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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第十章 文化祭準備期間編
73/106

71.変化を伴い

 ……聞いてた話と違うなぁ。

 詩織(しおり)の奴、あれはもはや嫌いを通り越した別の何かだ。

 通り越しても嫌いなことは変わりないんだろうけど。


 私の渾身の投げキッスで視線を奪えたのは一瞬だけだった。

 正直笑い話にしたいところだけど、中学からの付き合いでせっかく高校も一緒になったのにってカチンときてる。

 どうせ何もされてないくせに。

 見てた感じ関わってすらなかったじゃん。

 なにさ、暗い奴トラウマなの?

 暗い奴なんてそこら辺に腐るほどいるじゃん。

 高校なんて地雷原歩いてるようなもんだよ。

 どうして雨芽(うめ)くんなのって聞きたいところだけど、それはもう以前やって懲りたのでやめておく。

 仏の顔も三度までという言葉通り二度目は貴重なのだ。

 慎重に使わないと……。


 澄ました顔して、それでも視線は一人に釘付けで動かなくて、動作一つ一つを見逃さないように……。

 ……言葉にすると恋してるみたいだ。


 片想いじゃんこれ。

 きゃー!恋してるー!?

『俺は敵だなんて思っていないからもうそりゃ一方的な敵意だな』

 ふふっ、相手にもされないってこういうことを言うんだね。

 なんて、詩織が恋とか笑わせる。

 でも面白いからそういうことにしておこう。

 だって他校でイケメン漁る詩織が一途に一人の男の子を……。


 その話をした時雨芽くんってばそれはお前のことだろって目を……。

 ……いやまぁ確かに詩織は恋とか興味なさそうだし異性とか顔とかそういうのも、うん。

 高校でやーっと興味出てきたと思ったんだけど……。

 ……もしかして私、嵌められた?

 いやいやいやないないない。

 私の方がそりゃそういう趣味というか傾向というかあるかもしれないけれど、え、まさかイケメンを前に置いた方が仕事捗るでしょって詩織の中でそんな印象になってるの私!?

 見くびってもらっちゃ困るわー、まさかそんな浅い所で私を分かった気になっているなんてなー。

 まぁうん、否定はしないよ。悪い?

