47.変えてしまった
……まぁ無難な味だな。
食に疎い俺でも分かるそんな味。
事実、宇佐美もさっきから料理に手をつけてはいるが
「窓から見える景色綺麗だね」
としか言ってくれない。
ネットの評価も気になって調べたけどちょっと低め。
後から調べたのはたしかに悪手だったが、どっちみちここ以外の店は軒並み高額なので結局ここを選んでいただろう。
これなら近所のスパゲティ屋さんの方がうまいな。
そっちの方がここより安いし。
こういう事言うと営業妨害とかにでもなるのかな。
いやでもみんな食べログで好き勝手言ってるからな…。
誰かこの事例で捕まったら訂正しようそうしよう。
「ねぇ!屋上行こうよ雨芽!」
少し前に食べ終えていた宇佐美が提案をする。
「ここから見た景色でさえ綺麗なんだし、上行ったらもっと綺麗だよきっと!」
「まぁ……そうだろうなぁ」
窓から見える景色を、宇佐美と見る。
高いなぁ。
会計を終えて、店の外に出る。
そこから階段を使い、ゆっくりと上っていく。
宇佐美は待ちきれないといった風に光が強い屋外へと駆け上がっていく。
子連れが多いな。
そういえば六階にはおもちゃ売り場があるんだっけ。
そのついでにとか、広場で遊ばせたい、みたいな気持ちで来るんだろうか。
階段を上り終え、夏の日差しが目に入る。
それを遮るように手を顔の前にかざす。
光が減り、宇佐美の笑顔が少しずつ目に浮かんできた。
「早く早く!」
「はいはい。今行きますよ」
雲ひとつない笑顔だ。
青い空と合わさってシチュエーションがやばい。
彼氏と来れば良かったのに……。
見上げるだけだった建物が今は下がって見える。
まぁ俺が上がったからだけど。
屋上に出ると空が広がったような感覚だ。
「あ、見て見て桜の木ー」
しばらく歩いて宇佐美が手招く。
「桜だな」
桜の木がある。
当然花は咲いてない。
「えぇそれだけー?」
宇佐美はがっかりしたようにこちらを見る。
「なんだよ。別に珍しくないだろ?」
中学校の校庭にも咲いてたし。
駅沿いの道に咲いてたりするし。
そういえばその道は珍しく観光名所になってんだよな。
確か色々と過去に認定されてるらしい。
近所の大きな公園も桜の名所だったっけ。
…もしかして自分の周りって結構桜に囲まれてんのかな?
都会には無い素晴らしさ誇らしいぜまったく。
子供たちの和気藹々とした声が響く。
この暑い中よくもまぁあんな動けるよなぁ。
遊具があると屋上遊園地の簡易版みたいな感じする。
別にその世代じゃないけど。
真ん中の広場を中心に回路をゆっくりと歩いていく。
弁財天とか銅像とかステージとか。
色々なものがあった。
ただ宇佐美が楽しそうってことしか分からんかったけど。
日陰にあるベンチに座り、宇佐美に話しかける。
「これからどうすんの?」
別館に神社に映画に喫茶店。
宇佐美が覚えてるかはともかく、とりあえず行くと約束した場所はこんだけあった思う。
予定ありすぎだろ…削るべきだろこれ。
宇佐美は掌をこちらに向けて上げ、
俺が話そうとするのを制止する。
「分かった分かった。私が遊んでばかりだから心配なんでしょ」
「当たらずとも遠からずって感じだな」
時間足りんのかこれ。
「実はね、一応考えてはいるんだよね」
「どんなのを考えてんだ?」
「普段の生活で使ってくれるような…まぁ文房具……が無難でしょ?」
「まぁそうなんじゃね」
今のところその彼氏のことなんも知らないけど。
宇佐美が言うなら多分そう部分的にそう。
「でもねー、ネットで調べるとあんま意味が良くないんだよね」
「え?贈り物に意味なんてあるの?」
初耳だわ。
花言葉みたいなもんかな。
「まぁでも頑張ってもいい立場なんだよねー」
……。
「……こういうのはスルーした方がいいかもだけど……頭が……そんな…」
文房具で意味って言ったら……。
「あ!違う違う!そういうのじゃないの」
そういうのじゃないのか。
「役に立てるようなー。使ってくれるようなー。ねぇそういうプレゼントってどんなのだと思う?」
「……とりあえず見てから考えような…」
暑くて暑くて……もう、ね。
こいつこんな暑いの得意だったっけ?
