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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第七章 夏期講習編
42/106

40.止めることなく

 成り行きで進路調査の資料の整理を手伝うことに。

 次の機会があったらもう少し俺に都合の良いように成り行きくんには頑張ってもらいたい。


 視聴覚室。

 体育館よりは狭いけれど、ここも集会によく使われる。

 学校全体ではなく一つの学年だけなら、みたいな感じ。

 明日ここで難関コースの生徒と、普通科からも希望している生徒がここに話を聞きに来る。


相葉(あいば)先生ー。難関の子のための資料、人数分ここにまとめますね」

「はいー。あ、標準の生徒も話聞きたい人いるかもしれないからそんなはっきり分けなくても良いかもしれないねぇ」

 このご老人は難関コースを中心に担当している日本史の先生だ。

 生徒からの評判はかなり良く、人気の先生らしい。


 最近になってこの人のことは初めて知った。

 一応名前は見たことはある。

 難関に授業し終わった時、毎回人だかりができるから顔は自然と覚えていたけれど……。

「あ、たしかにそうですね。雨芽(うめ)、これ持ってあっちの机置いてくれ」

「はーい……」

 この仕事が下に回ってくる感じ……辛いなぁ…。


「えぇー!?な、なんで菊瀬(きくせ)せ……先生のことは手伝ってるんですかー!?」

 この人はなんでここにいるんだろうなぁ。

 …希西(けにし)先生は…ほんと……はぁ。

 菊瀬先生も俺と同じようにため息をつき、

「手伝ってくれるのは嬉しいが、君こそなんでここにいるんだ……。部活優先で良いという話だぞ?」

「部活……?……あ、あぁ!!忘れてたぁあ!」

 取り乱したようにアタフタし始める。

 この人部活のこと忘れて課題の確認しようとして、その上さらに準備の手伝いまでしようとしてたのか…。

「頼むぞほんとに……君が主顧問だからな。…君に任せたんだぞ」

「わ、分かってます!!任せてください!」

 手をぐっと構えふんと息を鼻から吐いている。

 菊瀬先生は若く感じることが多いけど、希西先生が一緒にいると一気に大人感が増すな。


 急いで希西先生が視聴覚室を出ていくのを横目に、指定された机に移動する。

 ここで良いんだよな…と紙の束をまとめて置く。

 背後では机に一枚一枚紙を女子がだるそうに置いている。

 その他にも生徒が数人、動き回っている。

 用事がある人しか残らないだろうし、おそらく俺以外はみんな生徒会だろう。

 前に生徒会室の前を通った時に、その部屋から出てきた人と同じ顔が見える。

 多くが時折スマホを手に時々煩わしそうな顔をしている。

 どうしたんだろう。


「副会長ー。会長が募金活動のことで相談したいことがあるって言ってますー」

 声がした方をチラリと見ると、一年生だと思われる男子がスマホを見ながらため息をこぼしながら話している。

 副会長と言われた女子は

「えっと……。今はこれを置いてかなきゃいけないからなぁ」

 二年生だな多分。

 一緒のクラスになったことはないか。

 朝の朝礼とかちゃんと起きてたら副会長ってすぐ分かったのかな。

 ごめんね名前もわからない副会長。

 あとついでにまだ見ぬ会長にも謝っておこう。

 多分どこかで見たことあるんだろうけど……。


 見たことはあっても所詮見たことがあるだけだからなぁ。

 経緯とか名前とか何にも分からんし……。

 今俺、当たり前のことを当たり前のように思ったな。


「なんか急ぎみたいです……」

 連絡を入れられた男子も少し困っているようだ。

「はぁ……そう。まぁどうせいつものことだし、少しくらい遅れても」

「スタンプ止まんないんです……」

 男子に言われて女子はスマホをポケットから取り出すと

 げっ……と小さく呻いた。

 さっきから生徒たちがスマホを見ていたのはこれか。

