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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第九章 夏祭編
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59.逃げている

 行くときと全く同じく、しかし方向は逆のバスに乗っている。

 そして乗り換えで使う駅に降り立ち、次のバスの駅まで歩く。

 ロータリーであるだけに駅間の距離は短く、すぐに目的のバス停に着き、前に連なる人の後ろに並ぶ。


 そういえばこの駅、中学の時何回か使ったことあるな。

 サッカー部の遠征先が中央線まわりだった時、とか。

 ……集合場所の隣のお店…久しぶりにあのおにぎり買ってみようかな。

 なんて考えてはみたものの、すでに横断歩道を渡りバスを待っているこの状態から鑑みるにその行為は成し遂げられなさそうだ。

 目的の、そして自分の目的地へと向かうバスがやってくる。

 記憶の中にあるおにぎりへの想いを振り払い、バスに乗り込む。

 幸いなことにここまで来れば花火大会からの帰りでバス内が混み合っている様子もなく、混雑事情は平常運転のようだ。

 バスの後部へと移動し、適当に空いている席に座る。


 所定の時間となり、バスがゆったりと動きだす。

 窓の外の景色に目を向けるとしばらく行ってなかったからか、入れ替わったお店や、失礼な気もするけどすぐに閉まりそうだったのにまだ経営が続いているお店、など懐かしさと共に発見が色々ある。

