44.恐れてしまう
まったく…成華の奴……。
女性がされて嬉しいこととか別に興味ないから…。
買い物中そればっかだったよまじで。
ぜひ役立ててね!……って言われてもな。
いっつもこれだから身体に染みついてきたよ…。
職場の人に迷惑かけてないかな…。
この人誰に対してもお姉ちゃんしそうだよ……。
勘違いしてても責任取れないからな…心配だぜ。
本棚と晩ご飯の材料をそれぞれ買い、帰路についた。
空は西側が少しだけ赤くなっている。
「じゃあ始めよう!」
作り方の紙を床に広げて材料を並べる。
釘は危ないので机の上に置いた。
安全第一。
工具は前に来た時に親が置いて行ったらしく、
それを使って物を組み立てていく。
少し作業が進んだところで、
「これ以上二人同時にできる作業はないし、ご飯作るね!」
「え?別に良いよ、大変だろ?」
「まぁまぁ、食べていってよ!家で一人で食べるの結構寂しいんだよ」
食材、一人分にしては買う量多いなと思ってたけど、そういうことだったのか。
「……分かったよ」
「よし、じゃあ頑張ってね!」
「はいよー」
台所、と呼んで良いのか……部屋から繋がっている少し広めの廊下みたいな場所で、成華は野菜を切っている。
何を作るんだろう?
トン、トン、トン。
なんか図工みたい。
ちょっと楽しくなってきちゃったな。
そういえば小学校の時、こんな感じの作業で写真立てを作ったっけ。
まぁ作った後の記憶の方が印象的だけど…。
写真立てが出来上がった後、中に入れる写真が欲しいと美穂が泣き始めて、隼真と一緒に頭抱えたっけ。
目の前で女の子に泣かれるとどうすれば良いか分かんなくなるよね。
それでいつもの小さな公園で成華が学校から帰ってくるのを待って写真撮ってもらったよなー……。
今考えたら美穂って成華のこと本当の姉みたいに思ってて大好きだったし、ただ会いたかっただけって説が……。
変な事思い出しちゃったな。
作業に集中や!
それから30分くらい掛けて、本棚を完成させた。
まぁ多分上出来だと思う。
「できたー」
「こっちもできたー!」
振り向くと食器を持った成華が立っている。
座っているから下から見ると何を作ったか分からない。
朝に座った席に座り、机に皿を置く。
「シチュー」
「うん!シチューは良いよ!」
夏にシチュー……。
「野菜も適当に刻んでも柔らかくなって食べやすいし、バランスよく取れるし、まずくなることなんてないからね!」
まぁ自分達季節感とかないからな…。
そこら辺曖昧に育ってきてるからな…。
「ご飯にかけていい?」
「戦争を起こす気か」
何言ってんだカレーもシチューみたいなもんだろ。
という言葉はギリギリ飲み込んだ。
家で一人の時にこれはやろう。
正直すごく美味しそう……。
料理の腕上げたんじゃないか?
これまでも親が帰ってくるのが遅くなったら作ってくれることはあったけどそれの何倍も美味しそう。
匂いで食力ってこんな増すんだ…。
自炊してんのかな。
一人暮らしで自炊ってかなりモチベ必要だと思うんだけど……。
………男か…?
結婚式には呼んでね!
では、
「いただきます」
「いただきます」
スプーンを手に取り、白く、とろみのある液体に沈めていく。
小さく角ばった人参を掬い、口に運ぶ。
「おいしい」
「でしょ」
満足気に成華は微笑み、自分もシチューを食べ始める。
「ね、最近高校どうなの?」
すっごいな俺の姉。
ど直球ストレートだ。
実の親でさえそんな大胆に聞かねーぞ……。
まぁそこら辺の遠慮が要らないのが姉弟の良いところでもあるんだけども。
「別に。特に話す事ないけど」
「えー。つまんなーい」
「そう言われましても……」
家ではテンション低いタイプなので俺はこういう家族相手に喋る時間は苦手なのだ。
今の高校生活の俺と家での俺はそんな差はない。
家族で遊びに行く、みたいなことになっても予定を立てたり率先して歩いて行ったりするのはいつも成華だったし、後をついてくだけだったからな。
楽だったから良いけどね。
成華は話題を捻り出すように深く考え込む。
「じゃああれ、えーっと、ほら前に電話で話した姉妹はどうなったの?」
櫛芭姉妹のことか。
あ、そういえば聞くだけ聞いてその後どうなったのかは話してなかったな。
「もう大丈夫だと思う。元々お互いのこと大好きだし」
おしどり夫婦って呼んでも差し支えない感じ。
姉妹だけど。
だってめっちゃ仲良いもんなあれ。
「そうかー……。今も笠真はその子たちと話してるの?」
「うん。まぁ」
「ほほーう」
なんだこいつうぜー…。
「話変わるんだけどさ、文化祭何するの?」
「まだ決まってないよ」
成華は今年、菊瀬先生に誘われてるからな。
ついでに色々と見て回るつもりだろうか。
