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幼なじみ来襲

「怖いわ、お前」


 窓越しに、俺は不平を言う。

 どう見ても悪いのは俺だが、だからといって、ベランダに侵入するのはいかがなものか。


 ベランダの手すりには、梯子らしきものが立てかけられている。よくあれを一人でやったものだ。

 いや、感心している場合ではないのだが。


 なおも愛佳は、窓を叩き続ける。


「ちょっとー、開けなさいよー」


 しかも、相変わらずガラスに顔を押しつけたままである。クレーネといい、どうなっているのか。


 今日は休日だから、愛佳は私服だった。


「あたし、機動力重視なんだよね」


 と、ショートパンツを愛用している。

 そして今日もショートパンツで、タイツを履かないあたり、外は暖かいのだろうか。

 機動力重視と言うわりに、本人は寒がりである。


 そんな妖怪ショートパンツは、ヤモリのように窓に張りついて離れない。


「おーい、早くしないと、窓ぶち割ってそっちに行っちゃうわよー」

「お前な、すでに不法侵入してるって自覚を持ってくれないか?」

「えー? おばさんには許可とったしなー」


 どうやら共犯者がいたらしい。

 梯子も、もしかすると二人がかりで設置したのか。


(いや、まあ、二人がかりでも大変だろうが)


 つくづく、お節介な連中である。


「……分かったよ」

「おらおら、早くしろー」


 愛佳が急かしてくるが、俺は取り合わず、カーテンをまず開け切ってから、鍵に手をかける。

 鍵を開けると、愛佳は勢いよく窓を開け、部屋のなかに入ってきた。それも土足で。


「あ、おい! 靴を脱げ、靴を!」

「あら、失礼」


 謝る気が微塵もない謝罪をし、愛佳は靴を脱ぎ、ベランダに放り投げる。


「ものを投げるな、行儀の悪い」

「あんたはあたしのオカンか」


 愛佳は笑いながらそう突っ込み、肘で俺の脇腹を突いてくる。

 まったく、いつも通りだった。


 ガラスで潰されていなければ、愛佳は充分に可愛い部類である。目鼻などのパーツが整っている、というのもあるが、それ以上に表情が豊かだった。

 沈黙が顔を美しく見せることもあるが、愛佳は笑ってこそ映える顔立ちだと言えた。

 セミロングの髪も明るい茶色に染め、その活発さを盛り立てているかのようだ。


「おばさんが協力してくれてよかったわー。そうじゃなきゃ諦めて帰ってた。ーーあ、おばさんのこと責めないでね。思いついたのあたしだし」

「……別に怒らねぇよ」


 そんな気は毛頭ない。

 いったい、どの立場で他人を責められるというのか。


 それに、俺の方にも目的があった。


(愛佳なら、なにか知っているかもしれない)


 淡い期待だった。

 しかし、俺よりも《ルーン•カミニ》について詳しいのは間違いない。俺がネットを漁るより、よっぽど当てになる。


 ここまで来たなら、いっそ割り切ってしまった方が楽だ。


(どうせ、いつかこうなっただろうしな)


 うきうきと部屋を物色している幼なじみを見て、そう思う。

 いや、


「なに人の部屋漁ってんだよ」

「いいじゃん別に。あたしとあんたの仲なんだから。ーーあ、最新刊発見!」


 平積みにした本から、愛佳は一冊抜き取った。


「最新刊ってお前、それもう11巻まで出てるぞ」

「いや、ここで読んでるし」

「俺ン家は図書館じゃねえよ」


 俺の言葉を無視して、愛佳は漫画を読み始める。

 これでは聞くに聞けない。


(いや、そもそもどこから切り出すか)


 愛佳のなかでも、《ルーン•カミニ》はサービス終了とともに終わっている。

 いや、話をすればいくらでも喋りそうだが、どうしていまさらその話をするのか、愛佳は疑問に思うだろう。それも、俺が話すとなれば。


 そんなことを気にする仲ではないのだが。

 やはり、超常現象を前にして、気が昂っているのかもしれない。


 そうして話が切り出せずに、時間が過ぎていった。

 紙を捲る音が、静まり返った部屋のなかに響く。愛佳は熱心に漫画を読んでいた。


(羨ましいもんだ)