「これもいつものことか……。じゃあここお願いしても良い?」

「ごめんなさい俺先生に呼ばれてて…。伝えにきただけなんで…。ほんとすいません」

 言い終わると一年生の男子は、先生が集まっているところに小走りしていった。


「…10分前からスタンプ打ってる……」

 と、LINEの通知を見たからか女子は悲痛な表情だ。

 これもいつも通りなのかな。

 というかその会長はグループでスタ爆してたのか…。

 なかなかやってんな……。


 女子はキョロキョロと周りを見渡している。

 仕事を任せられる人を探しているんだろう。

 しかし、一人一人に仕事がしっかりとあるようで、なかなか暇な人を見つけられないみたいだ。

 おそらく会長の動きがイレギュラーすぎるのだろう。


 まぁ……気づいてしまった以上ほっとけないか。

「あの、それ。代わろうか?」

 初めて話すけど、まぁ許してほしい。

「え?良いんですか?……え」

 最初の方はすごく優しい声だったのに……。

 冷静になったのか警戒感マックスの、え、だったぞ最後。

 え、の一回目と二回目の差で死にたくなる。

「いや、その。困ってたみたいだったから」

 だめだこれ。

 もう何喋っても逆効果だな…。


 女子はコホン、と咳払いをして

「……君って扶助部の…」

 あぁそういう。

 とうとう生徒会にまで存在を認知されたか。

 俺のことを分かった上で、

「いや、でもこれ生徒会の仕事だし……」

 ………。

「え、いやそんなこと言ってる場合じゃないだろ」

 今も少し離れたところで生徒会の子たちはスマホを片手にうんざりしながら仕事をしている。

 ここまで来ると会長もすごい執念だな……。

 遺憾無く発揮される上司の器にこれ以上の待ち惚けは、あまり良い効果をもたらさないだろう。


 しばらく書類を手に謎の睨み合いをしていると、

「彼に任せても良いんじゃないかなー」

「あ…相葉先生……」

 俺の背後からひょこっと現れ、相葉先生は少し抜けた調子でそんなことを言う。

小瀬(おせ)さんも忙しいんだから、そう意地を張ってないで、ね?」

 諭すように相葉先生は言う。

「大丈夫。雨芽くんのことは僕も手伝うから」

 や、優しい……!

 こんな優しい人に、文句を言おうなんて信じられない!

 愚かすぎて忘れたくなるよな、忘れられないけど。

「は…はい。分かりました…」

 やむを得ないって感じだったな。

 そんなに嫌か……。


 紙を渡される。

 その時、

「ちょっとごめん」

「え?」

 気持ち程度の断りを入れて、拒否する間も無くずいっと顔を近づけてくる。

 無言のまま、バッチリ視線が合う。

 なんだにらめっこか?負けないぞ。


 ……。


「……なんだよ」

 まぁ結局にらめっこでもなんでもなく、ただ単に顔を近づけてきただけだけど……なんで?

 俺の問いには答えず、小瀬という女子は頭にクエスチョンマークが浮かんでいるような疑問に満ちた顔をする。

 こっちも疑問なんだけど……。

 何回か振り返りながら小瀬はこの視聴覚室を離れて行く。

 最後まで釈然としない態度だ。


「じゃあ、始めようかね」

「そっすね」

 相葉先生の言葉を合図に、小瀬の途中の所から紙を置いて行くのをスタートする。

 内容は、夏休みもあと半分程だから気を引き締めよう。

 みたいな、そんな感じ。

 多分そう部分的にそう。

 まぁ結局生徒次第なところあるからな。

 どれだけ先生から何か言われたって。


「雨芽くん」

「はい」

 相葉先生だ。

 何かあったんだろうか。

「菊瀬先生が、君に面倒をかけるね…」

 あぁそういう…扶助部のことか。

 やっぱあの人いろんな人に話してやがんな……。

「あぁ、いえ。別に全然」

 まぁ菊瀬先生のため、形程度には誤魔化しておこう。

「本当は、面倒を見る側の人間なのにねぇ。すまないねぇ」

 申し訳なさそうに相葉先生はそう言う。

 なんて言えば良いんだろうこれ…誤魔化し続けるのも…。

 同意すれば良いのか?

