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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第十一章 文化祭編一日目
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78.任せて

 お昼を過ぎてどのくらい経ったか。

 食欲も微妙に湧かず、ただただぼーっと歩き続けている。

 身につけている腕輪が、ぶら下げているカメラも、文化祭である事を否応なく自分に伝えてくる。

 はぁ……俺って本当に高校生なのか真剣に議論すべきだな、これ。


 なんも考えずに歩いていると、足は自然と普段使っているD組の方向へと動いていた。

 D組では朝から引き続き小物やアクセサリーの販売を行なっているみたいで、まぁそこそこの繁盛ぶりなのではないのだろうか、ってくらいの人だかり。

「あ、雨芽(うめ)くん」

 と久米(くめ)の声。

 教室の前に置かれた机の上には手作り感溢れる装飾品がずらりと置かれている。

 教室の中はというと文化祭でのちょっとしたクラスの様子を紹介する場となっているらしい。

 写真と紹介文が少々、明日着る衣装も置いてある。

「売り上げ、どんな感じだ?」

「悪くないよ。文化祭のお土産ってつもりで買って帰る人が多いみたい」

「そっか」

 今もそのなんちゃってお土産売り場では、現在販売を担当している古森(こもり)が客を捌いている。

「仕事大変?」

「いや、そんな大変じゃないな。むしろ向いてると言える」

 ごめん、同窓会にはいけません。私は今、シンガポールにいます。

 え?あれってそこまで親しくない知り合いに会うのを回避するための手段じゃないの?

 ネタが古いって?しゃーないだろ若者のテレビ離れは今現在も進んでるんだから。


 とんとん、と肩を叩かれる。

 振り向くとそこに立っていたのは古森で、どうやらひとまず客は捌き切ったらしい。

雪羽(せつは)のこと、連れ出してくれない?」

「え?」

 何を言っているんだ突然。

 急にめちゃくちゃ高難易度なこと頼むじゃん。

 古森の狙いが分からず、そしてそれを久米に聞かれては本末転倒だろうと辺りを見渡すと、いつの間にか久米はお客さん相手に商売を勤しんでいた。

 捌き切ったと思ったけど結構頻繁に客って入れ替わるんだな。

 久米のやつ……ついさっきまでここで話していたのに、あまりの献身っぷりにこの目を疑うほどだ。

「朝からずっと働いててさ。明日の劇が本来の出番だってのに」

 古森は久米のことが心配みたい。

 いい友達だなぁ。

「みんなも働かせすぎるのも悪いからって連れて行こうとするのになんか遠慮するし、自由にしてていいよって言っても気づいたら働いてるしで、助かってるけど正直ビビってる」

 包み隠さず言ったな。

 正直すごい。

「無理矢理連れて行ってもらうしかないかなーって。同じ扶助部でしょ?他に頼める人いないんだよね」

 あぁそういう。

 それで最初の話に戻るのか。


 現在クラスの女王である柊木(ひいらぎ)陽悟(ひご)を連れてどっか行ってるし、D組には女子バスケ部はおろか男子バスケ部もいないんだよな。

 単純な友達繋がりだと話を聞いてくれないし、という古森の頼みで俺に巡ってきたのは言い換えると他に手段がないんだろう。

 事前に決めたシフトの中で売店はやりくりしているんだ。

 久米の行動は助けにはなってるが同時に不公平を生みかねない。

 流石に久米のクラスでの立ち位置的にそこまで大きな障害にはならないだろうが、それならそれで問題を起こさない方向に舵を切った方が安全に決まっている。

 久米が俺と同じく、自分で言うのもなんだが文化祭をどこか捻くれて斜めに構えて見ているわけないし、ここで働き続けている理由が分からない。

 メリットがあるのか、はたまた他のクラスの出し物に興味がないのか。

 単に体調が優れていないとか?


 ……よし知りたい、興味が湧いてきた。

 どうして久米がここを動かないのか。

 古森の頼みもあるし、それに応えるのが扶助部なのだ。

 理由はできた、あとは建前だけど……。


 久米は朝からここにいるって話だからな……。

 なら、そう、柊木の誘いさえ断ってる可能性すらあるし、生半可な誘いじゃあ乗ってこないだろう。

 まぁ別に誘いに強制力を付けることなんて柊木はともかく俺に出来るわけないし、考えても無駄か。

 めんどくさいし無策でいいや、なんとかなるだろ。

「……昼、もう食べた?」

 D組の他の人たちはもう飯食べ終えたのかな。

 いやまぁ、俺なんてこのまま食べなくてもいいかなぁなんて思ってたけど。

 ずっと動いていないなら、飯も買えていないだろう。

 誰かにパシらせるとは考えにくいし、あとは善意で買って来てくれた人がいるかどうかなんだけど。

「え?いやまだだけど」

 よしよし好都合。

 あとは、じゃあ一緒にご飯でもって………。


 ………デートじゃんそれ。

 文化祭デートじゃん。

 いやいやいや何考えてんだ俺は!?

