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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第八章 夏季休業編
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48.過ちは

「やっぱ期待を裏切らないよなぁ。毎年毎年すごいわ」

「本当そう思う。久しぶりに見たけど……え毎年見てるの?」

「え?あ、あぁまぁうん。拓本(たくもと)と見に行ったり…」

 現在、宇佐美(うさみ)と俺は、道沿いの喫茶店に入っている。

 何か注文するなら量が多いってちゃんと言わなきゃな…。

 ついでに言うと俺はカフェオレ。

 宇佐美はココアを頼んでいる。


「ご、ごめん!そうとは知らずに!」

「いや!気にしなくていいよ!それに今年は本当にまだ見てなかったんだ!」

 この前秋葉に行った時も久々に会って話したいこととか一緒に買いたいものがあるとかやりたいことが多すぎた。

 気づいたら日も沈んで映画見る時間なかったんだよな。

 アニメイト、ゲーマーズ、とらのあな、メロブ巡りは絶対にノルマだからな。


 懐かしいなぁ拓本の家でやった上映会。

 二周はノルマだったよなたしか。

 原作の考察とかもめちゃくちゃやってて…。

 今では簡易的にLINEでやってるけどまたやりたいなぁ。


 スプーンでくるくると中の液体を回しながら宇佐美はゆったりとしている。

 スプーンを入れた場所から色が変わっていく。

 やがて色の境界は無くなり一色になる。

 コップの縁で水分をとり、スプーンを見ている。

 その目は瞬きが多くなり開いている時間が徐々に少なくなっていた。

 コクッ、コクッ、と首が前に倒れそうになるのを宇佐美は必死に耐えていたが、

「ごめん、ちょっと……」

 そう宇佐美は言うとゆっくりと突っ伏し眠ってしまった。

 ……まじか…。


 こんなお店の中で眠られても………。

 いやお店の中だから眠れるのか?

 じゃなくて、どのくらい時間経ったら起こせばいいんだ?

 自分の腕の上に顔を預け、宇佐美は目を瞑っている。

 呼吸は一定のリズムで繰り返され、身動き一つしてくれない。

 本当に眠っているようだ。

 どんだけ気を抜いてんだこいつ……。


 肘をつきただぼーっと目の前で眠っている宇佐美を見る。

 そういえばこいつ、中学校で眠ってたの見たことないな。

 どちらかといえば眠ってたのは俺の方だったな……。

 で、起きたら大体宇佐美が隣にいて…。

 寝坊助な俺を笑ってて……。


 ……分かってる。

 違うんだよな…もう何もかも…。


 今眠ってるのは俺じゃなくて宇佐美で。

 それを見ている場所は隣じゃなくて正面で。


 立場は……。


「…助けてるぞ。お前が俺を助けたみたいに。扶助部って言うんだ。前にも言ったよな、たしか」

 隣じゃない。

 隣じゃないんだ。

 やっと向き合えている。

「その優しさで……助けてるんだ」

 この優しさだって貰い物だけど。

 身の丈に合わないほど大きなものをもらったけど。

 そんなこと言ったら、立場だって用意されたものだな。

 そう考えると一年の時とは、関わり方が違うのか。

「…中学の頃から変われてるかわかんないけど……まぁでも、精一杯頑張ってるよ。……これからも…頑張ってみるよ」


 俺の憧れの人へ。

 今、君は眠っちゃってるけど……。

 いつか……向き合う機会をくれないか。

 待たなくていいんだ。

 追いつくよ、絶対に……。


 ………。


 なんて決意を新たにしたけれども……。

 こう眠られてるとやることないな。

 こんな特殊な状況、成華(せいか)も教えてくんなかったし。

 本も持ってきてないし…スマホでゲームってのも……。

 …詰将棋ならセーフか?


 …なんかあるかな……?

 まぁバッグの中探ってもなぁ。

 朝何も入れてないの覚えてんだよなぁ。

 ん……。

 これは朝には入ってなかったもの…だな。


 そういえば……これは自分で選んだんだっけ。

 ………いやでも幼い頃の影響って考えると自分で選んだって言い切れない……?

 ……黄色…か…。

 好きだったのかな…黄色…?


