表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第十二章 文化祭編二日目
88/106

86.ハラハラして

 物語は語りから始まる。


 幼くして母と父を亡くした娘、シンデレラはその身元を父の再婚相手の義母に引き継がれる。

 義母、連れ子と暮らすことになり、シンデレラの容姿を妬んだ彼女らから召使いのような扱いを受け悲哀な日々を送る。


 語りが終わり、そして本編へ。

 そんなシンデレラにとって辛い日々が続く中のある日、お城から舞踏会の招待状が届く。


 シンデレラ。あなたは家で掃除に片付けよ。

 舞踏会に参加することは認めないわ。

 大体、あなたは舞踏会に参加する美しいドレスも、綺麗な靴も持っていないじゃない。


 彼女らの態度は一貫してシンデレラの存在を認めない。

 義母と連れ子は舞踏会に出掛け、家に残るシンデレラは一人悲しく泣いていた。

 そこに現れたのは妖精、フェアリーゴッドマザー。

 魔法を使ってカボチャを馬車に、ネズミを馬に、シンデレラの衣服を美しいドレスへと変える。

 深夜12時に魔法は解けてしまうがシンデレラはガラスの靴を履き、例え僅かな夢のような時間でさえも彼女の思いは揺らがなかった。

 シンデレラはその夢の中で、王子様と出会う。


 あの娘はどこの者だ?

