68.昔からの関係とは
そういえばD組は今何をしてんだろと気になり、陽悟もいることだし仕事もひと段落したしでクラスに戻ることに。
首にぶら下げたままのカメラが若干荷物だが、まぁ仕方がない。
前の久米の話だと劇はシンデレラに決まったと言っていたし、役決めの方もあれから心入れ替えて話聞いてたからな。
……はい、あれから心変わることなくやんわりと役を押し付けました。
D組が近づいてくると、陽悟は少しずつだが口を再び動かし始め、シンデレラの配役がそれぞれ誰になっているかを教えてくれた。
そりゃ名前は知ってるけどそれらの人がどんな人か知らないからな。
ちなみに俺は照明と音響周りの仕事を担当することになった。
舞台裏で決まったタイミングでポチポチボタン押すだけなのだからとても楽な仕事である。
まぁ演出ってのは捉え方によっては一番大切なんだろうけど。
分かってますって真面目にやりますって、迷惑をかけるのは嫌ですからね、はい。
王子様役の古名 拓実という男子、陽悟の話によると久米の元カレらしい。
陽悟と同じサッカー部に入っていながら外ではダンスを習っていて、それを理由に選ばれたのだとか。
……下心が見えなくもない気がするが、気のせいってことで。
教室の壁に寄りかかり、クラスで色々と意見を出し合っている様子を控えめな姿勢で見る。
隣に、やはり何気なく当たり前のように居ようとする陽悟を一瞥して何か言おうとするが言っても無駄だと諦める。
どうせみんな、あの二人また一緒にいるよとか思ってるんだろうなぁ……。
「お前は劇に出なくていいのか?」
適当だけど適当だ。
良い意味でも悪い意味でも、今この場にそこそこ合っている話題。
役決めの時色々と周りと話していて、陽悟くらいの人気者だと出る一択しかないと思っていたんだが、結局陽悟は劇の役に一つも名乗り上げなかった。
クラスの様子を外から眺めている陽悟の姿は、思いの外しっくりきた。
「うん。あんまり劇の練習参加できそうになかったから」
「サッカー部か?」
「まぁ、うん。そんな感じ」
「そう」
こいつも大変なんだな、よく知らないけど。
「雨芽くんこそどうなの」
久米がどういうわけか少しだけ睨め付けるような視線で俺に問いかける。
……実は身に覚えがある。
「いやもう決まっちゃっただろ。だからしょうがないな。出れない」
「私、雨芽くんがいい感じに劇に出るの避けてたの見てたからね」
それしかないと思ったよ。
やっぱ見てたかぁ……。
「でもさ、雨芽くんもそうやって陽悟くん以外にも頼める人いたんだね」
「ん…?……あぁそういう」
ナチュラルにひどいなこいつ。
「…あ……いや違うから!?馬鹿にしてるわけじゃないから!」
「そうかいそうかい」
「うぅ…弁明の余地が欲しい」
そんな久米を見かねてか、陽悟が明るい声で話に割り込む。
「まぁまぁ!笠真ならこんなんで怒らないから大丈夫大丈夫!なんたって怒る体力が勿体ないって言うくらいだから!」
いやたしかに一年生の頃そんなこと言った気がするけどさぁ……。
さすが日頃から俺の不機嫌を進んで買っている奴のセリフは説得力が違うね。
なんでこの子こんなに関わってくるのかしら……。
「まぁ笠真には結構知らないうちにお世話になってる人もいるからさ。それに扶助部だって始めたし。ね」
そう言って目配せしてくる。
うざい、やめて、様になってるのほんとやめて。
……やっぱこいつ俺の事だとよく見てるんだよなぁ。
あんまそういうつもりでやってるわけじゃないけど。
まぁこいつも分かってるだろうからわざわざ言わなくていいか……。
そんな風に不満を視線に込めて睨み付けても陽悟は逆に喜ぶだけなのでやめておく。
「「はぁ……」」
と、俺と久米のため息が重なった。
なに、久米もなんか思うところあるの。
