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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第十章 文化祭準備期間編
69/106

67.禍根を残し

 その日から俺は、なるべく不自然にならないような程度で扶助部の部室に、そして会議室にと、いい塩梅で放課後の時間を使っていた。

 今日は山内(やまうち)の告白の打ち合わせのために扶助部にいる。

 山内から聞く久米(くめ)の話は、いくつか意外な点があった。

 別にそれがなんだ、というか、あくまで普段の久米から想像できる範疇だったが。


 そんな話の中で……。

「一年生の時から?」

「あー。まぁその、なに?気になっていたっていうか?」

 今日は俺が一人、依頼者が一人の扶助部の部室。

 いつもより静かで広く感じるその空間の中、依頼の内容を話し込む。

「すっごい頑張ってたからさ。目に止まっちゃうわけよ」

 照れながら山内は久米の好意的なポイントを一つずつ挙げていく。

 そのどれもがやはり、バスケ部で頑張っていた久米を簡単に想像させた。

「……前も言ったけど、居ないとそれが際立つって言うかさ。まぁ、俺が意識しすぎだからそう見えるだけかもしれないけど」

 妙に言い方が引っかかる。

 それじゃあまるで久米の居場所っていうのは本来……あるべき姿っていうのは……。

「山内以外にもそう言ってる奴っていたのか?」

「俺以外?……そうだなぁ……」

 腕を組んで考え始める山内は考えたこともなかった、という風に首を傾げて過去を思い出そうとしている。

「そう……だなぁ……。たしかに考えてみるとぱったり来なくなった割には気にしてる人、少なかったか?」

「いや俺に聞かれても……」

 分かるわけないです。

「女子の方は久米さんから直接に話し合ったみたいで詳しくは知らないけど、男子は……莉喜(りき)とか…いや他には居ないか?うーん。最初ちょこっと言ってるだけで最近はめっきり。まぁそんなもんじゃね?みんなバスケしに来る訳だし」

 それな。

 たしかにそうだこいつの動機が不純なんだわ思い出した。

 こいつ、モテるためにバスケ部に入ったって公言してるからな……普通に上手いけど。

「あ!そうそう聞いてくれよぉ雨芽(うめ)くん!」

 あ、雑談の気配。

「昨日さぁ莉喜が酷いんだよぉ。あいつ俺が扶助部に来ることをサボってるって決めつけるんだよぉ酷くない!?」

 ……長くなるかなぁ。

 …長くなりそうだなぁ。

 ………聞き流そうか。

「…………へぇ」

「明らかに興味無くなるじゃん!?いやまじでさぁ。莉喜とか、それに他の奴らも悪ノリがすぎるんだってー!死ぬかと思ったわ冗談抜きで!もうさ、前から思うところあるのよーほんと。昨日だけじゃなくて先週だってあいつら…………」


 ……………。


「……まさか500年もかかるとは…」

「嘘をつくな嘘を」

 今日は昨日の次の日。

 中々に昨日はキツい一日だった……。

 9期も裸足で逃げ出すレベルの展開力だった、話の。

 禁止カードだろあんなん。

 もう俺のターンが回ってこなかったね。

 メインフェイズに入ったのを確認してコンビニに行って、帰ってきてもまだ効果の処理中だった話はあまりにも有名。

 ごめんなさい嘘です今作りましたその話。

 でも実際走れば間に合いそうだよなあの時代……。

 授業が終わり、放課後の時間。

 現在は山内の田中(たなか)、及びバスケ部の面々への愚痴を延々と聞かされる羽目になった、その立場になった俺の愚痴を陽悟(ひご)に聞いてもらっている。

 話しかけたお前が悪いんだからな!

「まぁ、うん。大変だったな…」

 要するに八つ当たりである。

 陽悟のキラキラした顔に疲労が滲み出ている。

 変な話聞かせないで下さいとか、他の人に迷惑ですとか。

 うるさい!知ったことか!

 俺の方が迷惑だ!

 今日はこの愚痴で俺と同じ苦しみを味わってもらっていく!

