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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第十一章 文化祭編一日目
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77.行方を

 陽悟(ひご)が連行されて数分、校内をあてもなくぶらりぶらりと歩いている。

 どこもかしこも人、人、人。

 落ち着ける空間なんてものが果たしてこの高校に残っているのか疑問である。


 図書室の前を通りがかれば、そこそこの盛況ぶりに息が漏れる。

 意外と来るもんなんだな。

 いや意外ととか言ったら失礼か。


 図書室を出て行く人の中に緒倉(おぐら)が混じっていて、ふと目が合った。

 今仕事終わったところなのかな。

 そんなことを考えていたら目を合わせたままこちらにずんずん進んできて、ちょうどよかったです、と腕をとって……え?

 緒倉は俺を連れながら来た道を引き返し図書室に戻るようだ。

 なんで?

 ちょうどよかったって何が?


 図書室の中に入れば、中の様子は下が子供から上はお年寄りまで、さまざまな人が歩いている。

 入口から離れ、ある程度奥に進み人の流れが穏やかな場所でようやく緒倉の歩みが止まる。

 その場所では星予(ほしよ)さんが同じくらいの歳の女性と話していて、なんだか楽しそうだ。

 その話し相手の顔は見覚えがあって、確か去年の……。

「あら、あなた雨芽(うめ)くんね!久しぶりねー!覚えてる?」

 星予さんと同じ波動を感じる。

 この感じは間違いなく去年図書委員のイベントで会った麻空(あさそら)さんだ。

「覚えてますよ。お世話になりましたし」

 星予さんと麻空さんは同じ大学の卒業生で、卒業して何年なのかは知らないが今や去年の様子を見るにずっと仲がいいのだろう。

「そうなのよその話をしてたのよ!まったくこの人ったらもう歳だからって仕事辞めちゃったのよ!」

 星予さんが元気よく話に加わってくる。

 仕事辞めたのか、どうやらもう歳だからってのが引っかかっているらしい。

「いいじゃないもー、最後に一仕事してたくさんの人に感謝されながら身を引いたんだから」

 最後に一仕事。

 多分麻空さんが働いていた図書館と京両高校の生徒が共同で行った企画のことだろう。

「雨芽くんがいなかったら果たしてどうなっていたのかしらねぇ去年は」

 当時の様子を振り返るように目を図書室の節々まで泳がせる。


 たしかにあれはなかなかの過密日程だった。

 記憶力の良い俺はともかく、高校生が勉強の傍らにあの量を覚えるのは無理がある。

 緒倉も最後まで頑張って覚えようとしていたけれど、勉強を疎かにするのは本末転倒だしなぁ。

 地頭が良くて理解が早かったのは、まぁ助かったけど。

 というかここ京両高校だし根っから頭悪い奴いなそうだな。

「そんなんだからあなたが辞めた後あの企画をまたやろうって声が上がらないのよ」

「言わないでそこそこ気にしてるのそれ」

 星予さんが鋭く言って、麻空さんが苦々しく答える。

 そのやり取りの中には俺には意外なものがあって、

「ん?今年はやらないんですか?」

 その話をしていたってさっき言ったし、緒倉が俺を連れてくる理由も麻空さんがここにいる理由も……麻空さんは遊びに来ただけかな。

「最終的な評判は良かったんだけどねぇ。いかんせん図書館側の職員の負担が大きくって。もっと小規模のものなら出来るかもしれないけれど」

 小規模ねぇ。

「見栄張って実績もないくせにいきなり外部の高校生呼ぶから行き詰まるのよ」

 なかなか辛口ですね。

「元はと言えばあなたが高校にいい子がいるからって言ったんじゃない!」

 いい子……緒倉だろうな。

 ……俺はまぁ、おまけ程度だな。

「だからって何も一回目から呼ぶことないじゃない三回も機会あったんだから!」

 流石に大学受験の年は付き合わんぞ。

 成華(せいか)はなぁ、あいつ三年生の時に課外学習行ったのほんとお人好しだと思うんだ。


 昔からそうだったとか、あなたはいつもあーだとか、旧友らしく星予さんと麻空さんは言い合っている。

 喧嘩するほど仲がいい。

「少し…残念です」

 そんな喧嘩から身を引いて、緒倉は言葉の通り残念そうな声を出す。

「……まぁ、しょうがないよ」

 とは言ってみるものの、意味合いは残念であることへの返事の常套句に近い。

 高校生ではあるものの、まだまだ子供である自分達にはどうしようもできないことだ。

「責任取る人が出来ないって言うんだから、多分どうしたって出来ないんだろうし」

 それが常識だから。

 当たり前のことだし、それで社会は成り立っている。

「雨芽くんなら、それも含めてなんとかしてしまいそうですけどね」

「流石に無理だって……」

 急にとんでもない事を言い出すなこいつ……。

 どんな方法があるってんだ。

 もし頼まれたら…どうだろう。

 たとえ無理だとしても頑張ったりはするのかな。


「お兄さん!お姉さん!」

 不意に耳に届いた大きな声に振り向くと、一冊の本を突き出して満面の笑みで立っている幼い女の子がいた。

「本!見つけたよ!」

 手には本と問いが書かれた紙を握りしめて、なかなか可愛らしいお客さんである。

「あの、ごめんなさいこの人は…」

 緒倉が申し訳なさそうに屈んで女の子と視線を合わせる。

「いいよ」

「でも……そう。…分かりました」

 こちらを見上げる緒倉の表情は、何を言っても無駄だと諦めたのか、呆れたような笑顔だった。

 これはもう日々の行いの積み重ねの賜物だな。

 ……それで説明できてしまう俺の日々って散々だな…嫌いじゃないけど。

 生き方なんてそう簡単に変えられない。

 だから、せめてその生き方を受け入れることができるように。

「じゃあお兄さんとお姉さんと、景品もらいに行こっか」

 今自分ができる精一杯を。


 なお、女の子の持ってきた本が間違っていたので再び探し直すのを手伝ったのだが、答えを言わないようにヒントを出し続けるのは苦労した。

 最終的に20分くらい想定より時間が掛かった。

 女の子に俺たちが付き合ってると勘違いされるわ、親がやっと現れて娘の暴走に平謝りするわ、話を聞くと実は迷子だったわとかで。

 ……まったく、人助けってのも楽じゃないぜ………。

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