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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第十二章 文化祭編二日目
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88.前と違うこと

山内(やまうち)くん。この告白って雨芽(うめ)くんに頼った?」

「え?あぁまぁそうだな。色々と考えてもらったけど」

 あくまで確認するだけの、久米(くめ)の興味はおそらく今はこちらにしか………。

「そうだよね。……私にこの場所教えたの、雨芽くんだもんね」

 まずい、どこかおかしい。

 何がおかしい?

 前と違いすぎている。


 これは……きっと何を言ってももう駄目だ。

 取り返しのつかないことをしてしまった。

 そう確信させるには彼女の表情は悲痛に染まり過ぎている。

「さっき腕輪を陽悟(ひご)くんに渡すのを見て、この場所に連れてこられて。きっと……この告白は何日も前から決まってたんだよね。……違う?」

 俺に向けられる表情に、視線に、声遣いに。

 何もかもが俺の想像していた事と違う方向に向けられていて。

「あぁ……山内に頼まれて、それで色々……考えて…」

「………何も…思わなかったの?」

 その言葉は、記憶の奥底で引っかかるものがあって。

 同じ様に言ったのは単なる偶然か、何かを知っていたのか。

「俺は……」

 その先に続く言葉は言えなかった。

 間違っているのを認めたくないなんて、そんな安っぽいプライドはとうの昔に消え去っている。

 そしたらどうして、なんて答えは簡単だ。

 久米にはそうあって欲しかった、自分勝手な自らに都合のいい単純すぎる醜い答えだ。

 傷つける事を恐れた。

 傷つく事を……恐れていた。

 自分の心を守る為に踏み込む事を選択できなくて、どこかで考える事をやめてしまっていた。

 扶助部っていう肩書きを持っていたはずなのに……昔とは違っていたはずなのに……。

 俺にはきっと、関わりのない形で救われて欲しかったんだ。

「………ごめん」


 久米が望んでいた言葉はこれではなかっただろう。

 謝罪なんて欲してはいなかった。

 こんなもの、今この瞬間だけの会話だけで分かる簡単な事だった。

 そのはずなのに俺は、ただ謝ることだけしか出来ない。

「私は………ダメだ」

 地を蹴る音が聞こえ、身体を冷やす風が横を通り抜ける。

 ごめんねと口元だけが僅かに動くのを最後に、俺は久米の顔を見ることができなくなった。

 この場にいるのが耐えられない久米を、俺はどうして引き留めることができるのだろうか。

 ふと引き留めるという言葉に、またあいつの顔が浮かぶ。

『またね』

 違うんだとそう結論付けたはずなのに、頭はやはり出来損ないだ。

 つい最近の、記憶に新しいそれのせいでもあるんだろう。

 手を伸ばせなかった今年の夏に、今日の答えは既に出ていたのかもしれない。


「あぁ……失恋かぁ」

 山内が乾いた空気の中、苦々しげに呟く。

「………悪いな…」

 何がどう悪いのか、自分でも分かっていないのにそれは口から出た。

 今は自分の責任にするのが楽だったからだ。

 誰かを巻き込めば、それはきっとまた記憶に重くのし掛かる。

「別に雨芽くんは精一杯やってたよ。今回は多分、俺の魅力不足だ」

 口を開いてもきっと、両者マイナスな事しか出てこないだろう。

「……いや、いい奴だよ。山内は」

 そんな言葉はこの場にとっては更にマイナスで、ただ意味もなく……いや、自分を守る為に口は動く。


 もう……話してしまおうか…。

 今の山内なら親身になって考えてくれるんじゃないか。

 俺では分からないと塞ぎ込みたくなるような現実を、誰かに預けてしまえば今日この日を記憶の奥底に仕舞うことができる。

 全部話して、全部背負わせて、全部……引き継げたら……。


 今の俺には……何が残るんだ……?