 何か理由があったわけじゃない。

 それがどんなものか知っていたわけでもないし。

 手を伸ばしたのが、これだったんだよな。


 この手は…。

 まだほど遠い。

 暖かく包んでくれるようなあの手には。

 繋いだだけで優しい気持ちになれるあの手には。


 …この手で……。

 助けることの…答えってやつを……。


 ………。


 それから、どのくらい時間が経っただろう。

 いくつもの思い出を数えていた。

 頭の中に浮かぶアルバムの写真。

 景色。経験。そして、笑顔。

 着られなくなった服が。

 使わなくなったおもちゃが。

 毎日抱いて眠っていたタオルが、その全てが、愛おしい。


 初めは背負われていた。

 成長して歩けるようになった。

 背から降りて、手を繋ぐようになった。

 少しずつ、少しずつ離れて歩くようになった。


 やがて、その距離を懐かしく感じる歳になった。

 もうそこにはいないんだって分かっているから。

 だから何度も思い出す…思い出してしまう……。


「……ん。…うぅ」

「ん。起きたか」

 宇佐美がゆったりと上体を起こしていく。

 まだ閉じている目をゴシゴシと手で擦っている。

「うん…?」

 未だ半開きの目でスマホを見ている。

「えぇ!?私一時間も寝てる!」

 ほんとだ一時間経ってる……。

 時間過ぎるの早いなぁ。

「……本当にごめん…。こんなぐっすり眠るとは思わなくて……」

「あぁいや、いいよ。ゆっくりできたし」

 おかげで頭の中も整理できたしな。

 宇佐美は頭をしきりに下げながら荷物をまとめ始める。

「こ、ここ私が払うよ!」

「いや、ほんと気にしなくていいって」


「ほんとに…?」

「ほんとほんと」

 宇佐美も中学の頃を思い出していたりするのかな。

 授業に遅れそうだった俺や先生に当てられていたのに眠っていた俺を起こして……。

 …この記憶はいいや仕舞っておこう情けなさ過ぎる。

 ついさっきも思い出したし蓋だ蓋。

 開かないように開かないように……。


「よし、行こう」

「本当に悪いと思ってます……」

 …やっぱ…逆だなぁ……。

 偶然か、必然か。

 全然、予想も立てられないけど。


 店を出て、駅に向かって歩く。

 途中、高校生くらいの男女のペアを見かけた。

 制服デートかな?

 やっぱ制服って目立つよね。

 宇佐美も俺と同じ方向を見ていて、

「そういえば、雨芽(うめ)って本間(ほんま)に校章のバッジ貸したこともあったよね」

 制服見て思い出したのか?

 中学の時は学ランだけど。

「あー。あったなそういえばそんなことも」

 本間も抜けてるからなぁ。

 物を無くしたり忘れたり、遅刻も多かったっけ。

 まぁそれがチャームポイントみたいな?

