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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第八章 夏季休業編
53/106

51.結えて

 久米(くめ)に連れられ、一階を歩いている。

 どうやら外に出るみたいだ。

 1つ気になることがあるとすれば……

「入る時と違う出入口だけどいいのか?」

「え?」

 言われた久米はパッと手を離す。


「…そっか駅から来たんだっけ!」

「まぁもう外出ちゃったけどな」

「…ま、まぁそんな距離変わるわけでもないから!」

 辺りを見渡し久米はアハハと笑う。

 腕を持っていた久米の手は途中から俺の手を握っていた。

 まぁそこら辺が久米にとっての普通なんだろうな。

 中学の時もそういうやついたし。


 久米は気を取り直すように大きく息を吐き、歩き出したがすぐに止まった。

 ……あ、お花屋さんか。

 目線の先にあるいくつもの種類の花が久米の足を止めている。

 花が好きだったりするのかな。

「……花…。今年は花火見なかったなぁ」

「花火?」

 花が好きって花火の方ね。

 まぁ花がついてればそれは花ってことになる……?

 謎理論だからこれ以上展開するのはやめよう。

「うん。毎年行ってるんだけど。今年はいつも行ってるやつに小学校の劇の手伝いが重なってさ」

「あ……そっか…悪い」

「あ、いや全然そんな意味じゃないよ!手伝い楽しかったし!」

 そうだよなぁ…俺は暇だったから別に弊害とかなかったけど、久米とかそういう人にとっては夏休みってイベント盛り沢山だし、そういうことも起こるか。


 花火大会……ん?

 そういえばまだやってるところ都内でもあるような…。

 スマホを開き花火大会と検索する。

 久米はいつも行ってるやつって言ってるしそれ以外のところは調べてないんじゃないか?

「どうしたの?」

「いや、俺の記憶だとまだこれからのやつが市の方に……」

「え!ほんと!」

「わ、待って。待ってて。分かったから」

 嬉しいのは分かるけどもう少し落ち着いて欲しい。


 公式サイトに行きつき、指でタップする。

「うん。やっぱりあるよ。調布市のやつ」

「調布市……どこそれ?」

「…………」

 分かってたけどなちくしょう!


「まぁあとは自分で調べてくれよ」

「えぇなんでよ。見せてくれてもいいじゃん」

「えぇ」

 いちいち近いんだよお前……。

 全力で嫌そうな顔をしたが健闘虚しく久米は覗き込むように俺のスマホを見る。

 しょうがないので出来るだけ腕を伸ばし、久米との間隔を広げるように努力する。


 ホームページの写真を見て久米がきれーい、とかこんなのあるって知らなかったーとか言っていたがやがて静かになる。

「どうかした?」

 不思議に思って久米に聞く。

 すると久米はやけにキラキラした目でこちらを見て、

「この日付、未白(みしろ)ちゃんの誕生日の次の日だよ」

「え?……あ本当だ」

 たしかに日付は8月30日の日曜日。

 櫛芭(くしは)の誕生日は8月29日でその前日だ。

「へぇー。なんかすごいな」

「よし!」

 え、なに?

 今よしって言った?

 あ、なんかすっごい嫌な予感してきた。


「待て久米、そのスマホで今から何をするつもりだ。いややっぱり言わなくていい。なんとなく分かる。だからやめてくれ」

「なんで?一緒に行こうよ。未白ちゃんとー、それから(ゆかり)ちゃんも誘おう」

 まじで脳内お花畑だよほんといやまぁ目の前に本物の花があるんだけども。

 本当におめでたいなこいつ……。


「大体なぁ、調布ってこっからだと遠いぞ?当日は人めっちゃ増えるから混雑するだろうし……」

 ………。

「それに夜とはいえ夏だから暑いし…人混みでそれって……想像したくない…」

 久米の返事はない。

「それに夏休みの宿題……はちゃんとコツコツやる派だったなそういえば……」

 この高校じゃそういうことが話題になることすら珍しいからな…。

 一部の教科は生徒が自ら進んで勉強するべき、って宿題出してないところもあるし…。

「あ、もしもし?」

「いや話聞けよ!」

 スルースキル鬼か。

 なんてメンタルで人に電話してんだこいつ……。


 そうそう!うん!はーい!と久米は楽しそうに相槌をしている。

「今ね、雨芽(うめ)くんと一緒にいるんだけどね。実はね、未白ちゃんの誕生日の次の日に花火大会があることを教えてくれて!あ、スピーカーにするね」

 気づいたのは久米だけどな。

 あと一緒にいるって言ってよかったの?

