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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第十章 文化祭準備期間編
66/106

64.話して

挿絵(By みてみん)

 緒倉(おぐら)の隣を歩いて図書室に移動する。


 べつに話したいことがあるわけでもない。

 緒倉は本が大好き。

 俺は普通くらいに好き。

 っていう差があるから一年生の時も、それはまぁ話が合わない時があった。

 緒倉が持っている本を借りて感想を話し合う日もあったが、頻度で言えば多いわけでもない。

 1年生の時も図書室を好んで行ってた訳じゃないしな……そこら辺引け目ある。

 まぁでも行った回数なら並の図書委員より多い気がするし、一時期は図書委員になってやろうかと考えたくらいだ。

 めんどそうだし結局やらなかったけど。


 図書室に着き、扉を開く。

 中に入った途端に図書室のカウンターから声が届く。

「あらー!笠真(りゅうま)くん久しぶりねー!背伸びたんじゃない?ほら早くこっちいらっしゃい!座って座って!」

 手を振られてこちらも遠慮がちに手を振る。

 去年からお変わりないようで。

星予(ほしよ)さん、元気そうだね」

「はい」

 ………それだけですか…。

 そしてそれきり顔を背けて先に歩いて行ってしまった。

 後を追い、先に椅子に座っている緒倉に倣って俺もその隣の椅子を引いて座る。

 周りでは紙を持った図書委員の人たちが本を持ち歩いて行ったり来たりしていた。


「それで、手伝ってほしいことって」

 ここに来た目的である図書委員で手伝って欲しいこと、という本題にようやく入る。

「これを見てください」

 小さな紙を複数枚渡された。

 その他にも紙はまだまだあり、机の上に広げられる。

 紙に書いてある内容を見ると、どの紙にもどこかで読んだような一節が書かれている。

 なるほど…本を探すゲームになっているのか。

『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。』

 有名な冒頭。

 間違えて覚えてる人も多いが雪国だった、ではなく雪国であった、が本来の文章である。

「……川端康成の『雪国』。ここから見て右側から2列目の棚にある」

『下人の行方は、誰も知らない。』

 結末を書き換えたことによって物語の形を大きく変えた一文。

 冒頭部分だけじゃなくて、小説の中の一節も出題範囲か。

「芥川龍之介の『羅生門』。4列目の奥の方」

『私はその人を常に先生と呼んでいた。』

 物語の根幹に関わるようなものじゃなくても作品が有名すぎるし、これだけで分かるってのもすごいな。

「夏目漱石の『こころ』。3列目だった気がする」

 だいぶ乗ってきた。

 なんか楽しい。


 その後も紙を渡されてその問いに答えるという行為を何回か繰り返していると、いつの間にか隣に星予さんが立っていた。

 どうやら俺と緒倉のやり取りをずっと見ていたようだ。

「すごーい!やっぱり笠真くん呼んでよかったわ!本の場所すぐに覚えちゃうんだもん!しばらく来てないのに忘れないんだねぇ!」

「は、はい……」

「そうよね!小冬(こふゆ)ちゃん!」

「は、はい……」

 どちらが若いのか分からなくなるようなテンションの差を見せつけられて、尚も星予さんは言葉を続ける。

「それでね!正解の本を持ってきた子にはね、このしおりを景品として渡そうと思って!」

 星予さんがポケットから取り出したしおりは、かわいい動物が印刷された小さい子から大人まで、またどんな雰囲気の本にも合いそうな使いやすいものだった。

「数がまだ少ないから作るの手伝ってほしいのよー!問題の有用性も笠真くんが証明してくれたし!一問一問確認するの大変なのよねー!」

 動き回っている図書委員の方たちはその確認をしていたのか。

 多分子供向けの簡単な問題も作っているだろうし、こういう少しマニアック……人によればマニアックじゃないかもしれないけど、さっきのような問題の確認は後回しにしていたんだろう。

「あとはお若い2人に任せるわ!ごゆっくりー!」

 ところどころに若さを感じさせるオーバーな動きで距離を取り、そそくさとカウンターに戻っていく。

「……元気だね」

 ぶっちゃけ想像の100倍くらい元気だ。

「……雨芽(うめ)くんが来てくれて嬉しいんだと思います」

 その言葉に俺が驚きを隠さないでいると、緒倉はあからさまに不機嫌になった。

「なんですか…その顔」

「いや…別に……」

 理由を話すともっと怒りそう。

 一年生の時は星予さんのことで少しも譲る気がなかったくせに……。

『私の方が星予さんのこと、ずっと心配してました…!』

 静かそうに見えるけど言いたいことははっきりと言うんだよな、この子。

 ちょっと手伝ったくらいでこれだったからな……そのせいで変に拗れた関係になってしまったし……。

 ……じゃあ今はどういう立場なんだろう?


