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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第八章 夏季休業編
48/106

46.変わってしまった

 本当……楽しそうだなぁこいつ。

 大丈夫これ?

 目的忘れてない?


 まぁ…合わせるか。

宇佐美(うさみ)……もうすぐ昼になるけどご飯どうする?」

「お?おぉ…もうそんな時間かー。じゃあ上行こ」

 ………やっぱフロアの内容頭に入ってるな?

 わざと本館選んで入ってるなやっぱり。

 とことん楽しむつもりなんですね……。


「エスカレーターは……あっちか」

「うん……あ」

「ん?」

 宇佐美を見ていると、また別の方向から声がした。

「あれ?風夏(ふうか)と……雨芽(うめ)?」

 俺の名前も呼ばれている。

 ということは……。


 まぁたしかに中学の時ここを選んだ俺が悪いんだけど。

 もっと考えるべきだったんだよな。

 いやその時考えられるほど体力があったのか微妙だけど。

 遊ぶってなったらここらへん来ちゃうんだよな。


 目の前に二人の女子。

 一人は髪を染め、明るい女の子って感じだ。

 もう一人は中学生の頃から比べ落ち着いた印象の……俺と宇佐美を見て不思議な顔をしている。

「ねぇ雨芽。私が誰か分かる?」

「雨芽相手は無理だって。やめた方がいいよ」

 あー、あれか。試してんのか。

 変わった自信があるから見破られないと。

斎藤(さいとう)か」

「えー!なんで分かるのさー!」

「そりゃ雨芽だもん…」

 名前は杏野(きょうの)

 そしてその隣にいる女子は高田(たかだ)みのりだ。

 中学の時、宇佐美とよく三人で一緒にいたのを覚えてる。

 小学校と、それから高校も同じだったっけ。


「お前のその自信に溢れた喋り方結構頭に残るんだよ。それに高校入ったら髪染めたいって話してたしこうなることは、なんか予想できた」

「つまんねー」

「つまんねー言うな」

 斎藤は不貞腐れてしまった。

 えぇこれ俺のせいなの。

「風夏ですらびっくりしたのになぁー」

「あれは一日ですごく変わったことに驚いただけだけどね…」

「えー!そうだったの!?」

 うるさい。うるさい。

 声でかい。目立つ。


 変わんねーなー。

 だから誰か分かるんだけど。


 高田は不思議な顔をして話を遮る。

「……ちょっとそんなことよりさぁ」

 そんなこと。

 おい見ろ斎藤が悲しい顔してるぞ。

「雨芽は…風夏と?」

 だよなー。

 聞くよね普通。

「あぁ違うよ。私の彼氏の誕プレ選ぶの手伝ってもらってるだけ」

「だ、だよねー。彼氏いるよね。うんうん」

「わ、私も不思議に思ったし!」

 ん…ほんと?

 自分が誰かってのを一番に聞いてきたのに?


