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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第九章 夏祭編
55/106

53.再び

 花火が始まった。

 2人の無言の時間が続く。

 破裂音がその代わりに、艶やかな光と共に2人の間を埋める。

 照らされる久米(くめ)の顔を一瞬だけチラリと見ても、その目には花火しか映っていないようだ。


 結局、櫛芭(くしは)(ゆかり)さんは花火開始までに合流できなかったか…。

 始まってしまっては移動もままならないだろう。

 だからこうやって花火の魅力に2人で足を止め立ち尽くしていても仕方ない、仕方ないよな。

 でもなんかこの状況だと2人で約束して2人で見に来てるような感じで……なんかさっきよりもいけない気がしてくるっていうのがほんとなんとも…あー…。


 もうなんか全部めんどくさくなってきたので無心で花火を見る機械になる。

 深く考えない深く考えない。


 赤、青、緑、様々な色が真っ黒なキャンパスに散っていく。

 色が薄くなってもまた次の色、そしてまた違う色が継ぎ足されていき、色を知覚する機能がぼやけてくる。

 連なって咲いたり、柳のように暗闇に垂らしたり、花火は一辺倒ではなく、人々の興味関心をこれでもかと煽り、遠くから歓声が聞こえる。

 空に花、咲き乱れての百花繚乱の様相はまさに夏の風物詩だった。


「いやー、ここの花火は人が少なくていいねぇ」

 久米がぽつりと花火を見ながら呟く。

 俺も特に感情を込めずに久米に一瞬向けた顔を花火の方向に戻しながら返答をする。

「あれで人少なかったのか」

「そうだよー。隅田川とかやばいよ想像を絶するよ」

「………まじか」

 うわ絶対行きたくねぇ。


 だらだらと、少し離れた距離に打ち上がる花火の光と熱を肌に感じながら、会話を繋ぐ。

「いつもは隅田川の方行ってるのか?」

「うん。家が近い子と一緒に行ったり。マンションに住んでる子のとこから花火見たり。まぁ年によって違うよ」

「都会ならではって感じだなそれ」

「えー?花火やってるところだとどこも変わらないって」

「……たしかにそうかもしんない」

 そうだよマンションあるじゃん近くに……ただ花火が上がらないってだけで。

 ……ん?あれ?だからそう言った気がしたんだけど。


 いまいち噛み合わないまま会話は次に進む。

 ご当地ごとの常識ってのあるよね、いやまぁ同じ都内なんだけど。

 片やこうして花火を見るのが一般的で、片や公園での手持ち花火とか。

 いや隼真(はやま)美穂(みほ)とやったのがつまんかったとかじゃないよ?

 昔の話ね昔の。

 幼かったし、なんも考えないとそういうのって楽しめるもんだからね。

 親たちも休みとって付き合ってくれたし、小学校前の最後の気晴らし、みたいな。


 成華(せいか)は断ったんだっけ…。

 俺たち3人の面倒とか見てくれること多かったから今思えば少し意外なのかもしれない。

 あの日部屋に寄ったら勉強してて…いや、断ってないな……声もかけられなかったんだ。

 なんか声かけられなかったんだよなぁ…遠慮……じゃない、本当に声をかけられなかったっていうのが当時の気持ちだったと思う。

 美穂に残念がられて、めそめそしてたけど、まぁその後いろんな種類の花火で楽しそうだったことについては目を瞑っておこう。


 ……気づけば、花火はクライマックス。

 幾重にも重なる小さな火花が、夜空を埋め尽くす。

 落ちていく光が、線香花火のように少しずつ闇に吸い込まれていく。

 その様子が、終わったということを印象付け、名残惜しさと情緒を感じさせる。

 手持ち花火と違って、あと何本って数えられないところが、やはり終わりを覚悟できない分打ち上げ花火は寂しく、辛いのかもしれない。

 まぁ終わりが分かっていれば寂しくないのかと問われれば、それもどうだろうと分からなくなってしまうけど……。


 ……あの日は、俺が最初に、それで美穂と、最後が隼真だったか……。


 辺りには、聞き慣れた子供の笑い声なんてない。

 遊具もない、住宅街の小さな公園じゃない。

 開けた場所に、隣に川が流れる河川敷にいる。

 ………あれからもう俺たち……高校2年生か……。


「……花火も終わったし………」

 思考を切り替える。

 三歩ほど歩きながら1時間前より更に暗くなった空を見上げて会話を切り出し、そして言葉を続ける。

「櫛芭のところに……久米…?」

 振り返ると、少し浮いている自分の手に目を向けている久米がいた。

 その顔は熱を帯びているような、その目は潤んでいるような。

 その手は……合唱祭の時も、この前も、手を繋ぐことなんて久米は躊躇しなかったはずなのに……。


 明らかに目的を見失ったその手は、宙を彷徨っていた。

 合唱祭の時は、他の誰かが見ててもその手は繋ぎ続けたままだった。

 一緒にいた陽悟(ひご)相沢(あいざわ)は、それを茶化すようなタイプじゃないのは分かってる。

 でも外に漏れる可能性がゼロなわけじゃない。

 どこか遠くで誰かが見ていたとか…まだ会場の近くだ、その可能性は十分ある。

 少し考えれば…いやあの時すでにお互い分かって、理解して行動しているはずだ。

 常識として、普通だからと弁えて行動できる。

 久米のお母さんの前での時は……あの後何か言われたんだろうか。

 家に帰った後に冷やかされたなら……ここで躊躇するのも無理はないのか?

 そんなはずはない……ないはずだ。

 久米だってこれまで具体的な数は知らないが、複数人と付き合ったことがある。

 今までだってそういう事情があるから、距離感が違うからと俺は自分を納得させてきた。

 久米も分かってるはずだ、意識してないからそういう行為だって平気だって、そんな風に行動してきたんじゃないか。

 そうだ、そうじゃなきゃおかしい。

 意味なんていらない、生じさせない。


 久米は俺と価値観が違うから。

 久米は俺と立場が違うから。

 だから、同じ価値観になろうと、同じ立場ならどうするかと、理解しようと。

 同じ視点で物を見るために普段の会話から、行動から、そんな節々を記憶して、結論づけた。

 久米はそういう行為を気にしないタイプだって。

 そう……そのはずだ…。


 そこまで考えて、俺の思考は暗礁に乗り上げた。

 頭の片隅から湧いてくる可能性を追いやるのに、ただ必死だった。

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