「あぁ。うん。なんでも……なくはないんだど」
「いや、話せばいいじゃん。どうせ今俺と陽悟しか聞いてないんだし」
教室ではみんな楽しそうにシンデレラの演出のことを話している。
明るい子たちが声を出して、シンデレラの小説を持ってきた子もいるみたいだ、あの実写化されたやつ。
「まぁ、いいか。二人とも口堅そうだし」
じゃあ話すよ、と久米は一呼吸置いて意気込む。
「……… 私、実はあの、古名くん、苦手なんだよね…」
……へぇ。
「なんだそんなことか」
そんなことなのか。
「えぇ、結構勇気出して言ったのに…」
「でもあいつ女子からの評判、一長一短って言うか、千差万別って感じじゃん」
そうなのか、知らないけど。
「我慢するしかないんじゃね」
他人事他人事ー。
「ぐ……まぁ、そうだよねぇ。なんかない?アドバイスとか」
陽悟は難しい顔をして考えるが明瞭な答えは出ないらしく、
「うーん、俺に聞かれてもなぁ……同じサッカー部だけど……なんとも言えないな。まぁ、悪い奴ではないんだけど……」
あ、よくある文の締め方。
陽悟もこういうの使うんだなぁって見当外れなことを思っているとクラスの扉がガラッと勢いよく開かれ、
「劇、体育館で出来るって!」
と、我がクラスの女子の文化祭実行委員である古森が元気に報告。
「そっか!良かった!みんな体育館だよ体育館!」
そんな感じで応えるのが男子の文化祭実行委員を務める瀬川だ。
今はいつも授業中お絵描きしてる子と一緒に話していたところだったが、体育館で出来るという報告を受けてその子を振り回している、嬉しそう。
瀬川という男子生徒は、出たそうにしているのを俺が感じ取り、仕事俺も手伝うからさ、といい感じに擦りつけたその人である。
ついでだからここで述べると、去年俺がクラスが一緒だった男子は瀬川と、東堂と、ついでに陽悟だ。
ついでだよついで。
ついででいいよこんなやつ。
「なんだかすごくぞんざいな扱いを受けた気がする」
「気のせいだ気のせい」
相変わらず察しがいいなぁ陽悟くんは。
表情とか?仕草とか?
うーん、何で判断してるんだろう。
瀬川と一緒にいる子は水口っていうやつ。
今もお絵描きしてるし……いやあれポスター描いてくれてるのか。
まだD組ってポスター出してなかったんだな。
いやまぁ別に期限はまだ当分先だし、一斉に提出するのが正しいってわけでもないし、うん。
「雨芽はいるかー?」
教室に顔を覗かせながら唐突に菊瀬先生が訪ねてくる。
「あ、はい。ここにいます」
壁に沿って立っていたので教室の中心あたりを見ていた菊瀬先生からは見えなかったっぽい。
手招きされるまま教室を出て、菊瀬先生の後を着いて行く。
陽悟の視線が痛かったしちょうど良いタイミングってやつだ。
教室の中で女子の菊瀬先生を呼ぶ声がした気がしたが、聞こえていなかったんだろうか。
耳に目を向けると菊瀬先生はイヤホンをしていて、手に持ったスマホには有名なアーティストの曲が表示されていた。
というかこの人教室にイヤホンしながら訪ねてきたのか……。
イヤホンを耳から外し、菊瀬先生はこちらを向き話し始める。
「この曲を使うのか?」
その曲は俺がPVで使おうと思っていた曲だった。
結局、小瀬と話した時以上の案は出てこなくて、無難なやつに落ち着いたのだ。
「えぇまぁ。……だめですかね?」
学校として問題があるのなら何か別の案を考えなければならないのだが……。
「いや、別に問題はない。是非これからも頑張ってくれ」
「はぁ……頑張ります」
それで要件は終わりじゃないらしく、菊瀬先生は次の件だが、と前置きして話を再び切り出す。
「部活の、扶助部の出し物はどうするんだ?」
………。
「あ、あぁ。他の部活はみんなやってますもんね……」
どうしよう考えてなかった。
やるべきなのか?
