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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第十章 文化祭準備期間編
75/106

73.別種である

「やばい……」

「へー」

「やばいんだよ!」

「うん…」

「本当にやばいんだって!」

「…あぁ」

 会議室、隣で久米(くめ)が嘆いている。

「ねぇほんとに聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」

 そう答えたが久米は満足せず、周りをぐるぐると歩き始めた。

「……何やってるの?PVの仕事じゃないように見えるんだけど……」

 と、久米はパソコンを見て不思議そうに呟く。

「あぁこれな。PVの方はあらかた終わったから今タイムテーブルの情報を打ち込んでる」

 D組の劇がなぜ二日目の最後のとりを任されたのかというと生徒の移動が企画の中で最も少ないと判断されたからだ。

 決して期待されてるわけではないので悪しからず。

「ほ、他にも資料あるみたいだけど?」

 机に置かれている紙の束を見て久米は狼狽しているような、信じられないという声を出す。

「それは各階のゴミ箱の配置案を出したりとか借用書の確認をこっちで受け持った」

「……なんで雨芽(うめ)くんがやってるの?」

 お前の(ことを好きで告白したい奴がいるから文化祭の中枢に潜り込んで怪しまれずにスケジュールを確認する)為だよ!

 とは口が裂けても言えない。

 じゃあ別の理由はってことになるけど……一番最初に仕事もらった時は…たしか……。

「……まぁD組の出し物の延長みたいなもんかな。それにみんな忙しそうだから手伝える範囲で仕事もらったんだよ」

 そう出し物の延長だ延長。

 小瀬(おせ)もそういうことなら、と開き直って遠慮することなく仕事を流すようになった。

 まぁじゃあその空いた時間サボってるのかってなるけど実は違くて、別の仕事をしているみたい。

 でもこれって今までもサボりぐせのある小瀬の仕事を手伝ってたことがあるから、それをみんなに知られただけだよね。

 あ、だめかこれ言っちゃ小瀬のメンツに関わる。

 あいつも仕事頑張ってるよ、今はね。


「まぁ、そのおかげかは分からんけど、文化祭の全体的な動きが外に向かってんだよな」

 会議室の中は慌ただしく、部屋の出入りが途絶えない。

 常に新しい人新しい人が要件や連絡の為に巡り巡っている。

「一般公開の準備も着々と進んでるし、有志のステージは今年は外で、校庭で音出して出来るよう近隣の人に許可取ったらしいし、文実独自の企画も進んでるらしいよ?カラオケ?歌うま?なんだっけ。そんな感じ」

 そっちの方は詳しくないけれど、小瀬が得意げに話していたのを覚えている。

 出場するという話だったので時間があったら見に行こうかな。

 行けたら行くって事で。


 俺の話を聞いていると思って話していたんだが久米からは応答が無く、何故だか呆然としているような表情をしていた。

「……久米、あのさ」

 俺が再び話を切り出そうとした時、こちらに歩み寄ってくる文実の三年生の姿が視界の端に見えた。

 仕事か。

 今話し始めても中途半端な所で切れそうだし、後にしよう。

「雨芽くん。こっちの資料もお願いしていい?」

「はい。いいですよ」

 受け取る際に指で紙の端を整え、机にトントンと落として高さを揃える。

 今では小瀬以外にも仕事を頼まれるようになった。

 みんな忙しそう。

 激務だね激務。

「雨芽くん、校庭の有志でまだ空いてる時間ある?」

 今度はそういう系統の人が来たか。

 久米はというと、話が途切れた気まずさからか、それとも仕事に対する遠慮からか後退りして遠くへ行ってしまっている。

「……あーありますよ。いや、用意できる…かな。三組くらいなら均等に時間作れます」

「分かった。伝えてくる」

 そんなに時間あっても尺伸ばしみたいになって申し訳ないって有志のグループ言ってたしなぁ、それも一つじゃなくていくつも。

 これで少しは良くなったんじゃないかな。

 体育館と視聴覚室、そんで新しく追加された校庭と、兼ね合いが色々と難しい。

 使いたい人使いたい用途に合わせて割り振り直してみるか。

「こっちのオープニングのスタッフさ、二階で待機する人少ない気がするんだけどどっかから割けない?」

 あぁー前から気になってたやつー。

 それな、俺もそう思ってたんだよ。

「写真撮る俺と小瀬抜いて考えると…たしかにそうっすよね。整列のところ二つのクラスで一人にしましょうか」

 別に普段の朝礼から並んでるんだし、人数減らしても平気だろ平気。

 バラバラに入場して座る後夜祭はともかく、クラス毎に整列している開会式なんてマイク一つあれば充分だと思うんだよね。

 ほら、適当に指示飛ばしてさ。

 声の通る人声の通る人……イケボイケボ……。

「保護者の会の枠からも企画出すらしいけど、どの教室空いてる?」

 あ!君は俺と同じ二年生でC組のイケボの小野(おの)くん!