 みんなも顔良い人好きでしょ男も女も。

 まぁまぁまぁ。

 最近は詩織も本心からイケメン探してる節があるし、好きなアイドルとかの話も合ってきたし、その線が全く無いってわけではないと思うんだ。

 こちらが逆に引き摺り込んでやったのだ、舐めるんじゃない。


 雨芽くんは見送るように私に視線を送っている。

 詩織が今も雨芽くんのことを見ていることは気づいていないのか、はたまた気づかないようにしているのか。

 ……気が変わった。

 どうせこれからのやつは大した用でもないんだし、帰りにちゃちゃっとやって終わりでいいだろう。

 いや、大した用か、校庭で音出せるか出さないかの瀬戸際だし。

 私も大声で歌いたいしなぁ体育館も悪くないけど。


 雨芽くんがPVの基礎を仕上げてくれて、他にも善意で手助けしてもらってるものが数多くある。

 私じゃなく雨芽くんが目を通して通った企画があると知れば、おそらく詩織は泡を吹いて倒れるだろう。

 そして起き上がりありとあらゆる誹りを受けるのだ私は、憂鬱。

 まぁ何を言おうが後の祭りだ。

 もはや私より資料を読み込んでるし、タイムスケジュールや各連携を記憶して理解しているから指摘も全くもってその通りなのだ。

 恐れ入る。

 今雨芽くんが抜けたら大打撃どころの話ではない、私に、というか文化祭に。

 外回りだって最初は話にも上がらなかったし、はっきり言って文化祭で出来ることが増えたのだ。

 仕事が増えたとも言う。


 そして気が変わった私は、その気に従い行動する。

 単純に気になるのだ。

 雨芽くんのことが。

 人のことを見る目はあると自負している。

 色々と考えてみよう。

 詩織に目の敵にされて、雪羽(せつは)緒倉(おぐら)さん、櫛芭(くしは)さんと関係を持っていて。

 陽悟(ひご)くん、それから田中(たなか)くんと、あの調子だと山内(やまうち)くんもかな。

 そして憧れの香川(かがわ)先輩に、先生の中だったら……特に菊瀬(きくせ)先生だね、うん。

 普通なら部活の設立は生徒が自主的に動いて立ち上げるものだ。

 それをあの先生は陸上部から主顧問を移り、半ば勝手に扶助部を作り上げた。

 まだその時は部活名すらも決まってない段階で、だ。

 まぁその扶助部設立のおかげで今こうして文化祭で関わって、助けてもらっているんだけど。

 菊瀬先生の雨芽くんへの入れ込みっぷりははっきり言って異常だ。

 二年生になって早々荷物運びに使役してるのこの目で見たし。

 何か特別な感情があるに違いない。

 ……生徒と先生かぁ守備範囲外だなぁ。

 冗談冗談。


 ……逆に、もしも扶助部が無かったら誰が残るだろう。

 一年生の時から雨芽くんのことが嫌いな詩織。

 その話を聞いてた私はやがて雨芽くんと関わっていたのだろうか。

 緒倉さんは雨芽くんのことを一年生の頃から知っているようだった。

 本のしおりや問題制作の協力にも雨芽くんは出向いてるみたいだし……あ、そうだたしか一年生の時……。

 図書委員会の任意の外部イベントで詩織が雨芽くんがいることを目敏く見つけていた覚えが……。

 それから忘れてはならないのは陽悟くんだ。

 ずっと一緒にいる。

 そりゃあもうずっと一緒だ。

 詩織と陽悟くんでは雨芽くんの扱いは対極だろう。

 陽悟くんの隣に、いや陽悟くんが隣にいることが多すぎて名前は知らなくても顔は知ってるって人はそこそこ多いんじゃなかろうか。

 うーん、でも空気になってたから予め知ってる人じゃないとやっぱり気づかないか。


 ………改めて考えてみてもただのぼっちにしては関係性に富みすぎている気がする。

 誰がこんな歪な関係を……って思ったけど陽悟くんしかいないねこんなことできるの。

 影響力があって、人気者で、そしてなにより雨芽くんのことが大好きで……。

 …………あぁだめだ。

 詩織と陽悟くんでどうしてこんなにも違うんだ。

 男子と女子の差じゃない。

 もっと根本的な何かが、見ている、いや見えているものが違うんじゃ……。

 お手上げだー誰か教えてくれー。


 というわけで、

「見てるの、気付いてますよ」

「え!?うん!?まぁ距離が近いなぁと思って。あ、あはは」

 私は雪羽と櫛芭さんのところにやって来たのでした。

 こういうのはやっぱり今現在関わっている人を観察するのが手っ取り早い。

「大丈夫です。どっちも気にしてませんから」

 気にしちゃって可愛いなぁ。

 付き合ってないんでしょ?

 どういう立場で言ってるのか気になる。

「距離が近いって言ったけど雪羽の方は沢山の人と付き合ってきたんだから、慣れてるんじゃないの?」

 雪羽とは去年クラスが一緒だった。

 モテていたことは知っていて、それが広まった時もあまり驚きはしなかった。

 でも、今の雪羽は少しだけ……あの時とは違うように感じる。

 なんだか憑き物が剥がれたような、伸び伸びして緊張から解き放たれたような。

「私は、そんなスキンシップはそんな多い方じゃなかったからかな……」

「ピュアっピュアっ!そこがまた可愛いー!」

 座っている雪羽に飛び付き、抱き抱える。

 はぁ、いい匂いに包まれる。

 至福。

 隣では明らかに距離を取り直して臨戦体制に入っている櫛芭が座っている。

「別にいいじゃん減るもんじゃないんだしー。櫛芭さんも抱かせて」

 可愛い子歓迎!Come on!

