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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第四章 合唱祭編
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19.気がかりで

 放課後、職員室へ。

 あの時と同じように菊瀬(きくせ)先生の席の前に立つ。

「お、来たか」

 そう言って腕時計を見る菊瀬先生はちょっと満足げだ。

 この状況全てをあの時に見通していたんじゃないかと邪推してしまう。

「さて、それでは行こうか」

 先行して歩く菊瀬先生の背を追いかける。


 菊瀬先生の案内で、近くの教室に移動する。

 教室の中には一人、女の子が椅子に座っている。

「連れてきたぞ。こいつが扶助部の部長の雨芽笠真(うめりゅうま)だ」

 菊瀬先生が俺を紹介し、俺もそれに合わせ軽くお辞儀をする。

 確認のため声をかける。

櫛芭未白(くしはみしろ)の妹だな?」

「はい。私は櫛芭(ゆかり)です」

 目元や鼻筋など、姉妹らしく似通っているところが多々ある。


「まぁ、ここに座りな」

 菊瀬先生が席をひき、俺に座るよう言う。

 それに従って席に座り、話をする。

「櫛芭の、君の姉のことで話がしたいんだ」

「お姉ちゃんは、私のことなんて言っていましたか」

 縁さんは聞いてくる。


 ……この子も、そうだよな。

 悪気があったわけじゃないもんな。

「いや、何も言っていない。俺が、櫛芭の普段の言葉から考えてここに来た」

「……すごいですね」

「記憶力はいいからな」

 縁さんは下を向いて話し出す。

「お姉ちゃんに、その、最近、避けられているように感じて、私悲しくて」

 最近……高校…いや、それよりもさらに前から…。

「お姉ちゃん、最近帰るの遅くなって、そして、部活に入ったのを知って、それで」

 菊瀬先生に誘導されたように感じなくもないが、事実がそうなんだから仕方がない。

「その人と、話してみたいなって思って」

 途切れ途切れに話している。

 縁さんなりに必死に考えて行動してるんだろう。

「扶助部では、お姉ちゃん笑っていますか?最近ずっと辛そうで、私のせいですけど、心配で……」


 ………。

『……最近は、全然笑わなくなったから。きっと、何かに悩んでるんだと思う』

 ……相沢も言ってたけど、そんなに笑ってないのか?

