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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第十章 文化祭準備期間編
62/106

60.変わりない日常を

挿絵(By みてみん)

 目覚ましのアラームが鳴る。

 あくびを噛み殺しながら体を起こして、騒がしいベルの音を止める。

 ベルとか言いながらデジタル時計だけど。

 針の音なんて存在しない為、物音ひとつしない部屋の中で虚無感に襲われる。


 ………二度寝しちゃおうかなぁ。

 高校行きたくねー夏休み終わっちゃったよもー……。

 ………だるい…。


 のそのそとベッドを這いずり、床に足をつけてから腰掛ける。

 はぁ……なんで初日からテストあるんだよ気合い入りすぎたろ高校。

 こんなんやっても意味ないって絶対。

 これも成績つける材料にするとか言ってたし……休めないよなぁ。

 まぁ宿題やってりゃ大丈夫とも言ってたし、大体覚えたから多分平気か。

 大半の人はそのすぐ後の文化祭に夢中だろうけど。

 多分これ初日から休む人が出ないようにする先生達の密かな抵抗だろきっと。

 始業式に出席者が半分にも満たないとかだったら軽く事件だからな。


 うちの高校は都内でもかなりの上位校だから。

 夏休み明けでも気は抜けないのだ。

 なんなら夏休みに行った環航高校より偏差値高いし。

 ……行ったのは小学校か。

 ………それにこれもうこの前やったくだりだし……。


 どうでもいいことを考えることさえ飽き、大きく息を吐いてから弾みをつけて立ち上がる。

 扉を開けて部屋を出ると開いている階段の窓から外の空気が流れてくる。

 階段を降りるついでに日差しを確認し外が暑いことを確認する。

 ………まじで外出たくねぇ。


 一階に着きリビングの扉を開くと目の前にある机の上のお皿におにぎりが数個置いてあった。

 父さんも母さんもどっちも仕事行ったか。

 早いなぁ出勤。

 朝…できるなら起こしてほしんだけどなぁ……。

 なんとなくラップを剥がし、おにぎりに手を伸ばそうとしたが、顔を洗ってからの方がいいかと思い直しラップをかけ直した。


 ゆっくり20分くらい時間を使って顔を洗い、ついでに制服に着替えておにぎりを食べる。

 ちょっと前は成華(せいか)が起こしてくれたんだっけ。

 ………そういえばこのくらいの時期に成華って家を早く出ること多かったよなぁ。

 昔……成華が小学生の時だったか。

 家を出るときの成華の楽しそうな顔をよく覚えている。


 今思えばあれは男と会っていたね俺は詳しいんだ。

 だって何か楽しみなことがないとあんな顔できないよきっと。

 ……うん。まぁ家を早く出た事実しか知らないんですけどね。

 証拠不十分、無罪放免。

 やっぱり疑わしきは罰せずの精神で行こう。

 じゃないと俺の姉は小学生のころからそういう……。

 精神衛生上これも記憶の奥底にしまっておこう姉の自由姉の自由。

 俺には関係ないうんうん。


 ……まだ家出る時間じゃないけど…ちょっと早く出るか。

 理由はまぁ、あれだ。

 正直に言うと陽悟(ひご)に会わないためだ。

 悪く思うな。


 家を出ると湿度が高い日本特有の暑さのお出迎え。

 日差しに一気に体力を持ってかれてRPGなら今頃画面真っ赤になってる。

 戻るという選択は成績的な問題からすることができないので進むしかない。

 早く電車乗りたい。


 そんな調子で電車の中で涼みながら高校付近の駅に到着。

 …到着したはいいけど……。

「おはよう笠真(りゅうま)!」

「なんでいるんだよ!」

 男と会った。

 楽しくないなこれ。

 やはり成華の件は取り消そう。


 こいつはほんと……機会があればあるたびに話しかけてくるな。

 …そして距離が近い。

 夏だぞ今。

 暑さなんて関係なしか。

 俺は関係あるから離れたいんですけど。

 距離の詰め方ならもうナチュラル陽キャだよまったく。

 初めて話したあの合宿の時でさえ最終的にツーショット撮ったからな……。


 なんて遠い昔(1年前)のことを思い出しながら陽悟の話を聞き流していると、すぐに高校に着いた。

 同じ下駄箱で靴を履き替える際、既視感のあるシチュエーションに周りを見渡す。

 ………。


「どうかした?」

「いや…別に…」

 まぁ、なんだかんだでいない時の方が多いか。

 逆に陽悟と登校するのが多すぎるまである。

 こいつ絶対出待ちしてただろ。

 確信はないけど。

 聞かないけど。

 ……証拠不十分ってことで以下略。


 教室に着き鞄を机の横にかける。

 席に座って教室を見渡すとまだ時間が早いせいか人は少なめだった。

 廊下側の1番後ろという場所な為、いつも通り椅子を引いてスペースを作ってぼーっとする。

 教室で1番良い席って俺的にはここだと思う。

 誰よりも早く帰れるし、廊下にも窓はあるので四捨五入して窓側、みたいなところがある。

 人通りが多いことが唯一の難点だけど。

 まぁ、前から入ってくる子も少なくないし、そこら辺は妥協点だな。


雨芽(うめ)くんおはよう」

 ………男子の声。

 誰だ?

 顔を向けるとそこに立っているのは東堂(とうどう)だった。

 その後ろにもサッカー部の男子数人がまとまってくっついていた。

「おはよう」

 出来るだけ間を空けずに挨拶を返す。

「おはようー」

 後ろの男子達も適当に、あまり気にした様子もなく挨拶をしてきた。


 東堂達が通り過ぎた後、陽悟を見る。

 陽悟はすでにこちらを見ていて、バチコーン☆とウインクされた。

 お前なんかしたな?


