45.最初で最後
LINEで情報をもらい、その場所に向かう。
電車に乗っての待ち合わせだ。
最寄りから一緒に来れば良いのに、と以前も思ったが、またここで待つと、そう言われたら止められない。
新宿駅の中で一番不便と言われているそこから降り、もちろん南口から改札を出る。
スタバの下の階段を降り、並ぶ切符売り場の機械の隣を、長い通路を歩く。
そこからさらに階段を降りて花屋の隣を通る。
外に出れば夏の日差しが身体を焼く。
巨大なモニターが流行りのアーティストを曲と共に紹介している。
目線を下にずらせば行き交う人々の中、昼は当然点かない街灯に寄りかかっている人がいた。
暑いって、当然思っているはずなのに。
場所を変えることもできただろう。
「宇佐美。ごめん待たせた」
本当に待たせた。
暑い中。
まだ冬の寒さが抜けきらない中。
「そうだね。一年とー……半年はいかないか」
にっこりと笑って痛いところを突く。
やっぱ怒ってるんだよな……。
「本当に悪いって思ってる」
「はいはい。じゃあ行こう」
宇佐美は二、三歩進み、振り返る。
気持ちは態度と行動で示さないとな。
宇佐美の横に立ち、それからまた歩き始める。
あの日の続きか。
それとも答えを知る為か。
「カフェでも行く?コーヒーだって」
「まぁ帰りにな」
こんな感じだったのかな。
隣を歩くって。
横断歩道を渡り、車の多さに目を取られる。
「あ、映画もいいねー」
「全部終わったらな」
のんびりと道を歩きながら、高い建物に目を向ける。
車多いし、やっぱ都会だなー……。
じゃない今日どこ行くんだろう。
「近くに神社あるみたいだよ。行かない?」
「ねぇ今日物買いに来たんだよね?」
さすがに目移りしすぎじゃないですかこの子……。
……なんかがっかりしてるし…。
「…はぁ……後でな」
「うん」
……となると結構時間気にしなきゃだな…。
靖国通りから外れ、これまた大きな建物の前に立つ。
「ここ本館じゃない?」
「そうだね」
言いながら宇佐美は中に入っていく。
……たしか俺の記憶だと…メンズは別館……。
「ほら早く」
宇佐美は振り向き急かす。
…まぁいいか。
成華に色々言われてるからな。
こういう時は細かくは聞かない……と。
階を変えて、宇佐美はとても楽しそうに動き回る。
「これおしゃれー」
財布だったり。
「これ良い色」
化粧品だったり。
「これ可愛い!」
服だったり。
「ねぇどっちが似合うと思う?」
あ、定番の質問。
どっちも似合うよ、が一番無難な答えだった気がする。
だけど俺の記憶だと…あとたしか成華は…。
「そっちかな」
すっ、と指差す。
明るい色の服だ。
「ま…迷わず選んだね。あまり時間かけないで…」
宇佐美は少しびっくりしている。
「今日手に取ったの明るい暖色系の色が多かったからな。中学の時もそういう色のハンカチとか、まぁ小物とか持ってたし……そんな理由かな」
好み、趣向とかは変わってないみたいだ
「あと今日来てる服とかも」
まじまじと宇佐美は手に持っている服を見る。
「……たしかにそうかも」
え無意識だったの?
えじゃあいつからの好み?
「正直どっちが似合うかって聞かれだけど、どっちも似合う。なら宇佐美の気分を優先した方が良いだろ」
「……着てみようかな」
もうスケジュールぐっちゃぐちゃだな…。
成華……この特技返却したいんですけど…。
「ちょっと試着してくる。着たの見てね」
片方の手に持っていた服を元の位置に掛けて、宇佐美は俺の手をとって試着室に移動する。
「雨芽はそのままそこにいてね」
「あぁ」
最初で最後を、何度も繰り返す。
一つ一つ、こなしていくたびに終わりが近づく。
時間が過ぎて、今日の約束もきっと過去になる。
全部覚えてる。
過去は捨てられない。
いや、捨てたくないんだ。
法律でもない。
裁かれるわけでもない。
これは自分が自分に課した罪だ。
そのままにしている。
いつまでも変われない。
「じゃーん!」
バシャッとカーテンが開かれ、宇佐美が笑顔でさっきの服を着ている。
「どう?どんな感じ?」
「あぁ。似合ってるよ」
「よーし、じゃあ買ってこよ」
え、お金足りるの?