 誕生日って具体的な名詞も……いや隠してるわけでもないからいいのか。

「うん。いいと思うわ」

 櫛芭の声が久米のスマホから聞こえる。

「誕生日とずれちゃうけどいいのか?」

「また細かくはLINEで。縁にも話してみるわ」

「え?縁ちゃん?あ……切れちゃった」

「縁さんか…。櫛芭は30日でも良いみたいだな」

 流れるように俺が行くことになってるのほんとなんとかなんないかな。

 にしても調布か……。

 電車だと行きにくいんだよなぁ……行くとしたらバスか?

「そうみたいだね。いやーよかったぁ」

「まぁ櫛芭が主役だし。あとは櫛芭の意思に合わせるみたいな感じで良いんじゃないか」

 まぁこれが一番無難なラインだろう。


 久米のスマホから有名なアーティストの歌が流れる。

「あ、縁ちゃんだ。もしもしー」

「もしもしー!縁です!」

 縁さんの元気な声が響く。


「花火大会良いですね行きましょう!」

「そうだよね!一緒に行こうね!」

「はい!それでなんですけど…30日しかないんですよね?」

「うん。30日」

 曜日との兼ね合いもあるし、そこら辺はしょうがないだろう。

「…分かりました。それしかないなら。はい」

「縁ちゃん元気ない?」

「いえ!別にそんなことは!一緒に花火大会行けて嬉しいです!」

「そっか。そうだよね!じゃあまた後で色々連絡するから!」

「はーい!」

 久米は縁さんの返事を聞いてばいばーいと通話を切る。


「さて、どうしよっか」

 久米はスマホをしまい、あっけらかんと言う。

 多分俺が櫛芭に贈るプレゼントがまだ決まっていないことについて俺に聞いているんだろう。

「うーん。……うぅ…どうしよう」

 ノープランってやつほんとまじでどうしよう。

 何も思いつかない……久米がこれから行くお店に俺が櫛芭にあげたいものがあるのだろうか。


「…気分転換でもする?」

「気分転換?」

「そう!アイスクリームの店があるの!…いや、アイスというよりジェラート…?」

 それ君が今突然食べたくなったって理由じゃないよねって聞きたいくらいいい笑顔だった。

 アイスクリーム…ジェラート…まぁうん、食べたらまた考えるか。


 久米が組んだ予定とは多分ずれてしまっただろうが、そのお目当てのアイスクリーム屋さんに向かう。

 聞けば学校帰り特にやることがないと大体寄るくらいお気に入りの場所らしい。

 高架橋をくぐり抜け、開けた場所に出る。

 久米はよどみない足取りで先を歩いている。

 景色は相変わらず都会って感じで車のエンジン音が響き、人々の歩く音もそれに負けじと耳に届く。

 高い建物には一階ごとによく聞く飲食店や不動産の会社名が入っていて、カラオケなどの娯楽も目立つ配色で若者を誘う。

 情報量の多さで脳がやられそうというか競争率やばそう都会怖いなぁ。


 横断歩道を渡り終えて、道路が変わると木々が増えてきた。

 夏を表現するように青い葉がゆらゆらと揺れている。

 その木々が囲むように中心に大きな池がある。

「あ、ここねー、春だとすっごい桜きれいなんだよ」

「へぇ。なんかいいな。こういうの。落ち着くっていうか」

 水辺は涼しいなぁ。

 マイナスイオン的なものを感じる。

 散歩コースとかに推奨されてそう。

「カップルがボートに乗ったりいろいろできるらしいよ。この辺の女子は小さい頃はそういうの憧れるの」

 デートコースだったわそりゃそうか近くに動物園あるし。

 というか今の言い方だとこの辺のまだそういうのに憧れ持っている人に怒られそうだけど大丈夫なの。


 そんな心配はさておき、池とは反対方向に横断歩道を使って進む。

 道が狭くなり、ローカルな居酒屋やバーなどの隣を通る。

 夜だと一気に雰囲気出そうだなこの道。