 そんなんに久米がほいほい乗ってくるわけないだろ!

 これじゃ頼まれたことが建前で久米を付き合わせることが理由になってるじゃんよ!?

 ……落ち着け冷静になれ。

 まだ軌道修正は可能なはず。

 いい感じに言葉を繋いでデートを連想させなくすれば……。

 ……いや二人じゃん。

 男と女で一人ずつじゃん。

 どう足掻いてもカップルのイメージが付き纏うじゃんお疲れ様でした。


 そうだ誰か呼んだらいいのかあたいったら天才ね!

 ちなみに原作だと最強ね!だけど表記揺れとか二次創作の影響とか色々あって現在どちらも間違いではないみたいな扱いをされている。

 他にもあたいってば、というたらとてばの僅かな違いとかもあるが、どちらもそのキャラクターのイメージを損なわないため元ネタ厨も珍しくニコニコである。

 そうその二次創作活動が活発的に行われたのが何を隠そうニコニコ動画でありその歴史はニコニコ動画黎明期まで遡り…………。


 いけない今はそれどころじゃない。

 アイマス・東方・ボカロの御三家まで語り始めたら冗談抜きで日が暮れる。

 あとはネットの有識者に任せておくか俺の出る幕じゃない。

 ニコニコ動画 御三家、で検索だ。

 令和になって御三家が音ゲーで揃い踏みするとは思わなかったなぁ……リリース日感動したよ誇張なく。

 東方に公式ソシャゲが出来てもしかしたらって思ってたらまさかのまさかですよ。

 Twitterで歴史をまとめてくれてる人がいてもうこんなに時間が経ったのか、なんて。


 あとこれを読んでいて設定の矛盾を感じとれた人がいたら君はなかなか鋭いぞ!

 お前歴史どころかその時まだオタク文化さえ知らないだろって指摘ね、分かる分かる。

 俺のオタク化は中学生から。

 つまりぶっちゃけますと上のやつ全部あれ拓本(たくもと)の受け売りです。

 俺からしたらあそこまで詳しいと顔抜いてもイケメンだったな。

 世間は顔で評価するんでしょうけど。

 まぁ今はオタクでもジャニーズになれる時代だし、追い風は多様性へと確かに背中を押しているだろう。

 そう、時代は変わるのだ。

 ニコニコ御三家が音ゲーで揃い踏みする日が来たように…………。


 この辺でいいか話の着地点。


 陽悟だな無難に誘うとしたら。

 というか俺に出来ることって限られてるから選択肢の段階で絶望的だけど。

 あいつ俺の頼みだと何故か絶対聞いてくれるし悪用させてもらおう。

 優しい性格につけ込むなんて……俺もなかなか悪い生き方が染みついたものだ……。

 いつか言ったかもしれないが、俺は卑怯なやつなのだ。

 今回ばかりはその事も開き直させてもらおう。

「陽悟と……あ」

 そうだあいつ今柊木と一緒にいるんだった!

 というかさっき自分の脳内でそう確認したじゃん!

 全然冷静じゃないな俺!


 くっそーあいつ貴重で唯一の残機どうでもいい朝のタイミングで使いやがって!

 流石に二度目とかないだろ、嫉妬の炎を見てしまった俺にはそんな選択肢は燃え尽きて灰になって消えたんだわ。

 冷静に考えてこの展開はまずいだろおそらく。

 こっから軌道修正とか無理。

 陽悟の名前安易に出しちゃったし、絶対不審がってるって。

 展開カード止めたと思ったらブラフで本命通されたみたいな感じだわ。

 覚えること多すぎなんだよあのカードゲーム!

 チェーン確認で効果読む時間あるけど無性に相手に申し訳なくなっちゃってうやむやなところで切り上げちゃうから覚えられないし。

 こちとら惰性でやってるから予習不足で何度先行制圧されたことか。

 サレンダー安定、投了こそ正義。


 全部無かったことにして逃げようと決断しそうになった時、久米は可哀想な人を見るような目で、

「……あぁ、はい。そっかそういうことね」

 と何かを理解した。

 どういうことです?

「いやぁ私を頼ってくれるなんて嬉しいなぁ」

 頼る?

 頼られたのは俺だよな、まぁ古森に。

 そもそも久米に用件を言えていないんだけど……あ、それでさっきの理解に繋がるのかな?

 一体何を理解したんだ。

「よし!じゃあお昼買いに行こう!」

「……そう…うん」

 まぁ連れ出すことには成功したし、この際俺がどんな風に思われていてもどうでもいいか。

(あい)ちゃん。ここ任せていい?」

 古森が頷き、いってらっしゃいと手を振る。

 久米が先に歩いて行き、少しして振り返ると古森は変わらず笑顔でこちらを見送っていた。

 俺でいいのかなぁ……。


 廊下を歩いてみれば、どのクラスも趣向を凝らした出店を開いていて活気付いている。

 片手で持って食べれるものから器によそわれているものまで、なかなか種類があって決められない。

「へぇ、色々あるんだね。どれがいい?」

 ここは一先ず自分の意見を言っておくか。

「任せる」

「任された!」

 おぉまじ?