「だって私たちの前で………ねぇ?」

「まぁたしかにそうだけど」

 斎藤と高田はお互いに目を合わせている。


「あ、そうそう。ねぇ知ってる風夏?今朝体育館のゴール落ちたらしいよ?」

「え、ほんと?」

「ほんとほんと!こんな嘘つかないってー」

「見てこの写真!ほら雨芽も。すっごいよー」

 二人で捲し立てて、身振り手振りも合わせて考えると、相当やばいことが起こったらしい。

 斎藤が手に持っているスマホにはインスタのアプリが起動されていて、覗き込むとバスケットボールのゴールが落ちているのが見える。

 体育館の床も傷ついているようだ。

 ……めっちゃ笑顔やん…写真に写ってる人。

『ゴール落ちてきて笑うww』

 とか書いてある。

 なにわろてんねん。


「怪我人はいないみたいだな」

「え、なんで分かるの!?」

「いやこれで怪我人いたら写ってる人サイコパスすぎだろ……」

 この人の人格を疑わざるを得ない。

「修理、というか床の張り替えも合わせて結構かかるんだって。10月……11月前くらいって言ってた」

「え、じゃあ朝礼無くなるじゃん!あの校長の無駄で長い話聞かなくて済む!」

「いや放送になるらしい」

「は?」

 斎藤から感情が消えた。


「ごめん。私ちょっと手を洗いに」

 言いながら宇佐美は小走りで去って行く。

 それを見送る俺たち三人。

 え?………俺どうしたらいいのかしら。


 でたよ友達の友達。

 めっちゃ気を遣っちゃって喋らなくなっちゃうじゃん…。

 と思ったが、

「今日ほんとは三人で遊ぶ予定だったんだよねー」

 久しぶりに会って話す話題には困らなそう。

 というか中学の時も機会があったらこいつらと話してたし、しばらくは大丈夫そうだな。


「三人って、宇佐美とお前ら二人か」

 まぁ聞かなくても分かることだけど一応ね。

「そうそう……あ、いや適当に相槌打っちゃったけど正確には約束できてないでしょ」

 ペシっと斎藤を高田が叩く。

 行けたら行くとでも言ったのだろうか。

 高田に叩かれたところをさすりながら

「まさか雨芽と一緒にいるとはねー」

 斎藤はどこか感慨深い声を出す。

「私たちとの予定を蹴って雨芽かー」

 違うこいつ俺に嫌味言いたいだけだ。


「まぁでも私たちは文句言えないよね」

「…なんで?」

 理由が思い浮かばず、素直に問う。

「……たまにだよ?ほんとにたまにね?……友達が京両高校に通ってるってマウント取ってる…」

「お前ら………」

 うちの高校は都内でもかなりの上位校。

 偏差値という数値だけを見ればこの前行った環航高校より高いからな。

 いや行ったのは小学校か。

 それをこいつらときたら……。

 いやでもたしかにちょっとした自慢話になるのか。

「まぁ……ほどほどにしろよな…」

「あい……」

「…すみません」

 申し訳なさそうに頭を下げる二人。


 気を取り直すように斎藤は話をまた始める。

「でもさー。なんで京両高校にしたの?」

「あ、それ私も気になる」

 高田も同じことを聞きたいようだ。


 ……なんで…か。

 そうだよな。

 合格するために塾にも行ったし。

 模試の判定とかも結構気にしたっけ。

 中学三年は俺の人生では珍しく神経を使う期間だった。

 もちろん、あの年は受験だけじゃない。

 いろいろあった。

 忘れたくても忘れられないことが、たくさん。


 理由は……多分。

「姉がそこ通ってたからな」

 一人になるため。

「なんとなくって感じが強い」

 俺はそこでならきっと弟を名乗れるから。

「特に深い理由は……ないな」

 隼真(はやま)美穂(みほ)にもそう言った。

 三年の時話したのってあいつらだけだったっけ。

 今目の前にいる二人に話したのと同じような、

 本音を隠した建前だったけど。


 また、理由をもらってる。


「やっぱ頭いいんだねー。なんとなくで行けるようなとこじゃないって」

「てっきり雨芽って美穂ちゃんとか野谷(のや)とかいる東道高校に通うのかと思ってたよ」

 俺も想像した。

 二人と同じ高校に行って、喋って、遊んで、笑って…。

 …毎日を一緒に……。

 ……一緒だったから、か。

 だから幼なじみって…そう言うんだろうな。


「…今日のことも深い意味なんてないだろ。先に約束したのが俺とか、そんな感じだろ多分」

 逸れた話を戻す。

 これ以上話を続けるとボロが出そうだ。

 だいぶ脱線したな。

「まぁそうだろうね。宇佐美の性格的に。多分会ったのも偶然」

 まぁ回避できたかもしれない偶然だが。

 遊ぶってなったら俺の知ってるやつ大体ここ来そうだし。


「性格ー……。性格か…」

「なんか言いたげだな」

 高田は斎藤と俺を交互に見て顔を俯ける。

 やがてパッと顔を上げ明るい表情に変わる。

「いやまぁ時効か。大丈夫だよね。せっかく会ったんだし。あとお詫び。杏野にはついでって事で」

「私がついで扱いとは納得いかんなー」

 悪戯っぽい顔をして、高田は続ける。

「ね、雨芽。風夏って実は小学校の頃あんなキャラじゃなかったんだよ?」

「え?そうなの?」

 俺が反応するよりも早く斎藤が声を出す。

「そういえば斎藤って転校生だったんだっけか」

「うん。四年生の時にね」

 高田の言いたいことが分かってきた。

 今このタイミングで俺たちが知らない宇佐美の話をして盛り上がろうと思っているのだろう。

「あー……どうだったっけなー…。中学の頃の方が印象強いからどんな感じだったかたしかに忘れちゃってる」

 なんせ入学してすぐにあの強面の上でかい福田(ふくだ)を嗜めた奴だからな。

 そんじょそこらの印象なんて吹き飛びそう。

 特に、あの福田と同じ小学校に通っていればなおさら…。


 ……?