 ……この子に頼もうかなイケボ聴きたいし。

「一階の教室に二つ続いて空きあるしそこ全部譲ろうか。階段登るの大変な人もいるかもしれないし」

 小野くん推せる。

 会議室で話すことと言ったら仕事の話しかしないけどその少ない時間でも耳が癒される。

 実は小瀬の次に話してる時間が多い人だ。

 数少ない癒し枠。

 おい今、陽悟(ひご)はどうしたって思ったやついるだろ。

 あれはダメなんだよ、何がって聞かれても困るけどとりあえずダメだから、そこんとこよろしく。

 あぁそうだよ苦手なんだよ高校では特にな!

 もうちょっとこうね、包まれてるというか……ミステリアスというか……手の届かない感じというか…。

 ちなみに小野くんのことはかろうじてテニス部ということしか知りません。

 もはや崇拝に近いね。


「さっきまで久米さんと話してたけど、いいの?」

「え?いいのって?」

 小野くんどうしたの急に。

「いや、会議室出て行っちゃって。櫛芭(くしは)さんも後を追うように出て、何かあったのかなって」

「あぁ……そういう…」

 どれくらい前のことだろうか。

 追いかけるとした、まずどこに行ったか探し始めるところからか。

 ……はぁ……やばいのか。

 やばいって……まぁ俺も練習見て度肝抜かれたのは事実だけども。

 ………あ…そうだな。

 こんな時だからこそってやつだ。

 会議室の人たちを俯瞰するように立っている菊瀬(きくせ)先生に頼み事をし、そしていくつか資料に手を加えてから部屋を後にした。


――――――――――――――――――――――――


 やっとの思いで雪羽(せつは)さんの手を繋いで止めた時、彼女の手は震えていた。

未白(みしろ)ちゃん……」

 泣きそうな声で、私の名前を言葉にする。

 目が合えばすぐに背け、手には力がこもっておらず、私が力を抜けばするりと抜け落ちてしまいそうだった。

 反対の手は繋いだ手とは対称に、スカートの裾をぎゅっと握っている。

「なんかさ……なんだろう……変に思い直しちゃって……」

 ……。

「雨芽くんのこと…見てた?あれ、すごかったよね。一つ一つ的確に答えてさ。資料だって言ってたのに紙を一枚も見ないで」

 それは私も見ていた。

 多分、雨芽くんはその全てを、

「覚えてるんだよ。全部」

 それしかあり得ない、それでしか成り立たない。

「ただ手伝いで入ったのに。初めは全然違う仕事だったのに」

 扶助部で一緒にいることを雪羽さんはいつも強く望んでいた。

 その理由に、私は未だ触れられないでいる。

 何かがそこにある、きっと。

「もしもさ、もしね、雨芽くんがいなかったら、この文化祭はもっと小規模なものだったんじゃないかな、なんて」

 冗談含みな言葉でも、雪羽さんは一向に暗いまま変わらない。

「作業も今よりも遅くなって、一般の人とか近隣の人に割いてる時間とか無くなってさ……もしかしたらの話だけどね」

 思い上がりだろうか。

 雨芽くんがそんな偉大で優れた力を持っているというのなら、私の目の前の女の子はどうしてこんなに暗い顔をしているのだろう。

 答えは単純だ。

 彼も彼女も変わらない、一人の人間だからだ。


 彼は、今何をしているのだろう。

 菊瀬先生に扶助部を任され、部長になり。

 雪羽さんや私を受け入れ、部員であることを認め。

 日々悩みを聞き、日々悩みを解決し。

 人に感謝されることをやってきた。

 人に喜ばれることをやってきた。

 彼が、あなたが、私が。

 私たちは知りすぎたのだ。

 人を助ける苦労を、人に触れる苦痛を。

 相手の気持ちを推し量り、それに応えるこの仕事は、途方もない答え合わせの繰り返しなのだ。

 持ち合わせる情報でしか知り得ないたった一つの真実は、他人にとってはピースの足りないパズルのようなものだ。

 それを彼は解いている。

 全て、覚えてしまっているんだ。

 助けようと、体が動いてしまっているんだ。

 あの記憶力は足枷だ、彼がこの行為から離れることが出来ないようにする為の。

 あの優しさは重荷だ、一人の人間が抱え切れるものじゃない。


 私たちは知ってしまった。

 だからこんなにも彼女は迷い、戸惑い、彷徨っている。

「ねぇ。これで合ってるのかな……未白ちゃん」

 私だって分からない。

 彼に助けられてしまった私には分からない。

 そして目の前の彼女もいつか、彼に助けられる日が来るのかもしれない。

「雨芽くんを頼るのが正解なの?できる人がやるから上手く行くの?私は頼っていいの?」

 その問いに、私は答えられずにいる。

「………扶助部って…何の為にあるの?」

 私たちが知らない何かは、いつも変わらず私たちの身近にある。

 ただ気付かないだけ、ただ知り得ないだけ。

 所詮私たちは、何処か他人に成り下がってしまっている。

 彼の優しさに、甘えているだけの愚かな他人だ。

「いた!久米!櫛芭!」

 ほら、彼が先に見つけてしまう。

 この問いの答えは、きっと彼にしか導き出せない。

 その優しさで、私たちにいつか見せて欲しい。


 助けるとは、何なのかを。

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