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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第七章 夏期講習編
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38.絶やすことなく

 小学校の劇の手伝いが終わって数日後。

 俺は高校の夏期講習に来ている。

 そして現在、時間割の最終授業、D組担任の希西(けにし)先生の英語の授業を受けている。


 周りをチラリと見れば、皆真剣にノートを取っている。

 まぁ希望性の授業だから当たり前か。

 だが後ろの方を見ると、ペンを投げ出し背もたれに寄りかかりながらくたびれた顔で黒板を眺めている生徒も数人いる。

 ……あの子はまた絵を描いてる…。

 希西先生は今年新任の先生だ。

 授業、工夫してるのは分かるんだけど……。

 やっぱ若いとなんだかんだ生徒に舐められるんだよなぁ。


 授業が終わり、挨拶。


 今日はワークの提出があり、教卓の上に本が山積みになっている。

 多分あれ希西先生一人じゃ運べないな……。


 英語係……は帰省中だったっけ。

 陸上部の人……はもう着替えに行ったか。

 他の人もすでにかなりの数が教室を出ており、残っている人は片手で数えられるほどだった。

 係の繋がりも部活の繋がりも使えないとなると……。

 はぁ……しょうがないここは俺が。


「希西先生。運ぶの手伝いますよ」

「ほ、本当に来た!」

「……え?」


 …………。


 ワークを持って希西先生の隣を歩いている。


「ごめんねー。持ってもらっちゃってー」

「まぁ職員室に用事ありましたし」

 希西先生は申し訳なさそうにこちらを見ながら謝る。

「それにしても菊瀬(きくせ)先生がそんなことを……」

 希西先生が驚いた理由。

 それは菊瀬先生に色々吹き込まれたかららしい。

 まぁあり得るっちゃあり得る話だ。

 菊瀬先生ならそういうこと言いそう。

 なんなら他の先生方にも言ってそう。


「そうなんだよ。雨芽(うめ)なら困ってるのに気付いて助けてくれるって」

 これで助けてなかったらどうなってたんだろう。

 失望されたりするのかな。

 世知辛い世の中だぜ……。

「夏期講習だし、一学期とまた勝手が違うから戸惑っちゃってね……」

 自分の不甲斐なさを悔いているように目を伏せる。

 たしかに一学期の頃はそれほど目立った失敗はなかったと思う。

 あまり希西先生のことを気にすることがなかったからかもしれないが。


「まぁまだ一年目なんですし、あまり気にしすぎるのもよくないっすよ」

 なんて知ったような口を聞きながら、何様だよって思う自分もいるんだけどね。

 なんなら今希西先生に思われてるかも。

「うぅ。ありがとうぅ」

 そんな邪な考えを気づいてか気づかずか、真っ直ぐに感謝を伝えてくれる希西先生。

 多分普通に良い人なんだろうなぁ。


 希西先生は急に言いづらそうに目を泳がせながら、

「そ、それでね……。これからワークの中身を確認するんだけどさ。手伝ってくれたらなぁ……って」

 ま…まじか。

 これはさすがに断っておくべき……だよな?

「い、いや。それはさすがにどうなんでしょう……。一応、提出物ですし……」

「そ、そうだよね!言ってみただけだよ!…うん」

 うわぁめっちゃ辛そう……。

 俺が持っているワークの山を見ながら小さく溜息をつく。


 歩いている先、人影が見える。

 櫛芭(くしは)だ。

 隣で話しているのは………浅間(あさま)か…。

 そういえば同じC組だっけ。


 ……櫛芭と…浅間…。

 あの二人が話してるの…どっかで見たことあるな?

 二年じゃない……一年生の頃……。


 櫛芭がこっちに気づき、浅間と別れて歩いてくる。

 俺の隣に並んで歩き、口を開く。

「荷物持ち?」

「あぁ。見たまんまだ」

 持ち上げてワークの存在をアピールしようと思ったが、腕が上に動かなかった。

 すごく重いので疲れてるみたいです……。

「ごめんねー。雨芽くん借りてるよー」

「いえ、別に私の許可は要りません」

 まさに即答。

「そ……そう」

 希西先生は上手く感想を言えずに戸惑っている。

 オロオロしてるし、なんか言った方が良いのかな。

「まぁ、扶助部ですから」

「そうね」

 櫛芭もそれに同調する。

「こんなに淡白になるものなんだね……」

 と希西先生はよく分からない感想を述べた。


 ふと、さっき頭をよぎった疑問を聞いてみる。

「なぁ櫛芭。お前と浅間って仲良い?」

「どうして急にそんなことを……」

 不審な目をこちらに向けてきた。

 そこをなんとかお教え願いします……。


 手を顎に当てて少し考えている。

「まぁ、仲は良い方なんじゃないかしら。同じC組だし。去年も同じクラスだったし」

 やったー話してくれた。


 ……。


「え待って。去年同じクラスって言った?」

「えぇ。そう言ったけど……」

 櫛芭が浅間と去年同じクラスだったということは

 必然的に俺も浅間と同じクラスだったということに……。


 …そうでしたっけ……?