 聞いてくれよ山内が酷いんだよあいつぅ……。

「そんなことよりっ!」

 そんなこと……。


 陽悟が俺が再び話し始めるよりも先に強引に話を変える。

 まったく……まだまだ話し足りないのに…。

大智(たいち)くん、覚えてる?」

「え?大智くん?そりゃ覚えてるよ。うん」

 夏休みに行った環航小学校で出会った男の子だ。

将吾(しょうご)が大智くんと会ったらよく話してるみたいでさ。大智くん学校で上手くやってるらしいよ!」

 なるほど、陽悟が話しかけに来た訳はこれか。

 理由なんて無い日が多いけどね、一応ね。

 ごめんね変な話して。

「お、そうか。良かった」

 そっかぁ、上手くやってるのかぁ。

 ……良かったぁ。

「それでさ、今の目標は生徒会長だ。って大智くん言ってたんだよ」

「生徒会長?なんで?」

「俺も聞きたい。なんで?」

 えぇ?生徒会長?

 まだ…そう…一年生だよね?早くない?

「学校を変えるんだ。とかなんとかって将吾が教えてくれて。笠真(りゅうま)が何か言ったんじゃないのか?」

 学校を……変える……。

 えぇっと……そんなこと言ったかなぁ……?

『学校変えるくらいの気持ちでやれば、なんとかなるんじゃねーかな』

 …あ、あぁ。

 そういう風に受け取っちゃったかぁ……。

 学校の種類じゃなくて内部から変えるのね、なるほど。


「まぁ色々あったんだよきっと。うん」

 多分そう部分的にそう。

 元気そうならもうそれでいいや。


 こんな感じで駄弁ってはいるが、放課後の為に例に漏れず仕事中である。

 本日の仕事は各クラスの準備期間の様子の撮影。

 陽悟ってば別れるタイミング逃したのかそれとも最初からそのつもりだったのか知らんけど付いて来るんだもの。

 D組出てもナチュラルに付いてくるから困ったぜ……。

 まぁこいつが居た方が撮影も円滑になるし良いか、と気にしない方針で。

 陽悟のやる事なす事、言い出し始めたらキリがない。


 二年生の階を離れて他学年の様子も撮影していく。

 クラス毎にやってる事は違うがほとんど流れ作業なので片手間に陽悟と話す。

「なぁ陽悟。なんかクラスの人たちに急に話しかけられ始めたんだけどさ。……正直に言って欲しいんだけど、お前なんかしただろ」

 あのウインクはなんかした奴の行為だろ絶対。

 その後の笑顔は知らないけど。

 あれから、あの始業式以外の日にもクラスの奴や廊下ですれ違う時など、声を掛けられることが多くなっている。

 廊下側で扉から近いというのもあるが、稀に話しかけに来る人まで現れる。

「あぁ……寿樹(かずき)はなんとなく分かってたけど、それ以外は予想外だったなぁ」

「やっぱりなんかしたのか」

 まぁそうだとは思ったけどさ。

 正直嫌な気持ちは湧かないけれど、原因ははっきりさせておきたい。

「夏休みの間にな。もちろん夏休みって言ったらサッカー部の活動があるだろう?合宿もあったし、色々と聞かれたんだよ」

 聞かれた、か。

 じゃあ……、

「なんて答えたんだよ」

「めっっっちゃっっ良い奴って答えといた!」

 えぇ……。


 陽悟はそれを言い終えた後、一旦呼吸を整えてから饒舌になって喋り始めた。

「笠真と俺って結構一緒にいるだろ?それに良い奴って言ったのが俺だから疑う余地なんてないよな」

 自分で言うのか……まぁ別にいいけど。

「多分、寿樹とかは別にして、サッカー部の人以外にも話しかけられたのは、噂が一人歩きしたからだと思う」

「一人歩き?」

「出来ればみんなと仲良くしたいと思ってんだよ。みんなは。話すことができれば万々歳。せめて敵にはならないようにってな」

「敵って……んな大袈裟な」

 俺程度せいぜい子悪党だろ。

「それに文化祭だし、みんな良いタイミングだと思ったんじゃないか?」

「そんなもんかね」

 パシャパシャと青春真っ盛りの高校生たちの笑顔を写真に収めていく。

 はいはいピースピースチーズチーズ。


「それに笠真は扶助部部長だから」

「……ん?」

 それ何か関係あるの?