「すり減るのよ精神とか色々なものが。絶対嫌」

 ガードかたー。

 その綺麗な顔が勿体無いよ。

 スクールアイドルに興味はありませんかーって勧誘されるんだろうなぁ。

 あ、言い忘れてたけど私アニメも普通に見るよ。

 可愛い子が頑張ってるの見るの大好き。

 良いよね萌えるよね。

「い、嫌だった……?」

 すると雪羽が私の頬に手を押し当てて引き剥がしながら櫛芭さんに心配そうに声をかける。

「せ、雪羽さんは加減してくれるから…まだ」

 なに、二人はそういう関係なのか。


 私の視線に気づいたからか櫛芭さんはゴホンゴホン咳払いをして柔らかくなった表情と姿勢を正す。

小瀬(おせ)さんは生徒会としてここにいるんだから、PVだけじゃなく、他にも仕事があるでしょう」

 むむっ、櫛芭さんは雨芽くんほど甘くはないみたい。

「分かってますってちゃんとやりますって」

 仕事のことを言われると弱い。

 何故ならご存知の通り仕事を後回しにして来ているからだ、めちゃくちゃ私情で。

 今日の観察はこの辺で。


 分かったのは雨芽くんが毎日のようにこの素敵なやり取りを間近で見ているということだ。

 うらやまけしからん。

 ……何しにきたんだっけ?


―――――――――――――――――――――――――――


未白(みしろ)ちゃんってお姉ちゃんみたいだよね」

 小瀬さんに手を振り、見送っている隣で雪羽さんは突然不思議なことを呟いた。

「みたいって……実際そうなのだけれど」

 急にどうしたのだろう。

「あぁ、えっと普段の生活でもずっと優しくて、暖かい感じがして。羨ましいなぁって思って」

 こうやって躊躇わず相手を褒めて認めることが出来るのが、雪羽さんの長所だと最近は思っている。

「羨ましい?(ゆかり)が?」

 雪羽さんの中で出来上がっている姉妹の像からして、私を抜いたら縁しかいない。

「まぁ、そうだね。私が縁ちゃんの立場だったら、きっといつまでも甘え続けるんだろうなぁ」

「代わりなんて想像したこともないけれど、そうかもしれないわね」

 それを言ってから初めて想像してみても、やはり明確なイメージは膨らまなかった。

 私はどこまで行っても縁の姉なのだ。

「でも、私が言いたいのはそうじゃなくて……」

「……?」

 雪羽さんはそこまで言ってから先を言い淀み、恥ずかしげに顔を伏せた。

「そうやって互いに大切に思ってるのが分かるっていうか、お互い無くてはならない存在になってるっていうか。多分、姉妹とか兄弟とかじゃなくていいの。友達でも彼氏彼女でも、そんな風に……」