 そう…だよな。

 福田と同じ小学校に通っていればなおさら……。


「たしかに今のキャラもしっくりくるけど、本当は物静かな娘だったんだよ。風夏って」

 じっ、と俺を見つめる。

「まぁ俺中学の頃のふ……宇佐美しか知らんし」

 焦って釣られちゃったよ。

 返答を急いでとんでもないことを口走りそうになった。

 言い切らなかっただけまだマシ。


 にやー、と笑ってやれやれといった風にため息をつく。

 なんだよ。

「じゃあ私たち行くから」

「待たなくて良いのか?」

「うん。また改めて遊ぼうって伝えといて」

「そうか……どこ見てんだ?」

 なんか全然違う方向見てる気がするんですけど。

 正確には俺の後ろらへん。

 なんかあんのか?

「あ、いーのいーの!別になんでもない!ほら行くよ」

 えー。と不満そうな斎藤を引っ張り、高田は歩いて行く。

「宇佐美と、仲良くな」

 後ろ向きに斎藤は俺に手を振っていた。

 あいつら仲良いな。

 息が合ってる感じする。

 いつもならあの輪に、宇佐美もいるんだろう。


 俺が手を振り終えた後、斎藤は更に大きく手を振った。

 周りの目とかお構いなしか。


 こうやって三人が仲が良い姿を見れたのは安心する。

 中学の時と同じか、それ以上に仲良くなってる。

 友達がいて、彼氏がいて、一人じゃない。

 だから安心する。


 そしてあまり時間も経たないうちに宇佐美は帰ってきた。

 その手に二本ペットボトルを持って。

「はいレモンティー。私の奢り」

「お、サンキューな」

 買う前なら止められたけど、買った後だと受け取るしかないよね。

 ……二本か。


「かんぱーい!」

「ペットボトルでやるか?」

 宇佐美が声をかけ、ミルクティーを突き出す。

 さすがにスルーは可哀想なのでそれに合わせる。

 フタを開けると、カチッという乾いた音がした。

 細いリングだけがペットボトルに残る。


 一口含んでから喉を潤す。

 おいしい。

 あまり冷たくなくて飲みやすい。

 いきなり冷たいの飲むとお腹痛くなるよね。

 ……なんで冷たくないの?


 それはさておき、

「ミルクティー、好きだよな」

 横で俺と同じようにミルクティーを飲む宇佐美に言う。

「そういう雨芽はレモンティー好きじゃん。私には甘すぎて合わなかったよ」

「ミルクティーも甘くね?」

 甘さのベクトルが違うけど。

「あ……言っとくけど食わず…いや飲まず嫌いじゃないからね」

「んな注釈しなくても誰も責めねーよ」

 誰の何を気にしてんだこいつ。


 ……まだ予想だけど、話してみるか。

「……戻ってくる前隠れて見てたよな」

「え…え!?なんで!?言ってないって言ってたのに!」

 やっぱり。

「あ…あぁ…まぁその。なんだ。鎌を掛けてみた」

「な……えぇ…はぁ…」

 一言一言、宇佐美の表情が変わっていく。

 びっくりして、そわそわして、最後はため息。

「なんで分かったの。死角だから見えないと思うんだけど……」

 ペットボトルのフタを閉めながら少し膨れて宇佐美は聞いてくる。

 死角とか言うなよこえーな。


 まぁ一番はあれだな。

「二本しか買ってきてないの。お前らしくないだろ」

 たしかにあの二人は途中参加だし、ここにきた目的も違うから理屈では理解できるが。

 目の前で奢る奢らないという差は、与える方も与えられる方も普通は気分が悪い。

 宇佐美があの二人が帰ったことを承知の上でこのペットボトルを買ったのなら、それなら買ってきたのが二本だけというのも納得できる。

「帰ったのをLINEで聞いて二本でいいかって思った線もあったけど、それにしては少しぬるいんだよな。多分買ってから少し時間経ってる」

 多分な。

 おそらくな。

「あと斎藤が、なんか俺以外のやつにも手を振ってるように感じてさ。あれ宇佐美か?」

 思い出したようにポンと手を打ち、

「あぁあれね。やっぱり私だったのかな」

「そうじゃねーの?」

 高田が見てた方向と同じだったしな。

「あとで謝っとかなきゃなぁ……」

「そんな気にするもんでもないだろ」

 勘違いかもしれないからな。

「謝っておくに越したことはないでしょ?」

「まぁ…たしかに」


 そこにいるのはいつも通りの宇佐美で。

「やっぱり雨芽だなぁ」

「え?」

「なんでも分かっちゃうのがほんとに雨芽っぽい」

「いや俺がその雨芽なんだけど」

 なんだよ急に。


 本当…気遣いというか、親切というか、そういう優しさを持ってて。

「変わんねーな」

 いつだって人の輪の中心にいた。

「変わんないね」

 宇佐美は、そんな奴だった。

 そしてそれは今も、多分これからも。

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