、それがって……普通は怖いだろ」


 しかし、俺のその言葉に、愛佳はあっけらかんと答えるのだった。


「え? あたしワクワクするけど」

「ーーー」


 呆れを通り越して感心する。

 なんて前向きなのか。


「ひとり暮らし始めたらさ、事故物件とか住んでみたいよね。幽霊とか出るのかな」

「やめとけって……」


 それから、愛佳とは他愛ない話をした。

 学校のこと、家のこと……。

 聞きもしないのに、愛佳からべらべらと喋る。それに俺は、適度に相槌を打つ。


 大したことはしていないのに、時間はあっという間に過ぎていった。

 誰かと話していて、落ち着く。

 そんな気分になるのは久しぶりだった。


「じゃ、あたしはそろそろ帰ろうかな」


 愛佳は立ち上がり、ホットパンツの埃を払うようにパンパンと叩く。

 掃除をしていなくて申し訳ないと思った。

 愛佳にそんな意図はないのだろうが。


「あと、これーーちょっと預かってもいい?」


 愛佳は指先にペンダントをぶら下げた。


「別にいいけど、どうしたんだよ」

「いやー、いわくつきの品ってやつ? そういうの持ってみたかったんだよね」


 いかにもな理由だった。


「それにね、そういうものって、捨てても持ち主のところに帰ってくるんだよね」

「勘弁してくれ……」


 それにしても、愛佳は結局なにしに来たのか。


「………」


 愛佳がベランダの窓に手をかけた。


「……なあ」

「え?」


 思わず、呼び止めてしまう。

 話すか躊躇ったが、愛佳は俺の言葉を待っている。

 意を決して、俺は訊いた。


「……学校に来いとは、言わないんだな」


 俺の言葉を受けて、愛佳は困ったような顔をする。


「言ってほしいの?」

「いや、そうじゃねえけど」


 誤魔化すように、俺は答える。

 言ってほしくなどない。言われたら、きっと俺は機嫌を損ねるだろう。

 だが、言われないのは不思議だった。


「あのさーー」


 愛佳はため息をつき、窓にもたれた。


「学校に行ったほうがいいのはそうだけどさ、通信制の高校もあるわけじゃん? だから、無理していまの学校に行く必要なんてないと思うんだよね。……まあ、学費はかかってるけどさ。それが気になるなら、将来ちゃんと返すって約束しとけばいいし」

「それは……」


 言葉にすれば、簡単なことだ。

 責任を持つこと。

 ただ、それだけのことだ。


「大学の奨学金とか大変らしいよ。それに比べたら、うちらなんて楽なほうだと思わない?」


 その言葉に返事をする暇も与えず、愛佳は俺を指差し、言った。


「だから、馬鹿な真似はしないこと。分かった?」

「あ? 馬鹿な真似ってーー」

「しない?」


 重ねるように言われ、俺は気圧される。


「……しねぇよ」

「よし」


 俺の返事に満足したのか、愛佳は今度こそ、ベランダの外に出た。


「これ、また返しに来るから」


 そう言って、愛佳は梯子を下りていった。

 庭から離れていくのを確認してから、俺は窓を閉めた。

 そして部屋を見回して、気づく。


(……縄が出しっぱなしになってる)


 ベッドのそばに、縄が落ちていた。

 それは昨日のうちに、ベッドの下に隠したはずだった。なにかの拍子に出てくるはずもない。


 つまり、愛佳はそれを見つけ出したのだ。

 それでいて、最後の最後で釘を刺す以外には、その話に触れようともしなかった。


(かなわねぇな)


 俺は幼なじみの気遣いに感謝した。

 釘を刺されたことも、まったく気にならない。


 俺は縄を拾い上げ、ゴミ箱に放り投げた。

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