84.省みれない
今か今かとコーヒーを待ちながら数分。
文化祭用に持っていたカメラも櫛芭と二人じゃ持て余し気味で、現在インテリアの役割を担っている。
なかなか来ないなとメニューを見直してみると、下の方に小さく、
『注文から少々お時間をいただく場合があります』
なんて書いてあった。
この書き方よく見るけど、ある種詐欺の手口だろこれ。
まぁD組の劇までまだしばらく時間はある。
周りを見ればコーヒーを注文しているお客さんはポツポツいて、お時間をいただくとは言ってもそれはきっと良識的な範囲だろう。
多分、おそらく、maybe。
で、注文での一悶着も時間が経ち、徐々に櫛芭も落ち着きを取り戻してきた。
それ自体は問題ではないんだが、いかんせん今のような時間を潰せる話題がない。
櫛芭はどう思ってるか知らないけど、こちらはかなり気まずいのである。
昨日に引き続きって言ったら変だけど女子と二人きりだから。
……メイド喫茶は俺の趣味じゃないからな?
昨日かぁ……昨日……昨日…。
そういえば櫛芭に会う前も久米のことを考えてたっけ。
うーん、話題話題。
まぁ二人が共通することを話すのがベターだよな。
「櫛芭って、久米のことどう思ってる?」
……この質問……ギリギリアウトじゃね?
「………雨芽くんは私にそれを何て答えて欲しいのかしら?」
だよな言ってから思った。
悪手ってのはな…いつも指してから気付くものなんだぜ……。
「…………かわいい?」
「あぁ…そういう……」
女子の目から見てもそうかー、じゃないんだわ。
こんなん知ってなんになるってんだ。
「雪羽さんのことで悩んでいるの?」
櫛芭は加減無しに真っ直ぐ聞いてきた。
こういう実直な姿勢で迫られてしまうと答えまでに間を作りづらい。
櫛芭の良いところでもあるんだが、やりにくいところでもある。
単に俺に逃げ癖が付いてしまっているだけなのかもしれないが。
「悩んでいるっていうか……よく分からないから困ってる」
話を逸らす事が出来ないので目を逸らしつつ話を続ける。
「多分………俺に聞かれてるから。俺だけにしか分からなそうだから」
久米本人からは何も言われていない。
ただ俺が勝手にそう思っているだけだ。
でも、俺しか知らない事が多すぎるから。
俺にしか出来ない事がありそうな気がするんだけど……。
「まぁ、これが何も知らないとかだったら諦めもつくんだけどさ」
視線を逸らした先には特筆すべき事は何もなく、ただ非日常の文化祭の景色が広がっている。
浮ついた気持ちもすっかり無くなっており、冷静な自負はあるのに答えは全く出てこない。
「私の時は頼んでもないのに助けてくれたのに?」
「あれは……あれだよ。相沢に頼まれたからだよ」
なんだか返答として正しくない気がする……。
「本人が頼まなくてもいいのね?」
「そりゃまぁ、そんな細かい事気にしてたら手遅れになる場合もあるし……」
これもなかなか苦しい答え。
頭回ってんのか俺は。
「じゃあ、私が頼もうかしら」
「え?」
………え?
あ、あぁそういう。
「いや、いいよ気を遣わなくて。動く理由が欲しい訳じゃないんだ」
「そう。本当に分からないのね。私からは頑張ってとしか」
ま、それしか無いよな。
「扶助部が何の為にあるのか、部長である雨芽くんが決めて、教えてほしい」
「前例も無いし、俺が決め放題だな」
まさに力戦。
指しこなせる自信は無いけどやるしかない。
話もひと段落し、しばしの静かな時間。
………遅くないか料理、気のせい?
