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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第九章 夏祭編
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58.悲しいから

 久米(くめ)は今度はスマホを耳元にではなく、見下ろす形で持っている。

 そして音にではなく画面から発される光の情報に注視しているようだ。

 歩きスマホはだめって言いたいすごく言いたい。

 でも、表情は真剣そのものって感じだし、そんな奴に色々言うのは何処か憚られる。

 ……まぁ注意してくる人がいたら一緒に怒られる、くらいの心持ちで行こうそうしよう。

 久米も普段は歩きスマホとかしないだろうし、しなかった覚えがあるし、今回はとやかく言う場面ではないということで。

 多分そう部分的にそう。


「……え…え!?」

「なんだよ急に」

 大きな声出すなよびっくりするだろ。

 それに2段階に分けてびっくりしてるしなんなんだ一体。

「ほんとにほんとに櫛を贈る意味、知らない?」

「さっきも言ったけど知らないって…」

 帰ったら調べてみるか。

 なんだか嫌な予感がしないでもないけど。

「………求婚」

「え?」

「求婚って意味だよ!」

「………まじ?」

 ……もしかしなくてもやったかもしれん…。


「他の意味だってちょっと、あの、言いにくいんだけどそんな良くない意味だったり…」

「いやいや俺にそんな気は一切なくてだな。だいたいもうそういう人は作らないって決めてるっていうか」

「え?そうなの?誰とも付き合う気、無いの?」

 ………。

 俺は何でこうも………はぁ…。

 言うつもりなんてなかったのに…だってこんなこと言ったら本格的に痛いやつだろ…。

 いや………でも…花火が終わった後のあの顔は…。

 久米には、言った方がいいのか…?


「……あぁ。まぁ。そうだな。もう、資格がないって言うか」

「資格?」

 久米の無垢な瞳が俺に問うている。

 オウム返しのようで、それは想像以上に俺に一番効果的だった。

 そう、資格だ。

 だめだ。

 やっぱり言えない。

 これは俺の問題だから。

「あぁ………いや、いいよ。こっから先は、自分で解決しないといけないから」

 ほんとによく言ったものだ。

 こんなこともなげに。

 出来なかったから今こうなっているのに。

「手伝えることって……ある?」

「俺がやらないとだめだからさ。これは、絶対…」

 逃げてきたくせに。

 そして、今も。

 俺は何度同じことを繰り返すのか。

「………でも…!……そっか…」

 そっか、か。

 どういう意味で言って、何に納得したか分からないけれど、会話はどうやら終わったらしい。


 だから多分、ここから先は久米の独り言だ。

 俺なんかの返事は求めていないだろう。

「私も……雨芽(うめ)くんみたいに、しばらくはそういうの考えないでいよっかなぁ」

 スマホを仕舞い、両の指を絡ませて頭上で裏返す。

 背筋を伸ばすこと数秒、久米は言葉を続ける。

「考えたら扶助部に入ってから誰とも付き合ってないし、この生活にも慣れたから。…それに………新しい理由もできたし」

 先を歩いている久米は、やはりどうしても少し辛そうに見えてしまう。

 自分を納得させるためなのかは分からないが、よしっと呟いて手首を握っている姿が印象に残った。


 いよいよ明日で夏休みも終わる。

 学校の準備など、課題こそ終わっているが諸々の準備などでどうせ忙しい1日になるだろう。

 ゆっくりできるのも今日の夜が最後かもしれない。

「あ、そうそう。今年のクラスの出し物、劇になりそうだよ」

 いつの間にか隣に沿うように歩いている久米が、思い出したように会話を始める。

 さっきまでの会話を意識させないようにしてくれているのかいないのか。

 全然分からないけれど、興味が無い話題でもないのでありがたく乗っかる。

「あー文化祭ね。劇やりたい人が多いって感じ?」

「そんな感じ。私は食べ物路線も捨てがたいなぁって思ってたけど、劇派の人が熱く説得してきてね」

 あまり嫌々賛成したって雰囲気ではなさそうで、久米の文化祭に対する立場的なものは程々って感じがする。

 楽しめればいっかー、みたいな。

「確かそういえば体育館って上級生優先で使えるんだっけ」

「そうそう。一年の時劇してるクラス一つもなかったでしょ?去年の二、三年生の劇の比率やばかったんだって。数えてはないけど」

「まぁ、そんな感じで説得されたのか」

「今年こそいける!って。二学期始まったらすぐに文化祭だもんねー」

 そうなんだよなぁ。

 文化祭、また菊瀬(きくせ)先生がなんか言ってきそうだ……仕事…憂鬱…。


 まぁ、久米にとっては扶助部でやる事はきっと、どれも楽しい思い出になるのだろう。

 櫛芭(くしは)だってあの合唱祭の後からは、この扶助部に来ることを好ましく思っているはずだ。

 日頃の様子を見ていれば分かる。

 嘘偽りのない、この扶助部を大切に想う気持ちが、二人には溢れている。

 隣を歩く扶助部の一員は、少し先にある駅の存在にいち早く気付き、寂しそうな笑顔を浮かべる。

 また、新しい表情だ。

 出会った時はこんな表情を見せる子だなんて思わなかった。

 色恋が好きそう、なんて印象が懐かしい。

 ……だから、変わるんだ。

 知れば知るほど、変わってしまうものなんだ。


 関係も、振る舞いも、距離も、やがて変わってしまう。

 それは季節のように移ろい、景色のように表情を変えて、決して人の手では止める事はできない。

 俺はそれを知っている……いや、誰だってそれを知っている。

 誰もが通る道だから。

 普遍的すぎるほどに、ありふれていることだから。


 じゃあ……俺は…?

 知っていながら何故変わらないことに固執するのか。

 俺はこの扶助部に対して何を想う?

 部長として、二人とは違う視点で、違う立場で。

 心情の変化を何度も見てきた。

 依頼者の落ち込んだ表情が晴れやかな表情に変わるまで。

 依頼者の暗い声色が明るい声色に変わるまで。

 ちょっとした動作や所作、息遣いや目のやり場だって、依頼の前と後で違うことなんて手に取るように分かる。

 そばにいたから。

 助けてきたから。

 それは、扶助部の部長として。

 この扶助部で学べた、大切なこと。

 それを以て俺は何が出来る?


「じゃあ私電車だからさ。雨芽くんバスでしょ?」

「あぁ、うん」

「また学校でね」

「また、学校で」

 ひらひらと手を軽く振って駅に向かう。

 浴衣がそれに合わせてゆらゆらと余裕を持って揺れる。

 人の流れの中、久米の姿はすぐに見えなくなり、自然と目の方角を帰る方向へ向ける。

 ため息を一つ、また一つと吐き、今日のことを振り返る。

 忘れたくても忘れられない出来事がまた一つ。

 思い出になるか、心の傷になるか。

 ……まだまだ考える必要がありそうだ。

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