菊瀬先生の言い方的にやるのが当たり前みたいな感じだし……えぇ、困るよーそれ。
大々的な物なんて出来るわけないし……そもそも文化祭当日に俺が部室に居れるか分からないし……残る二人の部員の意思なんて全くもって知らないし……。
扶助部らしいやつ……現実的なの……簡単なので……。
「……忘れ物センターで行きましょう」
去年はどうだっけなぁ。
なんか少しだけ忘れ物で問題になってた気が……。
「面白いな。いや待て、今まで落とし物は職員室の開けた前に置いてあったからな。結構盗る人とかいたから入口が一つに限定できる教室の中に落とし物を置くのは良い案かもしれない……あるな」
意外と好印象、手応えありです。
「……俺文化祭中部室居れないと思うんですけど…それでもいいんですかね。扶助部の出し物って言って」
「いやいや、これは十分扶助部の活動だ。間違いない」
「そ、そうっすよね」
顧問が言うのだから間違いない。
「私が顧問だし、部室に居るのは私でいいだろう」
スマホを服に仕舞いながら、菊瀬先生は言葉を続ける。
「どうせ成華に会うのだからな。その方が都合もいいだろうし」
成華に文化祭に会うことを想定して……ん?
ということは……もしかして…。
「あ、別に顧問だからとかじゃなくていいですよ!?交代制で全然いいですって!成華にはちゃんと先生が居る場所教えるんで!」
流石にそこまでご厄介になるわけにはいかない。
到着するまでずっと待たせておくなんて申し訳なさすぎる……。
「分かった分かった。交代制な。私が何人か頼んでおくから。そこまで心配しなくていいって」
笑って俺の心配や気遣いを受け流す……大人だ…。
「じゃあ申請書書いて、今日中に出しちゃいますね」
「あ、あとそうだ。忘れ物センターのポスターも頼むよ」
「……文字だけでいいですか」
「そうだな……部室の後ろに荷物の山があるだろう?そこら辺から適当に紙をとって書いてくれ。ポスターの縮尺に私が直すから」
肯定なのか否定なのかはっきりして欲しいのですけど……。
絵の才なんてないよ私、神絵師の絵はよく見るけどさツイッターで。
というか、
「なんですかその二度手間……」
ポスターの紙くれよ。
もう全部処分しちゃったの?
「必要な二度手間だ」
冗談っぽく笑う菊瀬先生。
もう!古い体制で誇りとかやりがいとか言ってる会社は根本から直さないとって常日頃言ってるのに!
言ってない?
まぁ細かいことはいいんだよ。
「菊瀬先生ー!」
と、複数の男子と女子が走って駆け寄ってくる。
その子たちは、俺の記憶だとニ年生が半分くらい。
あとは一年生だろうか。
D組の子もいる。
さっき教室を出る際に聞こえた声の主だろうその子は服部って女子だった。
「どうした?」
「陸上部の練習見てくれるって言ったじゃないですかー!」
プンプン、と怒っているようなそんな調子で女子たちは菊瀬先生を責める。
男子たちも流石にその擬音は似合わないが大体同じ感じ。
「大丈夫大丈夫!忘れてないって!」
そう言う菊瀬先生は不意にニヤッと……。
あ、今最悪な目に合わされそうな予感がするってテキスト出た。
「雨芽も来い!仕事だ!」
ほらやっぱりー!
「いやです。教室戻……」
………陽悟に会うの嫌だなぁ……。
「まぁ聞きなさい。文化祭の一日目には公開練習がある。それの準備を撮るっていうのも良いだろう?」
準備期間の守備範囲広ぇ……。
カメラ置いてくりゃよかった……。
……公開練習?