もしかしてあれか、材料切らして買いに行ったりでもしてるのか。
正直文化祭の混み具合は想像以上だ。
どこからこんな人が湧いて出てくるんだろう。
というかこの高校の人気が凄すぎなのかもしれない。
一般客何人入ってるのこれ。
「ねぇ雨芽くん。これ、どう思う?」
櫛芭が不意にメニューのある一点を指差して俺に見せてきた。
「どうって……えーっと……メイ……」
メイド衣装レンタルサービス。
当店をご利用頂いたお客様は無料になります。
「………どうって?」
「やってみたい」
今日は随分と好奇心旺盛だなこの子。
「すいません。注文があるのですが」
えぇ俺いらないじゃん。
何のために聞いてきたんだよ。
衣装を借りたいという注文にメイドさんは慣れた様子で了解した。
ちなみにこのメイドさんはさっき俺たちの注文取ってくれた子ね。
……意外とメイド服借りたいって人多いのかな。
「絶対似合いますよー!彼氏さんもそう思いますよねー!」
なんて言われるもんだから俺も櫛芭も、
「彼氏じゃないです」
「彼女でもないです」
なんて答えるもんだから
「え、まじ?」
接客用の言葉遣い忘れちゃってるよ……。
「ま、まぁ女性は誰でもいつでも可愛くありたいものですもんねぇ!」
なんつぅ取り繕いだこのメイド。
「ご案内致しますのであちらの生徒までお願いします!」
指し示す先にはクラスTシャツを着た生徒。
このテンションの変わりようよ。
良いキャラしてるわこの子。
櫛芭が席を立ち、手を振って見送る。
が、その席に何故かさっきのメイドが座った。
「いやぁ、私こういうの大好きなんですよー!こう……なんとも言えない距離感というか。まだ何でもない名付ける前の関係というか」
いきなりなんだ。
「言っとくけど俺とあいつはそういう関係じゃないし、そういうのにもならないから」
「またまたぁ」
何がまたまたぁだ。
この馴れ馴れしさ……果てしなくデジャブ。
「すっごく美少女ですよー?何が不満なんですかー?」
「そういうのじゃないからだろ」
「メイドさんの衣装楽しみですねー!かわいい子嫌いなんですかー?」
「そういうのじゃ」
「私女の子と結婚するならあんな子がいいですー。タイプじゃないんですか?」
「そ」
「ちょっとやる気なさすぎじゃないですか!?」
「まずお前誰なんだよ」
もはやこの子が何のために俺に話しかけているのかが気になってきた。
これで本当に人の恋路に首を突っ込むだけの野次馬一年生だったら、俺は櫛芭の帰りを待たずにこのメイド喫茶を出て行くかもしれない。
「は!すいません自己紹介がまだでしたね!私、鏡茶彩って言います!」
鏡……少なくとも俺の記憶では初出の人だ。
顔も見たことがない。
まぁただでさえ難関コースは関わりないのに、その上一年生だしな。
「先輩、ですよね。二年生ですか?こっちは教えたんですし、先輩も教えてくださいよ」
誰とか聞かずに無視すりゃよかった……。
「雨芽笠真。二年生。はい」
「………雨芽」
おい何故そこで引っかかる。
嫌だぞこれで因縁ありましたーとかだったら。
「じゃあ……さっきの人って縁のお姉さんですか?」
ちょっと興味出てくる展開にすんのやめろ。
「縁ってのは名字が櫛芭で合ってるよな?」
「やっぱりそうなんだ!えぇ?あぁでも目を開いた時たしかに雰囲気が……なんか、知ってる人かなぁって思ったんですよねぇ」
そういえば縁さんって……うーんでもさっきなぁ。
「縁さんと仲良いの?」
「普通に友達ですよー。まぁ話す機会はそんな大したもんではいですけど」
これは女子言葉の広義的な友達ってやつか?
怖、あんま詮索せんとこ。
櫛芭のメイド写真見せれば秘密の一つや二つ喋ってくれそうだけど、まぁ最終手段って事で。
でもこの鏡って子、縁さんと相性いい気がするんだけどなぁ。
デジャブ感じたし。
一度話せば意気投合すると思うんだけど。
『じ…G組……』
……何か別に理由があるのか?
「来ましたよ!きゃー!」
きゃーて……。
視線の先には可愛らしく着飾った櫛芭がさっきのクラスTシャツの子に先導されて教室に入ってき……。
きゃ、きゃあ。
やばいな破壊力。
ってかその姿で廊下歩いてきたのか……。
メイド衣装貸し出しのサービスは宣伝の効力もありそうだな……。
事実後ろに何人かいるし。
櫛芭もあいつすげーよ一切顔赤らめないで。
目が合うこっちが恥ずかしい……。
「あ、私席空けますね」
そういうところは気を違うんかい。
櫛芭は色々と指導を受けてるようで、なんだかまじでメイドのバイトの研修中みたいな感じだ。
いやまぁ実際の現場は全く知らないんですけど。
それからしばし席で待ち、櫛芭はやっとこちらに歩いてきた。
元々の姿勢がいいからかまじでメイド似合ってんな……。
「こちら、ご注文のコーヒー、カフェオレ、オムライスでございます」
いやお前が運ぶのかよ。
対面に座り、お約束通りこのメイドさんはケチャップでオムライスを仕上げてくれた。
ベッタベタなハート。
意地でも照れてなるものか。
コーヒーを一口含み、表情を引き締める。
櫛芭はスプーンを手に取り、オムライスを端から割いて、
「あーん」
「………サービスいいっすね」
「やるのが普通って言われて」
えぇ……。
どんな指導受けたの君。
っていうかそれを信じるのもどうかと思うんだけど……。
キョトンとした顔で、何も考えてなさそうにスプーンを口に近づけてくる。
食べなきゃ下げてくれそうにないのでやむを得ずそれに従う。
完全には下げ切らないでまた櫛芭はスプーンをオムライスの中に入れると、
「じゃあ次」
「え冗談でしょ?」
「どうして?」
ど、どうして……。
「後は自分で食べるから、うん」
果たしてこれ以上が許されるのかが不安だから、とか言えるはずがない。
大体櫛芭も櫛芭で防御緩すぎるだろ。
自分が今何やっているのか理解していない可能性すらあるぞこれ。
スプーンを新たに手に取り、オムライスを二、三口一気に食べてこれ以上は拒否する姿勢を見せる。
本当無理だから。
いや、まじで。
それを見て諦めたのかスプーンに乗っていたオムライスを櫛芭は自分の口に運び直し………。
あれ?