 …雇いたくねぇ……。

 高校生になって直ってたらいいねぇ……直ってなさそう。


「……それがどうかした?」

「気づいて、助けたの?」

「まぁ、たしかにそうだな。最初は紅紗(こうしゃ)に頼んでたし」

 俺と同じ小学校の男の子だ。

 合唱コンクールに向けての身だしなみの検査の時に校章のバッジが付いてるかどうかが確認されたんだよな。

 伴奏者の紅紗は別日に検査だったから放課後本間に貸してくれって頼まれてたんだけど、貸すことに躊躇してたから俺が代わりに貸したんだっけ。

「姉のやつがバッグに入ってたからまぁいいかなって思って。二つ持ってるやつが貸す方が確実だろ?」

 そのあとちゃんと本間はバッジを買い直してた。

 なんか親に怒られたらしくて次の日落ち込んでた。


「…俺に出来ることが、そこにあるって気づけたんだ」

 駅に着いた。

 朝の待ち合わせした所と同じ場所だ。


「……雨芽」

 宇佐美が視界から消えていた。

 声のする方に振り向くと歩みを止めていた。

「宇佐美?」


 いつも通りの笑顔でも、声だけが寂しそうだった。

杏野(きょうの)とみのりがこの後時間あるかって」

「あぁそういう」

 もうかなり暗くなってきたけど、まぁ夜には夜の魅力があるからな。

 もともと三人で遊ぶつもりだったみたいだし。


 スマホを開き、電車の時間を確認する。

 帰りは各停で座ってゆったりしようかな。

 …いやでもここが始発だしほぼ全部の電車座れるな……。


 スマホの電源ボタンを短く押し、画面を暗くして宇佐美に向き直る。

「…宇佐美」

「うん」


 目から顎に、水滴が線を引く。

 一瞬だった。

「なんで…泣いているんだ…?」

「え……あ…」

 大粒の涙だった。

 ただ一滴だけ、笑顔の上を流れ落ちていった。


 宇佐美は目尻を拭うことをせず、表情も変えず話し始める。

「…ずっと……気になってたの。私あの時、合唱コン委員だったでしょ?…なんで雨芽は気づいて、助けられたんだろうって」

 堰を切ったように、言葉が、涙が止まらなくなっている。

「他にも…たくさん…今日だって……きっと私が気づかないようなことも気づいて…助けて」

 新しい涙がどんどん目から溢れて、ただ話し続けた。

「ねぇ…いつから気づいてたの?…自分が助けられるって、そう思えるようになったのは、いつから?」

 もう涙を止める気は無いみたいだ。


「……小学校の時から、薄々気づいてた。確信を持ったのはその時だったけど」

過ごしている中で少しずつ記憶していった。

 その積み重ねだ。


 笑顔のまま、宇佐美は涙を流し続ける。

 俺の言葉に驚いた様子はない。

 きっと予想していたんだろう。

 雨芽ならそう答えるって。

「…私ね、本当は知ってたの。……環航(わこう)小学校で仲が悪かった二人がいたでしょ?」

 宇佐美は唐突に話を変えた。

 締め括る話としてはかなり重い。

 これを選ぶということは今日一日ずっと心の中で話したいと思っていたのだろうか。

 あの文字通り犬猿の仲の子たち。

 宇佐美が喧嘩で怪我するのを未然に防いだ二人。

「弟がね、教えてくれたの。下にそういう子がいるって。劇当日も舞台袖での様子を伝えにきたし。…だから、ずっと見てた」

 言われて思い出せば、宇佐美はたしかにあの子達二人を、ずっと気にかけていたように思う。

 劇の日も、宇佐美は弟とその事を……。

『上手くいくかな。みんな。あの喧嘩した2人も』

 あの不明瞭な質問は……そうか…考えれば考えるほど、宇佐美の言っている事に真実味が帯びていく。

「雨芽だから、なんだね。もうそこに理由なんて、私には見つけられないよ。雨芽はきっと無意識にだって人を助けちゃう」

 感情的になっている。

 たしかに宇佐美は涙ながらに言葉を発している。

 だけどその言葉の全てがしっかりと意味づけられていた。

「あり方が、振る舞いが、ふとした仕草が……それだけで、人は人を助けられる」


 宇佐美の涙ぐんでいる目と合い、怯む。

 言いたかった言葉を飲み込み、ただ目を逸らさないように耐え続ける。

 今は、受け取れ。

 半端な言葉で誤魔化すな。


「…そっか……良かった…」

 俺も宇佐美に、何かをあげることができたんだ。


 ただ、感謝をしたかったんだ。

「ちゃんと、話してくれてありがとう」


 やっと宇佐美は手で涙を拭いてぎこちない笑顔で応える。

「…お別れ……!」

 大きく息を吸い、その言葉を宇佐美は吐き出した。


 そういえば面と向かってはしたことなかったよな。

「うん。…お別れ」


 踵を返し、駅へと向かう。


「またね。雨芽」

 宇佐美はそういった。

 手を小さく開き振っている。


 お別れを言おう。

 宇佐美は、きっと終わらせたかったんだ。

 この場所を選んで、待ち合わせをして、一緒に。

 買い物して、ご飯を食べて、映画を見て、ただこの時間を。


「さよなら。宇佐美」

 次はない。

 線を引く。

 どこかではっきりしておかなきゃいけなかった。


 今度は友達として。

 またねはそのときに。


 君が隣にいてくれて、本当に良かった。

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