62.学べることもある
電車に乗って数分。
話したいことは山ほどあった。
尽きることない話題を飽きず話し続ける。
「……じゃあ藤澤ってあいつ高校全体で応援されてんの?」
「そうなんだよ。このままプロになったら史上最速なんだよたしか。……えーっと何の記録って言ってたっけ」
「……まぁ、そうか。あいつが応援されてるとなんか俺も嬉しくなるな」
記録はともかく、プロになること自体すごいことだけど。
あいつの強さなら良いところまで行くと思ったが、まさかこんなに順調に行くとは……いやはや才能が恐ろしい。
隼真と目を合わせて、それから静かになった前の席を見る。
「眠っちゃったな」
「だな」
美穂は席の袖にある仕切りに寄り添ってスースーと寝息を立てている。
なんだかんだ隼真に意固地な態度をとっても、寝顔は変わらず幼いままだ。
それを隼真もわかっているようでついさっきの脛の痛みも忘れたように見える。
「疲れてんのか?」
「あー。そうかもしれない。文化祭もうすぐだから」
東道高校も文化祭は夏休み明けか。
隼真の言い方からするに、俺の通っている京両高校よりも日程が早いのだろう。
美穂はそういうイベント大好きだもんな。
昔はバレンタインを迎える度に俺と隼真が呼び出されて、それで何度も何度も……。
チョコはもちろん、マフィンとかクッキーとか。
……こいつもだいぶ料理上手くなったよなぁ。
…あれは忘れられない子供の無邪気な味だった。
初めての年の料理……美穂の親が止めてくれなきゃ失神してたんじゃないか?
その次の年はなんとかギリギリ意識を保てたけど……。
電車が駅に止まる。
揺れが無くなり、美穂が仕切りに頭をぶつけた。
ごんって、ふふ、やばい笑う……。
「……あ!」
「え?」
「ん?」
美穂が突然立ち上がり俺と隼真の腕を掴み一気に止める間も無く扉から外に飛び出す。
外に出ると美穂は、ふぅ、と安心したように息を吐き振り返るが、
「あれ?」
と声に出すと、振り返った後もまた振り返り、周りを見渡し首を傾げる。
「…お前また……あぁいや、お前ここ……」
隼真の口ぶりからするに少なくとも今回が初めてってわけでは無さそう。
大変だな、お前も。
「俺らの駅まだ一つ先だぞ……」
ぽけーっと口を小さく開いている美穂は、しばらくして自分のしたことに気づくと、
「やったね、私」
「やっちまったな、お前」
駅に取り付けられている電光掲示板には次の電車は7分後と表示されている。
「……歩く?」
「えぇ…。結構距離あるぞ」
30分くらい歩くことになるのか、歩くとしたら。
「良いじゃん歩こう!よしそうしよう!そう決めた!」
美穂は俺の不満をたっぷり込めた嫌そうな顔をものともせず、せっかくの機会だし、とエスカレーターに向かって歩き始めた。
「……疲れてるんじゃないの」
そう隼真に、美穂に聞こえないように耳打ちすれば、
「あいつ自覚しないから」
と、笑って答えるのだった。
その答えは、俺の中にある美穂のイメージにもピッタリ当てはまって、やっぱり幼なじみなんだよなぁって実感する。
何度も何度も、毎年めげないで頑張って、それを一緒に見てたから。
小学校までで終わって、中学校では結局一度もやらなかったけど、まぁ大切な思い出だ。
初めは被験体というか、実験体というか、行くのが壮絶に嫌だったんだけど、いつからそれが楽しみになったんだっけな。
「早くー!」
……いつからでもいいか。
頑張ってるあいつの顔を見て、いつの間にか応援したくなったんだ。
「今行く!」
隼真が俺の隣でそう答えて歩み始めた。
前を行く2人の背中を見て、妙に寂しさを憶えてしまった自分を恥じる。
感慨に耽って涙が溢れそうになるのも、ちょっと過剰過ぎる。
一体何を考えてるんだよ、俺は。
