18.気になって
次の週、相沢が俺の机に来て、
「じゃあ、よろしくね」
と言ってきた。
「あぁ」
返す言葉が見つからないので適当に言う。
「そう」
と、少しだけぎこちない笑顔で自分の席に帰って行った。
「ちょっと」
相沢が帰った後、今度は久米が声をかけてきた。
どうやら一部始終を見られていたらしい。
「今の、その………何の話?」
すごく聞き辛そうに聞いてくる。
久米も同じ部活だし、別に知ってていいか。
「この話、櫛芭に内緒な」
俺が前置きを置いて話そうとすると何故か久米が焦り出した。
「え!?うん。まぁ、聞いてあげてもいいかな…!?」
何故上から目線……。
「昨日、相沢が部室に来てな。そこで、櫛芭にピアノを弾かせたい。って頼まれたんだ」
数秒、沈黙。
「………それだけ?」
口を開いた久米はそれ以上の話はないのかと問う。
「それだけだけど?」
なんか勘違いしてないかこいつ?
「……ピアノ?未白ちゃんピアノ弾いてたの?」
「やっぱり久米も知らないか」
金曜日一緒に帰ってる久米が知らないとなると、これはピアノを弾いていること自体を隠してるってことになりそうだ。
授業中、櫛芭と会ってからこれまでのことを考える。
………櫛芭が悩んでいること。
初めて部室に来たとき、場所を貸してほしいって言ってたな。
………勉強のため。
………でもすぐには勉強を始めていなかった。
あの時櫛芭は……。
『私………二年生になってから更に頑張らないといけなくなったから』
二年生になって周りの環境が変わったってことか?
なら………じゃあその前の言葉は……。
『家で勉強すれば良いのに。とかは言わないのね』
………家で、か…………。
櫛芭の………櫛芭?
…そういえば……………いや、そうか。
この高校に、いるのか。
今は、現代文の授業。
菊瀬先生がいるし……頼んでみることにしよう。
現代文の授業が終わり、帰ろうとしている菊瀬先生を呼び止める。
「菊瀬先生、お話があるんですけど」
「お、来たか」
「……まるで待っていたかのような言い方ですね。やっぱり相沢の依頼は、菊瀬先生からのやつですか」
「そうだ。櫛芭のことは一緒に過ごしている雨芽の方が分かると思ってな」
悪びれる様子もなくそう言っている。
「少し、内容が重い気がするんですけど」
「でも分かったんだろう?」
この人は……まったく…俺に何をさせたいんだ。
「えぇ、まぁ。………放課後に会いたい人がいるんですけど、菊瀬先生、確か一年生も授業を担当していましたよね」
この人のことだ。
さっきまでの調子から考えると大体のことは把握していそうだ。
「分かった。声をかけてみるよ。相手もこの部にいつか行きたいと言っていたし、今日会えるだろうな。放課後職員室に来てくれ。久米はどうする?」
菊瀬先生は久米に声をかける。
いたのか、気づかなかった。
「私も行きます」
久米は迷いのない声でそう言った。
だけど、久米には悪いが俺は止める。
「部室は。櫛芭が一人になっちゃうだろ」
櫛芭と仲がいいからこそ頼めることだ。
「俺一人なら別の仕事だからとかなんとか言えるだろ」
仲良くする努力をたゆまず行った久米だからこそ。
「……それもそうだね」
久米は少し不安げだ。
同じ部の一員として……さっき自分でそう思ったのにな…。
「俺がなんとかするから」
やっぱり、俺が助けたいんだ。
「………だから、待ってろ」
こんな生き方が、俺の出した答えなのだから。