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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第十一章 文化祭編一日目
82/106

80.全うする

 校庭に着くと小瀬(おせ)がそれでは準備ができ次第発表に移りますと、後ろに下がったところで非常にいいタイミングだった。

 とりあえず話ができる距離まで近づかないと……。


 …とか色々試行錯誤する必要もなく裏方にはすんなり入れた。

 入れなかったらどうしようくらいの気持ちだったのに、それこそ顔パスのノリで入れてしまったことにびっくりである。

 文化祭準備期間の俺の社畜ぶりが窺えてしまう。

 それを自覚出来ていない自分に更にショックを受ける。

 笑うわまじ。


 喉を潤している小瀬が、ここではほぼ部外者である俺に気付き不思議そうな様子で近づいてくる。

「どうしました?何か不備でもありましたか?」

 言いながら自分の挨拶は完璧だったであろうと表情はドヤ顔でえへんと胸を張り、それから至らぬ点は何処かと周りをキョロキョロし始めた。

「……一応言っとくけど俺はここのスタッフじゃないからな」

 ここははっきりさせておかないと……。

「わ、わわ分かってますってーそのくらい!やだなーもうアハハ!はは。…はい。……分かっておりますとも」

 心配である。

「じゃ、じゃあどんな用でここに来たんですか?」

 言ってから小瀬はわざとらしく顔を覆いチラチラとこちらを見上げる。

「まさか私の勇姿を見るために特等席でってことですか?いくら文化祭実行委員だからって雨芽くんが好きな人である私のためにそんなことを」

「全く違うから安心しろ」

「あ、私の順番まだ全然先です待ってて下さいね」

「歌を聴きに来たわけでもないから。いやまぁ聴きたくないわけでもないけどさ」

 流石にそこに水を差すわけにはいかない。

 頑張ってほしい気持ちはあるからね、うん。


「そしたら何しに来たんですか?」

 ようやくこっちのターンか、長かったぜ。

「PVで一つ思いついたことがあって」

「PV?……あぁ別にあとは私がやっときますよ?さすがにそこまでお世話になるわけにもいけませんし」

 妙なところで律儀だなこいつ……。

「でも念のためにその思いついたことってやつを聞いときます。プレゼンをどうぞ」

 プレゼンて。

「……今やってるこの歌うまの企画があるだろ。その最優秀賞を取った人の歌をさ、文化祭のPVに使うってのを思いついて」

「………良さげな雰囲気を感じるのでもう少し詳しくお願いします」

 小瀬の表情が真剣なものに変わっていく。

 これはかなり良さげな感触。

「だからさ、今日ここに集まって歌う人って、さっき小瀬が舞台で言ってた通り文化祭に似合う曲を選曲してるんだろ?」

 つい先ほど聞いた小瀬の司会の言葉を思い出しながら言葉を選んでいく。

「それなら俺たちが二人で選んだそれっぽいというか、それらしいというべきか、そんな当たり障りのない曲よりも頑張ってる人の歌を使った方がいいのかなって」

「ほう……ほう…」

 現在控えている他の出場者はキラキラした子ばっかりだし、どう話をつけたものか……。

 陽悟(ひご)ー!早く来てくれー!

 いややっぱ来なくていいや却って話がややこしくなりそう。

 厄介ごと持ってきそうだし話すと体力持ってかれるし。

「何より作るのはこの高校の文化祭のPVってことになってんだから、有名なアーティストとかよりも生徒が声当ててくれた方がいいのかなって思ったんだ」

 言わばキャラソンだ。

 ………なんか違う気がするな。

「おぉ……普通に…ちょっとぐってきてます」

 皮肉とかではなくまじでぐっときてるみたい。

 ちょっと嬉しいなこれ。


 そしてもう一つ。

 もはやこれがあるから今回の案を思いついたまである。

「後夜祭で最優秀賞発表なんだろ?さっき言ってたけど」

「はい、まぁ票の集計とかあるんでそこでしか発表できないというか……」

「PVも後夜祭で発表だからさ、二つを混ぜてみたら面白いかなって。歌を聴けなかった人にも、せめて一番取った人の歌は聴いてほしいし」

「おぉ!それが理由ですか!」

 なかなか察しがよくて助かるぜ小瀬さん。

 小瀬の目が今までにないくらいキラキラと輝いている。

「文化祭の、そして文化祭実行委員の企画で、文化祭実行委員がPVを作るんだから……うん。それくらいやってもいいかなって思ってな……」

 話してて恥ずかしくなってきた……。

 なんかそういう顔されるとちょっと顔合わせるのが大変。

 普通に可愛い顔してるからやめてほしい。

「いいです!すごくいい!どうして今まで思いつかなかったんだろう!」

 敬語怪しくなってる。

 まぁ、徒労にならなくてひとまず安心だ。


 ………今頃、教室にいるんだろうか。


 小瀬が突然ハッとした調子で目を伏せた。

 なんだ、何があった。

 やばい他のこと考えてたまずい。

「でもどうしましょう……ここの今から発表する歌を録音するにしてもそれを聴いている生徒の声援とか歓声とか入っちゃうかもしれないですし。そういうのは出来るだけ無い方が……」

 あぁそういう。

 よかった小瀬の話聞き逃したとかじゃなくて。

 それにそれなら、

「それなんだけどさ、さっき舞台で言ってたろ、出場者を厳選したって。ならあるんじゃな」

「デモテープ!デモテープがあります!事前の選考で録音したものが!それを使えば余計な音も入ってないし綺麗な歌声をPVに乗せられます!」

「う、うん。まぁそういうことだね……」

 察しがよくて……うん、助かるよ。

「でも、やっぱりいいのか?こんな即席の案通して。想定してた形とは大きく違う形になっちまうけど」

 というかこの案通ったのか?

