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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第十二章 文化祭編二日目
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87.ヒヤヒヤして

 劇もいよいよ大詰め。

 久米(くめ)の演技も劇が進めば進むほど気持ちが乗ってきたようで、観客の反応から見ても心を奪われているのがよく分かる。

 主役として輝く久米のその作品に、脇役としてでも出られたことが誇らしい。

 果たして王子様という役柄がそこまで脇役っていう言葉が相応しくないのが考えものだが。

 それにしても、だ。

 相応しいか相応しくないかの話で言えば、それはやはり俺自身にも回帰してしまう。

 本当に俺が決めていいのか。

 俺にその資格があるのか。

 偶然……偶然だ、きっと俺と久米の出会いは。

 そこに久米の意志が内在していないとしたら、本当に久米は幸せになれるのか?


 誰かに幸せになってほしいとか、自分が誰かを幸せにできるわけでもないのに、選んだ果てに待っている誰かがその人を幸せにしてくれることをきっと望んでいて。

 誰かは辿り着くまでどんな人なのか分からなくて、国境を跨ぐこともあれば今隣にいる人かもしれない。

 ガラスの靴はシンデレラが持ち主だと分かり、王子様とシンデレラはめでたく結ばれる。

 拍手喝采の中大団円を迎えて、物語はハッピーエンドだ。


 シンデレラにとっては一夜の夢だった。

 王子様が彼女を見つけて、夢は永遠へと変わる。

 彼女が望んだ道から外れ、王子様と交わり夢は形を変えた。

 隣でシンデレラを演じている彼女はとても……幸せそうだった。


 舞台の光は絶えず点けられている。

 だが観客席の光も点灯し、明かりの優位性は逆転した。

 劇は終わった、とても良い劇だったと思う。

 悪い点が思い浮かばず、褒められるべき箇所が随所に見つけられた学生にしては上出来なくらいの劇だ。

 舞台から俯瞰すると、体育館の広さと人の釣り合いにため息が出る。

 こんなに見に来てたのか、なんて劇が始まる前にも確認した事を今更になって実感する。

「次のために早くお客さん返した方が良いんじゃないか?」

 と嘘ではないがそれっぽいことを言ってD組の文化祭実行委員である瀬川(せがわ)を誘導する。

 理解してくれたようで出入り口に走って行って、ついでに古森(こもり)もそれに倣って観客を案内し始めた。

 俺も制服に着替え直してこようとしばらく表舞台を後にする。


 着替えにあまり時間を掛けるわけにもいかないので、急いで五分以内に収める。

 戻ってくると舞台上では片付けが既に始まっているところだった。

 後にある閉会式のために始まる時と同じ状態に戻さなければならないので、なかなか時間に余裕はない。

 俺個人の都合もありここは普段以上に気張る必要がありそうだ。

 口々に片付けるのが嫌やせっかくの思い出がなぁなどの言葉を発し、ややスローペース気味の後片付け。

 なんか俺いなくなってもバレなそうだな………。


「あ、雨芽(うめ)くん!」

 声をかけられそちらを向くと、久米がいつも通りの制服姿で立っていた。

「あぁ。うん。劇、良かったな無事に終わって」

 返答と共に劇の成功を祝しておく。

 脈絡があるのか不安だけど、まぁ話の流れの主導権は無理にでも持っておきたい。

「えぇ……なんか成功したテンションじゃなくない?」

 そりゃ俺的には今劇の成功も失敗もぶっちゃけ関係ないからな……とか口が裂けても言えねぇ。

「そうか?めちゃめちゃ喜んでるって実際」

 成功がもたらすポジティブな思考は他にも影響を与えるから、多分そう部分的にそう。

 どっちかと言うならやはり成功の方が良いに決まっている。

「理由がなんだか捻くれてそう」

 何故分かった。


 舞台に目を向けるが、未だに片付けに参加しろと声を掛けられはしない。

 気を遣ってくれているのかもしれない。

 後は俺たちがやっておくぜー!みたいな。

 お疲れ様休んでていいよ、みたいな。

 久米もなんだかここで話し始めてからあっちを気にする様子も無いし、本格的に羽を伸ばしてるってことになるのかな。

 王子様の代役も、ここまできたら偶然の噛み合いに頼るしかない。

「……えっと…お前に話がある」

「えっ!?」

「…………奴がいる」

「え?」

 早いよ反応。

 そのせいでとんでもねぇ早とちりだ。


 まぁ、ここだけでも言えば久米は分かるだろう。

 これから、相手は察せないだろうがある程度心構えはしてくれると思う。

「……ついてきてくれないか?」

「う、うん……」

 体育館の出入り口まで歩く。

 昨日は久米が先を歩いてたな、なんて事を思い出しながら歩を運ぶ。

「え?陽悟(ひご)くんが……話?」

 打ち合わせ通り陽悟は先にいて、久米はその事に困惑しているようだ。

「いや、違うんだ。この先にいる」

 陽悟が頷き、道を開けながら俺の隣に来る。

 文化祭実行委員の腕輪を渡し、

「じゃあこれ、頼んだ」

「あぁ……わかった、任せて」

 と返事の間の僅かな時間、瞳が若干揺れる様子を垣間見えてしまった。

 知らなければこのまま前へと後ろ髪を引かれることもなく行けたが、その事が気になってしまう。

「陽悟……何かあったか?」

 トラブルとか、作戦の変更までなら……それも難しいが作戦の中止まであるか……?