 う、うーん……。


「まさかあなた……」

「あー!ちょっと待って!!思い出す!思い出すから!」

 焦ってワークを落としそうになるが、なんとか耐える。

「その言葉がもう失礼な気もするけれど……」

 櫛芭は冷めた目でこちらを見る。

「ま、まぁこっちもきっと覚えてもらってないからイーブンってことで…」

 なんて苦しい言い訳は櫛芭に通用せず、じっとこっちを見つめるのをやめてくれない。


 あの時当人に睨まれたんだから俺がなんかしたんだろ…。

 覚えられてるよ多分……。

 まじで何やったんだ俺……。


 記憶のどこかに浅間のことが眠っているはず。

 そりゃ関わりのない人も多いけど、俺は記憶力だけは良いんだそこは安心して欲しい。


 ……あれ?


 だ、だめだ…多分1年性の頃一回も話したことないな…。

 話したことあったら結構記憶に残るんだけど……。


 そうだ!陽悟(ひご)

 俺が一緒なら陽悟もクラス一緒ってことだよな。

 なんか言ってたような………。


『はぁ……普通なら情報も当然もらってるはずなんだけどな………。』

 陽悟と一緒に浅間に会った時の言葉……。

 情報……情報か……。


 …あ!あるじゃんクラス名簿!

 えーと…相沢(あいざわ)が1番上だから……次が……えー……。

 思い出せー……あー……。


 ……思い出した!たしかに書いてあった!

 …気が…する……。


「お、思い出したよ」

「本当は?」

「思い出したって」

 多分ね。


「なんかどっかで名前聞いたことあるなぁって思ってたんだよー。それに声もなんかどっかでー」

「どっか……便利な言葉ね」

「いや思い出したって。まじでほんとほんと」

 名前を聞いたのも声を聞いたのも多分ほんと。

 もしかしたら二年生になってからの話とごっちゃになってるかもしれないけどね……。


 これ細かく聞かれるとまずいな……。

 話を逸らそうそうしよう。

「さっきは何の話してたんだ?」

「…今日はよく喋るわね?」

「し、仕方ないだろ。希西先生黙っちゃったし」

「うぇ?」

 急に話を振られて気の抜けた声を希西先生は出した。

 希西先生を引き合いに出したが、浅間のことを記憶に補完しておこうと思ったのは秘密。

「あー。私のことはいいよ。気にしなくて」

 なんて希西先生は言う。


「…さっきは……そうね。妹は何をもらったら嬉しいか相談に乗ってもらっていたの」

「あぁそういう。(ゆかり)さんか?」

 櫛芭の歩みが止まる。

「べ、別に縁のことだとは一言も言ってないでしょう!」

 それを言ってからまた櫛芭は隣に追いついてきた。


 ……。

 さてはこいつ照れてるな?


「何よ」

「いや別に」


 こちらを睨む櫛芭は湯気が出そうなほど顔が赤い。

 この一瞬でこんなに赤くなるって相当だな……。

 かわいそうなので追及はやめようと思いました。

 妹の名前出しただけでこれだからな。

 多分そういう耐性がないんだろう。


 しばらく静かな時間が続く。

 希西先生が気を利かせてくれたのか俺に話しかける。

「そういえば雨芽の職員室の用事って?」

「菊瀬先生に夏休みの扶助部の活動を報告するんですよ」

「へぇ。活動報告」

「…活動報告?そんなことをしていたの?」

 櫛芭はなにそれ?という顔でこちらを見てくる。

「まぁ報告は1人でできるから、わざわざ言わなくてもいいか。と思ってな。ほら、一応俺が部長だから」

「別に存在くらい教えてくれても良いじゃない……」

「あー、そうだなたしかに……」


 活動報告って言っても菊瀬先生に出会った時に、今日はどんなことをしたー。とか、こんな人に会ったー。とかを話したらあの人がメモを取ってたのが始まりだ。

 決して大学の推薦とかに必要な難しいものじゃない。

 誰かに見せるものでもないし……見せてないよな?

 先生方の間で話題になんてなってないよな……?