「おはよう!」

 今度は女子の声だった。

 久米(くめ)かと思ったけど違った。

 久米もいたんだけど挨拶したのは久米じゃなかった。

 というか久米もびっくりしてた、俺が驚きたいんだけど。

「うん。おはよう」

 宮野 鈴香(みやの すずか)……だったよなたしか。

 吹奏楽部ってことは知ってるけどそれ以外は特に……。

 後ろには久米と、久米や柊木(ひいらぎ)とよく一緒にいるところを見る古森 愛(こもり あい)がいる。

 来る途中で会ったのだろうか。


 再び陽悟を見ると、今度は困ったような笑顔でこちらを見ている。

 お前あとで絶対に問い詰めるからな。


 始業式の為に体育館に移動して先生の話を聞く。

 その後、夏休みにあった大会で表彰があるらしく準備が進んでいる。

 多くの運動部が表彰されて……この高校なんでも出来るんだなぁ。

 真に文武両道してるよ。

 暇だし学年当てるゲームでもしよ。

 陸上部とかなら個人の表彰が主だしな。

 ………一年生。

 多分同じ階で顔見たことないから……一年生…。

 名前と所属学年を言われて正しかったとわかる。

 今日も俺の記憶力は冴えてるやったぜ。

 ………思ったけどそれくらいのこと誰でも出来そうな気がしてきた。

 他にも多数の運動部が表彰されてた。

 心なしか一年生が多く感じる。

 今日二度目の虚無感に襲われて、話半分も頭に入って来なかったことは置いておこう。


 夏休み明けのテストを受けて放課後。

 久しぶりに学校来ると一日早いなぁ。

 理由としては授業がなくてテスト中、解答埋めてからは眠ってたからだろうけど。

 というか普段から眠ってるし意識の差だけな気がしてきた。


 放課後は扶助部。

 もはや生活の一部と化してきた部活動。

 ロッカーではなく新しく置かれた目安箱から鍵を取り出し扉を開ける。

 念のために言うと目安箱には何も入ってなかった。

 初日だからなのか、それともこの調子が続くのかは今のところわからない。


 部室はどこも変化なく、いつも通り殺風景に数個、椅子や机が置かれているだけだった。

 まぁ、その方が気概もなく危害もなく、安心して居られるから良いんだけど。

 なんなら部室の後ろのほうにある物置の面影みたいな荷物の山にさえ愛着を感じる。

 ……とうとう愛着という言葉まで使ってしまった…。

 取り消したい……取り消そ。

 温もりを感じる。

 ………別の意味でダメになった気がする。


 椅子に座ってしばらくすると久米と櫛芭(くしは)が来た。

 それからはもういつも通り雑談の時間だった。

未白(みしろ)ちゃん腕時計付け始めだんだ!」

「えぇ。(ゆかり)がくれたの」

 プレゼントに腕時計って……ガチだな縁さん。

 じっと久米は櫛芭の腕時計を見ていた。

 姉妹間のプレゼントとか憧れでもあるのかな。

 ………なんだか腕時計だと高校生が買うにしてはちょっと高級すぎる気がしないでもないけど。

 もしかして縁さん…櫛芭に腕時計渡してナンパ避けとか変な虫がつかないようにしてるんじゃ…。

 櫛芭何も知らなそうだし、分かる人が見たらびっくりするだろうなあれ……。

 よくあるじゃん年上の彼氏が年下の彼女に高い贈り物を……とか。

 見てるこっちがなんかそういうドキドキというか胸騒ぎというか……気が早すぎるだろ縁さん。

「昨日縁、お父さんと買い物に行ってたみたいで。帰ってくるとプレゼントされたの」

 あ、これお父さんもグルですわ。


 そんな風に話してると不意にドアがノックされる音が響いた。

「どうぞ」

 と言うと、入ってきたのは山内(やまうち)だった。

 久米がその姿を見て軽く手を振って挨拶すると山内もよっすー、と軽い調子で返した。

 それから真っ直ぐこちらに歩いて来て目の前に立つと、

