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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第六章 小学校舞台編
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31.その告白

「好きです!付き合ってください!」


 中学、夕日が差し込む教室を思い出す。

 二人で、もう何回目だったのだろうか。

 数えられないほど日直で残ったあの放課後。

 過ぎた日々を数えていけば、もう三年生になっていた。


 他に教室には誰もいない。

 静かな空間だった。

 赤色が、壁を染め、床を染め、頬を染めた。


 その部屋に俺の声が響いた。

 相手は俺の憧れの人。

 前に立つ女の子は照れを隠すように笑い、小さく答えた………。


 ……………。


 ………俺は気づいていなかった。

 やがて分かる俺の本当の気持ちに。


 そして気づいた時、俺は悟ってしまった。

 俺はここにいるべきじゃない、と。

 誰かの隣にいるってことが、どれだけの責任が伴うことかってことを。


 俺が持っていた感情が、好きという感情じゃないことに。


 ………俺が憧れていた人。

 ………俺が逃げた人。

 ………俺が傷つけた人。


 ………はぁ。


 ため息をつき、考えるのをやめる。

 周りを見ると小学生たちは前に集められて、先生が話をしている。

 宇佐美(うさみ)が間に入ったあれから。

 小学校の先生に対処を任せ、しばらくはクールダウンの時間になった。


 やがて先生の話が終わり、作業を再開し、また体育館はざわめきを取り戻す。

 たださっきまでと違うことは、喋り声が全然聞こえない、ということだ。


 今日はもう諦めるしかないか……。

 また明日、子供たちが元気を取り戻していることを祈ろう。

 そんな感じで一日目の作業は終わった。

 劇の準備はリハーサルまで含めて一週間弱。


 今日の遅れはまだ取り戻せるはずだ。多分。


笠真(りゅうま)!お疲れ!」

 陽悟(ひご)が賛辞を伝えてくる。

「お前もお疲れ」

 これくらいは返してやらないと陽悟が可哀想だからな。

 さて帰ろう。


「えぇ!?も、もう帰るの!?」

「なんだよ。帰り道違うだろ。弟と帰れば良いんじゃねーの」

 陽悟が呆れたような、諦めたような、そんな微妙な表情を一瞬した。

 が、すぐに気を取り直し、話を切り返す。

「……少し、話さないか?」

 ……この話の始め方。

 初めて話したときも同じ感じだったな。


 一年生の時のオリエンテーションとは名ばかりの勉強合宿。

 学年でバスを何台か借りての遠出。

 一回目の定期テストに向けて、勉強漬けの日々。

 逆にやる気を削いでいた気がするんだよなぁ。

 上の人の考えることはよく分からんとです。


 その合宿での夜。

 星座を見よう、と先生方が屋上を開けて、自由参加の星座観察が行われた。


 俺の部屋の男子は星なんか興味がないらしく、スマホでゲームをやっていたので雰囲気を壊さないように一人で外に出た。


 そんな時。

 屋上で、こいつは俺に初めて話しかけてきたな。

 その時にはもうクラスでグループができていて陽悟はあちらにいても良い気がしたが、どうしてかこちらに来た。

「………まぁ少し」

 可哀想になってきたので少しだけ。

 これもあの時と同じ返しだ。

 話す内容はもちろん違うだろうが。


「俺、中学まではここにいたんだ。高校の奴にも学校の名前までは言ってない」

 俺は他の高校の奴とは別ってことか。

 前言ってた目標ってやつと関係があるのかな。

「自分を変えるために高校を受験したんだ」

 陽悟が中学まで陰キャだったことと、今を比べると………。

「そして努力の結果、友達が沢山できた、と」

 まるで、そうだな。

 理由も経緯も全く………。

「俺とは真逆だな」


「そうかな」

「そうだよ」


 陽悟は休憩中に買ったであろう、もう中身が空になった黄色いラベルのペットボトルを側にあったゴミ箱に投げて入れる。

「やっぱり俺には甘すぎたかも」

 どうやらレモンティーを飲んでいたらしい。

 陽悟は甘い蜜に慣れていないな……長男だからか?