 陽悟の言葉の続きを待っていると、予想もしない方向から声を掛けられた。

「あ、あの!雨芽先輩こんにちは!」

 顔を向けるとそこには一年生が何人かまとまって立っていた。

 バスケ部の練習着を着た一年生だ。

 というか……。

 え!嬉しい!名前覚えていてくれたんだ!

 高校に入ってからは一方的に名前を覚えてるよことが多くてさぁ、いやその人と話したりはしないんだけど。

「あ、そのノートちゃんと使ってるんだ」

 一年生の中で一人が持っているノートには見覚えがあった。

 まぁ高校生が使ってるノートなんて大学ノートばっかで見分けつける方が難しいけどさ……。

 バスケ部用と、表紙に書かれているのを見れば一目瞭然だ。

「ノート?どうしてバスケ部で?」

「まぁちょっと依頼の時にな」

 隣にいる陽悟は不思議そうな顔で俺に問うが一言で説明するのが難しいので、説明は……いつになるだろう。

 もしかしたら次に機会が無いと一生話さないかもしれない。

「これから練習行くところで、今回は一年生の番なので一回集まってから行こうと思ってました!」

 一年生の中でも元気でリーダーシップが強そうな子がハキハキ教えてくれる。

「それで、行く途中で雨芽先輩がいたので挨拶していこうと思いました!」

「うん。ありがとう。二年生に負けないくらい頑張ってね。追い抜いちゃうくらい」

「はい!頑張ります!」

 特に山内な個人的に、とは流石に言えなかった。

 技術的にもだし私怨めっちゃ込めてるし。


 一年生たちを手を振って見送り、階を再び変える。

 階段を上っている途中、陽悟が踊り場の壁に取り付けられている窓の外を見て立ち止まる。

 先に上っていた俺は、陽悟と違う視点で窓の外を眺める。

 少し傾いた日差しがグラウンドに差し込み、部活動に励んでいる生徒を照らしている。

 適当に言葉を一つ二つ投げ合い、いつの間にか会話はバスケ部の子たちに会う前の話題に戻っていた。

「例えば宮野(みやの)さん。もしかしてだけど笠真が助けた人だったりしないか?」

 ……東堂(とうどう)やサッカー部の奴を抜いたら…宮野のが次点で初めてになるのか。

 ……吹奏楽部って言ったら楽器を運んだことがあったな。

「あぁまぁ間接的には助けたことになるんじゃないか?扶助部には来たことないけど」

 考えてみれば三人であの数の楽器運ぶなんて無謀にも程があるよな。

 あの時……詳しく思い出すと既に舞台からは全て片付けられていて裏にしまってあったし、本来は日を変えて音楽室に移動させるつもりだったのだろうか。

 その予定だと確実に練習時間は減るだろうし、もしかしたら意外と感謝されているのかもしれない。

「扶助部。俺はすごく笠真に合ってると思うよ」

「あれ菊瀬(きくせ)先生に言われて始まったものだぞ」

「うん。知ってるよ」

「知ってんのか」

 俺は陽悟にこのことを話したことはないから、菊瀬先生自身が直接陽悟に話したんだろう。

『聞いたよ!部活始めたんだってな!なんでも、人を助ける部活なんだって?笠真らしいじゃん!』

 ……まぁ別に知られても問題ないけどさ…いくらなんでも話すの早すぎない?

