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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第十二章 文化祭編二日目
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89.理由は

「すいません!通ります!」

 人の流れを逆行し、掻き分けながら校舎の中を走る。

 苛立たしげな衆人環視の目を形だけの謝罪で蓋をして立ち去る事を繰り返す。

 幾らか好奇の目で見るような人もいたが、それくらい今の自分はおかしな事をしているという証左なのかもしれない。

 歩き慣れた校舎の中も、こう人が多いと逆にその慣れが判断を鈍らせそうだ。

 どこに行けばいいのか明瞭な答えは出ないまま、体育館からのとりあえずどこへ行ってもいいような道が共通している場所まで躍り出る。

 陽悟(ひご)が言っていた通り閉会式までもう時間がない。

 久米(くめ)の性格なら関係のない人が多数いる、親しいD組の面々に心配をかけさせまいと式が始まれば戻っている可能性が限りなく高い。


 実行委員による、閉会式開始のためのアナウンスが校内に響く。

 今のは一度目、二度目は10分後、そしてその5分後に閉会式は始まる。

 残り時間から考えて探すことができる場所は一つだけだ。


 考えろ。

 前提として久米も追い込まれて走り去る決断を下したんなら、そこまで手の込んだ場所には隠れないはずだ。

 今回、なんで久米は走って行ってしまったのか。

 これはあの時とは違う……あの時と同じようにしたから、今日誰かが悲しむかもしれないなんて考えていなかった。

 考えもしなかった。

 今改めて考えても、何度考えても、俺が過去にこのリスクを思いつくことは無かっただろう。

 根本的に間違っていた、そういう事になる。

 受け入れるしかない。

 じゃあ今どこにいるのか、だ。

 久米はとても辛そうな顔をしていた。

 そんな顔は見せたくないと思って走って行ったんなら一人になりたがるはずだ。

 もちろん移動中にも人の目はある。

 人混みの中で走ってしまえば誰彼構わず目に留まる。

 ましてやそれが久米だとしたら、声をかける奴だって現れるだろう。


 俺が出遅れたこともあるが足取りを掴めなかった事からも、それ相応の速度で走っていた事は間違いない。

 奇異な場所では無い、目に入ったらそれこそ声をかけられてしまう。

 いや……声をかけられても………声をかけられる事を前提としたなら…。


 気づけば階段を駆け上がっていた。

 この時間に確実に一人になれる場所………。

 …D組……D組だ!

 クラスメイトは劇から閉会式にそのまま移行するから教室に戻ってくる人がいる可能性は低い。

 久米はD組の生徒だし教室に入る事には何の疑問も持たれない。

 仮に声をかけられてもやり過ごす事は簡単なはずだ。

 自分たちのクラスだけで何かあるようにさえ見せることさえできれば、他の生徒はそうそう入ってはいけないだろう。

 それは言葉尻を濁すだけで他者は簡単に理解したつもりになる。

 D組でちょっと…とか、これは見せられないから…だとか、挙げ出せばキリがない。

 久米もD組だから、それをわかっているはず…。

 俺が行くべきは……!


 生徒たちは体育館へ向かっている。

 ここまで来ればそもそもの数が少なくなってきた。

 もうみんな閉会式への移動を終え始めている。

 流れに逆らい移動する中、その間も僅かな可能性を取りこぼさないために久米がいないか確認しながら目的地へと進む。

 気づいた事と言えば、保護者や外の人たちはほぼ全て、いや全員と言っていいほどに帰ったようだった。

 まぁ当然のことだが、閉会式や後夜祭には外部の人は出れないし、出し物が無くなったら高校にいる意味はなくなる。

 体育館から昇降口辺りのルートが一番外部の人が多かっただろうか。

 あの人たちのきっと大部分がシンデレラを観て、帰る支度をしていた人たちだということが予想…でき………。


 ………。


 思えばあの場所では苛立たしげというより、割合は好奇の視線が多かったように感じる。

 あの場所は久米も通らざるを得ない。

 体育館から繋がる道はそう多くない、一本道と言い換えることが出来るほどに。

 シンデレラを観て帰る人たちの只中に割って入って走って行った………。

 久米はシンデレラで……主人公で……感じる視線も俺とは比べ物にならないはずで………ましてや俺よりもまだ人が多いタイミングだという事も懸念に加えることができて…………。


 俺と同じ判断ができたのか?

 いや、そもそも出来るのか?

 あの緊急時に、俺よりも遥かに過酷な状況で?


 違う………。

 D組じゃない。

 久米がいるのは、D組じゃない。

 D組の前まで来て、たどり着いてやっと、出した答えが正しくない事を思い知る。

 周りにはもう誰もいなくなってしまった。

 ただ一人扉の先に思いを馳せる。

 教室な訳がない、逃げ込む場所に相応しくない。

 逃げ出してしまうほどの精神状態で、あの視線は凶器だ。

 鋭利な刃物になり得る、身を切り裂き心を引き裂く。

 それは幼い頃から……小学校、中学校、高校と経験して。

 身に染みて分かっているはずだ。

 誰だって理解している。

 この場所が、如何に視線の飛び交う一人には成れない息苦しい世界だと言うことが。

 それは人気者であっても、ぼっちであっても、等しく視線には晒され続ける。

 それが心地いいものか、突き刺さり辛いものかは人によって違いが出る。

 ただ、安息の地では断じて無いはずだ。


 言葉ならまだいい、嫌なことがあってもこの教室という場が関係なければ席に座る事を耐えることが出来る。

 だが視線に…視線そのものに嫌な思いを抱いてしまっては教室ほど心が安らがない場所は無いはずだ。

 常日頃どれだけの視線がここに混在していると思っている。

 入れはしない、選択肢に上る事もない。

 久米は、彼女は逃げ出したかったのだ。

 俺に、あの場にいた者たちに、誰にも見られたくなかった。

 その先に待っていたのがあの好奇の視線なら、彼女の苦しみはどれほどのものだったのか……最早想像する事もできない。


 見つけてあげられなかった。

 ただその事実が重くのしかかる。

 扉に手をかけ、視線をその手に下ろす。

 この先に久米はいないのに、扉を開こうとする自分の諦めの悪さが憎い。


 ……考え方を変えるしかなかった。

 扉を開き、受け入れよう。

 この目で見て間違えた事を知るんだ。

 きっとこの扉を開く事にも意味がある、そう信じて。


 逃げるなんて、自分の専売特許だったはずなのに。

 少しまた助ける味を覚えれば昔のままに理想に生きて。

 背負いきれずに放り投げ、初めて逃げた重い記憶を引っ提げてこの高校までやって来たことを忘れたとは言わせない。

 第一、俺の頭は忘れられるように出来てない。


 逃げ込む先はいつだって、自分にとって大切がある場所だ。


――――――――――――――――――――――――


『……ん?久米か』


『まさか君が来るとは思わなかったな』


『劇見てたよ。素晴らしかった。あ、もちろんその時は代わりの先生にいてもらったよ。心配するな』


『………ゴシゴシするな、腫れてしまうだろう』


『ほら、これで目を拭いて』


『……大丈夫だからな』

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