 見たことがないぞ。

 でも王子様は娘を気に入られている様子だ。


 王子様の気を引いている存在がシンデレラだと分かり、城の要人達は慌ただしい。

 舞踏会の参加者達もシンデレラを一目見ようと視線は一箇所に集まってしまう。


 二人は静かな場所へと身を移した。

 シンデレラの夢に見ている王子様は目の前に、王子様もまたその瞳の中にシンデレラが。

 誰に見られることもなく、互いに手を取り合い相手を想い心をこめて踊るのだ。


「……今、どんな気持ちなんだ?」

 傍に控えて背景が庭園に変わるのを待つ中、久米(くめ)に問う。

 明かりが消えた舞台を見つめながら久米ははにかんだ。

「王子様に出会えて嬉しい……かな」

 あえて、あくまであえてだ。

 久米の意思を汲み取るのならこの言葉は本心ということになるのだろう。

 昨日のこと、今日のこと、劇、配役、それを以て全て。

 今この瞬間まで無事に劇を執り行えたことを表しているのだろうか。

「私としては魔法使い……じゃなかった妖精か。その役だと陽悟(ひご)くんがイメージにぴったりなんだけど、陽悟くんは女の子じゃないしねぇ」

「陽悟がか?」

「王子様役は私が力技で決めちゃったし、まぁだからそこはなんか違う気もするけど……。私の中ではそうかな」

 久米がやらなくてもきっと陽悟はやったぞ……ってのは別に言わなくていいか、うん。

「こればっかりはアクシデントだから仕方ないけどね。ほんと、雨芽(うめ)くんがいてくれて助かったよ」


 舞台の背景や置き物の設置を終えて、D組の用具担当の生徒たちが戻ってくる。

 隣を通り過ぎる時に、頑張ってだとか応援してるよだとか。

 また随分と身に余る期待を背負ってしまったものだ。

 俺は代理だってのに……。


 もうすぐ明かりが点き、劇は再び幕を開ける。

「何か、やりたいことってあるか?」

「どうしたの?突然」

「いや、ふと思ってさ」

 久米はなにそれ、って笑いながら顔を上げる。

 その表情は安心し切っているような、これから観客の前で演じる人物としては随分と強かだ。

「それってあれ?この文化祭が終わったら、結婚するんだ。ってやつ?」

「なんでそんなテンプレ台詞を期待してると思ったんだよ」

 やはり余裕に満ちている。

 空元気とはとても思えない流暢さだ。

「なんでもいいんだ。明日でも、一年後でも、十年後でも、久米がやりたいことを言って欲しい」

 そんな未来のこと。

 俺が関与できると思えはしないが、未来は絶対に過去の地続きの先にある。

「私の…やりたいことかぁ……」

 ドレスを着た久米はその場でヒラリと回り、今度は一息吐いてから自分の手を開き眺め始めた。


 照明の白い光が舞台を照らした。

 陽悟がぐっと親指を立ててこちらを見ている。

 後は俺たちのタイミングだ。

 久米は舞台袖のカーテンを少しめくって、観客席を見る。

 きっと物語のシンデレラなら今は幸せの絶頂期だろう。

 シンデレラストーリー。

 王道の、憧れの、そして感動的な。

 だからD組の劇の題材に選ばれた。

 人を選ばない、誰もが羨み愛しそして知らぬ者がいない名作だ。

「このまま、お姫様になるのも悪くないかもね」

 また、新しい表情だ。

 その横顔はとても綺麗だった。

 高校生というまだ大人には少し届かない身なりで魅せる、人を人に恋慕させる表情だ。


 ふと呟かれたその言葉に、目の前の大人びた久米の表情に、俺はまた分からなくなってしまった。

「今も…今日の朝から……いや、昨日………違う。もっと前だ」

 振り向いた久米の顔は変わらない。

 この劇で、久米は変わってしまったのだろうか……。

「久米は、結局何がしたかったんだ」

 そんな過去のこと。

 それだけだ。

 俺にあるのは過去だけなんだ。


 俺の言葉に残念そうに目を伏せて、久米は背を向けた。

「雨芽くんが決めていいよ」

 たったそれだけを言い残して。

「そんなの無理だ。決めていいはずがない」

 人の未来は、その人自身が選択するべきだ。

 淡白になった言葉は、切り捨てた風に聞こえてしまっただろうか。

 後ろに両手を回し、手首を掴んで久米は楽な姿勢をとった。


 話したいことができたんだろう久米は、その手を再び前に持ってきて俺の目からは見えなくなった。

「もうすぐ半年だよね」

 ………そうか。

「……もうそんな経つんだな」

 久米が依頼をしに来て、まだその時は扶助部という名前もなくて。

 久米は扶助部に住み着いて、部員になって櫛芭(くしは)と仲良くしようと努力して。

 体育祭も、合唱祭も、扶助部で久米はよく頑張ってたと思う。

 夏休みに入って環航小学校の劇の手伝いをして、子供たちにも接して、その姿を見て。

「たくさん見てきたでしょ。私のこと」

 人助けってやつを久米は慣れてなさそうなところを見え隠れさせて、それでも持ち前の明るさとか人当たりの良さとか、そういうのを惜しむことなく使って精一杯取り組んでいたと思う。

「全部、雨芽くんは覚えているんだよね」

 だから俺は、多分そんな久米を……。


 助けたいと思ったんだ。


 何から、なんて今も分かっていない。

「忘れられないんだよね、雨芽くんはきっと」

 時折見せる影を落とした表情に、言葉尻に引っかかる歯切れの悪さに。

 何かがあることなんて誰にでも分かる。

「だって、未白(みしろ)ちゃんの時言ってた。記憶からって。今となってはあやふやな所もあるけど、それだけは印象に残ってるよ」

 それはきっと櫛芭も分かっているはずだ。

 だけど安易に踏み込めない。

「記憶力がいいなんて、きっと良いことだけじゃない。苦しいことも人並み以上にあるかもしれない」

 もしも不用心に土足で踏み入り、久米を傷つけてしまったら。

「だけど、それでも雨芽くんが決めてよ」

 その傷は俺のせいで更に広がり、修復が不可能になってしまうかもしれない。

「私より私らしい答え。私の姿から見つけてよ」


 そのドレスは似合っている。

 女性らしさを際立たせ、気品と可愛らしさを併せ持った本当に魅力的な姿だ。

 お姫様、なんだと思う。

 誰にとっても、男も、女も、きっと久米の魅力は一目で分かる。


 この目で捉え、それから歩き出す。

 隣に立ち、劇の再開を促しつつ言葉を添える。

「その答えが久米にとって納得ができない物だったらどうする。受け入れるのか、受け入れないのか」

「受け入れない。私が納得できなかったらそれは間違ってるよ。雨芽くんの人助けってそういうことなんでしょ?」

 俺の……人助け、か。

「それは………まだ分からない。久米の目にはそう見えるか?」

 成華(せいか)の後を追って、結局まだ答えとして形を成していない俺の中にある何かは、案外そんな単純な作りになっているのだろうか。

「私は……そうだったらいいなって思った。だってその方が素敵でしょ?」

 素敵……なんだか本当にお姫様みたいだ。

「その答えも、教えて欲しいな。きっと私の想像もつかない大好きになれる答え」

「キッツいなぁ…それ」

 息を吐いて静かに笑い合う。

 吐息を漏らす口に手を当て、久米は笑いを堪える姿勢から俺を見上げる。

「今のは、私のが間違いでもいいよ。それを忘れちゃうようなとびっきりの雨芽くんの答え、いつか教えてね」

 小さく頷き合って、姿勢を正し前を見据える。

 一歩ずつ舞台の中央まで歩を進めると、ライトが身を照らし観客は少しだけ歓声にも似た声を挙げた。


「私の中では、二つあるの。二択まで絞れた」

 久米は歩きながら俺にだけ聞こえるように囁く。

「私の気持ちを汲んでよ。記憶の中で、過去の私はどう見える?」

 話は戻る。

 久米の中の、何かの話だ。

「どうか、雨芽くんが私を見つけてくれますように。……そして今は」

 そう言って久米は歩みを止めた。

 演じる位置に立ったのだ。

 ここから、彼女はシンデレラだ。

「一緒に踊りましょう」

 王子様である俺は、その言葉にこう答えた。

「喜んで。お手をどうぞ」

 演技でもあり、持てる力の限りの強がりだ。

 溢れる彼女の魅力に、目が眩んでしまわないように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