 それはそれで菊瀬先生の面目がなぁ。

 否定はどうだろう。

 面倒なのは……まぁ事実ですけども……。


 あ、そうじゃん。

「まぁ成華(せいか)がお世話になった人なんで」

 これなら理由として大丈夫だと思う。

 実際菊瀬先生と成華は一緒に課外活動に行った仲だし、この高校に来て菊瀬先生が初めて成華のことを口に出したんだから、まぁ多分そういうことだろう。

「雨芽さんか……あの子は…やっぱり君の」

「え、あ、はい。姉です」

 てっきり菊瀬先生から聞いているものだと思ったのだが。

 どうやら違ったらしい。


 名字が一緒だから説明を省いたとか、そんな感じかな。

 あの人一方的なところあるからな……。

「あ、いや知ってたよ。ただ本人の口から聞くとそうなんだなぁっていう感情になってね」

 紙をそれぞれの場所に配り終え、一息つく。

 横を見れば、相葉先生もちょうど終わったようだ。


 こちらに歩いて来て距離が縮まる。

 近くで見ると歳のわりに顔にシワが少ない、とかどうでもいいことに気づく。

「扶助部は彼女の、菊瀬先生のわがままだが、どうかこのまま続けてやってほしい」

 相葉先生は懇願にも近い形で少し切なそうに頼む。

「は…はぁ。まぁ何か理由でもできない限り、止めることは無いと思いますけど」

 どうしたんだろういきなり。


 何故か相葉先生は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「僕も…他の先生も…一応、止めはしたんだよ。一年生の時遠ざけたら諦めると思ったし、約束もしたんだけど、彼女の想いはそれ以上でね」

 一年生って言うと、菊瀬先生と俺ってまだ…会って…。

 あぁ、それって遠ざけられていたからなのか。

「どうすれば良かったのか。僕にも、彼女にも、誰にも、未だに分かっていない」

 彼女って菊瀬先生のことだよな。

 良かったのか…って……。

 仕事の割り振りくらいちゃんとできなきゃまずいですよ。

 なんて適当な話が浮かんでくる。

 多分今、相葉先生は何か違う話と結びつけている。

「でも……でも君なら………あぁだめだ。本当はこんなこと言っちゃだめなのに。だめだから止めたのに。菊瀬先生の言葉がうつっちゃったなぁ」

 やっぱなし、という風に頭をかいている。


「きっと僕も無意識のうちに、自分勝手に君に期待しているんだ……すまないね…」

 すまないって言われてもなんのこと…。

 大事な話なんだろうけど…。

「君のことを報告されるとね、思うところもあるんだよ。今日は誰々を助けた、とか、こんな問題を解決した、とかね」

 やっぱり菊瀬先生は活動報告を他の人にも言ってたのか。

 あの人のことだからそうだとは思っていたけど。

「嬉しそうで、楽しそうで………もしかしたらと思ってしまう」

 長く深く呼吸して、それから言い淀むような逡巡をしている。


「君も……優しいんだ、と」


 それを言い終えた相葉先生は更に苦々しげな顔になり、とても人を褒めているような顔ではなかった。

 ……そっか。

 まぁ……そうだよな。

「優しいなんて言わないで下さい」

 語気が強かった。

 過剰に反応してしまっている。

 でももう無かったことになんてできない。

 こんな真剣な声で自分を肯定されるとどうしても否定せざるを得ない。

「俺は、優しくなんてないんです」

 積み重ねたものが、過ぎ去った過去が、俺をそう責めたてる。


 周りの目なんて、評価なんて、もう信じられない。

 俺はこんなにも醜く、酷い人間だというのに。

 俺だけが、知っているんだ。

 いや、俺は誰にもそれを話せずにいる。

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