56.いつまでも変わらない
前を歩く久米はスマホを片手に、中から聞こえる声に従って歩いている。
かすかに聞こえる声質からして相手は櫛芭だろう。
周りには再び人が増え始め、まっすぐ歩くのが難しくなってきた。
屋台は花火の終わりとともに閉めるところが多く、今やっているのは多く見積もって最初の半分くらいだろうか。
人の流れは駅方面に、京王多摩川駅や調布駅を利用する人がほとんど。
それかまぁ近場の人とかもいるのかな、少し歩けば住宅街だし。
「あ!おーい!」
久米がぶんぶんと手を振り、惜しげもなく声を上げる。
「久米先輩ー!」
嬉々として駆け寄ってくる縁さんをしっかりと抱き留め、意図せずその二人に追いつく形で到着した俺と櫛芭は互いに顔を見合わせ、ふっと笑みがこぼれた。
縁さんとのしばしの抱擁の後、久米は自分のカバンに手を入れ、
「じゃあはい!誕生日プレゼント!」
「あ、ありがとう。…開けてみてもいい?」
「いいよ!」
久米の圧に押されながらも、なんとか距離を維持しながら可愛らしく包装された紙を開く。
買った後に自作したのだろうか。
買ってそのまま渡すのではなく、少しでも自分らしさや工夫を施すのが実に久米の良い性格を表していると思う。
「わぁ、ハンドクリームだ」
縁さんが櫛芭の手に乗っている小さな容器を見て声を出す。
「ピアノ弾いてるしもう持ってるかもしれないけれど、たくさんあっても困らないし私のおすすめ!」
「大切に使わせてもらうわね」
両手で愛おしそうに抱え、櫛芭の口元が少しずつ上がる。
「雨芽くんも!ほらプレゼント出して出して」
「あ、あぁ」
急かされるままバッグを開き、十三やと書かれた紙に包まれたそれを手渡す。
「雨芽くんのは…櫛ね。すごく高級そうなのだけれど」
「つげ櫛って言うらしいぞ。いやまぁそのお店の中でも手軽なやつ買ったし、多分櫛芭が思ってるより安いと思う」
「センスあるよねー。大人っぽい」
実はお店に入ってあまりの雰囲気に再び考え直そうと思ったんだが、久米は私がいるし大丈夫!と言ったりで押し切られて、今日のこのプレゼントに至っている。
久米のフォローにすべて任せるのも悪くわないが、一応自分が買ったものだし自分で責任持つべきだよな。
というかすべてを任せたらフォローの域とうに超えてるな…。
「髪長いし、そうやって持ち運びしやすいのあったら便利かなって。名字にも入ってるからいいなって、そう思って」
「そ、そう」
何故か少し戸惑いながら櫛芭はその櫛を持て余すように忙しなく持ち替えている。
縁さんに至っては笑いをこらえているような、下を向いて肩を震わせている。
「……ちょっと待ってて」
まぁ今はそんなことは気にせず、屋台が閉まってしまう前に、別の贈り物を買う。
かなり急ごしらえで気を悪くするかもしれないが、無いよりはましだと信じたい。
「はいこれ」
櫛芭の時と同じようにそっと縁さんの手に握らせる。
「りんご飴?」
久米が不思議そうに渡した真意を問うように俺を見つめる。
その視線に逆らわず、自分の中で徐々に形になっていた答えを確かめるように切り出す。
「間違ってたら悪いんだけど………縁さんの誕生日って今日か?」
「えぇ!そうなの!?」
「あ、いや、確信があるわけじゃ」
久米に先に反応されて自信無く返事をする。
『…さっきは……そうね。妹は何をもらったら嬉しいか相談に乗ってもらっていたの』
『…分かりました。それしかないなら。はい』
『ねぇ縁、何かしたいことはない?何でも言っていいの』
『もう、今日はお姉ちゃんが主役なのに…絶対私の分まで買ってきますよきっと』
………ほんとに確信があるわけじゃないんだよなぁ。
「はい。そうですよ」
存外、縁さんは素直に答えを言ってくれた。
もじもじと、手で口を隠しながら、それでもちゃんと言葉にしてくれている。
隣に立っている櫛芭は何故かドヤ顔のような、ニヤリと縁さんを見下ろしている。
何故……。
「本当は最後まで隠すつもりだったんですけどね」
俺から受け取ったりんご飴をくるくると回しながらカリッと外側から食べ始める。
「こうやって飴貰っちゃったら、話すしかないです」
「………嫌だったか?」
人によってこういう記念日の受け取り方とか違うからな…。
「いーえ。やっぱり祝われるってのは良いですね」
「そっか。良かった」
一歩引いてハンドクリームと櫛とりんご飴を持った2人を見る。
「いいなぁ」
「ん?」
久米が何やら羨ましそうに声を漏らす。
「私もお姉ちゃん欲しいなぁ」
久米は下の子になりたいのか。
櫛芭に身体を預けて幸せそうに顔を綻ばせる縁さん。
………普段久米も似たようなことをしていることは…まぁ黙っておこう。
「ちなみに雨芽先輩、男性が女性に櫛を贈る意味は知ってますか?」
「え?……意味なんてあったのか?ごめん!縁起とか悪かったら返してもらっていい!」
櫛芭は握る手の力を変えず、二つとも鞄の中に仕舞う。
「………はぁ。そう、まぁいいわ。意味は知らないのね。これはありがたくもらっておくわ」
「……そう。まぁ貰ってくれるなら。うん」
貰うなら……貰っても問題ないくらいの意味ってことかな。
「ま、まぁ、プレゼントも渡せたし。そろそろ解散というわけで」
「じゃあ駅行こっか」
久米と意見が合い足を進めようとするが、
「ごめんなさい。親が今日レストラン予約してくれてて」
スマホを取り出し、色々いじっている。
家族とのLINEだろうか。
「というわけでこれにて!」
「あぁ。じゃあうん。また学校で……」
歩いて行った方は京王多摩川駅。
神奈川県……横浜辺りのレストランだろうか。
まぁそんなこと考えて何になるんだっていう…。
……まさかまた2人になるとは思わなかった……。
「じゃあねー!」
去っていく櫛芭姉妹に久米は手を大きく振って別れを告げる。
「さよなら」
「さよならー!」
あー……行ってしまう。
姿が見えなくなるまで手を振り続ける久米は、まるで俺の心配事などどこ吹く風と……これはもう台風レベルだな。