「百歩譲って扶助部のおかげだとしてもここまで話しかけてくるか?」

 それはさておき、未だ解けない疑問を陽悟に投げかける。

 その疑問に答えるのが陽悟はどうやらすごく楽しそうだ。

 顔が言ってるもん、楽しいって。

「だからそれが噂が一人歩きしてたからなんだって……まぁそれもおそらくの話だけど。例えば、陽悟くんが雨芽くんの話しててさぁ。あ、それ私も聞いた!雨芽くんって扶助部の?私お世話になったことあるよー。………みたいな」

 レベルが高いのか低いのか元になっている人が分からないため判断ができないモノマネ。

 例えば、だから架空の人物かもしれないけど。


「それに、扶助部だけじゃない」

 その言葉を聞いて、陽悟が話したいことが先に分かってしまった。

「笠真は扶助部の前から……一年生の時からさ。今と少し形は違うかもしれないけれど。あ、でもたまに前みたいにやってるか……まぁ、よく助けてたじゃん」

「……陽悟ってほんとよく見てるし覚えてるよな」

 今の形は一年生の時とは少しだけ関わり方が変わった助け方だ。

 半ば強引に菊瀬先生に変えられたみたいなところがあるが、そういう助けることが出来る立場を貰っただけ良しとするべきか……。

「観察眼ってのは人間関係だと大事だからな」

「そりゃそうだけどさ…」

 呆れ気味に返すも、陽悟はすごく誇らしげだ。

 まぁ高校生活も順風満帆だし、少しは自信もつくだろう。

「でも覚えてるのは陽悟くらいだろ。それを覚えてないやつも、ましてや俺だってことを知らないやつもいる」

「分かってないなぁ笠真は」

「え?そんな的外れなこと言った覚えはないけど……」

 陽悟は小さくため息を吐くが口角は下がっておらず、それを伝えるのが自分で良かったと嬉しがっているような、そんな表情に見えた。


「あ、そういえば一年生の時笠真に、とか。もしかしたらあの時の人って笠真?みたいな思いになってさ」

 窓の外から視線を切り、踊り場からゆっくりと歩を進めて階段に足を掛ける。

「扶助部のことと助けられたことを結びつけたりして」

 一段、二段と止まっている俺よりも先に上っていく陽悟は、最後の階段を上り終えた後振り向いてこう言った。

「せっかく助けてもらったのになんも返せてないなぁって思ったら、まず関わることから始めないといけないだろ?」

 そんなこそばゆい言葉を一切躊躇せずに言ってのける陽悟に笑みが溢れる。

『今も笠真に助けられている』

 夏に言われたあの告白が甦る。

 その言葉を胸に俺も階段を上る。

「まぁ、陽悟が言うならそうなんだろうな」

 こんな熱心に関わってくる奴なんて他に居ないし。


「この文化祭でも働いてるから、笠真に関わる人、もっと増えるんじゃないか?」

「ぐ……まぁ仕方ないか」

 そういうもんだと思って割り切るしかないだろう。

「……なぁ…」

 陽悟の声音が急に変わり、湿っぽくなった。

 顔が引き寄せられ、少しだけ心臓が緊張に跳ねる。

 どうしたんだろう……?

「このさ。カメラの仕事も大変だけど。もう一つの方も……」

 山内の依頼のことだろうな。

「分かってるって。大丈夫大丈夫」

 陽悟が言い切る前に答えてしまったが、まぁ大丈夫だろう。

 その為に陽悟にも声を掛けたし、作戦とか気持ちとかその他色々と、これからも引き続き話し合っておけば平気だと思う。

「……今回のさ。仕事のこと……何も思わないのか?」

 と、更に小さな声で……。

 何が不安なんだろうか。

 今回の……どちらのことだろう。

 写真……PV制作は今のところ比較的順調だし。

 告白の方は……たしかに不確実で断られる可能性もあるが山内はそのことを踏まえて受け入れて依頼をしてきた。

「別に何も思わないけど……」

 どちらにしても仕事に対して特に思うところは今のところない。

「……そうか」

 それきり陽悟の口数は減り、黙ってしまった。

 撮影の仕事を切り上げる訳にもいかず、シャッターを切る手を動かし続ける。

 記憶を何度も探り、何処にも見落としがないかを調べながら。

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