 半分冗談だったけど悪くない展開。

 選ぶのほんと大変だしなんでもいいし、なにかお手軽なものでも選んでいただければ。

「あ、あれが良い!」

 とれどれ、どんなやつ。

 ………クレープって昼ご飯として成り立つものなの?

 久米が指差していたのはクレープ屋で、さっき挙げた片手で持つ食べ物の代表格だ。

 ……昼……昼かぁ。

 いまいち女子の感覚が分からん。


 任せると言った手前、文句を言っていいわけないのでやむなくクレープを買う。

 店前から離れて適当なところに席を見つける。

 いわゆる自由席って感じで、誰でも使っていいスペースだ。

 久米は随分と我慢していたようで、座ってすぐにクレープにかじりついた。

 人目を憚らない食いっぷり、遠慮なさすぎて清々しい。


 美味しそうに食べる久米を見て、それから周りの視線も感じ取る。

 こいつってやっぱモテてるんだよなぁ今もきっと。

 朝の陽悟と違って声をかける人がいないのは男子と女子の性根の違いか、それとも食べてる時に話しかけるのは悪いかみたいな気遣いか。


 ……いや俺だろ原因朝も今も。

 現に視線が痛い、突き刺さる。

 はぁ……なんで俺がこんな役を……。

 久米はそんなの知るものかって勢いでクレープバクバク食ってるし。

「この頭悪い甘さ最高ー!ここでしか食べられないね!いい意味でも悪い意味でも!………あとで運動しなきゃ」

「たしかに。俺でもこれはやばいって分かる」

 体重とか気にしたことないけどなんかやばそう。

 じゃなくて、

「なぁ、ほんとに俺と一緒で良いのかよ」

 これ俺はいいとしてまず久米に迷惑がかかるんじゃないか?

「え?別に全然平気だよ。それにこうしていたら誰も寄ってこないしね」

「俺を厄除みたいに使うなよ」

 効果めっちゃありそうだけどさ。

「それに今は同じ扶助部の部員でしょ。一緒に居ても、なんの問題もないって」

「……そう」

 その説明を周りの人がどう受け取るかは知らないが。

 今も聞き耳でも立ててんのかってくらいこちらの様子を伺ってくる人たちに悟られぬよう辺りを確認する。

 俺この後どうなるんだろう。


「……ねぇ雨芽くん。頼み聞いてあげたんだし、私の頼みも聞いてよ」

「え?あぁうん」

 自覚はないけど久米に俺は頼み事をしたという設定らしいのでそれに合わせる。

「頼みって?」

「行きたいところがあるんだよね」

 行きたいところ?

「もう行けないかなぁって思ってたんだけど、今日だから、それに雨芽くんも一緒なら行ってもいいかなって思えるんだ」

 ……何も思いつかない。

 どこに行きたいんだろう。

「………どこに行きたいんだ?」

 そんな風に脳に浮かんだ疑問のまま言葉を話す。

 クレープを包んでいた紙をくしゃっと握り、久米は答える。

「場所で言ったら、体育館だね」

 ………?

 分からん……行きたいならまぁ構わないけれど。


 頼みかぁ……頼み…ん?

 久米の頼み聞いてあげた……って言葉………あのタイミングで頼みが完了されたってことだよな。

 久米と一緒に昼を食べることで達成される俺の頼み……。

 俺が久米に言った言葉といやぁ……。

『……昼、もう食べた?』

『陽悟と……あ』

 そしてその後の可哀想な人を見るような目は……もしかして。

 陽悟がいなくてご飯食べる時一人になるから久米を誘った、みたいに受け取ったんじゃ……。


 ……めっちゃ…弁明したい。

 たとえそれが俺の早とちりで間違っていたとしても、これをそのままにしておくのは危険すぎる。

 特に陽悟に伝わりでもしたら一生笑いの種にされるだろこんなもん。

『俺がいなくて寂しかったのかぁそっかそっかー!!!』

 余裕で死ねるねこれ。

 誤解ってのは人を跨げば跨ぐほど弁明しづらくなっていく。

 広がる前に大元を叩く、これ定跡な。

 変に定着して弱みにでもなったら俺まじで不登校になるからな、こんな情けなさすぎる弱み。

「早く行こー!始まっちゃう!」

 何が始まるのか知らんけど、一刻も早く誤解を解こう。

 ここにいるのも別の理由で危険だし。


 周囲から向けられ刺さる好奇や嫉妬の視線の中、少し急ぎ気味の久米を俺は追いかけた。

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