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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第九章 夏祭編
56/106

54.照らされる

 花火が始まった。

 やはりどこで見ても花火は綺麗だ。

 具体的に場所によって何がどう違うのかと問われても答えられはしないけどとりあえず綺麗だ。

 煌びやかな光が少し離れたここまで届くとは本当いつ見ても驚くばかり。

 風船を抱いて見ると花火が2倍楽しくなるっていう話を聞いたことがあるけど、まぁ雨芽(うめ)くんが隣にいるし、今回は見送ろう。

 というか持って来てないし。


 雨芽くん。

 こちらを見ていないであろうタイミングを見計らって顔を見る。

 扶助部の部長の男の子。

 陽悟(ひご)くんと……いや陽悟くんがよく一緒にいる静かな子…だと思っていた。

 多分それは偏見だった。

 会話をよく見てみれば、受け答えはしっかりしているし、陽悟くんのキラキラオーラに対して決して靡いたりせずにまっすぐその場で切り返しているのだ。


 それは、別に相手が陽悟くんだからというわけではない。

 扶助部にはいろんな人が来た。

 学年を問わず、性別を問わず、所属を問わず。

 誰に対しても平等に、誰に対しても公平に。

 分け隔てなく手を差し伸べる。

 文字にするとちょっと不思議な気持ちになるが、雨芽くんを目の前にすると全然不自然じゃなかった。

 まるでそれが当たり前のように、普通のように感じられてしまう。

 誰かを助けるという姿が、こんなにも似合う人がいるなんて、私は雨芽くんを見るまでは信じなかったと思う。


 ……優しい人だ。

 いつもそこにいる。

 いつだって話を、私のバカみたいなふざけた話を聞いてくれる。

 先にいて、座ってくれている。

 窓際の席で気だるそうに、来る日も来ない日も、そこで待ってくれている。


 今日だって…わざわざ外して来たのにこんな気持ちになるなんて……。

 これじゃあ何のためにここに来たのか分かんないよ。

 ほんと……なんなんだろうね。


 手持ち無沙汰になり、特にすることも思いつかない。

 ……何か無難な話でも。

「いやー、ここの花火は人が少なくていいねぇ」

 ……いや人の少ないところを選んで来たんじゃん、私が。

 ……雨芽くんついて来ただけだよねそうだよね…。

 え、あ……え。

 なんかすっごい意識してるみたいじゃない!?

 話そうと思って思い付いたのがこれって…こっちにずんずん進んだんじゃん、そう私が。

 連れて来たくせにその話を振るってなんか……えぇ…。

 雨芽くんと目が合い、そしてまた花火に視線が戻る。

「あれで人少なかったのか」

 ……良かった…花火大会全体の話だと思ってくれてる。

「そうだよー。隅田川とかやばいよ想像を絶するよ」

「………まじか」

 ……。

 うん。

 まぁ大丈夫だよね。


「いつもは隅田川の方行ってるのか?」

「うん。家が近い子と一緒に行ったり。マンションに住んでる子のとこから花火見たり。まぁ年によって違うよ」

「都会ならではって感じだなそれ」

「えー?花火やってるところだとどこも変わらないって」

「……たしかにそうかもしんない」

 大丈夫大丈夫。

 普通の受け答えしてる。

 よしよし、この調子で……。


 その後も雨芽くんとの会話はつつがなく進んだと思う。

 ただ、途中から雨芽くんはちょっと上の空で、花火を見てるわけでもなさそうだったし、その顔は寂しげで……。

 どうしてかその顔を見て、私は胸を締め付けられるような痛みを感じた。

 ………なんでだろう…?


 花火の打ち上がる頻度が上がり、いよいよクライマックスへ入っていく。

 一発ごとの間隔が狭くなり、まだ他の花火が空に残ってる状態で花火が重なり、幻想的な景色を作り出す。

 一瞬の輝きが何度も続く。

 光と音が、作り出す一夜限りのこの空が、もうすぐ終わってしまう。

 そして……最後の花火が打ち上がる。

 タイミングを揃えて複数の花火が同時に打ち上がり、空へと向かう。


 花が開く。


 手を伸ばしたくなるような、だけど決して手が届かない空が目の前に広がる。

 咲き誇る花たちは、さながら空に浮かぶ花束だった。

 息を呑み、輝きを目に焼き付け、散っていく様まで見届ける。

 長かったような、短かったような打ち上げ花火は、それで終わりを迎えた。


「……花火も終わったし………」

 音が無くなった世界に、また新しく声が響く。

 雨芽くんがゆっくりと歩き出した。

 こっちはすぐに手が届きそうだ。

 ぐいぐい引っ張っていこう。

 その手を…私は…。


挿絵(By みてみん)


 この手を伸ばして、

『………まぁ、久米の依頼だからな?久米が自分で決めてやめたんなら別に良いけどな』

 この手を繋いで、

『溢れるくらいが丁度良いんだ。気持ちを汲むのも、また人だから』

 この手を……。

『なら、悔いが残らないように考え続けなきゃな』

 ……自分の手が震えていた。


 視界がぼやける。

 まるで水の中にいるようにはっきりしない。

 動悸がする。

 心臓の音が外まで漏れてしまいそうだ。


「櫛芭のところに……久米…?」

 後ろからチラリと見えるその顔を、私は見続けることができなかった。

 下ろした視線が自分の手と、その先にある手に向かう。


 顔が熱い。

 息が詰まって倒れそうになる。

 いつまでも震えが止まらない手を忌まわしく思う。


 これだと伝わる、伝わってしまう。

 察しの良い雨芽くんがこんな分かりやすい動揺を見逃すわけがない。

 そう知っている、知ってしまった。


 教えられたあの日から、巡り会えたあの日から。

 ………私…こんなに変わったんだ。

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