 遠くで別の作業を始めた星予さんは、こちらの視線に気づくと手話でありがとうと言い、子供のように笑う。

「そういえば今年もやるの?………あれ?」

 緒倉に質問したが隣におらず、席を引いたまま立ってどこかに歩いて行ってしまったようだ。


「……何か言いましたか?」

 すぐ近くにいたようで、俺の声そのものは聞こえたけど、何を聞かれたかまでは分かってないみたいだ。

「あぁいや、見てないならいいんだ」

 この様子だと星予さんの手話も見てなさそうだし。

 緒倉はさっき星予さんが作って欲しいと頼んだしおりの材料を持っていて、つい先ほど席を一瞬外した理由がこの材料を取りに行っていたからだと分かった。

 問題の紙を端に一つにまとめ、代わりにしおりの材料を机に広げる。

 って言っても動物がプリントされた厚紙のようなものと細いリボンの2種類だけだけど。

 置かれている見本をしっかり見て、厚紙の穴にリボンを通して結ぶ。

 綺麗に切り揃えられているリボンの端を持ち、しおりの頂点が結び目になるように結び付ける。

 次の材料を新たに持ち、また同じように結ぶ。

 ……末端の仕事って感じ…バイトをしているような錯覚を覚える。


 隣の緒倉も淡々と、しおりを次々完成させる。

 その様子を見ながら作業は出来ないため、顔の向きを前に戻し材料を手に持つ。

「…扶助部って、雨芽くんにとって何ですか?」

 緒倉から視線を切った瞬間、そんな質問を投げかけてきた。

「……扶助部のこと?なんでそんなことを」

「答えてください…!」

 声音を強くして緒倉は答えを迫る。

 どうしても答えなければいけないみたいだ。

 一旦手を止めて緒倉の質問の真意を探る。

 目を合わせようとせず、緒倉は手を止めることはなかった。

 俺も目を伏せて、考えをまとめてから作業に戻る。

「…あそこにいたらさ、みんな1枚隔てて俺を見るんだ」

 一瞬だけ顔をこちらに向けた緒倉は、更に先を促すように何も言わずに再び顔を背けた。

「扶助部の部長って思ってくれるんだ。楽なんだ。……楽してるんだと思う」

「そんなの……ここにいても…」

 言葉に覇気はなく、緒倉としてもそれを言って何かが変わると思っていないのだろう。

「どういう訳かはさ、教えられないけど。もう少しだけこのままでいたいんだ」


「雨芽くんは……」

 言葉を区切る緒倉はとても辛そうに、それでもその続きを話そうと口を動かす。

「雨芽くんは扶助部がなくても……扶助部がない時から優しかった…!」

 動く口に逆らわず、息継ぎなんて忘れて緒倉は勢いのまま言葉を吐き出す。 

「雨芽くんは根っから優しい人なんです…!」


 あぁ…やっぱり…。

『りゅうまやさしいねー』

 それが理由なんだ。

『優しすぎるくらいだよ。笠真』

 俺を見ているから。

『やっぱり…笠真は優しいなぁ』

 分からない……。

 俺って……本当に優しいのかな。

『笠真は………』

 涙を溢しても、遂にその口から先の言葉が溢れることはなかった。

 間違っていたんじゃないかと、今までの自分が全て覆されるような感覚に襲われて……。

 それを今まで信じてくれたみんなに、俺を見てくれていたみんなに会うのが怖くなってしまったんだ。

 ……そしてそれは今でも。


「……ありがとう」

 それ以上会話が進まないように形ながらも感謝を伝えて作業に集中する。

 ……その日、俺と緒倉の目が合うことはそれを機に二度となかった。

挿絵は左が緒倉小冬。

右が雨芽笠真です。

今回も変わらず表紙のような扱いです。

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