 俺には、そこまで集中できそうにない。

 愛佳は、集中すると周りのものが意識できなくなるタイプだった。ちょっとした物音で集中の切れる俺とは大違いだ。


 仕方なしに、俺はデスクの前に座った。

 それからペンダントを手に取る。

 宙にかざし、宝石を光に透かしてみると、半透明であるのに、虹色をした光沢が表面にある。

 つくづく、不思議な代物である。


「どしたの、それ」

「ーーおっと」


 後ろから急に声をかけられて、ペンダントを落っことしそうになった。

 抱きかかえるように、落ちかかったペンダントを受け止める。


「……いきなり声をかけるなよ」

「いきなりじゃない声のかけかたってなによ」


 それは無理難題だった。

 俺の返事など期待していなかったらしく、愛佳の興味はすぐにペンダントへと移る。


「キレイじゃん。あんた、宝石とかに興味あったっけ?」

「いや、全然」


 愛佳は怪訝そうな顔をする。

 それもそうだ。宝石に興味のない俺が、こんな代物を手にしているのだから。


「あ、クレーネ様だ」


 しかし、愛佳の関心はすぐに別のものに移った。

 ちょうど画像が切り替わったのだ。あの、クレーネの腰かけた画像に。


「まだ覚えてるんだな」

「まだって、サービス終了したの今年だよ? さすがに忘れないって。っていうか、スクリーンセーバーにしてるんだ。全然興味なさそうだったのに」


 痛いところを突かれる。

 しかし、愛佳にはお見通しだったか。


「いいだろ、別に」


 素っ気なく返してから、いまこそ絶好の機会だと思い、俺はたずねた。


「なあ、この女神クレーネって、どんなキャラなんだ?」


 すると、愛佳はぱっと顔を輝かせる。

 面倒なことになったかもしれない。


「クレーネ様はね、母性がこれでもかって溢れてるのに、子供っぽいの。子供っぽいって言っても、ワガママとかそういうのじゃなくて、面倒を見たくなるっていうか? なんだろ、ほっとけない感じっていうか、無邪気っていうの? そんな感じで、すっごい大人なキャラなのに愛嬌があって、親しみやすくて、甘えたくなるっていうか。純粋なんだよね。あと嘘つかない。つけないのかな? ぜんぶ本音みたいな。でね、やっぱり女神だからさ、強いんだよねー。手を軽く振ったら、水がとばーって。魔物なんて簡単に消し飛んじゃうんだけど、そのときも辛そうっていうか、魔物にも優しいんだよね、クレーネ様って。仕方ないんだけど、割り切れてないって感じ。そもそも性格が戦いに向いてないんだろうね。シナリオの進行上仕方ないし、立場もあるんだろうけど、見てるこっちも辛かったなー。代わってあげられるなら代わってあげたかったよ」


 そこまで早口で喋ると、息継ぎのついでに、感慨に浸るように、愛佳は黙り込んだ。


 正直に言って、クレーネに関する実用的な話は、いっさい聞けなかった。

 分かったとすれば、愛佳の、クレーネに対する強すぎる思い入れぐらいである。

 だが、


(そこまで印象に差はないな)


 実際に会い、ネットで情報を調べ、愛佳からの話を聞いて、その内容に大きな開きは感じない。

 愛佳は語りすぎな気もするが、クレーネというキャラに対する印象は、おおむね似たようなものだ。


 俺だって、笑われさえしなければ、クレーネに対して好印象だったろう。

 笑われさえしなければ。

 そして、紅茶を鼻から吹き出さなければ。


「で、どしたの急に。クレーネ様のこと訊いてさ。いまさら惚れ込んだって遅いよ?」

「いや……」


 どう話すべきか。

 あまり間を空けると、愛佳は変に思うだろう。

 いや、変に思われるのはいいのだ。

 ただ、俺がおかしくなったと、心配されるような形になるのが嫌だった。


 愛佳が不思議そうに俺のことを見つめている。

 返事を待っている。

 そう思うだけで、頭のなかは真っ白になって、言葉が上手くまとまらなくなる。


「もし、の話だが」

「うん?」

「もしーー」


 言葉がつかえる。

 だが、喉の奥に引っ込みそうなその言葉を、俺はなんとか絞り出す。


「もし、このペンダントをクレーネから貰ったって言ったら、お前はどう思う?」


 面食らったような愛佳の様子を見て、俺は明らかな失敗を悟った。


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