26.銀河に願いを
日付は7月7日。
今日は七夕である。
うちの高校では、各自が願い事を書いて提出し、その提出された短冊は、昇降口に飾られる。
子供じみたものだが、しっかりやるらしい。
小さな短冊の中に、書く願いを考える。
シャーペンをそっと握り、頬杖をつく。
朝の学活の時間に提出しなければならない為、時間は限られている。
最悪出さなくても特に何も言われないが出さない人より出す人の方が多いし、多数に合わせた方が楽なので、何かは書きたい。
とは思っている。
周りを見ると、短冊を前に唸っている人が多い。
高校生にもなって夢について考えろと言われても、現実は進路や偏差値、就職難など、懸念は山ほどある。
お先真っ暗な世界に、夢なんて見れるのか。
なんて思ってしまう。
だからこそ高校側は夢を書かせるのだと思うが。
懸念を受け入れ今いる場所を理解して、やがては夢のスケールを小さく設定する。
これが夢だ。と自分に言い聞かせ納得させる。
果たしてそれを夢と呼んで良いのだろうか。
………見方を変えてみよう。
この短冊は飾られる。
提出した後、昼休みを使って生徒会が笹に短冊をかけ、放課後には他人に見られるようになる。
名前は書かない為誰の夢か特定するのは難しいが、自分の書いた物が他人の目に触れるのは間違いない。
短冊を通して、他人は自分を見る。
夢を通して、自分は他人に見られる。
だからその他人の目に願ってみる。
他人に自分をこう見て欲しい、と願う。
許さないでいて欲しい。
頭にすっ、と浮かんだ文字は、万人ではなくある一人に向けられたものになってしまった。
誰かの顔を思い浮かべて下さい。
みたいなことを言われたら、真っ先にあいつだ。
分からないから、考えてしまう。
俺がこの言葉だけをあいつに伝えたら、どんな顔をするだろう。
俺があいつの言葉をもらった時、あいつはどんな表情だったんだろう。
………でも、願ってみても良いかもしれない。
もう俺は、逃げてしまったから。
授業を受け、放課後になる。
結局短冊には無難に、正規雇用の労働者になりたい。と書いて提出した。
あんなものを笹に飾る生徒会の気持ちになってみろ。
絶対ドン引きする、間違いない。
この願いは胸の中にしまっておこう。
扶助部の部室の前に来る。
ここって二年生の教室から見たら、少し遠いんだよな。
はっきり言って歩くのが面倒だし、不便。
まぁ一年生の教室からはもっと遠いし、そうならなかっただけましであるが。
扉を開き、中に入る。
今日も一番乗り。
部長の今日の務めはほぼ終わったようなものだぜ!
まぁ俺が勝手に思ってやってるだけだけど。
一番窓側の席に座り、時間を潰す。
最近は窓から見える空を眺めるのにハマっている。
………暇。
しばらく時間が経ち、久米と櫛芭が教室に入る。
今日は久米の方が早かった。
久米の他愛無い話を聞いていたら、櫛芭が扉を開けて入ってきた。
そして、久米の話し相手は櫛芭に変わり、櫛芭は笑顔で相槌を打っている。
今日も平常運転だ。
そして山内、今日も来たのか君は。
「俺はもちろん彼女できますように!て書いたなぁ!」
はい、分かったよ。声でかい。
短冊のことね。良いんじゃない?素敵な夢だよ。
いいから部活行け部活。な?
だが今日は一緒にバスケ部部長の田中も珍しく部室に来ている。
よってバスケ部部長、副部長が揃って扶助部にいるということだ。
「今日来た目的は、改めてお礼を言いたくてな。あれから部活上手くいってるってことを伝えたくて」
「俺は間に入っただけだぞ」
「それでも助かった!ほんと大助かりだよ!」
手を合わせ、田中は感謝を伝えてくる。
まぁでも……
「そのことならそこにいる山内から結構聞くけどな」
「う!?」
「お前……たまに部活来るの遅くなってたの、まさかここに寄ってたからなのか」
冷たい目の田中。
これは説教ルートですね、しっかり怒られてください。
「感謝されるようなことができて良かったよ」
依頼を受けただけだが、こうして感謝されると嬉しい。
「あぁ。ほんとに感謝してる」
田中は穏やかな表情でしっかりと言葉を伝える。
「さ、行くぞ。創。部活始まってんだから。あと、今まで遅れた分しっかり走ってもらうからな」
「えぇ!?勘弁してよぉ!?悪かったって!」
田中が前を歩き、山内がその後ろを着いていく。
部長らしくなったな。
三年生から渡された部長のバトンは、しっかり田中の手に握られている。
失くしていた自信は、取り戻せたようだ。
「あ、久米さん。もうバスケ部来ないの?」
山内が思い出したように、久米の方に振り返る。
「うん全然!今はここが私の居場所って感じなんだ!」
「そっか!元気そうで良かった!」
お互いに笑顔で会話をし、手を振って別れ扉を閉める。
久米はバスケ部に後腐れがないようにこちらに来たんだな。
二人が扶助部から出た後、櫛芭が口を開いた。
「あなたは……すごいわね。あなたに助けられた人ってどのくらいいるのかしら」
「数えるほどのものでもねぇよ。俺は言われたことをやってるだけだし」
「俺じゃなくても、きっとできる奴はいる」
「そうかしら?」
櫛芭は俺の言葉に納得できていないようだった。
「私なんて、告白を助けてもらったんだよ!」
久米が話す、なんでそんな自慢げなの。
「あなたはそのような話をよく人にできるわね………」
「まぁ私の場合は公にした方が楽だったからね」
「ふーん」
まぁ久米はモテるし付き合っていた人も複数いるから、そんなもんなのかな。
「ちなみに久米は、いつからそんなに付き合って別れてをくり返していたんだ?」
付き合っていた人が多いということは別れた人も多い、ということを解釈することができる。
「一年生の半ばくらいかな。私が何人かともう付き合ったことがあると広めたのは二年生からだね」
結構あっけらかんと話すんだな。
「………どの人とも、1週間は付き合おうと思ってるんだけど、なかなか続かなくて」
良い人がいないのかな。
「そんな交際してると大変そうだし、疲れないのか?」
「別にそんな深い関係にはしないように………て何言わせるの!」
久米は顔を真っ赤にしている。
逆に櫛芭は白けた顔でこちらを見ている。
「すまん。今の質問は、俺の質問が悪かった………」
沈黙だ。
何も言ってくれないやばい。
「この話は、やめるか」
……ついでに人の生もやめたい。
…………はぁ。