……結論から言うと、別館には宇佐美が求める物は置いてなかった。
紳士服、紳士靴とか財布とか名刺入れとか、ビジネスマンが使うような物が多かった。
その間試しに商品を手に取ったりしてみたけど宇佐美にめっちゃ笑われた。
まぁ分かってたことだ…皆まで言うな……。
さすがに高校生には似合わないという判断で、やむ無く本館に戻り現在五階。
やっぱどれも値が張るなぁ。
だから特別感があるんだけど。
それにここで買えば被る心配もないしな。
彼氏が既に持ってる可能性も低そうだし。
「やっぱシャーペンかなぁ。たまに傷ついてるやつ使ってるし、これを機に新しいのにってのも」
「そういう目に見える欠点がある物使ってるってことは長く使った愛着とか、理由とかあるかもしんないだろ。まぁ考えすぎかもしんないけど」
「あーたしかにその可能性普通にある。結構物大事にするタイプだし」
宇佐美と話しながら、だんだんと彼氏の雰囲気とか輪郭とかが分かってくる。
まだ名前さえ知らないけど。
あえてな。あえて聞いてない。
なんかあっちが話すまでそういうの聞いちゃダメじゃね?
って勝手に思ってる。
まぁ悪いやつではなさそうだ。
「そいつって塾行ってるのか」
「うん。行ってるよ。たまに高校から直接行くこともあるみたいでその塾の教材とか持ってきてたりとかするし」
宇佐美は数学……英語……あと物理もあったかな。
と指を折りながら数えて自分で確認している。
「それなら…こんなのはどうだ?」
商品を手に持ち、宇佐美に見せる。
「筆箱?」
「二つあると結構便利だぞ。もし既に持ってても家用とかにでもしてもらえればいいんじゃねーか?流石に三つは持ってないだろ多分」
姉の知恵だけどなこれは。
あと俺の知恵を足すとしたら……
「…筆箱なら遠くから見ても結構分かるしな」
誰だって、使ってくれてるの見れたら嬉しいだろ?
「…私に対しての気遣いはいいっての」
筆箱を俺から取り上げ、じっと見つめる。
「……まぁでも、悪くないかも」
「そっか」
悪くないいただきました。
「頑張って、学校で使ってくれるように頼んでみよっかな」
そう呟く宇佐美はとても素敵な笑みを浮かべていた。
「悪くないんじゃね」
「悪くないね」
二人で通じ合ったことを喜び、互いの顔を見て笑う。
これでプレゼントは決定ってことか。
店を出て、来た時と同じように靖国通りに戻る。
「神社は……反対側か。正門から入りたいとかある?」
「そうだねぇ。せっかくだし」
「まぁ、とりあえず横断歩道渡るか」
車の通りが信号によって止まり、それを縦に横切る。
左折する車の隣を歩く時、中の運転手が欠伸をしていた。
眠かったら無理せず休むの大事。
視線を戻したら宇佐美がこっちを見ている。
「……さっきは道路側歩いてたくせに…」
「……?」
宇佐美が何か言ってるけど意味が分からなかった。
道路側歩いてたのは……まぁ俺だよな。
道路を渡り終えて、同じ方向に歩いていく。
ここは明治通りって言うらしい。
花園神社と書かれている看板の隣を歩き、そのまま進み鳥居を目の前に見据える。
周りの人は日頃から来ているみたいにずんずん歩を運ぶ。
あとは外国人のちょっとしたグループとかそんな感じ。
参道は真ん中歩いちゃダメって言いたいすごく言いたい。
目を合わせ先を促しあう。
無言だったが、分かった、分かり合えた。
二人でただ社に向かう。
白い石が規則的に敷かれて並んでいる道。
振り返れば鳥居の中ですれ違う車。
周りは木で囲まれ隙間から陽光が漏れている。
「おおー。ここ鳥居いっぱいある」
「いっぱいあるな」
「なんか神秘的。ねぇ通ってみたい!」
宇佐美は言いながら屈んで通っていく。
そしてしばらくして、
「通ってみたらあっけないね」
「えぇ……」
ケロッとした顔で言ってるよこの子。
かわいそうな神社……。
まあこの神社は本命じゃないけど。
…そもそも神社に来ることが本命から外れてる気もする。
考えないようにしよそうしよ。
「あ、水飲むところ」
「……あぁ手水舎か」
一瞬なんのことか分からんかった。
なんだよ水飲むところって……。
柄杓を手に取り、合の底を見たり、裏返したりしながら
「ねぇ、こういうのってたしか作法があるんだよね?」
と、宇佐美は聞いてきた。