 突然肩を掴まれて振り向かせられる。

 目の前にあるのは陽悟の顔だった。

笠真(りゅうま)!追いかけないのか!?」

 とても失望したかのような、幻滅したかのような。

「俺が……追いかけるのか?」

「当たり前だろ!君以外誰がいるんだよ!」

 違和感のある物言いだ。

 こんなの陽悟らしくない。

 その言葉は止まっていた鼓動を再び動かす熱を持ち、記憶にない何かを呼び覚ます不思議な力が備わっていて。

 でもきっと変われない、変わっていない。

 見つけることも出来ないだろう。

「俺は……分からないままだから。たとえ今の俺が行っても」

「それでも……!それでも俺は君に追いかけて欲しいんだ!」

 後ろに立っている古名(こめい)がこんな陽悟見たこともないと言った顔で目を見開いている。

 俺も同じような顔をしていたと思う。

 山内もそうだ、この場にいる誰もが同じだった。

 陽悟の初めて見るこの強い意志は、そのぐらい衝撃的だった。

「分かった……。行くよ、俺」

 咄嗟に出てきてしまった言葉は、今更引っ込められない。

 分かっていたことだ。

 どんな結果になろうとも、今は手探りでやるしかないんだ。

 分からないなりに努力しなきゃ話にならない。


 陽悟が文化祭実行委員の腕輪を掴んで問う。

「もう閉会式まで時間がない。笠真の閉会式の文化祭実行委員としての仕事は何なんだ?」

「来る人の整列……。うちのクラスの実行委員はマイク出しの班だから俺が代わりに入ってる」

 閉会式の写真は小瀬(おせ)が一任している。

 俺のやることは周りの普通の文化祭実行委員と同じだから、もしもの時も隣のやつに聞けばなんとかなるはずだ。

「俺が代わりにやっておく!笠真が戻って来たら、この腕輪は返すから!」

 鬼気迫る陽悟の話し方は、この場にいる誰も割り込めるものではない。

「閉会式の時には戻っている可能性もあるけど、きっとだめだ!その前に見つけて、笠真が連れてくるんだ!」

 失敗する可能性なんて、微塵も考えていないようだ。

 この期待は……重い。

 追いかけるという選択肢を、俺は陽悟に取らされている。

「………分かった……努力はする」

 誰にでも言うその安っぽい言葉を、今日は陽悟に言うことになった。

 本当に俺はいつも……いつまでも……。


 目的があればこそ駆け出す足に力はこもるが、今の俺はどこに向かえばいいかも分からない。

 渡り廊下は相も変わらず人の気配はなく、挟んだ先には校庭が広がっている。

 校舎に入ろうと曲がった時、後ろに誰かの気配を感じて振り返る。

 人の気配は無いはずなのに、どうして目を切った瞬間に何かを感じ取ったんだ……?

 そうして記憶を辿れば、この場所での記憶なんて簡単に絞り切れてしまう。

 置いて行ってしまった久米の記憶だと、あの時振り返ることができなかった俺が覚えている後悔だと分かり胸を強く締め付ける。

『今じゃなきゃだめなんでしょ?じゃあ、行ってきなよ』

 あの時だって……。

『行ってよ雨芽くん』

 俺は久米に行き先を示されて………。

「くそっ……!」

 焦る気持ちに逸りながら地を蹴り走り出す。

 思い出す度に脳が焼き切れそうなほど怒りを覚えてしまう。

 久米雪羽(せつは)という一人の女の子に、あのような表情をさせてしまう雨芽笠真は、この男は一体何がしたいのか。


 俺は………俺は…!


 ………言い訳も思いつかない。

 次に続く言葉が出てくれば、それを修正して、対案を出して、より良い物にだって出来るはずなのに。

 久米に出会えばこの口は動くだろうか。

 久米が望む言葉を紡げるのだろうか。


 昨日のようにはいかない。

 行き先を示してくれる久米はもういない。

 俺が見つけられる保証はない。

 せめて誰かが久米の向かう先にいてくれれば、いてくれるのなら。


 俺は奇跡を願いながら走り続ける。

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