そんな考えを汲み取ってか宇佐美は答える。
「大丈夫。多めに持ってきたから」
「そ、そう」
まぁ足りなかったら貸せばいいか。
「今お金貸そうかなって思ったでしょ」
「いやまさかそんなハハハ」
なんだエスパーか?
試着している服を鏡で見ながら宇佐美は話す。
「知ってるよー。中学のサッカー部でご飯食べに行った時に本間にお金貸したことー」
本間か。
そういえばあったなそんなこと。
あいつも宇佐美とか福田と同じ小学校だっけ。
「まぁ返してくれるって分かってたからな。さすがに無責任なやつには貸さないよ」
「私と次いつ会うかわかんないのに?」
「う……それは…あれだ。借りがあるからな」
「お金じゃないでしょ?」
「まぁ、そうだな」
金じゃなく時間とか…まぁそっち方面だ。
カーテンを持ち、こちらに目を向ける。
どうやら元の服に着替え直すようだ。
「今日一日付き合ったらチャラね」
そう言って横に手を動かし、姿が見えなくなる。
チャラになったら楽なんだけどなぁ…。
そういうことを言うと理由を作ってるみたいだ。
そんな風に聞こえる。
特に俺と宇佐美の場合は。
宇佐美の服の会計も終わり、また店の中をフラフラと歩く。
その時間も変わらず宇佐美は気になった物に近づき、感嘆の声を上げる。
「服持つよ」
宇佐美に向かって手を広げる。
なんだか煩わしそうに見えたからな。
宇佐美は袋を言われた通り、静かに渡す。
「……そういうところ」
そんな一言をつけて。
袋を受け取り、手が触れ合う。
まるで落ちた消しゴムを、拾って渡したように。
隣だったから、か。
「言ってろ」
染み付いてんだから仕方ないだろ。
「いやぁ、良い友達だなぁ」
「お前には負けるよ」
「おぉ、なんか今の返しすっと出てきてすごいね。いや本当にね?」
いやだって、いつも中心にいたのお前じゃん。
まぁこういう時は否定しない方がいいだろう。
理由……理由かぁ……。
「まぁ、姉がいると、な」
女性がされると嬉しいこととか、頼んでもないのにめっちゃ教えてくるからな。
この前もそうだし。
あとあれ、女性は怒らせると怖い。
という感情が芽生える。
まぁ、怖いというより逆らっちゃいけない。
みたいな……勝手に思ってるだけだけど。
俺の幼少期が終わり小学生になってからは更に拍車がかかって優しくなった。
勉強とか、親がいない時のご飯とか…まじ尊敬っす。
自由になった手をゆっくり顎に当て、
「そっか…姉譲りってやつ?」
「そんなもん」
まぁあんな優しくされたらちょっとは付着してるだろ。
…付着する優しさってなんやねん。
こう考えるとまじで高校だと成華の話しねぇな。
中学校だと…まぁ5年で転勤を考えなきゃだからなぁ。
高校の先生はそれより長いから知ってると思うけど。
相葉先生のあの感じ……やっぱ避けられてんのかな。
『僕も、他の先生も、一応、止めはしたんだよ。1年生の時遠ざけたら諦めると思ったし、約束もしたんだけど、彼女の想いはそれ以上でね』
彼女の想い……か。
…先生……先生?
そういえば夏期講習の時先生で考えたけど、先生じゃなかったら高校に入って成華の話はたしか…。
……そういえば図書室の司書さんとは成華の話したな。
多分学校のあれこれとは違うところにいるからだけど。
星予さん元気かなぁ。
だいぶご高齢だったし、二年生なってから図書室行ってないし……。
まぁ、あの図書委員いるし大丈夫だとは思うけど。
……今は、高校の話はいいか。
「時間大丈夫なのか?」
今目の前にいる宇佐美に、集中しないとな。
「余裕余裕。大丈夫だって平気平気ー」
……不安だ…。