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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第七章 夏期講習編
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39.昔の光を

「君たちって、久米(くめ)櫛芭(くしは)のことですか?」

 そう聞き返す他なかった。

 俺を抜いた複数人。

 挙げるとしたらあの二人がちょうどいい。


 菊瀬(きくせ)先生は特に表情を変えず、言葉を続ける。

「そいつらもそうだが……君と、君の姉だよ」

 俺と……成華(せいか)が?


「……少し、昔の話をしようか」

 机に頬杖をつき、どこか遠くを見ている。


 だけどすぐこちらを向き、不安そうな声を出す。

「……さすがに長く立たせていると疲れるか」

「あ、いえ。別に……」

 正直ちょっと疲れていた。

 やっぱりこの人こういうところは気付くんだよな。


 菊瀬先生は周りを見渡し、コピー機の前にいる男性に声をかける。

「あ、増田(ますだ)先生ー。椅子借りて良いですか?」

 あの人は二年C組担任の、数学の先生だよな。

 D組の数学も担当しているから知ってる人だ。

 初見はヤクザの組長みたいな怖い人だけど話していくうちに良い人だと知っていくタイプの先生。

 ちなみに学年主任で古典の伊藤(いとう)先生は冗談抜きで怖い。

 普通に怖い。

「えー…別にいいですけど…。もう明日の準備始まってますからね。早く来てくださいよ?」

 紙をコピー機の上でトントンと整えながら答える。

「大丈夫だ。労働力が必要とあればこの子を連れて行く」

「え」

「…はぁ…そうか雨芽(うめ)くんね……まぁ急いでくださいよ」

「分かってますってー!急ぎます急ぎます!」

 増田先生の方が年上なのかな……。

 態度からもあちらの方が先生としての先輩と見える。


 じゃなくて。

「連れてくなんて聞いてないんですけど……」

 座っている菊瀬先生に小さな声で抗議する。

「大丈夫…!ここは私の顔を立てたと思ってくれ……!」

 今立てられたのはどう考えても俺の顔でしょ……。

 きっと増田先生にとって菊瀬先生は今、生徒の悩みを聞いている人にでも見えているんだろう。


 増田先生は職員室を出て行く。

 これからしばらくは、この椅子は誰も座らないだろう。

「はぁ……じゃあ座りますね」

 渋々、という思いを態度に込めながら腰をかける。

 俺が座るのを確認し、少し口を開くが、また閉じる。

 机の上に置いた活動メモを指でなぞっている。


 ………。


「……?…話さないんですか?」

 不意を突かれたように菊瀬先生は挙動不審になる。

「あ、あぁ。話す。…話すよ」

 そう言うと引き出しを開けて活動メモをしまい始めた。

 今まで書いたメモが束になって溜まっているのが見える。

 ちゃんと保管してあるんですね……。

「……さて。昔の話と言っても何を話したら良いものか。………うん。色々あるが、やっぱりあれだな」

 思案し、一つの出来事を話すらしい。

 まぁこの後準備あるし、時間ないんだっけ。

 ……その準備に俺は本当に必要なのでしょうか。


「成華がまだこの学校の生徒だった時、私がなんと夏休みの課外活動の担当になってな。まぁもちろん他にも担当した教師はいるんだが」


 課外活動……あぁ。

「ポスター見ましたよ。姉の、成華の名前が書いてありました」

 今年で六枚になるから成華が行ったのは……。

 高校三年の時か。

 忙しいだろうにすごいな。

「君も誘おうと思ったんだがタイミングが合わなかったし、今年は特に人数が多くてな」

「はぁ」

 もう募集が終わったらしいそれは、誘われて行っていたのかは微妙だが返事はしておく。


 背もたれに寄りかかり、菊瀬先生は腕を組む。

 昔を懐かしむようにして話している。

「いやぁ、もう当時は大変だった…」

 あ、これあれだ。

 大変だったけどみんなで頑張って乗り越えたっていう。

「全然人が集まらないんだもん!」

 そっちかぁ……。

 菊瀬先生の目力が強くなっていく。

「上の奴はこの高校の特色にしたいと無責任にプレッシャーをかけてきてな。まじ辛かった」

 はぁ…と長く息を吐き、目だけではなく手にも力がこもっていく。

 言い終えた後も菊瀬先生は周りの人に聞こえないように

「若いからってなんだよ…訳の分からん理由で押し通しやがって…」

 と小さく愚痴をこぼしている。

 これが社会に出るってことか……。


「……そのとき助けてくれたのが、君の姉だよ」

「え……?」

 出し抜けに言われた言葉は、寝耳に水どころの話ではなかった。

 改めて菊瀬先生を見てみると手にこもっていた力は抜けて柔らかく握られており、目は少し遠くなった過去を見ているような、そんな儚さを宿していた。

「……そんなことが…」

「知らなかったのか?」

 俺の反応に対して、菊瀬先生は少し驚きが混じった声を出す。

 考えたら成華の性格ならたしかにその行動はあり得る。

 びっくりはしたが否定する気持ちは湧かなかった。

 でも俺と成華って学校の話ほとんどしなかったしなぁ。

 知らないというか知ろうとしなかったっていうか。

 いや、どちらでもなく知らなくてもいいかって感じだな。


 やがて、うーん、と唸ってから

「まぁ成華はこういうことは聞かれでもしないと言わないか」

 と、一つの答えが出たようだった。

 たしかに成華は自慢をするような性格ではない気がする。

「成華はすごかったよ。困っている私を見て、知っている奴にも知らない奴にもみんなに声をかけて募集をかけた」

 まるで我が子を自慢するように、得意げに、少し勢いをつけて話している。

「最終的に20人も集まってな。その後の研究発表も大成功して、万々歳だった」

 廊下に貼られていたポスターを思い出しながら話を聞く。

「今ではこの課外活動を楽しみに高校に来てくれる人もいてな。今年の参加者なんて60人弱だ!初回の約三倍だぞ!」

 三本の指を立てて、すごいことだとこちらに寄ってくる。

 …か、かなり興奮してるな……。

「そろそろ先着順とかにして人数絞んないとなぁ……と、最近は思ってる」

 これから先の年、全員を連れて行くことができない、と

 未来を想像して菊瀬先生は悲しみの表情を浮かべている。

 これに関しては諦めるしかないだろう。


「まぁ……どんなに人数が増えても、一番心に残っているのは成華とやった一番最初のやつだがな」

 少し、菊瀬先生の声が低くなる。

 生徒の中で差をつけるのは気が引けるのだろう。

 机に肘をつき、目を伏せる。

「……会ってみたいなぁ、成長した成華に…」


 ……これなら叶えられそうだ。


 ……課外活動の話をするなら学校の中の方が良いよな。

 うん。よし。

 多分大丈夫だろう。

「…文化祭の日なら、学校の中でも会えますかね?」

「も、もしかして…!」

「じゃあ誘ってみますね」

 そう言い終えれば菊瀬先生は満面の笑みを浮かべ、心の底から嬉しそうな表情をする。


 次に少しつっかえながら、

「ほ、本当か!去年は君も知っているように成華は大変だったから会えなかったからなぁ……!今年も誘っていいか、分かんなかったし。頼むよ!頼む!」

 と、長く長く喋った。

 本当に嬉しいんだなぁ。

「まぁ、頼まれたことはやりますよ」

 扶助部ですからね。

 途端に菊瀬先生はしおらしくなり、

「じゃ…じゃあもう一つ頼まれてくれないか?」


 話が始まった時と比べ、だいぶ人が少なくなった職員室。

 増田先生にも勝手に約束されたし…そういうことだろう。


 ……はぁ………。

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