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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第十二章 文化祭編二日目
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81.忘れようにも

雨芽(うめ)くん……だよね?』

陽悟(ひご)…くん、か。うん、そう』

『……少し、話さないか?』

『………まぁ少し』


『いやぁ、この高校凄くないか?勉強合宿だよ勉強合宿』

『名前は一応オリエンテーション合宿だけどな』

『ははっ、名前はな』

『凄いのは陽悟くんだろ。難関コースも混ざってる合宿のテストで一位取るなんて』

『えぇ?雨芽くんだって上位だったじゃないか。結果発表で名前出てたぞ?』

『それは俺ももう見てる。でも2、30位と一位はレベルが違うだろ』

『うーん……まぁじゃあ素直に受け取っとく。ありがとう』


『頭良いんだな』

『まぁ良い方って事なのかな』

『難関コース、運悪く入れなかったのか?入試の点数で決まるもんな』

『いや、辞退したんだ』

『……辞退?辞退出来るのか知らなかった』

『うん、そうなんだよ。……ここに来る人、特に上位のみんなは高い目標持ってる人ばっかだろうし。たしかにあまり聞かないかもしれないね』

『まぁ、行かないって選択肢もなくはないか。たしかに』


『そう!そうだよな!自由だよな!いやぁそっかぁ雨芽くんもそう思うか!』

『えぇ急に何……めっちゃ元気になるじゃん……』

『悪い悪い!なんだか肯定されたような気がして!』

『誰でも同じこと言うだろ、きっと』

『そっか。そうだといいな』


『もちろん勉強も大切だけど、やりたいことをやりたいように。それが出来るように難関コースを辞退したんだ』

『やりたいこと……。この高校に来て、か』

『選んだんだ、自分で。難関かそうじゃないか。難関の人はみんなそうしている。俺は行かない選択をしただけ』


『自分で選択したから頑張れる。選択した時の気持ちを忘れずにいれば、やりたいことに向かって努力できる』

『………忘れないのって大変じゃないか』

『あぁ。だから毎日挑戦の繰り返しだ。毎日コツコツと。そうすれば忘れない』


『他にもたくさん自分で決めたい。自分のために自分で自分の道を選びたい。合っていても間違っていても自分の責任で動きたい』

『………そう』

『それが、俺がこの高校に来てやりたいこと』

『……少し陽悟くんが羨ましいよ。俺はここに来るのが目的だったから、もう何も無いんだ』


『例え今は何も無くても、何をしたいか考えてなきゃ動ける時に動けないぞ。俺はいつも自分のこと自分のためを考えて動いてる』

『毎日コツコツ?』

『そうそう』

『じゃあ今俺に話しかけてるのも自分のためか?』

『そう!俺のためだ!』

『自分に正直なんだな』


『俺は雨芽くんと仲良くなろうと思ってる!それがきっと俺のためになるから、俺はそう思ってる!』

『まぁ、適当に頑張れよ』

『むぅ……』


『俺、絶対君と仲良くなってみせるから!』


 …………。


 ……夢……いや、悪夢だ………。

 なんでよりにもよって、陽悟と初めて話した日の事が夢に出てくんだよ……。

 まじで一日の始まりが最悪の気分だ。


 大体、俺の場合テスト範囲が合宿の勉強だけで狭くて、適当に覚えられたから点数が高かっただけだし。

 それにぼっちの俺と人気者なあいつじゃ住む世界が違うから、あの仲良くなる発言はジョーク……だと思ったんだけどなぁ。

 よくやるよあいつも……はぁ。


 最後の言葉の後、俺も何か言おうと思ったんだけど、陽悟の顔見てまぁいいかって思ってしまって。

 意思が固そうな顔、みたいな。

 まぁ、タイミングを逃したって言い方の方が正しいかも。

 そうやって言い淀んでたら急に強い風が吹いて帽子が飛んできて、陽悟がそれを掴んだもんだから持ち主との話が始まって。

 もう部屋に帰ろうとしてて陽悟と少し距離が出来てたから尚更話す気が失せちゃったし、もうどうでもいいやって思ったんだっけ。

 長い髪の女の子で、髪に隠れて遠くからだと顔はよく見えないし会話もよく聞こえなかったけど、まぁ帽子を取ってくれてありがとうみたいなそんな感じだろう。

 多分そう部分的にそう。

 二言、三言ですぐに会話は終わりそうだったけど、陽悟くんが目を離している今を好奇と見て俺はそそくさとその場を逃げだしたんだよなぁ。

 これ以上は面倒くさくなるという予感である。

 なんか無性にそんな予感がした、そして見事的中ですおめでとうございますありがとうございます。


 陽悟の、この高校に来てやりたい事……。

 昨日言ったあれも……含まれているんだろうか……?