「ちょっと…頼み事が……」

 なんて、小さな声で話した。

 どうやら俺だけに聞いて欲しいらしい。


 俺も話す声の大きさに気を遣いながら何を頼みたいのかを問う。

「どうかしたか?」

 山内はゆっくりと深呼吸をしてから口を開いた。

「………久米さんに告白したいんだ。文化祭の時に」

「あぁそういう」

「そうそう。察してくれよ」

 山内は照れ臭そうに頭をかいてから、椅子を引っ張って来てそばに座る。

「バスケ部のときから結構気になってたんだよ。やっぱり居なくなってから好きって気付くもんじゃん?なんて、その言い方が正しいのかは分かんないけど」

 定期的に扶助部に来ていたのは久米の顔を見るためってことになるのかな。

 まぁまぁその線はありそうだ。


 こういう同年代の男子に好きな子の話とかされると隼真(はやま)のことを思い出す。

 中学2年の夏休み、あれはサッカー部の合宿の時だったっけ。

 東京とは違って、星がよく見える空だった……。


『俺さ、好きな人がいるんだ』

 隣で隼真がそう言って、

『でも、あの、ちょっと変なこと言うかもしんないけど』

 先を促すように俺が頷いて、

『笠真にとってもそいつは』

 俺の名前が出てきて、ちょっと焦って。

 それを見ておかしかったのか隼真はすごく穏やかな表情になってこう続けた。

『大切な人であってほしいんだ』


 ………まだ、この時は分かっていた。

『変じゃねーって』

 俺は、ちゃんと分かっていたから。

『隼真が好きなやつだろ?そんな見下げたことできるかよ』

 名前は出さなかった。

 でもそれで十分だった。

『きっと、俺にとっても大切だと思う。かけがえのない奴に、なってんじゃねーかな…』

 それから、良かったぁ…!って隼真が一気に息を吐いてもう倒れるんじゃないかって心配になるくらいで。

 本当……勇気出したよなぁあいつ。

 俺も…俺のことも、大切に思ってくれてたんだって。

 すごい……嬉しかった。


 ………今は山内の依頼をどうするか考えないと。

「…久米、彼氏とかしばらく作らない予定らしいぞ」

 花火大会の帰り道、たしかにしばらくはそういうのは考えないと言っていた。

「ん。まじかぁ。まぁ薄々そんな気はしてたけど」

 さして気にも留めない様子で俺の言葉に反応する。

 どうやら久米は久米で、一時期と比べて今は彼氏が1人もいないことからちょっとした噂になってるようだ。

 山内の反応からして多分そう部分的にそう。

「それでも伝えたら変わるかもしれないし」

 山内の意思は堅いらしく、重ねて依頼をしてくる。

「頼むよ…!お願い!」

 手を合わせての懇願だ。

「お願いします!」

 流石にここまで頼まれると断れず、

「あくまで協力しかできないぞ」

 と、少しの保険をかけて受諾するのだった。


 今日はそんなところで山内を帰し、扶助部の活動も終えることになった。

 久米からさっき何話してたの?と質問されて適当にバスケ部のこと話してた、と言うとちょっと表情が陰った気がする。

 もしかして嘘ってバレてるのかな………。


 にしても久米に告白かぁ。

 告白の依頼……久米がしてきて今度はされる側か。

 ……そういえばあの時って陽悟いたよな。

 帰る途中、サッカー部が活動してるところを見てそんなことを思い出す。

「どうしたの?」

 櫛芭が立ち止まった俺を見て自分も歩みを止めた。

「ごめん。今日は先帰って。ちょっと陽悟と話してくる」

「え!?」

 久米がすごく大袈裟に驚く。

 なんだかすごく変な理由で驚かれてる気がする。

「……言っとくけど陽悟と帰りたいとかじゃないからな」

「あ、うん。そっかぁ。びっくりしたぁ」

 こいつ俺のことなんだと思ってるんだ?