「まぁ、あるな」
そのまま柄杓を両手に持ち、宇佐美はじっとしている。
教えろってことか。
宇佐美に倣い、柄杓に手を伸ばす。
「じゃあまずは右手に柄杓を持って……」
………そういえば俺も昔は成華に……。
小さな手に、上から手が添えられていた。
暖かく、優しい温もりを感じる。
「……それから一杯水を組む。次はその水で左手を、持ち替えて右手を清める」
後ろから声がする。
振り向いたら目が合った。
「ほら、集中して集中。また右手に持ち替えて、左手で水を受ける。口をすすぐ為にね」
言われた通り溢さないように左手の水を口に運ぶ。
「最後に柄杓を立てて持っていた部分も清めるの。簡単でしょ?」
柄杓を元の場所に戻し、頷く。
「………最後に柄杓を立てて持っていた部分を清める。簡単だろ?」
成華の言葉を模倣して手水の作法を教える。
やっぱり覚えてるもんだなぁこういうことまで俺の頭。
「なるほど。完全に覚えた」
宇佐美はやけに真剣な顔つきで動作を確認していた。
『大凶…!…お…お姉ちゃんのと交換しよっか!?』
わざわざ一人称をお姉ちゃんにしてまで。
結局断ったっけ。
『何をお願いした?…私はね、合格祈願だよ』
胸の前に左手を持ってきて、右手は手首を掴んでいる。
ぎゅっと、大事そうに。
『ほら、はぐれないように。一緒に帰ろ?』
別に、混んでないし。
満員御礼の神社でもない。
でも、やっぱり当時の俺は幼くて、その手を……。
………。
「じゃあ行こうか」
「うん。お祈りしてこうお祈り」
うん…お参りな……。
本殿の前に立つ。
財布を開き、賽銭を……。
……賽銭箱の前で財布を開くのってマナー違反だっけ。
それに…五円無かったし。
「雨芽!」
突然呼びかけられたことに驚き、そちらを向けばキーンという音が響き何かが飛んでくる。
慌てて掴むと、それは五円玉だった。
「どう?今のかっこよくなかった?」
「その一言が無ければな」
他人のお金を賽銭に使ったらダメだった気がする…。
細かいことは考えないようにして、
お金を投げ入れ、手を叩き、目を瞑る。
10秒ほど静かな時間が続き、ゆっくりと目を開く。
しまった何も考えてなかった……。
…まぁいいか。
「よし!」
そう宇佐美は元気よく声を出し、一人階段を降りていく。
やがて振り向き、はやくーと大きな声で呼んできた。
自由なやつ……まったく…。
今日振り回されてばっかだな俺。
神社から出る時は脇道のようなところを通ることにした。
そっちの方が帰り近いしマンネリ化しないからな。
通ってる途中、宇佐美は
「なんかこういう細い道いいね。選ばれしもの感があって」
って笑ってた。
いや選ばれしもの多すぎだろ前後に六人はいるぞ…。
大通りに戻り、映画館に向かう。
少しずつ陽は傾き始め、西日がキツくなってきた。
映画館の中に入れば流行りの作品の宣伝が大々的に行われていた。
スマホを開き、上映している作品を調べる。
流行っててもまだ見たことないからそれでもいいけどね。
「わぁ、広いねぇ」
「ん?ここ入ったことなかったのか?」
「うん。まぁ行けない訳じゃないんだけどね」
宇佐美も都会の高校だし、定期の範囲とか少し重なってるだろうからここの映画館使ったことあると思ってた。
「というか、なんで私たちが住んでるところって近くに映画館無いんだろう」
「あーそれなー。なんで無いんだろう」
絶対需要あんのになぁ主に俺に。
いや絶対に俺以外にもあるな。
繁盛する間違いない保証……はできないけど。
人少ないからだろうなぁ…。
やばいどんどん自信無くなってきた。
「まぁよく使うのは立川の辺りかな」
「そっちの方か。近いもんな」
映画館の中だと、だけど。
宇佐美もスマホを開き、公式サイトを見ている。
「ねぇ何見る?」
「せっかく見るんだし2人で楽しめるもんだな」
「となると……」
宇佐美は考えている。
任せた方がいいか。
「そうだ!この映画は?」
「うん。いいと思う」
背伸びもせず、等身大の、見栄を張ることもなく。
「…今から席取るんだよな。空いてんのかな」
「……見てみないことにはなんとも…」
「あ、これ。20分後の」
「あー。混んでるね」
「前結構空いてるみたいだけど?」
「前やだ。首痛くなる」
「じゃあ、ここだな」
ただ、隣に。