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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第八章 夏季休業編
52/106

50.結びつき

「ごめんねー。こっちまで来てもらっちゃって」

「いいよ。都会の方が色々あるし」

 逆に地域差がありすぎるまである。

 なんで区と市でこんな違うんだよ。


 胸を張って久米(くめ)が自信ありげに宣う。

 力を込めた握りこぶし、手首にいつものリストバンドをつけている。

「この辺は私の地元だし、案内任せてね!」

「あぁ。まぁ適当に」

「モチベひっく」

 久米の顔から見る見るうちに元気が無くなっていく。

 やっべー。

「お店の中入ればテンション上がるから。うん。多分」

「はぁ…。まぁそうだね。適当に」

 一旦がっかりしたような様子を見せるが。

「適当に適当に。ふふ」

 気楽そうな笑顔で切り替え、適当にを繰り返している。

 子供みたいな邪気の無い笑顔にどこかむず痒い思いをした。


「まぁ、駅でなくても買い物出来るっちゃ出来るんだけどね」

 駅構内での待ち合わせ。

 電車を降り改札前で振り返った時に常磐線とか宇都宮線とか京浜東北線とか色々な案内がありすぎてなんか怖かった。

 山手線から来たけど帰り目眩起こしそうだなこの路線の数。

 初めて来たターミナル駅ってだいたいこんな感じ。

「よくこんな駅毎日使えるな」

「ん?高校行く時はここ使ってないよ?」

「え?そうなの」

「あ、でもたまに使うかも。気分で変えてる。友達が一緒の日もあるから」

 都会ってなんでこんな駅密集してんだよ…。

 気分で通学の手順変えるとか出来ないって普通…定期の概念ぶっ壊すなよ……。

「そ、そう。なかなか想像出来ないけど」

 Googleマップが便利すぎてもう無い生活が考えられないね。


 どこが出口かも分からないから久米に少し前を歩いてもらいそれについていく形で駅の中を進んでいる。

 しばらく歩くと、車の音が聞こえてきて外の建物も見えてきた。

 たしかこっちは広小路口だっけ。

 予習が大事というやつ。

 いやついさっきGoogleマップ見て覚えてたんだけど。

 外に出れば、右側には電車を走らせるための橋のように道路からは浮いている線路がある。

 車の音。電車の音。人の歩く音も意外と大きいな。

 まぁこんだけの数歩いてたらなぁ。


 道路を横断するため信号を待つ。

 足を動かす時間が無くなって暇になったので口を動かす。

「今日どんなの買うかもう決めてるのか?」

 信号が変わる瞬間を待っている久米は、車が往来する道路を見ながら俺の質問にゆっくりと答える。

「うーん。実はまだ決めてない。……もしかしたら私もお店に入ったらテンション上がるのかも」


 車が止まり、やがてすぐに横断歩道の信号が青に変わる。

「いくつか考えてみたけどさ、やっぱり手に取ってみて考えたいじゃん?」

 そう言って歩き始めた久米は、少し遅れて歩き始めた俺を見て、

「道教えるからさ、隣にいてよ」

 複雑な道じゃないし、と続けた。

 気を抜くとすぐついていこうとするな…俺って…。

 一緒に歩いてるのは久米だぞ久米、集中集中。

 ……いやでも今日の場合ついていくという選択も間違いではないのでは………?

 まぁ、断るのもおかしいし。

「あぁ。じゃあ」

 そんな感じで、周りの人間と同じように2人で歩き始めた。


 そして……。


「1分も歩かなかったな」

「なんならさっきの場所から見えてたね」

 というかただ単に反対車線だよな…。

「この辺に住んでる人はここで買い物が完結することができる」

「おいおい……」

 案内は任せてとか言ってた人がなんか言ってる……。

 ちなみにこのお店のことをおいおいと言ったんじゃないぞ。

 初めて来る人とか読み間違い注意だからな!