 久米と櫛芭が2人で帰り、そういえばどうやって陽悟を呼ぼうと考えているとそこは陽悟。

 呼んでもないのに来てくれた。

 こいつまじでなんなん?

 いや今回に限っては嬉しいけどさ…。

「さっきからそこに立ってるけど。何か用事?」

「あぁまぁ。ちょっと陽悟に手伝ってほしいことがあるんだけど」

「いいよ!なに?」

「いいよが早いな相変わらず……」

 普通、なに?から聞いていいよが後だと思うんだけど……。

 それから山内の告白の件を話して陽悟から改めて了承をとる。

 その会話がそろそろ終わろうかという時、浅間(あさま)がこちらに近づいてくるのを視界に捉えた。

 これだよ朝のデジャブ。

 陽悟もそれに気づいたようでどうしようかとちょっと笑っている。

 ……こいつさては楽しんでるな?

「そうそう。思い出したよ。浅間って去年同じクラスだったよな」

 ちょうど2人してこちらに来る浅間を見ていたのでなんとなくその話題を選ぶ。

「え?あ、うん。そうだけど」

 ……ん?

 なんかいつもの話しやすい感じじゃなくて素で反応した感じだ。

 戸惑ってる感じもする。

 そんな反応できない話題とは思えないけど…?

 

 それから、あ、と小さく声を出して質問してきた。

「……どうやって思い出した…?」

「え?陽悟の言う通りクラス名簿から…」

「…まじか………」

 ………?

 やけに神妙な声を出し……なんか噛み合ってないな?


 それから前と同じようにサッカー部のマネージャーとして浅間が陽悟と話始める。

「これから私、忙しくなるかもです…。というか忙しくなります…」

「まぁしょうがないよな。俺からも伝えとくから」

「いつもありがとう蕉野(しょうや)くん!」

 ニコッと笑顔で明るく陽悟と話している。

 ずっとその表情でいて欲しい。


「陽悟ー!増田(ますだ)先生呼んでるー!」

「あぁ分かった!今行くー!」

 東堂が陽悟を呼びに来た。

 そういえば増田先生ってサッカー部の顧問もやってたっけ。

「じゃあまた!笠真!」

「うん。じゃあまた」

 陽悟が最後まで笑顔でかっこよく走り去って行く。

 意識したら出来るもんなのかなあれ。


 ………浅間と2人に……どうしよう…。

 さっきからこの子微動だにしないし…どうしようまじでどうしよう。

 去年クラス一緒って言ったって接点なんてないからな……俺こいつ知らないし。

 浅間も俺を知らない……よな。

 普通そうだよな。

 なんで睨まれたんや俺……。

 陽悟のやつ浅間が今すぐ上がるもんだと勘違いしてたな?

 だから置いていったんだろう。

 ならば俺も長居は無用!


 足を動かして帰ろうとした瞬間、

「……待って!…あ…………なんでもないです……」

 呼び止められたと思ったらすぐに取り消された。

「……そう」

 取り消されたらそれ以上聞きようがない。

 それよりも何故浅間は俺のことを呼び止めたんだ…?

 振り向いた時、また睨まれるのか、と一瞬だけ憂鬱になったものの、それはどうやら杞憂だった。

 浅間の瞳には、とてもそのような感情が含まれてるとは思えない。

 睨まれていないだけで、瞳はしっかりとこちらに向けられているが。

 柊木のように陽悟のことを聞かれるのかとも思ったがそうでもないらしい。

 何を考えているんだろう……。

 はっきり言えるのは、浅間は、笑顔とは絶対に言えない、複雑な表情をしているということだけだった。


「……用がないなら、行くから」

「…はい」

 あえて何も聞かず浅間をその場に残し、俺は歩き始めた。

 この子も忙しいのだろうとか、嫌いな奴とは話したくないだろうとか、呼び止めたのと何の因果も感じられない理由で自分を納得させて。

挿絵は手前から陽悟蕉野。

雨芽笠真。

浅間詩織。

1番奥が小瀬奏恵です。

やはり今回も表紙のような扱いです。

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