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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第十二章 文化祭編二日目
85/106

83.忙しいから

 成華(せいか)と別れてまもなく一時間。

 ここまで特に何もせず、無為な時間を過ごしてしまった。

 まぁ別にやりたい事があるわけでもないんだけど。


 久米(くめ)の考えることは相変わらず分からんし。

 陽悟(ひご)はいつも通り過ぎて最早考えるのも疲れるし。

 劇を乗り越えない事にはまず考えるのも始められないだろうってのが概ね俺の中で出来上がってる意見。

 出来上がったものがこちらになります。


 大体、あれから久米と話ができていないんだよなぁ。

 あのクラス会議の後、話した事と言えば劇でどうするかだけだし。

 どうして俺を選んだのかっていう踏み込んだ話は出来ずじまいで終わってしまっている。

 うやむやなままで呼び止めない俺も俺だけど、知ってどうするのかってのと知りたくないって思ってしまったのが半々。

 後者はなんて言うか、本能みたいなそんなやつ。

 確信はないけどそんな気がした。


 ………勘で動くなんて俺らしくないな……。

 一体何を考えてるんだか……。


『待って、お願いだ』

『名前だけでも』

『何も知らなければ探しようがない』

『待って!お願いだから』


 なんてそんなセリフを思い出す。

 王子様はよくガラスの靴だけで見つけられたよな。

 でも結局、王子様はどうしてシンデレラが去ってしまったのか、その理由を最後まで知らないままなんだよな。

 12時に魔法が解けてしまうから、なんて理由分かるはずもないけど。

 でも、それでも俺が王子様なら………やっぱりその理由を……。

「あなたが王子様になるなんてね」

「……櫛芭(くしは)

 今会うかぁ………。

「久米に聞いたのか?」

「いいえ。噂になってるわよ?」

「う、噂……」

 俺の反応を面白がるように櫛芭は続ける。

「クラスの救世主。真の王子様」

「嘘だろ」

「あら、少しくらい信じてくれてもいいじゃない」

 元から注目度は高くなかったんだ。

 話題になるってんなら精々……。

「怪我の事、それから代役の事で話が広がっているのは本当よ。劇を観に行く人も増えるんじゃないかしら」

 そうそうそうそんな感じの……って言ってる場合じゃないなこれ。

 観に行く人増えるの?