あ、スプーンそのまま受け取れば未然に防げたじゃん……。
いやまぁうん、気にしてないなら別にいいけどさ。
………逆に気にしてる俺がおかしいのか?
同性ならまだしも、異性でのこういうやり取りは幼なじみでもないんだしちょっと心臓に悪い。
第一、美穂相手にだって最後に覚えているのは小学校の頃辺りで、あっちが次第に控えるようになった感じだし。
こうさも当然かのようにやられてしまうと調子が狂う。
この子今日すっごいわ。
オムライスを食べ終えて、お皿は櫛芭ではなく鏡が下げた。
まぁそこら辺はお店側の配慮だろう。
マニュアルになってるかもしれない。
あくまで文化祭の出し物だけどここ。
「お写真お撮りしましょうか?」
一部始終を見ていたであろう鏡はもうそれはそれはニヤニヤしていた。
「ほらちょうどおあつらえ向きのカメラもありますし!」
机に置かれたカメラを指差して、せっかくメイド服着たんですからぁと付け足した。
「これは………」
………もうすぐ、か。
「これは?」
「え?あ、あぁ。えと」
カメラに表示されている時間を見てこの後に思いを馳せてしまった。
視線が彷徨ってしまい、言葉に詰まった俺を二人が首を傾げて待っている。
目が合う事を避け、俯くと実行委員の腕輪が視界に入る。
「……文化祭のやつだから」
………結局、答えも理由も…俺には……。
「私のスマホでいいかしら?私が着ているんだし」
櫛芭は間を意識してすぐに考えてくれたのか、その手にはもうカメラのアプリを開いてあるスマホが握られていた。
「ま、スマホは加工楽しいですもんね」
多分櫛芭は縁さんに見せるのが容易な方を……言わなくていいか、最近のスマホの技術すごいのは事実だし。
「じゃあ撮りますよー!はい、チーズ!」
掛け声に合わせてカシャ、っと音が聞こえた。
「なんだか二人とも微妙に笑顔じゃないですね……」
そう言って櫛芭と確認する鏡。
櫛芭はさして気にするような素振りも見せず、
「別に今はこれでいいわ。時間も無さそうだし」
「この後忙しい感じですか?」
「あなたが」
「え」
ふと気づくと鏡に眉をひそめて視線を送っているメイドさんが複数人。
流石に仕事をサボり過ぎたみたい。
「ひぃぃ……。ご、ごめんなさいー!」
スマホを櫛芭に返し、急いで仕事に戻る鏡。
やれやれといった風に迎え入れるクラスメイト。
いつもあんな感じなんだろうな……。
「じゃあ……俺もそろそろ行くよ。知っての通り劇があるから」
「そう。応援してるわ」
お別れとなってもそれほどテンションは変わらず、いつもと同じように他愛のない声音。
「お金ここに置いとくから。1000円で足りるよな」
「多いわよ」
「じゃあメイド服見せてくれたお礼って事で」
「………まぁ、なんでもいいけど」
「本当だって。すごく似合ってる」
そういえば口に出して直接褒めてなかったなって思い出して、反省しながら言葉にする。
「ありがとう。すごく嬉しい」
なんて、特に労せず返せる櫛芭まじ櫛芭って感じ。
席を立ち背を向けて歩き出そうとした時、櫛芭はポツリと呟いた。
まるでさっきまでの全てはほんの冗談で、今から言うこれだけは真剣に聞いてほしいと表現しているような。
「良くも悪くも感情的だから。誰かが辛い目に遭うことを酷く嫌うの」
そう彼女は言った。
その言葉は意外にも、抵抗なく自分の腑に落ちた。
誰のことを言っているのか、聞くまでもないことだ。
「私も、私にしか分からない、知らないことがあるから。今また新しくそれはできちゃったし」
「………それってのは、まぁ、そうだよな。ずっと一緒なんてありえないもんな」
「そう。知らないことができる。忘れちゃうこともある。どれだけ親身になっても、結局は他人なの」
諦めてしまったような言い草に口を開きたくなる。
それなら…それでも俺が……俺は……!
「でも、雨芽くんは気づいてくれるから」
「………櫛芭」
それが俺の理想で、憧れだったのだから。
「私は、あなたの答えを信じて待つわ。ちゃんと、見ているから」
いつも待っているのは雨芽くんだったわね、とか。
私の時からあなたには助けてもらってばっかりね、とか。
そんな言葉を発するものの、何か違うようで櫛芭は思案し始めた。
ほんの僅かな時間で言いたい言葉は見つかったようで、櫛芭は向き直ってこう告げた。
「だから、安心して行ってきて」
それを言うと櫛芭は言い終えて安心した顔から一転、また難しい顔で思案し始め……。
「………行ってらっしゃませ、ご主人様?」
「あぁもう全部台無しだよっ!?」
メイド服を精一杯視界に入れないようにしていた努力を返してほしい……。