 だって初めて会った時あんなに笑顔で………。


 ……そうか。

 ………言っても理解されないと思って理由を聞かない俺に心を許したのか………。

 自分で解決するつもりなのか………いつか………。

「櫛芭と、また、仲良くなりたいんだろ?」

「うん」

 縁さんは頷き、こちらをまっすぐ見る。

「お母さんも、小さい時は、お姉ちゃんを褒めてて……私が変えてしまったんです」

 根は家族の問題だ。

 縁さんのまっすぐな意思がないと櫛芭は心を開かないだろう。

「そっか。じゃあまた明日な」

「え?」

 急な約束にびっくりして口を開けている。

「明日、櫛芭と話すよ。その時に縁さんもいてほしい」

「……分かりました」

 その返事を聞いてから席を立ち、教室を出る。


 菊瀬先生が後をついてきた。

「面倒なことを頼んでしまったな。まぁ、君なら大丈夫だろう」

 君ならって……俺は成華(せいか)ほど器用じゃないんだけどなぁ。

 ただ、その背を見てその優しさにいつも触れてきただけだ。

 俺が今までやってきたのは成華の、単なる真似事なのかもしれない。

「まぁ、教師という立場なら、今回のことは口出ししにくいでしょうしね」

「そうだなぁ。教師だからなぁ」

 菊瀬先生は上を向き、難しい顔をしている。

「今年の一年生はどこも優秀な奴が多くてな。櫛芭のところだけじゃないんだ」

 物憂げな声に変わり、顔を伏せる。

「もしかしたら倍率が上がってるのも関係あるのかもしれないが。結構苦労しているところも多いらしい」

 菊瀬先生は言葉を続ける。

「問題の解決方法は人それぞれだ。なんなら答えだって違うかもしれないな。うん」

 俺と、成華で………。

「私も、ちょっとは言ってみるよ。まぁあまり期待はしないでくれ」

 菊瀬先生は職員室の方を向く。

 もう一度こちらを向き、俺の肩に菊瀬先生は手を置く。

「雨芽、君の答えを、楽しみにしてるよ」

 わずかに力のこもったその手を肩で感じ、やがてその重みが無くなる。

 手を振りながら菊瀬先生は去っていった。


 校門を出て、電車に乗り、家に帰る。

 家に着いてから電話をかけた。

 相手は成華だ。

「もしもし。俺だ。笠真だけど」

「お、もしもし。どうしたの?珍しいね電話なんて」

「いや、まぁ少し。………何してんのかなぁって」

「今は仕事が終わって、その帰り道。歩いてる」

「そっか」

「駅に向かってね。まだ乗る前だよ」

 何を話そうとしてたんだっけ。

 無言のままスマホは通話時間を、秒数を数えていく。

「あ、そういえばこの前勧めたピアノの動画見た?その動画の人ね、私の大学の頃の友達でね、今でも仲良くしてるの。この前だって一緒に遊びに行ってね、その遊びに行ったこともライブ放送で話してくれたんだよ」

 成華は話している。

「すごいよね。初めて会った時はまさかこんなに有名な人になるなんて思わなかったよ。そして今も一緒に遊ぶくらい仲良くなるなんて思わなかったし、日頃の行いがいいからだね。うん」

 話を聞き、あぁ、とか、そう、とか返事をする。


 思えば、成果とは共通の趣味がなかった気がする。

 いつも別々のところにいて、別々の方を向いていた。

 歳が離れているのもあるが、きょうだい、という感じはしなかった。

 成華が先に大人になり、一人暮らしを始め、初めて距離ができた。


 寂しい、そう感じた。


「そういえば俺、部活入ったよ」

「ほぉ、なんの部活?」

「扶助部って言うんだけど」

「なにそれ」

「人を助ける部活だよ」

「人を、助ける……そう」


 今まで特に何も感じなかったことでさえ、俺の心は揺れ動き、震えは止まらなかった。

 居なくなると、分かる。

 当たり前は、気づかぬうちに変わってしまう。

 時の流れは残酷だ。

 距離を意識してか、成華は俺に好きなものを共有したがるようになっていった。

 好きなものが同じなら、その話で盛り上がれるからだ。


 成華は優しい。

 理由だって作ってくれるし、あっちから歩み寄ってくれる。

 ………そして俺はそれに甘えた。

 いや、利用した。


「今、姉妹の、二人の悩みを聞いているんだけど、話してもいい?」

 恐る恐る聞いてみる。

「話してみて」

 断られたら、と思ったのは杞憂らしい。


 ………どこから話そうか。

「姉は、真面目で、ストイックで、常に努力を怠らない誠実な人だ。妹はそんな姉が大好きで、姉に避けられているのをすごく気にしていた」

 この、姉妹の物語を、

「避けるようになったきっかけは分からない。でも一度開いた溝を、姉も、妹も、埋めようとしている」

 俺がそこにいて、

「………俺は、そばにいて何ができると思う?二人の話を聞いて、事情を知っていて、何をすべきだと思う?」

 成華はいつも俺の先にいて、

「笠真は事実しか、そこにあった出来事しか知らない。そこに生じた感情まで推し量れるようなことはできない」

 俺が欲しい言葉を話してくれる。

「なら、話しやすい環境を作るくらいしかできないんじゃないかな」

 よかった。

「そっか………」

 俺と同じだ。


 ………今なら、聞けるかもしれない。

「………姉って、なんだと思う?」

 この質問は、俺個人としても気になっていた。

 もしかしたら物心ついてからの疑問だったかもしれない。

「………そうだねぇ………」

 通話越しの成華の表情は分からない。

「……なりたくて、なったわけじゃないからね」

 分からないけれど、今日だけは分からないままでもいいかもしれない。

「でも、なったから。姉になったら、弟は大切になるから」

 優しい声と、これまで積み上げた記憶で想像するしかないけど、

「みんな、そうだと思う。先に産まれた姉は、私は、笠真が胸を張れるような姉でいたい」

 すぐ隣で話しているような気分になるのは何故だろう。

「そう………」

 俺は、それしか言えなかった。


 既に空っぽになった言葉を絞り出して先を紡ぐ。

「今日はありがとう。話を聞いてくれて」

 その感謝が聞こえなかったのか、スマホから音がしない。

 もしもし、もしもし、と何度も呼び掛けると

「あぁはいはい!ちゃんと聞こえてるって!」

 と声が聞こえた。

「あ、電車来たからもう切るね!また話そう!」

「あぁ。じゃあまた」

 それを最後に、通話を終えた。

 役目を終えたスマホを机に置き、窓の外に広がる空を眺め明日のことを想う。


 ……いつかじゃだめ、だろうな。

 俺も、君も………。

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