 全くと言っていいほど関わりを持たなかったお店の数々も、こうやって移り変わっているのを実際に目にすると寂しい思いが込み上げてくる。

 今回のようにもう使わないだろうと思っていた駅を再び使う機会が訪れるとなると、また同じようなことが起きるかもしれない。

 ……そう、来年とか。


 ………一体来年はどうなるんだろう。

 扶助部の在り方。

 関係性。

 その他様々なものが今とは違った形になっているだろう。

 俺はどうなっているだろう。

 どんなことが起こるだろう。

 どのような選択をするのだろう。


 バスは曲がることなくまっすぐと道を走り続ける。

 時折、赤信号で停止し、そしてまた停車駅で停まり、人を降ろし人を乗せて走っている。

 たしか曲がり始めるのは俺が降りた後から、一度だけそこまで乗った記憶がある。

 今と同じ車線で……つまり帰るためにではなくそこへ行くために…。


 やがてバスは木々が生い茂る公園の隣を通る。

 入り口を微かに街灯が照らし、奥に続く道は目を凝らしても見えない。

 花見の名所だったり、バーベキューが出来たり、都内でも有数の広大な公園だったり、とかまぁ特徴は沢山ある。

 それこそ、このバスから見てるところから、家の近くまで公園の敷地になってるし…。

 一周するのにどのくらいの時間が掛かるのだろう。

 隣にあるゴルフ場も入れると衛生画像で自分の市を見つけやすいって利点も……別にそこまで優れた利点じゃないな。


 バスの中は人それぞれに、違った形で時間を過ごしていた。

 外を眺めている人。

 手に持ったスマホに夢中になっている人。

 疲れて眠ってしまっている人。

 バスの中央、通路とも呼べる少し開けた空間に視線を向けるが、そこには誰も立っていない。

 ……いつもあの辺だったよな。

 みんなで一か所に固まって…席に座ることはなんとなく遠慮して……。


『あそこは絶対雨芽(うめ)に戻したら逆使えたって!』

『前が空いてると思ったんだよー』

『お前……一体どんだけ俺に走らせるつもりだったんだ……』

『まぁいいじゃん結局その勢いのままに点取れたんだし』

『最後にトッシーがゴール前で競って押し込むっていう超が付くほどのゴリ押しだったけどな』

『どうせ明日練習前にミーティングするんだし、やめようこの話。勝ちは勝ち。ほら笠真(りゅうま)、もうすぐ着く着く』


 バスの中でアナウンスが響く。

 降り損ねない為にボタンを押すと、アナウンスが次に停車するというものに上書きされる。

 それからすぐにバスは停まり、プシューという音がしてから扉が開く。


『また明日なーママ友ー』

『またなー』


 ICカードの役割も兼ねている定期でお金を払いバスを降りると外は昼の余熱を残し、蒸し暑さを感じないわけでもない、少し半端な気候だった。

 俺の他に降りる人は居なくて、扉はすぐに閉まりただ静かに走り去っていく。

 遠ざかるバスを妙に感傷的に見送り、走ってきた道を振り返る。

 この駅には降りるばっかりだった。

 だから、たった一度だけのここから乗った記憶が、嫌になるくらい思い出される。

 一人だった。

 あの時の俺は、本当に一人だった。


 バス停に貼り付けてある路線図。

 各所に散らばり、草木が地に根を張るようにこの駅から線は伸びている。

 電車の駅と比べると施設や付近にある建物がそのまま名称になることが、バスの駅には多い。

 だからこの駅の先…付近では一番大きな病院の名前がそこには記されていて……。


『笠真』


 記憶の中で自分を呼ぶ声。

 振り返っても誰もいない。

 今は……いや、今もここにいるのは俺一人だ。


『帰ろう。笠真』


 たとえここにいなくても、聴き慣れたその声が変わらず俺の足を動かす。

 歩道橋の階段を一段一段ゆっくりと、そしてしっかりした足取りで上る。

 車の走る音が、振動が、足を伝って身体に届く。

 交差点。

 それぞれ今まで来た道から曲がる車もあれば、またはそのまま進む車もある。

 行き違う車を見下ろし、手すりに手を乗せる。

 2階建てや3階建て、建物がこの歩道橋と同じくらいの高さしかないこの街ではここに上るだけで簡単に世界を見渡せた気分になってしまう。

 広がる空は黒く、夏の星があちこちに点在している。

 記憶にある薄い知識で繋げようとしても、輝きが地球まで届かず見えない星まで関わってくるとなると、どう頑張っても無理だった。

 足下で動き、止まり、また動くのを繰り返すヘッドライトは、途切れることなく、相変わらず感慨も感動も覚えることはない。

 その対比はいかにもこの街らしく、都会から一番近いプチ田舎とか、中途半端だとか、直しようがない特徴がそこら中に転がっている。


『………結局…京両高校受験するんだな』

 ………。

『やっぱ頭いいなぁ笠真。俺じゃとてもとても』

 ………。

『とか言って、俺たち結構近いところ通う事になりそうだよな。笠真のところ朝早めだからなかなか会えなさそうだけど。帰りの時間にばったりとかあるんじゃね?』

 ………。

『まぁ併願校は同じだったし?…2人……3人とも志望校落ちたら同じところだな!……なんて、な』

 ………隣には誰もいない。

 上にいることで風の音が増し、車の音を少しだけ遮る。

 空を切る風が、軽い髪を浮かせて揺らす。


 本当のことを言えばよかったのだろうか。

 違う……あいつにさえ本当のことを言えなかったというのが、この場合は正しいのだろう。

 一緒にいることを望んでくれた。

 止められないことを分かっていても、それでも気持ちを伝えてくれた。

 そんなやつだった、隼真(はやま)というやつは。


 俺と美穂(みほ)は、お世辞にも話し上手では無かったし、気持ちを伝えるのにいくらでも手間をかけてしまうからなんでも言葉にしてくれる隼真の存在はありがたかった。

 3人でいたい。

 3人がいい。

 3人は……幼なじみなのだから。


 一緒にいるのが普通だった。

 割って入るのが難しいくらい通じ合っていて、羨ましがられて、微笑ましいとか親ですら言うくらいで。


 だって……忘れられない…忘れさせてくれない。

 俺にとってもお前ら2人は大切なんだ。

 嘘じゃない。

 本当に…本当に大切なんだ。

 かけがえのない存在……なんだと思う。

 それは互いに、互いが、互いへと、間違いなく思っていたことだ。

 離れたことで分かった。

 分かることができた。

 いまさらだ。

 今分かってももう遅い。

 ただ、分からないことが分かっただけ、なのかもしれないけれど。

 自分が如何に無知で、愚かか。

 それを痛感してどんなに心を痛めたとしても、あの日々はもう帰ってこない。

 この街に帰ってきた時に、帰らぬ日々は手が届かないところでこちらを見ているというだけだ。


 容易に想像できる物語の続きが、あの当たり前だった日々の続きが、どうしてこんなにも遠のいてしまったのだろう。


 歩道橋の上にも、横断歩道の向こうにも、駐車場の緑のフェンスの前にも。

 いたる所で君の想い出が笑ってて、ずいぶん住みにくい街になったな……。

 見慣れているはずの景色は、もうすでに変わっているはずなのにいつまでも面影を残し続ける。

 距離が近いほど変化というものは……分かりづらい。

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