「笠真もほら、早く行かなきゃ美穂が怒るぞ」
顔だけこちらに向けて隼真が、幼い頃の面影を残す笑顔で俺を急かす。
「あぁ、行くよ。分かってる」
その顔に昔を思い出すのがすっかり馬鹿らしくなり、そう笑顔で答えるほかになかった。
駅舎に繋がるエスカレーターを上り、改札を出る。
すると、美穂が向かっている出口とは反対方向の出口に目を向けて隼真が立ち止まっていた。
「そっちから出ると踏み切り渡らなくちゃだぞ。めんどいし、美穂が行った方に行くのが妥当じゃないか?」
「え?あ、あぁうん。そうだな」
そんな風に生返事をする隼真は、なんだかいつもの隼真らしくなかった。
「なんかあるのか?」
隼真が見ていた先を眺めても、なんの変哲もない建物や空が広がっているだけだ。
空の色は橙色と紅色が合わさったような、遠くを見ると青みがかった黒色も見える。
「いや、何もないよ。別に」
急に早いペースで足を動かし始めた隼真は、顔を下に向けてその表情をこちらからは見ることができなかった。
陽光が駅舎まで入り、朱が混ざった頬や耳を僅かに見ることが出来るだけだった。
夕日が照らす道を3人で歩く。
隣の車道では車が走り、ライトを点灯していたり、そうでなかったりと、ドライバーによってこの時間帯は差があるようだ。
「さっきは2人で何話してたの?」
美穂が急に思い出したように質問する。
「さっき……いやそんな大したことは」
隼真はここでも濁す。
美穂がそんな隼真を見て、本当かと俺に目で問う。
「あ、あぁまぁ。うん」
俺も濁した。
今回はちょっとこのらしくない隼真の味方をすることにしよう。
何か理由があるんだろうとは思うけど。
でもちょっと訝しめな視線を向けてみよう。
隼真はそんな俺たち2人を見てか、諦めたようにため息を吐き、恥ずかしそうに話し始める。
「……あとまだ1ヶ月先の話になるけどさ。今年も誕生日パーティーやらないか」
恥ずかしげに、でも思ったよりも真剣な顔つきでそう提案される。
そんな隼真の表情に押されて、俺も少しだけ声に気持ちを込めそうになる。
だけど、美穂は当然OKだろうし、聞かれてるのは多分他校に通っている俺だけだろうし……なら。
「おう。どこでやるか決まってるのか?」
なんて、やることが前提の質問をした。
俺のその質問に答えるのは隼真ではなく美穂だった。
「まぁ、サイゼとかでいいんじゃない?」
あくまで気楽に、気安く気軽に。
俺と美穂の態度で理解したようで、自分の頬をバシバシ叩いて表情を崩す。
「まぁ、毎年そんな感じだからな!」
にっ、と今日1番の屈託の無い笑顔を浮かべて隼真は答えるのだった。
それから歩き続け、車道から分かれて歩道、自転車道に入る。
ここまで来るとようやく見慣れた景色になってきた。
隣の駅と言っても使わなきゃ景色覚えないんだよなぁ…。
「あ、猫だ!」
美穂が道にべたっと座っている野良猫を見つけて咄嗟に駆け寄ろうとするが、はっ、と足を止める。
それからゆっくり、ゆっくりと足を運び猫の前にしゃがむ。
人に慣れているようで美穂が手をゆっくりと差し出すと顔を擦り寄せてきた。
俺もそれを見ていると触りたくなってきて、ちょっとずつ近づくと野良猫は美穂を盾に俺から距離を取った……そんなぁ…。
「そういえば、小学校にいた野良猫。何故か笠真にだけは懐くの早かったよねぇ」
「あぁ、あの野良三毛?」
小学校の校庭にはよく我が物顔で出入りする野良猫がいた。
場所も何故かほとんどうさぎのお墓の近くに出現するので、お墓参りのついでに猫に近づく生徒が多数いた。
三毛猫だったので勝手にその猫を野良三毛と呼ぶことにしたのだ。
「俺も美穂も懐くまで結構時間かかったのになぁ。それに笠真以外の他のやつも。なんで笠真にだけはあんなに早かったんだろうなぁ」