 困るよそれ、演技は確かに覚えてるけど練度が段違いだからあまり観られたくないんだけど。

「現に私と、それから(ゆかり)も観に行くから」

 お前らも来んのかよ。

「そういえば縁さんは?一緒じゃないのか?」

「縁なら雨芽(うめ)くんを見かけた時先行ってって言われて。……何か心当たりはある?」

「あー。まぁ縁さんが悪気を感じているのなら見当はついてるけど」

 無くは無いけど、合ってるか分かんないけど。

 考える仕草をして、それから櫛芭は小さく声を漏らす。

「あ、ビラ」

 そうビラだと思う。


「………ビラって言って分かるのね?」

 頷く俺を見て櫛芭はそう聞いてきた。

「あー……。まぁその、なんだ。最近一年生と話す機会があって」

「文化祭のおかげ、なのかしら?」

 元を正せば扶助部のおかげになりそうだけど、まぁ文化祭のおかげって事で。

「そうなるんじゃないかな」

 多分そう部分的にそう。

「………っていうか、ずっとスルーしてたけど」

「何かしら?」

「手に持ってる大量のそれ、何?」

 ありとあらゆる食べ物って言っていいくらいたくさん持ってる。

「あぁこれ。……雨芽くんなら簡単に分かりそうだけど」

「縁さんに貢がれてる」

「正解。………貢がれてるって言い方他に無いかしら?」

 正解って言っちゃうのに、縁さんの無償の愛と重さを感じる。


「お姉ちゃーーー……。お?雨芽(うめ)先輩じゃないですか。偶然ですねぇあっはっは」

 偶然だねぇあっはっは。

「友達と話してる隙に雨芽先輩が増えてるなんてぇ、お姉ちゃんが一人退屈にしちゃったんじゃないかって不安だったんですよー!」

 なるほどね、そういう設定ね。

 確かにここら一帯は一年生の教室が設けられている場所だ。

 友達と話していた、という縁さんの論は残念ながら手持ちの札では崩せそうにない。

 全部櫛芭に聞いちゃってるから崩す必要も無いんだけど。

「ど、どこか腰を据えてお話でもどうですか雨芽先輩?奢りますよ?」

 櫛芭姉妹は食べ物を分けて持ちながら、空いている手であーんし合ったりした。

 仲良いなこの姉妹。

 ちょっとずつ手持ちを減らしながら、それでも縁さんの顔はいまいち晴れない。

「後輩にそんな神妙な顔されて奢られる先輩がいると思うか?」

 お話ってのはまぁ、賛成。

「言っとくけど縁さん、俺そんな怒ってないからね?」

 櫛芭と目を合わせて、それから縁さんは心配そうにこちらに向き直った。

「……怒ってないっていうのはあれですよね。私が新聞部とやったあれですよね?」

「そうだけど……。え他に何かあるの?」

「ないですないですないです!今のは言葉の綾です!」

 そう……ならいいけど。

「まぁ、たしかに仕事は増えたけどさ。悪気があったわけでも無さそうだし、別にそんな気にしてないから」

 気づいた時しばらく感情無くなったけど、それは些細な事ととして。


 目を丸くして縁さんはこちらをじっと見てくる。

 どうやら驚いている様子。

「ほんとすごいですねぇ雨芽先輩は。なんで分かっちゃうんです?」

「いや、ほんと今回は間がよかっただけだから」

 そんな俺の手柄風に言われても、ちょっと困る。


「安心したらお腹減ってきちゃいましたぁ。何か買いましょうよー」

 緊張が解けていつもの縁さんに戻った。

 俺としてはオドオドしてる縁さんもギャップがあってなかなか萌えた。萌え萌え。

 というか、お腹減ったって何?

 さっき抱えていた物は?

 って思ったけどよくよく思い出すとあーんし合った詳細は7:3くらいの割合だったかも……。

「じゃああそこにしましょうか」

 なんて櫛芭が指を差したのは普通に普通のメイド喫茶だった。

 こいつ勇気あるな。


 ボケ?……ボケか。

 あぁそういう。

 完全に理解したわ。

 さてはツッコミ待ちだな?

「立ち話も足が疲れるし、早く行きましょう?」

 こいつまじ?

 いや、すごいなこの人。

 もしかしたら櫛芭はこういう非日常やお祭りに適性があるのかもしれん。

 俺が反応に困っていると、縁さんが先に口を開いた。

 げっ……と言葉を失ったような、そんな一言を発してから、

「じ…G組……」

 呟きが耳に届き、縁さんはその出し物を催しているクラスが気になっているみたいだ。

 G組って言ったら難関コースか。

 縁さんってそっちの方まで友達いるのかぁ流石だなぁ……って感じではなさそう。

 顔がそう言ってる。

「ふ、二人で楽しんできてくださいよー!私そろそろクラスで仕事あるんで!じゃ!」

 そんな言葉を残し、一目散に縁さんは走って行ってしまった。

「いやぁ、忙しい忙しい!しょうがないなぁもうー!」

 この後仕事あるってんなら、どうやってD組のシンデレラを見に来るんだよ……ってのは禁句ですか、さいですか。

「何を言ってるのかしら?縁は」

 そもそも櫛芭のこの反応でネタはあがっているしな。

 ダウト、全部手札に戻してください。


 そんな事もあったが、現在他に行くあてもなくなんだかんだでメイド喫茶に。

 なんでも、メイド喫茶でバイトをしている子がこの出し物を取り仕切っているらしい。

 高校生でメイド……伝説上の生き物さ。

「伝説って?」

「あぁ!……じゃなくて、このメニューに書いてある以上の事は俺も分からん」

 櫛芭と席に座り、メニューを眺める。

 そこにはどこまで本当か分からない誇張盛り盛りであろう説明が書かれていた。

「コーヒーおすすめですよ!実家が喫茶店の子もいるんです!」

 俺たち二人の対応にあたってくれてるメイドさんは、水を置きながらおすすめを教えてくれた。

 も、って事はメイドの存在もそこまで嘘じゃないんだろうな、多分。

 伝説のメイド……裏でスクールアイドルやってそう。

「じゃあコーヒーで」

「………あ、あの……」

 櫛芭が俯いている。

 なんだか頬が赤いような……。

「私……。あまり苦いの…コーヒーとか飲めなくて……」

 い、意外……。


 新発見された櫛芭の味覚情報は一先ず置いておくとして、座ったからには何か注文しないと……。

「カフェオレもありますよ!あっまいやつ!あとオムライスもご一緒にどうですか!?」

 なかなか商魂あるメイドだな。

 萎縮してしまったのか櫛芭は押しに押され、

「じゃあ……それでお願いします」

 と、ん、待て、その言い方だと。

「コーヒー、カフェオレ、オムライス!ご注文ありがとうございます!」

 言うが早いかメイドさんは注文を紙に書き殴り、教室を仕切った先にある奥へと駆け足で戻っていってしまった。


 文化祭という場では、こういう事は往々にしてあるのかもしれない。

 注文を取り消すのもなんだかこういうお祭り事に水を差すようで悪いからやり難い。

 あくまで人数換算だが、クラスの流れを止めるよりも今この場で二人が割を食う方がいいのかもしれない。

 食うのはオムライスだが。

「…………俺も食うよ」

 さっきまで縁さんと歩いていて、そして出会った時に持っていた食べ物の数々。

 目にした以上に食べていてもおかしくはないし、その姿を容易に想像できる。

 こいつもうオムライスとか絶対お腹に入らないだろ。

「ごめんなさい………」

 不憫過ぎて目も当てられない……。

 文化祭によって浮かされた熱も徐々に引き、震えすら感じる。

 なんか可哀想すぎて泣きそう。

 とりあえず喉を潤そうと水を口に運ぶも逆効果。

 比喩を挟む余地さえ無く身体は冷え、落ち着きは更に現状を理解させてくる。

 あー!早くコーヒー持ってきてくれねぇかなぁ!

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