 私はそんな風に雪羽さんの目には映っているんだ。

 ……大切、か。

「……そうね。妹がいるから今の私はいる。最近はそう思えるようになっている。縁がいて、私がお姉ちゃんで、それはどんなに時間が経っても変わらない」

 少し前までは辛かったけれど、辛いのは認められなかったからだ。

 大切なのは、違いを認める心。


「……家族の呼び方って親の呼び方が強く印象に残ると思うの。特に幼少期は」

「……?小さい頃の話?」

 ちょっとした昔話だ。

 たかが一歳差でも、それは決定的な差で、

「えぇそう。私の家に縁が産まれて、物心ついた頃には親にお姉ちゃんと呼ばれることが多くなった」

 特に意味は込めていないだろう。

 家族の枠組みで、その中でのちょっとした出来事だ。

「そのおかげで縁にもお姉ちゃんと呼ばれて、慕われるようになったのだけど」

 結果的には、最終的には良い方に落ち着いた。

 だけど、私の勝手で一時期はすごくギクシャクしたものになってしまった。

「たまに、本当にたまに、雨芽くんのおうちみたいに一人一人名前で読んでいたら。今とはまた違った価値観を持っていたんじゃないかなって思うの」

 私の質問に彼は、

『ん?まぁそうだな。考えたこともないけど』

 そうやって簡単そうに答えた。

 考えたこともないって、あっさりと。

 その程度できっと決まってしまうのだ。

 彼がそうやって簡単に答えたように。


 私が何を言いたいのか理解できないようで、雪羽さんは首を捻って言葉を絞り出す。

「……姉って思わずに育つってこと?」

 そうか、そういう風に聞こえるか。

「そこまではいかないでしょうけど、今よりも全然気にしないでいるでしょうね」

 向き合うことで得られた答えもあるけれど、向き合ってしまったことで負った痛みもあるはずだ。

「もしもあの時なんて、考えても仕方ないのだけれど、縁には酷いことをしてしまったわ……」

 私が変わってしまっても、信じて寄り添ってくれるあの子に。

 あの子がずっと変わらずに、大好きと声を大にして私の名前を呼んでくれたことに。

 私は何を返せるだろう。


 気づくと隣から嗚咽のような、詰まった声が繰り返し聞こえた。

「ちょっ、ちょっと雪羽さん!どうして泣いているの?」

 こんな場所で……普通に周りに働いている人もいるし、明らかに浮いてしまっている。

「だって……すごく悲しくて……でも未白ちゃんの気持ちをきっと縁ちゃんは分かってるんだろうなぁって思ったら感動しちゃって」

 どうして人の話でこんなにも大粒の涙を流せるのか不思議だ。

 けど、これも彼女の長所にプラスしておこう。

 ハンカチを出して目元を拭うが、赤子のように泣き続ける。

 涙腺が壊れちゃうんじゃないかってくらい。

 そんな彼女だからこそ、私も自分の過去を話そうと思ったのかもしれない。


 10分ほど過ぎて、ようやく落ち着きを取り戻し少しずつ自分たちの仕事に戻り始める。

 今日中に各部活動の出し物をまとめなければならない。

 締め切りとはそういうものだそうだ、慈悲がない。

 縁が言うに私は世間知らずな節があるようで、たしかに俗世間には一般の人と比べてあまり興味を持っていないとは思う。

 だからこういう社会勉強というか、扶助部として仕事の場に立たせてもらっているのは正直感謝している。

 友達も多いわけではないし、この扶助部のおかげで知り合った子も少なからずいる。

 雪羽さんはその中でも特別だろう。

 なんて言ったって一緒に働いているのだし。

 最近だと、そう……この時計を渡された時も世間知らずなことを言われた。

 いつ何時も肌身離さず付けてと言われて、何故と聞いても理由は教えてくれなかった。

 どうやら私に必要なものだそうで、雪羽さんに話しても、あぁ、と困ったように笑うだけで理由は同じように頑なに教えてくれなかった。

 大切にされているんだねぇ、とだけは言ってくれた。

 付けてと言われているから付けているけれど、これが一体何になるのだろう。


「………ん?」

 疑問を胸に資料をまとめていると、隣から声が上がった。

「どうしたの?」

 雪羽さんが一枚の紙を持ち、じっと見つめている。

「扶助部って出し物、忘れ物センターなんだ」

 と、そんなことを言った。

 聞いていないけれど、ここに書いているならそうなのだろう。

「私たちに言われてなくない?」

 私は納得したけれど雪羽さんは相談されていないことが不服な様子だ。

「彼が部長だからいいんじゃないかしら」

 と、いつかの部活名のように私はその時と同じようなことを言う。

 彼が居ないとこの部活は初めから無いんだし、と。

「……まぁ、そっか。みんなのためになってるもんね」

 そう言う雪羽さんは紙を見つめ、寂しげな表情を滲ませていた。

 彼女がよく言う一緒にやろうという言葉に、もう少し真剣に取り合ってみようとそんな気持ちにさせる表情だった。

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