 知らない人まじで知らないし。


「じゃあ入ろ」

「おう」

 ドアを開き、中に入ると外との温度差で肌が震えた。

「寒っ」

「そうだねたしかに」

 隣を見ると久米も忙しなく腕をさすっている。

「まぁ、見るところ多そうだし歩いてたら慣れそうかも」

「いろいろ見よっか」

 こんだけ広ければ、櫛芭(くしは)の趣向に合いそうな誕生日プレゼントもきっと見つかるだろう。


 結果的に、昼まで探し回ったが俺と久米はなかなかこれだって物を見つけられず、現在9階のスパゲティのお店でお昼を食べている。

 ちなみに俺は湯葉と豆乳の京風カルボナーラ。

 久米は最後まで迷っていたが服が汚れたら困るし、とミートソースを諦め、たっぷり浅利のボンゴレビアンコを注文した。


 現在、1にパンダのぬいぐるみ、2にパンダの置き物、3にパンダのコップと…以下パンダが続いているパンダかわいい。

「パンダでいいのかなぁ」

「久米はいいんじゃね。ここら辺ってそういうので有名だし。俺が買ったらよく分かんなくなるけど」

 だから困ってんだよなぁ。

 パンダに埋め尽くされた思考回路をなんとかリセットしないとパンダかわいい。


「でもさ、やっぱり私がこれだ!って思った物をあげたいんだよね」

「パンダはピンと来ないのか」

「悪くないんだけど……。なんかね」

「なんか?」


「こういう繋がり……大切にしたいじゃん?」

 目を細めて控えめに笑う久米は、やっぱり櫛芭のことを1番に考えていて、この3人だけの扶助部という部活も特別に思っているらしい。

「もしかしたら私、実際にあげる時よりもこうやって何が良いのかな、何が好きかなって考えてる方が楽しいのかもしれない」

 あぁそういう。

「なら、悔いが残らないように考え続けなきゃな」

「よし!そうと決まれば!」

 久米はそう言うとスパゲティをクルクル巻いて再びパクパク食べ始めた。

 あと3分の1くらいか。


「そうだ。まだ地下行ってないし食べ終わったら行かないか?」

「え……地下行く?」

 急に久米の歯切れが悪くなる。

「地下行っても何もないよ。うん。食用品とか。うん」

「贈り物に食べ物とか結構ベターじゃん。見ても損はないと思うけど」

「ぐぅ」

 お腹の音じゃないよ。

 久米は言葉に詰まっているみたいだ。


「……大丈夫だよね冷蔵庫に卵あったし……それにわざわざ今日出かけるって娘の邪魔しに来てるっていうか……普通のスーパー行くよね他のところ使うよね……いやでもそういうところあるし朝もなんか様子おかしかったし……」

「……なんの話?」

「なんも言ってないよ」

「何かは言ってただろ……」

 たしかにめっちゃ小さい声でぎりぎり聞こえるかどうかだったけど間違いなく久米はぶつぶつ言っていた。

 久米にとって都合の悪いことでもあるのか?


 ペースを上げてスパゲティを食べ終え、勢いよくフォークをテーブルの上に置いた久米が立ち上がる。

「行くなら早くしよ!」

「あ、うん」

 まじでどうしたんだ急に。


 最上階から地下へ。

 なんだかとてつもなく非効率な気もするが階がはっきり紳士用の商品と婦人用の商品で分かれてるし仕方ない。

 婦人と紳士用の商品刻めばよかったのに……女性しか客層を狙ってないのか?

 まぁ入る人はそういうのわざわざ気にしないのかな。

 無知乙とか言われそうだしあまり言及しないでおこう。


 エスカレーターを使って1階ずつ地上に降りていく。

 そして、地下へと進むエスカレーターに乗る。

 後ろで何故か身を屈めながら久米はフロアを眺めている。

「あぁ、化粧品もいいのかなぁ。リップとか……いやさすがに重いかなぁ。趣味と合わなかったら……」

 考えるのは良いけどその変な姿勢やめろよ……。


 久米のつぶやきを受けて、化粧品のエリアに移動しようとしたその時、

雪羽(せつは)!」

 久米の名前を呼ぶ女性が現れた。

 素知らぬふりで久米は声のする方向を全く見ない、というか歩くのを止めない。

「お、おい呼んでるけどいいの?」

「雪羽ー」

 絶えずその女性は久米の名前を呼ぶ。


「ね!」

「え」

 その女性が俺の隣に立って何故か同意を求めた。

 久米が全速力でこっちに戻ってきて女性の腕を掴む。

「ちょっとま…お母さん!雨芽(うめ)くんにちょっかいかけるのはやめてよ!」

「あらあら。お母さんですって。ママの方がかわいいのに。ね、雨芽くんもそう思うでしょ?」

 ………ママ呼びなんですね……。

 というかこの人ママだったのね…。

 初対面の割にぐいぐい来るところがほんとお子さんそっくりで微笑ましい。


 ………?

