74.いつも通りも
たくーっ、あんま遠く行くなよな。
ぼっちだと人探しなんて難易度鬼なんだから。
会議室を出て、そういえばどうやって探そうって時に小野くんが追っかけてきてくれて。
あー、俺もあの声で名前呼ばれてみたいなぁ。
「はぁ……覚えてるよ。ダンスだろダンス。古名上手いもんな」
外で習っているダンスも、ジャンルこそ違えど古名の勘は冴え渡っていて、立ち位置から振り付けまで一人でクラス全員が納得できるところまで完成させてしまった。
「で、でも。忙しそうだったし…」
あぁそういう。
久米はあの会議室の様子を見て頼むのが心苦しくなったんだ。
「遠慮すんなって。……っていうか最初に頼んできたのはそっちだろ?」
これを言うのはずるいか?
いや、でも言わなきゃ埒が明かなそうだしなぁ。
「本当に忙しくはないの?」
隣にいる櫛芭もそう言う。
俺ってそんなに忙しいのか。
たしかに写真撮影してPV作成してしおり作って問題確認して諸々の企画や案に目を通して告白の計画立ててD組の劇に丸っ切り参加しないのもアレだから最近はセット作るのを手伝ったりして………。
………さて、と。
「……残してきた資料もあんま不備ないように作ったし…多分…しばらく時間あるんじゃないかな。ダンスの練習なら今までD組のセットとか作ってた時間使えばいいし」
劇のセットはほぼ全て作り終えたみたいだし、告白の計画もあとは当日ってことになってるし、図書委員の出し物の問題もしおりの製作ももう少しで終わるだろう。
PVはまだ正確には終わりではないけど今やれる事はもう全部やり終えたし、残ってるのは写真撮影と文化祭の雑務か。
「ば、場所は?ないなら仕方ないよね?」
「そうか場所か……」
気を遣われているのか本心なのか。
どちらでもいいが久米の言う通りないなら仕方ない。
練習場所……文化祭中は空いてる教室も取られたりするからな。
場所……場所……。
「あ、ある」
っていうか空いてるから菊瀬先生に頼んだんだし。
しばらく俺が先行する形で歩き、二人が無言で後ろをついて歩く。
「ここって……」
目安箱から鍵を取り出し、扉を開く。
良かったぁ依頼来てない。
というかよく考えたら宣伝してないし来るわけないんだよなぁ。
鍵をしまう為の箱と化している。
よしよし、椅子もちゃんと元の位置に戻したし、山内も後は当日って約束したし大丈夫そうだな。
扶助部の部室は相変わらず殺風景だけど、それでもやはり繰り返して来ていると感慨深い。
「何やってんだ?入ってこいよ?」
「あ、うん」
扉の前でぼーっとしている二人に声をかける。
そういえば二人はここしばらく部室には来てないんだっけ。
俺が放課後の集合場所、会議室に定めちゃったしなぁ。
あ、そういえば菊瀬先生に俺が頼んだように、俺も頼まれたことがあったんだった。
後ろの荷物の山まで行って紙を探し、手を入れてどかしていく。
なるべく綺麗なやつを……なんだろうこれ?
やけに綺麗にしまわれ、ホッチキスで留められた紙の束を見つける。
芸術祭修正案……芸術祭ってあれか。
卒業式と同時日にやる一、二年が三年生に送るやつ。
ペラペラと捲り中をサラッと見る。
ダンスパーティー、タキシード、ドレスの貸衣装とか……海外のプロムに近づけてるんだな。
さすがに男女のエスコートについては書いてなかった。
そこら辺は自由っぽい、多分そう部分的にそう。
少なくとも今やってる美術の授業の延長みたいな芸術祭とは全く違うな……没案か?
そっと元の場所に戻し、大丈夫そうな手に取った紙をもう一度確認する。
大丈夫だよな?うん。
菊瀬先生もここから取れって言ってたし。
席に戻って机に紙を広げてペンを持つ。
「忘れ物センターって……やっぱ文字だけでいいよな?」
「へ?」
未だに扉周辺でなにやらまごついている久米は、俺の問いを聞いていたのかいないのか。
隣にいる櫛芭は困っているような、やれやれといった表情でこっちを見ている。
な、なんだよ聞いただけじゃん。
「いや、ポスター描けって言われてさ。センスないし適当に文字書けば良いよね。表現するものなんてないよね?」
扶助部の部室に静寂が訪れる。
しばらく過ぎて久米はクスクスと笑い始め、櫛芭もそれに伴ってさらに肩をすくめる。
結構真剣に聞いたんだけどな……。
「雪羽さん」
櫛芭が久米の名前を口に出す。
繋いだ手を引いて一歩ずつ距離を詰める。
「雨芽くんは優しいから、ね」
「……うん。そうだね」
と櫛芭と久米がなにやら二人だけが分かるような会話をする。
疎外感だぜ、俺のこと話してるみたいだけどよく分からん。
それから久米はパッと笑顔になり、
「文字だけで良いよ良いよ!……あ!やっぱり絵描こ!落書きしたい!未白ちゃんもこっち来て!」
って言うもんだから櫛芭も
「はいはい」
と呆れ調子で、引っ張っていたはずの手を逆に久米に引っ張られている。
「えー…任せていい?」
「だーめ!三人で描く!」
「まじか……」
いつもの調子を取り戻し、明るくハキハキと一緒にやることを強要。
パワハラだこれ。
部長なのになぁ……部下にパワハラされる職場ってあるのかな、気になる。
まぁ…元気になったみたいでよかった。
パシャッと乾いた音が鳴る。
シャッター音だ。
頼んだ人が来たみたい、でもまぁ。
「菊瀬先生……撮るなら声かけて下さいよ」
「失礼!なかなか楽しそうだったからな!」
「え、うそ!やっぱり撮られたよね今!」
「はぁ……」
ほらみんな嫌がってる。
菊瀬先生に頼んだのは扶助部の写真だ。
撮る人が居なかったらセルフタイマーでも良かったんだけど、やっぱりカメラを持って指示をくれる人がいた方が楽。
扶助部の顧問だし丁度いいとそんな感じで、そういう訳で菊瀬先生に頼んだ。
『扶助部でも……写真お願いね』
彼女がそれを言う理由も、利益も、何も分からないけれど。
頼まれた以上、そして全部の部活動の写真を撮ってる以上、扶助部の写真だけ抜くわけにはいかない。
「久米はどんな感じで撮りたい?」
「え、えっと。……うぅん」
「私も、雪羽さんに任せるわ」
「えぇ、いいの?そうだなぁ……」
しばらく考えて、久米はうん、と頷いてから、
「いつも通り、がいいかな」
いつも通りってことは……俺が窓際で、今日だと入ってきた順で櫛芭が真ん中で久米が廊下側ってことになるのかな。
部員の少ない部活だとそんな風な集合写真というか、普段の活動を切り取ったような写真を撮ってくれと頼まれることがあった。
そもそも指定はないし自由なのである。
逆に指定があるPVってなんだろう……もうそれ課題か宿題じゃん、提出物じゃん。
「じゃあ準備出来たな?撮るぞー!」
という菊瀬先生の声。
いつも通りって……やっぱり特別だ。
久しぶりに久米と櫛芭が部室にいる部室を、この窓際の席からの景色を、どうしようも出来ないほど鮮明に憶えてしまっている。
カメラを持って構えている菊瀬先生に聞いてみたい。
俺と、久米と、櫛芭の、三人がいる扶助部の部室に入る時、どんな思いになりましたかって。
立場が違えば、視点が違えばこのいつも通りも、また違った顔を魅せるのだろう。