「そうですよ!公開練習!去年まで一緒に考えてくれたんですし、またメニュー考えるの手伝って下さい!」
菊瀬先生の足が校庭に向いて歩き出す。
着いて行くかぁ……。
陸上部の一年生達が疑問気味に声を出す。
「去年まで菊瀬先生居たんですか?」
「そういえば陸上部の顧問の名前のところに菊瀬先生の名前あったかも」
二年生がそんな一年生の疑問に優しく答える。
「そうだよー。いつも練習見てくれたんだよ」
「今は副顧問だね」
一年生がやや驚いたような声質で菊瀬先生に本当かと問うと、菊瀬先生はまぁな、と短く一言。
……成華は中学、高校と陸上部に入ってたけど、部活中はこんな感じで話してたのかな。
「今の顧問は希西先生だけど、私たちにとっては陸上部の顧問って菊瀬先生って感じなんだよね」
一年生に教えてあげるように昔の話をする二年生。
「なんで陸上部の主顧問辞めちゃったんですか?」
「そうですよ!まだ高校にいるのに!」
一年生の質問に二年生が便乗する。
たしか……この高校のシステムだと……。
「そりゃあ先生一人に対して主顧問できる部活は一つだけだしな。副顧問はいくらでも入れるけれど」
扶助部の顧問は一人だけだから……ということは…そういうことか……。
「じゃあどこの部活の主顧問になったんですか?」
「扶助部!こいつの部活だ!」
そう言うと菊瀬先生はその手で俺の頭をわしゃわしゃしてきた。
視線も集まってめちゃくちゃ恥ずかしい。
今まで空気だったんだからずっと無視してくれて構わないんだからね!
「扶助部?どっかで聞いたことがあるような…」
一年生達が宙を見上げて何やら思い出している。
二年生が先に思い出したようで話を先に始めた。
「あ、私知ってる!体育祭の時にいた気がする!」
「え?そうなの?」
「うん!めっっちゃ忙しかったから助けに来てくれた人覚えてるんだよね。感動で」
たしかにあれは可哀想なほど忙しそうだったな……殺意すら感じた、殺気立ってた。
一年生の一人がようやく思い出したようで、口を開く。
「あぁー、なんか縁のお姉ちゃん自慢のついでに言ってた気がする……」
あいつは何をしてんだ……。
「新聞部と一緒に宣伝してなかったっけ?」
なにしとくれとんじゃ。
「あ、私今もそのビラ持ってるよ!」
「えなんで持ってるの?」
「なんか捨てるの忘れちゃうんだよね」
す、捨てる……まぁそんなもんか…うん……そんなもんだよな。
「ちょ、ちょっと見せてくれないかな?そのビラってやつ」
「はい!いいですよ!」
俺がその扶助部の部員と知った為か、かなり簡単に渡してくれた。
もう逆になにを書いたのか気になるまであるぞ……えーっと、なになに……?
………意外としっかり書いてやがる……。
活動場所から部員の様子まで結構細かく……。
まぁ新聞部と共同で制作したんだろうし下手なことは書けないか。
取材なんて来なかったから嫌々だろうけど。
情報元全部縁さんだろうけど。
なんならこっから手書きだし……。
絶対縁さんの一任で自分で書いたでしょこれ。
文字も掠れてるし……どんだけねじ込むのに必死だったんだ…。
なんだこの、暗く見えるけど決して見捨てはしない系男子って……。
………はっ!
「質問なんだけど、このビラが配られた時期って覚えてる……?」
なんとなく予想出来るけど紙を返すついでに一応聞いてみる。
「たしか……合唱祭の後?」
「うんうん。縁めっちゃ良い笑顔だったよね」
………。
そういうことね……。
縁さんのせいだったか……。
全ての辻褄が合ったというのに喜びは全く無く、ましてや仕事が増えた原因に対する怒りや不満も微塵も無く……。
もう無だったね。
無我の境地。
あぁそういう……って三回くらい呟いたと思う。
多分。
それくらい無だった。