「さぁ。まぁ、猫って気まぐれだって言うじゃん」
その言葉通り、美穂と戯れていた野良猫は急に体を起こし、歩いて行ってしまった。
えぇ………と美穂は名残惜しそうに猫の姿を目で追い、柵を超えて見えなくなると、渋々諦めて立ち上がった。
小さな畑があり、脇に花が植えられて、家が並ぶ。
少し歩けばまた景色が変わる。
空を覆うほどの巨大な木が何本も連なり、日光を遮っている。
日陰を作れば時間は夕暮れ、かなりの暗さになる。
春には綺麗な桜を咲かせるこの木も、夏の間は役割が変わる。
もうすぐ秋になり、そして冬になる。
時間の流れと共に、姿を変え、形を変えて、でもまた春が来れば……。
「こっちに行こう!」
美穂が指差す方向を見れば、歩道の脇、人工の丘でその先に進めばかなり高くなるところだった。
「そんな子供じゃないんだし……」
当然拒否的な反応を示すものの、相も変わらず腕を引っ張られて道を逸れることになった。
美穂が楽しそうに前を歩いていく。
隼真が真ん中に立って、それを俺が後ろから付いていく。
見晴らしが良すぎて、幼い時と比べて背丈が伸びても変化が実感できないってのがすごく不思議だ。
それは大きな商業施設なんてものが無く、戸建てが多くて自然を伸び伸びと感じられることが原因ってことは嫌でも分かるけど。
……今だけは、前を歩く2人を理由にしたかった。
て言っても、俺が前を歩くこともあったし、隼真が先頭を歩くこともあった。
よくよく思い出してみると小さい頃は俺が前なことが多かった気がする。
なんか色んなことに興味持ってそれを覚えたがるクソガキだったな、俺って……。
幼い時にやった花火の時も落ち着きなかったというか、落ち着かなかったよなぁ……楽しすぎて、うん。
最後にやった線香花火も、あれだけ明確に差が出来たってのは当時の性格っていうか、多分そういうのが関係してたんだと思う。
バレンタインの時もそういえば俺の言葉が原因だった気がする……。
美穂の親に会った時にちょうどバレンタインが近くて、それで、どういうのなの?って質問しまくったらじゃあ実際にやってみようって……まぁ…隼真も巻き添え喰らって……すいません………。
少し成長して次第に隼真が前歩くようになって、俺がそれについて行って、美穂がちょっと距離空けるようになって…。
中学校に入学した頃が1番分かりやすいか……。
隼真がいなかったら、まじで俺ぼっちだった説あるなこれ。
高校が良い例だ。
美穂は女子だったから、俺たちとの付き合い方とかで色々と考えていたのかもしれない。
バレンタインの件もそうだし……最後に公園で泣いたあれは……いや…まだ……分からないか。
そして何よりも隼真は…サッカー部の合宿の時……。
……今は、美穂が先頭で、隼真が真ん中で、俺が1番後ろ、か。
記憶を種のようにこの自然に散りばめて、時が経って雨風で勝手に成長して、それを拾い集めれば、大切な思い出になる。
幼い頃にやった無益なことも、無知だったことも、無邪気だったことも、思い出すから大切になるんだ。
「見て!夕日綺麗だよ!」
吹き抜ける風に髪を揺らして美穂が笑う。
照らされる彼女の笑顔が、眩しかった。
隼真もそれを見て笑顔になり、その表情のまま振り返る。
2人を見ていられるこの場所が、本当に、本当に大切で、
「あぁ、本当に」
ありがとうって、言いたかった。
こんな気持ちを教えてくれてありがとうって。
いつか言えたらいいのに、なんて。
そんな情けなく女々しい思いが頭の中を駆け巡る。
いつかじゃだめなんだって、分かってはいるんだけど。
……今は、追いつくことだけ考えよう。
向き合う機会なんて、それからじゃないと訪れるわけがない。
歩かなきゃ、追いつけないもんな。