「決めるのは夏休み明けてから。そこから一ヶ月弱で文化祭だからなぁ。…クラスの一部はもう話してんのかもしれないけど」
陽悟とかそこら辺の人。
「体育祭も合唱祭も終わったでしょ?で、文化祭でその次は高校で最初で最後の修学旅行かー。良いねー高校生」
良くないよ。
「あのな……行事が終わるたびに進路のこと話すからまじで参るよ?……行事が終わったり、テストが終わったりして、区切りが良くなったらいつも話し始めるんだよ。もう何回同じ話した?って」
「まぁそれも高校生だから……」
有効な対策は教えてくれなかった。
諦めて聞き流すしかないですねこれ。
ゆったりとした姿勢に変わる。
どうやらまだまだ沢山話すみたいだ。
「進路かー。大学行くでしょ?どういう所にするの?お母さんに話さないとダメだよ?」
当然のように省かれるお父さんかわいそう。
「どういうことを学ぶか分かんなかったらその学科の卒論読みな。4年間の最後に書くやつだしすごく参考になるよ」
はえー、そういう検討の仕方もあるのか…。
学校じゃ教えてくれないぞそんなこと。
「あ」
「ん?」
「…あとお父さんにも話しなよ?」
これなら忘れられてる方が良かったって絶対……。
「もう高校生活もあと半分ってところだから、しっかり楽しみなよ!」
「はいはい」
成華はさっきと打って変わって羨ましそうな顔をする。
俺の姉って表情豊かだなー。
こういう人がやっぱりモテるんだろうな。
「良いなー、私もまた行きたいもん修学旅行。行き先変わってないなら京都だよね?」
「多分そう。何も言われてないし。どんな風になるか想像できないけど」
修学旅行こそ行けば分かる、の代表例だからな。
中学では広島と大阪に行ったんだよな確か。
行き先被んなくて良かったー。
まぁ飽きることなんて無いと思うけど。
「そういえばまだ相葉先生っている?」
「うん。いるけど」
「おーまだいるんだ!定年とか大丈夫なのかな?」
「さぁ……。高校だと定年過ぎても非常勤でいれるとは聞いたことあるけど」
担任は持ってなかったと思うしその可能性は十分ある。
たしか…英語表現を教えている吉村先生とかがそれと同じような理由で非常勤講師だった気がする。
ちなみにD組の英語は希西先生のコミュニケーション英語と合わせて、吉村先生の二人体制で教えられている。
余談だけど高校に入って英語科目が二つになったの戸惑わなかった?
結構違和感あったんだけど……俺だけかな…?
高校生あるあるだと信じたい。
というか今、ちなみにで始めて更に余談に行ったな…。
話変えすぎだろ。
なにその回想の中で回想やるみたいな。
「じゃあきっとまだ修学旅行で謎解きあるんだろうなー」
「おー?」
なにそれ。
楽しげに手を広げて高らかに話す。
「相葉先生自信作の京都謎解き!……楽しい…かは個人差があります」
最後の言葉で期待できなくなっちゃったぞ。
がっかりした様子を見抜いてか、
「まぁまぁ。暇だったら解いてあげてね」
「暇だったらかー」
多分どうせ暇だな。
どうせぼっちだし。
「まぁ解いてるのって相葉先生と仲が良い子だけだけどね…」
「仲が良い子?」
「難関の子」
あぁそういう。
成華はここだけの話と言った風に少し秘密っぽく声を小さく身を乗り出してくる。
「実はあれね。ノーヒントで解けるんだよ!」
あれって言われても分からないんだよなぁ…。
まぁ忘れるまで覚えとくよ。
「ごちそうさまでした」
「はい!ごちそうさまでした!」
美味しいシチューを食べ終えてお腹も膨れたことだし、
「じゃあ、そろそろ帰るわ」
「そう?もう少し居てくれても良いのに」
「まぁ、ちょうど良い時間じゃね?」
部屋の時計は七時を俺に知らせている。
今日はほぼ一日こっちにいたな。
名残惜しそうな成華は玄関までついて来た。
靴を履き、扉を開く。
「じゃあまた呼ぶかもしれないからその時はよろしくね!」
「えぇ、まじか。……まぁ、いいけど」
その時にはまた同じシチューを頼むとしよう。
「お父さんとお母さんにもよろしく!」
ここで両親のバランスを取ったか。
お父さんには優しくしようね…。
キモいとかウザいとか言っちゃダメだよ!
「はいはい。じゃあな」
成華に背を向けて足を動かそうと…。
「今日はありがとね」
その瞬間、びくっと体が震えた。
反射だった。
意識して震えたわけじゃない。
大丈夫。
今は…今のは違う。
大丈夫だ。
「またねー!」
「…アパートなんだから静かにしろよ?」
「はーい!」
成華は俺に手を振り、満足した後扉を閉めた。
姿はもう見えない。
…大丈夫…違うから……大丈夫。
そう繰り返す。
何度も呟く。
手を握り、足を動かし、俺は駅に向かった。
空はもうすっかり暗くなっていた。
随分と前に壊れてしまったそれは、今も破片となって俺の心を刺し続けている。
この痛みを、きっと……後悔と呼ぶのだろう。