 クラスのLINEグループでは、今日やる劇について緊急で話したい事があるので早めに教室に来てくださいと書いてある。

 多分……そういう事なんだろうなぁ。


 そんな余所事を考えながら、若干上の空で京両高校に登校を開始する。

 駅までの道を歩き、電車に乗る。

 そして乗り換え、数駅見送って降り、到着。

 遅延の無い運行お疲れ様です。

 これ世界的に見たらとんでもない事だよね。

 仮にもし数分遅延するってだけでペコペコ頭下げるし、日本ってすげー。

 まぁ俺なら乗る路線変えて目的地に急ぐよりも、遅延証明書貰って駅内にある喫茶店入るけどね。

 通知表上は無遅刻無欠席というカラクリ、真面目に通ってる子が可哀想な仕組みである。


笠真(りゅうま)ー!」

 もちろんこいつは俺よりもいつも早く登校している。

「……なんで登校中に話しかけてくんの?教室で待ってるって選択肢はないの?」

「教室着いたらみんなに気を割かなきゃいけないからなぁ」

 気を割く、ね。

 なかなか陽悟らしい表現だ。

「文化祭の日は朝練もないし、今日は張り切って笠真を待ってたよ!」

 お前……俺に会うために日頃どうしてんのか今の言葉に垣間見えて色々と複雑な気分になるんだけど。

 そうじゃんそうだよ、こいつサッカー部の朝練が無い日はもしかして欠かさず俺に会いに来てるんじゃないか?

 だとしたら軽く恐怖だぞ。

 なんなら朝練ある日も何日かサボってそうだな……。

「努力の方向が間違ってないか?」

 何不思議そうな顔してんだよキレるぞ。


 高校に着き、靴を履き替え教室へと歩く。

 D組の扉を開くと、中では既に話し合いの真っ最中だった。

 テーマは当然決まっている。

「陽悟くんたちも来たし、今日の劇の話を始めよう!」

 と……あ俺ら最後だったのか、ごめん。

 ……陽悟は早く来れただろうし実質俺が最後じゃんめちゃくちゃ迷惑かけてね?


「じゃあ……まずですね。俺から話をするんですけど……」

 そうして前に出て来たのは王子様役の古名(こめい)

 足にギブス、手に松葉杖を持って歩いている姿はなかなか痛々しい。

「えぇ………昨日ですね、足を捻ってしまいまして、走るのとか、ダンスとか、まぁ演技全般がですね、出来なくなってしまいました。すいません」

 話は昨日まで遡る。

 陽悟から聞いた話で実際に見たわけではないんだけど。

 単純な話、昨日のサッカー部の公開練習中にやらかしたっていうまぁそんなところだ。

 クラスには何とも表現し難い微妙な空気が流れている。

 事情はみんなに伝わっているようで、練習ともあれば責めることは出来ないのだろう。


 今はそんな事はどうでもいい。

「陽悟、昨日の話。あれってみんなにもう話したのか?」

「まだ話してないよ」

「え?」

 話してない……の?

「お前幾らでも話す機会有ったんじゃないのか帰ってからLINEでもなんでも。どうするつもりなんだよ一体」

「だって俺が笠真にやらせたい事って要は飛び入り参加だろう?考える時間持たせて冷静になられたら困るし」

 ちょっと何言ってるか分からない。


 理解に苦しんでいると前方でパン、と手を叩いてみんなの集中を引きつける女子。

 文化祭実行委員である古森(こもり)はこういう時大変そうだ。

「じゃあ、今から古名くんの代役を決めます!正直言ってかなり無謀なこと言ってると思うけど、うちのクラスの為!無茶をしてくれる人を募集します!」

 いやぁ包み隠さず言ったなぁ。

 もう当日だし情に訴えかけるしかないから仕方のないことだけど。

 そんな状況下で手を挙げる人などいる訳も無く……。


「よし、俺の出番だな」

 おまえじゃねぇすわってろ、と言いたいところだけど現状俺くらいしか出来る人がいないんだろうなぁ。

 陽悟くんノリノリである。

 指ポキポキ鳴らして……あの様子じゃ相当入念に準備して来たのだろう、みんなを言い包める為の話術ってやつを。

 今からでも王子様役のセリフを覚えられて。

 照明の仕事でなんだかんだで役者の全員の動きもある程度頭に入ってて、もちろん王子様役の動きもわかっていて。

 肝心のダンスの方はまぁ練習に付き合っていたおかげかそれなりに出来るようにはなっているし、昨日の陽悟の話である程度…………ちょっと待て何で陽悟は俺と久米(くめ)がダンスの練習をしていたことを知っていたんだ。

「久米さん……?」

 陽悟の動きが止まる。

 視線の先に久米が立っていて、他にも久米にみんなの視線が集まっている。

「何どうしたの。これも陽悟の策略?」

「え、知らない。本当に分からん」

 ………まさかあいつ。


 古森が突然の事にびっくりして問いかけた。

「どうしたの雪羽(せつは)?あ、シンデレラの役やってるから何か一言ある感じ?」

 俺の予想だと、もしかするともしかするかも……。

「頼むよー。みんながやりたくなるようなそういうやる気を奮い立たせるいい感じなやつ頼むよー」

「えっと、そうじゃなくて。代役をやってくれそうな人、実は見つけてるの」

「ほんと!誰!?」

 必死か。


 久米と目が合う。

 どういう意図を込めているのか、まじで分からん。

 陽悟も分かんないみたいだし理解不能だ。

「雨芽くん。いいよね?」

 たしかに陽悟が俺に頼むのと、久米が俺に頼むのは知っている事も俺の事も共通している事が多いし不思議ではないかもしれない。

 が、しかしだ。

 こんな教室の誰もが聞いてる中でそれを俺に頼むのは如何なものかと思うのですが、えぇはい。

 ………どうなっても知らないからな。

「分かった。やるよ、代役」

 図らずも陽悟の想定通りになったな……。

 とりあえずその笑顔やめろ陽悟。

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