 これがきっかけで仕事増えたら泣くぞまじで。

「まぁ言うほど細かいことはしてないよ」

 少し先の職員室を見ながら答える。

 もうそろそろで着くな。


 尚も不服そうな顔をする櫛芭は提案を始めた。

「報告と言うのなら、私も一緒に行こうかしら。雪羽(せつは)さんも呼んで3人で」

「え、いいよ別に。1人で足りるし。それに久米(くめ)はもう帰ったぞ」

 教室から去る集団の中に久米がいたような気がする。

 だから多分無理だな。

 俺がにべもなく答えると希西先生が慌てた様子で、

「え、雨芽くん。私のはまだ分かるけどこれも断るの…?」

「断るって言うんですか今のやり取り?」

 一応俺なりの気遣いですよ。

 多分そう部分的にそう。

「うーん…微妙なラインか……」

 なんで希西先生が一喜一憂してるんだろう。

 他人事だと思うんですけど……。


「……あ」

「ああー!ここにいたー!!」

 櫛芭が声を漏らすと同時に大きな声が響く。

 それと同時にタッタッタッと軽い足音が聞こえる。

「ごめんなさい雨芽くん。結局私、どっちにしても行けなかったわ」

「そうみたいだな」

 隣から見える櫛芭の横顔は慈愛に満ち溢れているような、そんな笑顔だった。


 バフっと音を立てて櫛芭はその子に、走ってきた勢いのまま抱きしめられた。

「えへへー」

 縁さんは幸せそうな顔で櫛芭のことを見上げる。

「はいはい」

 櫛芭は優しく縁さんの頭を撫でる。

「もうお姉ちゃんに会わなきゃ学校来てる意味ないよ!」

「なによ。それ」

 俺の目の前ですごいほんわか空間が繰り広げられている。

「それじゃあ雨芽先輩!お姉ちゃん借りていきますね!」

「いや、別に俺の許可とかいらないから」

 バイバーイ、と大きく手を振る縁さん。

 櫛芭も小さく手を振って去っていく。

 こっちはワークの山で手が動かないけどね……。


 腕に抱きつき、後ろ姿でも分かるほど幸せそうだ。


 ちゃんと、お姉ちゃんだな。

 うん。お姉ちゃんしてるよ櫛芭。


 しっかりと2人を見送り、希西先生に向き直る。

「もう行けますよ」

「そっか。繰り返すけど手伝わせてごめんね」

「まぁ、気にしないでください」


 職員室に入り、希西先生の机の上にワークを置く。

 長く持っていた疲労を和らげるように腕を回す。

 希西先生から感謝を受け取り、それから菊瀬先生のところへと向かう。

 その席では菊瀬先生が机に向かい、パソコンで何か打ち込む作業をしていた。

 横顔は真剣な感情が読み取れて、落ち着くまで待とうという気持ちになった。

「どうした?雨芽」

 こちらを見ずに声だけを飛ばす。

「あぁ気付いてたんですか」


 カタカタっと、キーボードを打ち終えてこちらを向く。

「希西先生と一緒に入ってきたのをチラッと見てな」

 話を促すように菊瀬先生は俺に目を合わせる。

 コホンッと咳払いをしてから、

「一応夏休みの活動を報告しといた方が良いか、と思いまして……」

「お!聞かせてくれ!」

「あ、はい」

 思ったよりも食いつきがいいな…。

 まだどんな内容かも言ってないのに……。

 この人はいつも俺の活動報告を楽しそうに聞く。


 それから俺は陽悟の依頼で小学校に行き、そこで行われた劇を手伝ったことを伝えた。

「なるほどね。うんうん。仕事熱心なのは良いことだ」

 メモを取りながら話を聞いている菊瀬先生。

 メモとってくれてるとこっちも話しがいがあるよね。

 ないか?ないのかな?あると思うんだけど。

 一区切りつくところまで話し終えて、息をつく。

「ではそんな扶助部に、私からプレゼントだ!」

 ごそごそと鞄から箱を取り出す。


 ………。


「なんすかそれ」

「目安箱」

「いらないでしょ……」


 目安箱と言われたそれは木でできているようで中を小さな扉から確認でき、紙を入れる別の穴もある。

「まぁまぁ。廊下に置いとけって。置いとくから」

「はぁ。まぁ。……はい」

 一瞬否定しようとも思ったが、結局押し切られそうなので渋々受け取っておく。

「それにいつも鍵の隠し場所に苦労しているだろう?この中に隠しておけば一石二鳥じゃないか」

 それは果たして使い方合ってるんですかね……。


 扶助部の鍵は、近くのロッカーを借りて保管してある。

 理由は職員室まで取りに行くのが面倒だから。

 時短ですよ時短、効率重視。


 多分本当はダメだし我慢すべきなんだろうけど菊瀬先生が色々と手を回してくれたらしい。

 感謝。

 生徒の中では俺を入れて扶助部の3人しか鍵のことは知らないと思う。

 感謝感謝。


 菊瀬先生は目安箱を机の上に置き、

「まぁまぁ。これも仕事の一部だと思って割り切れ。受け入れろ」

 最悪の話のまとめ方。

 仕事ってやっぱくそだな……。


「……そういえばそれ誰が作ったんですか?」

「私」


 ……もうこの人自分から仕事増やしてないか。

「……はぁ。まぁ良いですけど…。仕事減らす為に俺に任せてるんですから無理しないでくださいね」

 話しているうちに恥ずかしい思いになってきて、最後の方は菊瀬先生を見ることができなかった。


 心を落ち着けて再び菊瀬先生に目を向けると驚いているような、感動しているような、そんな顔をしていた。


「君たちは本当に優しいなぁ」

 心からの言葉だったんだと思う。


 だからこそその瞬間、思考が止まってしまった。


 その表情と言葉は、やはりどんな理由があっても

 俺が受け取っていいものとは思えない。

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