 俺は末っ子らしく、沢山味わいました。


 成華(せいか)のおかげで門限や、お金の事情。

 スマホやその他電子機器だって、買ってもらうのは結構容易だった。

 ほんと、姉は偉大。

 いやもうこの世界に存在する全ての先駆者に、感謝。


 ペットボトルが無事に入ったことを確認し、こちらに向き直ると、

「ん?どうした?」

 陽悟が聞いてきた。

 しまった見過ぎた。


「あ、いや。サッカー部なのに蹴らないんだなぁ。と」

 やべぇ咄嗟に言っちゃった。

 なんだそりゃ、中学生じゃないんだぞ。

「ははっ。もうそんなことしないよ」

 だよなぁ。

 俺の知識、中学で止まってるから。

「まぁやる人もいるけど」

 と小さく陽悟は付け足した。

 いるんですね、やっぱり。


 しばらく静かな時間が続く。


 陽悟が口を開く。

 その声は先ほどよりいくらか低い。

「笠真。君は、本当は自分の意思で1人になったんじゃないか?」


 …………。


 半分正解だな。

 そうなりたかったし、そうならざるを得なかった。

 その時はそれしか選択しようがなかったけれど、俺はそれを望んでいた。


 ………今は……どうだろうな。


「やめろやめろ、ぼっちの常套句みたいなの。かっこ悪い」

 こんな気持ちは知られたくない。

 間違っていない回答で陽悟に返事をする。


「そうかな……自分の意思なら、かっこいいと思うけど」

「かっこいいのか」

 よく分からない。


 陽悟がどうしてこんな話をしているか。

 何故俺にそれを話しているのか。

 どういう理由で俺が目標なのか。


「笠真がこの学校にいたら、きっと俺を助けただろうな」


 陽悟は体育館の出口から反対側、舞台のある方に目を向ける。

 俺もそれに釣られて陽悟と同じ方向を見る。

 校歌額、舞台幕、校章、時計など、色々なものが目に入る。


「………頼まれたら。まぁ、助けるんじゃねぇかな」


「………どうかな」

 陽悟がふっ。と小さく笑って言う。

「今も笠真に助けられている」

「…………?劇のことか?頼まれてやってるはずだけど。変な言い方だな」

 

「俺が分かってたら良いか。じゃあまた明日からもよろしく!」

 陽悟は出口に向かって歩き出した。


 あと一つ、気になることがある。

「お前がなんで俺と仲良くするか教えろよ」

 こればっかりは分からない。

 だから知りに来た、陽悟のかつての居場所に。


 陽悟は立ち止まり、若干歯を見せて笑い、

「今教えたじゃんか」

「え?あ、いや、もっと具体的に」

「恥ずかしいからこれ以上は無理」

 照れながらまた背を見せる。

 陽悟が片手を上げて、去り際に手を振る。


 目標、助けられている。

 陽悟の言葉を思い出してみるが、まるで心当たりがない。

 うーん………保留だな。

 先送り、今急いで知りたいわけじゃないし。

 まぁ、なんとかなるだろ。


------------------------


 校舎を歩いて行く。

 見慣れた光景だ。

 中学までと同じように、1人で歩いている。


 俺は、変われたのだろうか。


 笠真を見ていると、あのままここに残り、一人で過ごしていた日々を想像してしまう。


 俺が、笠真なら。笠真が、俺なら。


 笠真にそれを求めるのはお門違いだ。

 迷惑だし、失礼なことも理解している。


 だけどそれでも、目標にしたかった。

 自分らしさの道しるべにしたかった。


 一人でも悩まず進む君を。

 まっすぐとした目をしていた君を。


 君は暗くても、まっすぐだったから。


 自分で決めた道でさえ、進むしかないのに悩んでいた俺にとって。

 君は、俺の求めた理想だったんだ。


 ほんと、言葉にしたらよく分からない。

 頼んでもないし、あっちは自覚すらないだろう。


 それでも……。

 そこにいるだけで、俺の助けになるんだ。君は。

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