「いや、こっちは何も。笠真(りゅうま)の方は問題ないんだろ?」

「あぁ、まぁ……そうだな。特に何も……」

 久米のことは、まだ俺には分からない……はずだ。

 さっきの……劇の終わりを迎え、観客に手を振る最中。

 隣で見たあの表情に意味を見出すなら……今から俺がやる行動は正しいものだと思う。

 好意的に見られることを、久米が人よりもそれを大切にしているんじゃないかという仮説は少し前から薄々ながら持ってはいた。

 思い当たるのは櫛芭(くしは)との、扶助部での事だ。

 あいつら二人はあの場が初対面だった。

 確かに同じ場に長くいれば、距離感は否応なく変わる。

 久米はその変化をできる限り急いでいた。

 距離を詰め、その関係性を親密なものにしようと努力を惜しまなかった。

 その矛先が嫌悪になる事も、避けられ無関心になる事も恐れずに。

 今日のこの劇の中で、お姫様に対する憧憬、観客への視線と演技など、つまるところこれ以上説に詰め寄る方法がない。

 最大限努力はできたし観察することもできた。

 この後の告白によって、俺はきっと久米をもっと分かることができるはずで……久米にとってより良い答えを選ぶことができるようになれる……そう思っている。


 体育館と校舎の間へ移動する。

 久米を置いて行ってしまった、つい昨日の場所。

「ここって……」

 園芸部の花が植えられている場所はすぐ近くまでコンクリートが敷いてあり、靴を気にすることなくその場は立ち入れる。

 そこには、久米を待っている人がいて。

「……山内(やまうち)くん………か。そっか」

 ………そっか……って?

「うん。そうだよ」

 山内が答えた。

 その雰囲気は男らしく勇気を持ってこの場に臨んでいる。


 久米の言葉は気を留めていないようで、山内は再び口を開いた。

「久米はもう、忘れてるかもしれねーけどさ。久米って、一年生の頃からモテてたじゃん?だから、俺がモテたい!って理由でバスケ部入った理由を笑って聞いてくれて」

 前にも言っていた通り、思いを伝えることに重点を置いている。

 山内にとって成功の有無は二の次になっているという話だが……。

「意外とその時のこと結構自信にもなってるんだぜ?雑談だったかもしれないけどさ、見た目とか印象とか話し方とか、参考にできる部分が沢山あって。思ってる事、包み隠さず話してくれてさ」

 山内の話は淀みなく、今日のために考えられてきたのであろう思いの丈だった。

 その分久米のさっきの言葉に含まれた反応が異質な物に思えてしまう。

「そのくせバスケはすっげー上手いんだよな、久米は。めっちゃ頑張るし、手ぇ抜かないし、周り見れるし。みんなに頼りにされてて、俺には可愛いってのよりカッコいいってのが真っ先に浮かんでさ」

 何か、違う。

 心配しているのとは違う、嫉妬でもない、どちらか片方を見ての話でもない。

 告白ってのは一方的だ。

 会話として成り立つかはその場の雰囲気やそれまでの関係性が大いに影響を与える。

 だから今回の場合はおかしな事じゃない。

 山内が準備をして、話をしている。

 久米はそれを聞く立場だ。


 ………なんだ、なんなんだ……この違和感は。

 このまま話を進めると……嫌な予感がする。

 その冷えた目……見覚えがある。

 口元とは違うアンバランスな……底では熱のこもっていない表面的な柔らかい瞳。

「惚れたんだ、はっきり言って。それが分かったのはまぁ……最近になってからなんだけどな」

 この場所だ。

 この場所で久米は同じ目をしている。

「バスケ部来なくなってさ、気付いたんだ。俺にとって久米と話してる時間って何にも代えられない物なんだなって。思ったよりもそれが無いのが辛くってさ」

 告白をする時だけじゃない。

 告白をされる時も、久米はもしかして………いや、まさかそんなことが……?

「関わる人が増えて、もちろん女子とも話すことは増えたよ、そりゃさ。でも、久米にとってはそうではなかったとしても……俺、バスケ部じゃなくなっても久米と関わっていたい!」

 久米は人への、人からの好意というものに興味がないのか……?

「…山内…待っ」

「すっげー突然だけど!ずっと前から久米のこと、好きだったんだ!俺と、付き合ってください!」

 後ろでえっ!?と声がした。

 ちらりと見ると古名(こめい)が陽悟にまさしく捕まっている形で隠れている。

 前にいる二人は多分気付いてないだろうが、今はそれよりも、

「こちらこ……そ………」

 瞬間、久米は固まった。

 とても告白を受ける表情には見えない。

 じゃあどうしてその言葉を選んで、途中まで……?


 山内が心配してどうしたの?と問う。

 が、それに答えるよりも前に、無視して久米はこちらに顔を向ける。

 ヒヤリとしたものが背筋に走った。

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