「俺のこと知ってるんですか?」

「今初めて名前聞いたー」

 えぇ……なんか知ってる風に話すからそうなのかと思っちゃったよ…胆力すごいなこの人。


「なんでここにいるの」

 実の親だというのに久米は敵意マックスで警戒しっぱなしだ。

 久米のお母さんはその様子を楽しんでいるように見える。

「だっていつもだったら雪羽、ちゃんと遊ぶ相手教えてくれるんだもの。依乃(よりの)とーとか(さき)とーとか。今日は中学の子か高校の子かも教えてくれなかったじゃない」

 律儀だな。

「ここにいる理由になってない!」

 たしかに。

「これは何かあるなぁって。行く場所は大体聞けたからね。買い物はそのついで」

 久米のお母さんは持っているマイバックを揺らしてみせた。

「誇らしげにしないで!」

 すごい親子トークだ。

 聞いていいのかなこれ。


 頭を抱えた久米は、うんうん唸ってやがて、

「ついてこないで」

 それだけ言って1人で歩いて行った。

 …って俺も置いていくのか。

 久米のお母さんと目が合ってにやっとその人は笑って、

「彼氏を忘れてるわよぉ!」

 おぉい!

「彼氏じゃないです!」

「彼氏じゃない!」

 一気に体力持ってかれるなこの人との会話……。


 久米のお母さんを帰らせることは出来ず、櫛芭の誕生日プレゼント選びに加わることになった。

 家帰った後娘に口聞いてもらえなくなっても知らないぞ。

 まぁ化粧品のアドバイスをもらえる点では……いやかなり駄目な気がする。

 俺ここに居ちゃ駄目でしょ普通に考えて。

 友達のお母さんて、それも異性の……。

 ……なんだこの状況…。

「雨芽くん」

「は、はい」

 久米のお母さんだ。

 その背後を見ると久米が商品を手に取って何やら思案している。


「彼氏じゃないの?」

「だから違いますって」

 はぁ、なんで親ってこういうの詮索するんだろう。

 というか久米は結構な数の男子ともうすでに付き合った経験があるんだし、今更な感じがするんだけど。

「俺は……」


『3人で一緒にやろうよぉ!』

『私たち!この部活に入ったんです!』

『こういう繋がり……大切にしたいじゃん?』


 はぁ……嘘はあいつが悲しむよな…。

「…一緒の部活なんです」

 あいつが大切にしてる部活の、俺は部長だから。


「バスケ部?」

「え?」

「え……?」

 もしかして久米、何も言ってないのか?

 話の主役の方をちらりと見る。


「違うの?」

「いや、あぁまぁ、扶助部って言うんですけど」

「扶助部…いつの間に兼部してたんだ」

 …ほんとになんも聞いてないんだな。

 さっきのやり取りだと学校のことは筒抜けだと思ったのに。

 伝えることを選んでるって感じか。

 まぁ、そんなもんか。

 俺もそんな感じだし。


 久米に視線を戻せば、手に持った1つの商品を見たまま直立している。

 あれに決めたのだろうか。

 テクテクとこちらに歩いてきて久米は珍しく目に力を込めて久米の母に向かって言葉を話す。

「……じゃあ買ってくるから。お母さん余計なこと言わないでね」

「はーい!」

 ……まじで久米のお母さん余計なこと言わないでよ知らなくていい事って世の中にたくさんあるんだから。

 いざとなったら大声で遮るからな本気だぞ。


 ………。

 ………。

 ………いや気まずっ!!!

 なんだよこの時間なんなんだよこの時間。

 めっちゃカットしてぇ無かったことにしてぇ。

 カットしたいカットしたいカットしたい。

「…雨芽くん」

「はいなんでしょうか!」

 さっき中毒者みたいだったな……。


 ……さぁどうやって話を合わせようか…。

「……雪羽は……ううん。雪羽をよろしくね」

「…はい……」

 ……?

 視線を向けるが、久米の母は目を合わせてはくれなかった。


 よろしく……か。

「うぁ」

 背後から腕を掴まれて引っ張られる。

 掴んだ主を見ればそいつは久米だった。

「く、久米?もう買ったの?」

「うん」

 こいつもこっち見て話してくれないし……。


 エスカレーターを立ち止まらず駆け上がっていく。

「久米、もうここは…」

 久米は俺の腕を掴んだまま離さない。

 チラリと髪の隙間から見える目には、とても力を込められているように見えた。

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