 いいって言われたからまぁ多分通ったんだろうな。

 ………誰が許可する立場なんだろうなこれ。


 目下にあるのは出場者の許可だろう。

 歌を使わせてもらう立場にこちらはあるのだ。

 それとPVの再構成。

 曲のテーマは検討していたものとそこまで逸れないだろうが、AメロBメロ、それからサビと間奏にタイミングを合わせるのはおろか、Cメロがない曲だって世の中にはある。

 票を集計してから改めて編集するとして、一日で間に合うだろうか。

「安心してください。どっちの責任者も私ですから!」

 た、頼もしい……というかそうか小瀬が許可する立場なのかそうなのか。

「許可は意地でも取ります。準備も、雨芽(うめ)くんがいれば大丈夫だと思います」

「俺が?」

 ったく、今までそんな事言わなかったくせに……。

 ………だったら応えたいって、こんなこと言われて引き下がれるわけないだろ。

 それにもう俺は引き返せないところまで来ているから。

 良いもの作らなきゃ、だしな。


「だから改めて、雨芽くん」

 右手を開き俺に向けられ、表情は自信に満ちていて、

「私の責任の下、力を貸してくださいよ」

 差し出されたその手を見つめて、俺の中の思いを目に見えるものにする。

「ここまで来たんだ。PVは共同制作だ」

 覚悟を持った人と、俺は向き合っている。

 そして俺も覚悟を決めた。

「俺も一緒に責任を持つよ」

 右手を返し、小瀬の手を握って俺はそう応える。

 握った手のひらから通じ合えて、俺と小瀬はなんだか可笑しくて、どこか安心して笑った。


 ………とは言ったものの。

 現在、文化祭一日目が無事終了し一般の生徒を帰宅させた後の会議室。

 二日目に向けて文化祭実行委員の仕事は終わることを知らず、生徒はあちこちを飛び回っている。

 そんな中で俺と小瀬がやってることといえば……

「……なんで…今の時代に票の集計がアナログなんだよぉ………」

 作業に完全グロッキー………意識が飛ぶ…。

「だって…こっちは楽になるかもしれないけれど…そういうのに抵抗ある人とか……面倒だと思う人とか………やっぱり…最後に一番信用できるのは紙だから………」

「あぁ…そういう………」

 丸書いて箱入れるだけ、簡単……みたいな。

 インターネットだと生徒全員にそのサービスを周知させて、そのサイトのリンクを教えてやんなきゃだし……工程が増えるほど人間ってのはやる気を無くすからなぁ……。

 全校生徒が同じLINEグループに入ってりゃいいのに…………。

 現実的じゃない案に笑いが止まらない。

 スマイル・ワールドを発動!


 今の俺はまさに負け額が振り切れ過ぎて引き返せないって感じだな、っはは。

 どっかで景気良く負債を吹き飛ばしたいもんだぜパチスロでも回してよぉ。

「……これあとどのくらいある?」

「まぁこれまでの量でざっと30%って感じですかね。つまりあと」

「あぁもういいよ言わなくて。分かった、やらなきゃ終わらないということが分かった。分かってる」

 一位のやつが分かってもこれからまだPVの再編集が残ってんだろ?

 終わりだよ終わり俺は負けたんだ負け負け、あっはっは。


「助けに来たよ!」


 うおぉ演出だ!

 激アツ演出だ!

 確変入っただろこれ!

 人生どん底からの一発逆転成功ストーリー!!


 ボタンを押せ!!!


笠真(りゅうま)!」


 7 8 7


「お前かよ!!!」


 いや疲れてるな俺………。

 そもそもパチスロとか未成年だから行ったことないし。

 将来賭博に染まったらどうしようかしら。

「お前かよ、はなかなかご挨拶だな」

 言葉とは裏腹に大して気にも留めていないような余裕がある笑みをいつも通り浮かべている陽悟は、俺の隣の席を引いて座りこれまたいつも通りとても馴れ馴れしい。

「なんでいるんだよ」

 一般の生徒は帰ったはずでは?という問いを暗に伝える。

「まぁ別に学校を追い出されるわけでもないからな。残ろうと思えば簡単に残れる」

「ほぉん、そういうものなのか」

 夜の高校で仲を深めるカップルとかいそーだなー、わぁ新鮮な青春だぁ。

 労基ぶっちの社畜高校生とは比べもんにならないね。

 もうそりゃ天と地ほど差がついてる。

 なんだこの現状は……。

「助けに来たって言ったろ?そんな暗い顔すんなよ!」

 陽悟が来たことでテンション下がって勝ちも消えて最悪な気分なんだけど。

 まぁ……引き分けくらいにはできるかな。

「………じゃあまずこの有り余る票の集計から手伝ってくれ」

「お安い御用!……とまぁ手伝いはするけど」

「あ?何。どうしたんだよ」

「実は笠真に頼みたいことがあってさぁ……はは」

 これ以上働いたら死ぬんだが。

 こいつさては死神だな?

「お前今絶賛困ってる人に頼み事する?自分より低い立場のやつに助けを乞うてどうすんだよおい」

「いや、うん。今じゃなくて、助けて欲しいのは明日なんだよね」

「………明日?」

「そう。今俺が笠真を助けるから、明日笠真が俺を助けて欲しい。………まぁ正確には助かるのは俺じゃないけど」


 それからの陽悟の依頼は、俺くらいしか出来ないというか、それを俺に依頼する理由も理解できたけど……。

 ………正直これ以上この手で抱え切れる自信がない。

 こぼれ落ちても文句言うなよな!

 そうだ仕事を減らせば!


「なんですかこれ?」

「退職届」

「受理しません」

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