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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第六章 小学校舞台編
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34.真剣で真面目

「へぇ。結構真面目にやってるね」

「え、あ、あぁ。宇佐美(うさみ)か」

 ぼーっと立っているところに宇佐美が話しかけに歩いてきた。


「俺は何もやってねーよ」

 ただ大智(たいち)くんに陽悟(ひご)を紹介しただけだ。

「……ほんと、何も出来なかった」

 知らず知らずのうちに、湿った声になっている。


 宇佐美は程よく距離を空けて立ち止まった。

「隣にいるだけで、力になることもあるけどね」

 宇佐美は目を伏せながら話す。


 …隣……か。


 宇佐美がここにいるということは、さっきまでいた場所にいないということだ。

「今はあの2人のそばにいなくて良いのか?」

 また喧嘩するんじゃないかと心配になってくる。

「うん。全部教えるわけにはいかないから。ちゃんと考えさせないと」

「そういうもんか」

「そーゆーもん!そーゆーもん!」

「そうか」


 元気よく話す口振りとは裏腹に、宇佐美の表情は明るくない。

 自分の行動に自信がないのか。

「上手くいくかな。みんな。あの喧嘩した2人も」

 それとも、何か俺の言葉が欲しいのか。

「それは、分からんだろ」

 俺は宇佐美が望んでも、その言葉はきっと言えない。

 だから代わりに解釈次第では変わるものを話しておく。

「まぁ喧嘩だって1つのコミュニケーションみたいなもんだ。終わったら仲良くできるか、できないかがわかる」

 俺がこう言うのには、少しばかり理由がある。


 まだ中学に入学して間もない頃、隼真(はやま)と一緒に校舎を歩いていた時だった。


 あの頃は……いや大体の時を隼真と一緒に過ごしてたな。

 保育園も、小学校も、クラスが分かれた時だってあいつは話しかけてくる。

 逆もまた然りだから何も言えないけど。

 そんな時俺が曲がり角で出会い頭に人とぶつかってしまった。


 すぐに謝ればよかったのだが、俺が声を出す前に隼真が……

「でっかいやつだなぁ」

「え」

「あ?」


 隼真本人には当然悪気があったわけじゃない。

 うっかり、そしてぽろっと口から出てしまった言葉だ。

 俺や美穂(みほ)はまぁ、三歳からの付き合いだし、他の同じ小学校の連中もある程度は理解したと思うが、中学初対面でいきなりこれはびっくりするだろう。

 実際、嫌味と受け取ったのか、気にしていたのかはその時は分からなかったが、そいつは隼真に向き直った。


 隼真の性格だと衝突することが多く、その喧嘩をそばで見ることも多かった。

 しかし俺が原因で喧嘩が始まったのは初めてで、正直頭が真っ白になってしまっていた。


 気づけば俺が後ろに、隼真が前にいた。


 一触即発の雰囲気だった。

 俺が悪いのに、と、俺が止めなきゃ、と、胃に穴が空くほど不安に押しつぶされそうだった。

 止めたいのに声が出なかった。

 止めたいのに足が動かなかった。


 ………その間に入ったのが、こいつだったな。

 今隣にいる宇佐美を見ると、急に黙った俺を見て怪訝な顔をしている。

「まぁまぁ。中学始まってすぐ喧嘩は気分悪いって!ね?」

「え……あ、宇佐美さん……うん。まぁ……確かに……そうだけど」

 当時、宇佐美のことはただ席が隣になった女の子としか思ってなかった。


 だけどその後ろ姿を見た時、俺の中で何か惹かれるものを宇佐美に感じた。


 振り返った宇佐美は笑顔で、その眩い笑顔が、俺の中で強く印象に残った。


 俺はどんな顔をしていただろう。

 もしかしたら目を輝かしていたかもしれない。

 思えばあれが宇佐美に憧れたきっかけだった。


 そのすぐ後に知ったことだが、俺がぶつかったのは福田 俊樹(ふくだ としき)というやつで、宇佐美と同じ小学校出身の同級生だった。

 どうやら小学校の頃から背丈が高く、周りの人と違うことを気にしていたらしい。

 同じ小学校の出身の同級生はそのことには触れてはならない、という暗黙の了解があったみたいだ。


 ここだけの話、あの時の福田のびっくりした表情は、シリアスな雰囲気に合わなくてちょっと面白い。

 と、自分の中だけで思っている。

 誰かに言ったら怒られそう。


「……やっぱり、雨芽(うめ)は適当なこと言わないね」

「やっぱりて」

 まるで何を言うか予見していたかのような言い草だ。


 まぁ実際、福田とはそのあと同じサッカー部に入り、俺と隼真のことを真の漢字をとって「ママ友」とかいうあだ名をつけるくらい仲良くなった。

 一緒にいることが多かった俺たちのことを、わざわざ二人の名前で呼ぶのがだるいとかなんとか。


 俺は福田のことなんて呼んでたっけ。

 ………あぁそうだトッシーだ。


 名前や名字の二文字目にいの段の言葉がある人のあだ名のテンプレ率は異常。

 もう全部夢の国を住処にしているネズミや、世界で愛されているゲームの主人公に落ちそうになったら乗り捨てられる恐竜が悪い。

 ……恐竜じゃなくてカメだっけ?

 まぁどうでも良いか。

 なんとなくファンの人に謝っておこうごめんなさい。


 福田とはそれから、最初の喧嘩が遠い昔のように仲良くなった気がする。

 だから結局のところ時間が経たないと分からないことが多い。

 福田が中学でサッカーを始めて自分の身体を認めることができたのは感動した。

 涙なしでは語れない。

 感動秘話にして何度もみんなに話したなぁ、しみじみ。


 ……まぁ事実上の理由は自分と同じくらいでかいやつと大会で出会って意気投合したからだけど。


 でもきっとそうなったのは、それを見届けられたのは、全部宇佐美のおかげかもしれない。


 ふと宇佐美を見ると、腕を組み替えているところだった。

 やがて後ろに組み終え、少し上を見上げている。


「悩んで、真剣に考えてくれるから、信用できる」

「……そう」

 宇佐美の言葉を受けて、上手く言葉が出ない。


「だから、どっちが大切か選んだ雨芽を、受け入れることができた」


「いや、あれは……。…でもお前を傷つけた」

 言おうとした思いを飲み込み、結論を話す。


 ふぅ、と息を吐き宇佐美がこちらを向く。

 その顔はどこか満足げだ。


「反省してる?」

「あぁ」


「後ろめたい?」

「まぁ」


 宇佐美から何を言われるのだろう、と身構えたが、

「そっかそっか!」

 と、ただそれだけだった。

「ん?え?」

 だいぶ情けない声が出たと思う。


 言い終わるとともに宇佐美は立ち上がり、歩き出した。

 その方向は来た時とはまた違う方向だ。

 呼び止めようと思ったがもう遅く、距離は離れそこにいた小学生と話している。


 まぁ、いいか。

 と思い直し、目的もなく行く宛もないが、俺も歩くことにした。

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