「ここだよ!すごくおいしいから期待しててね!」

 お店の前でそんなこと言ってプレッシャーになんないか俺心配だよ。


 店の上の看板にはイタリアンジェラートと書かれている。

 穴場って感じで期待しててねという言葉にドキドキしてきた。

 マジでおいしいもの食べられそう今俺の中でめっちゃ期待値高い。

 あ、今お店の中のイタリア人のおじさんと目が合った。

 おじさんは俺の目から逸らさず笑顔を向ける。

 その後もにっこりと笑い続け、おじさんは笑顔を絶やさない。

 その笑顔に、俺はある決意をする。


 ……決めた。ここ、通うわ。


 いやまだ何も口に入れてないけどもうなんか全部どうでもよくなってきた。

 このおじさんの笑顔やべぇ心が浄化する。

 ほんと外国人って、というか西洋の人って笑顔素敵だよな。

 まじそれだけでここに通う理由になる。

 男性も女性も、テレビに映ってる人もすれ違う人もみんな笑顔が素敵。

 いやこのおじさんをみんなと括るのは失礼だ。

 そのくらい俺は今感動している。

 今なら『笑顔がもたらす人の感情の揺らぎ』って題で論文書ける間違いない。


 気づいた、気づいてしまった。

 なんか無性に泣きたくなった。

 あぁそうか俺、きっと疲れてたんだ…だれかに笑いかけてもらいたかったんだなぁ。

 え、そんなのありえないって?

 ばっかお前この人に会ったら二度とそんなふざけたこと言えなくなるぞほんとだからな!

 そのくらい笑顔って人の涙腺壊すからな!

 特に社畜がこの人に出会ったらボロボロ泣くぞもう絶対って言っていいレベル。

 

「早くチケット買おうよー」

 そんな俺の心情などもちろん久米は興味がなく、食券の自販機の前でうずうずしている。

「これって普通に1番のやつ買えばいいのか?」

「うん。それでここから2種類選ぶの」

 久米が指さすガラスケースの中には色とりどりのジェラートが敷き詰められている。

「何かおすすめとかある?」

「そうだなぁ。チョコレートとか好きな人多そうだけど…」

 じっと目を細めて考えてくれている。

 俺もそれに倣って見ていると好きそうなものを見つけた。

「じゃあ、チョコレートとレモンで」

 笑顔が眩しい店員さんにも同じように伝える。

 返答も丁寧で日本語すごく上手だった。

 まじでここ通おう。

「じゃあ私はいつもので!」

 はーいと店員さんが準備する。

 ………先輩と呼んでもいいですか?


 カップに乗せられたジェラートは光に反射してキラキラ輝いている。

 それだけで食力はそそられ、蒸し暑さも合わさって最強に見える。

 では、いただきます…。


 ……うまい…。

 まじで泣きたくなってきた…。

 隣でおいしそうに食べる久米を見て、ここの常連になる理由が痛いほどわかった。


 グーグルマップにさっきのお店をしっかりと保存してその場を発つ。

 池沿いの道に戻り、再び青々とした木々が目に入る。

 景色の尊さを胸に刻みゆっくり歩いていると、何処か位の高そうなお店の前を通り過ぎた。

 立ち止まって、それから数歩下がり、店内の様子を見る。

「どうしたの?雨芽くん?」

「あ、いや……」

 ここなら…このお店なら…。

 ………やっぱりこれにしよう。

「プレゼント、決まったよ」

「え!…あ!いいじゃん!ぴったりだよ!」

 久米も賛成してくれた。

 よしこれで自信を持ってプレゼントを選べる。


 櫛芭へのプレゼントだから、これを選んだってことになるのか。

 他の人へは…例えば久米とかには、これは贈れないかもしれない。

 俺はそんなものを選んだ自覚がある。


 ……大丈夫かなぁ。

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